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第十五章:白銀の死闘と羅州の猟犬

北州ほくしゅうの玄関口、苫真とまこ港。

 深夜の凍てつく海風が吹き荒れる中、カーフェリーの巨大なランプウェイがゆっくりと下りていく。

 徒歩下船のタラップを降りた村上正毅は、愛車であるRZ-7が車両甲板から吐き出されるのを待つ間、ふとタバコに火をつけようとして――その動きをピタリと止めた。

(……気配が、違う)

 村上の皮膚が、目に見えない無数の「殺気」をヒリヒリと感じ取っていた。それは、東都や青津で嗅いだ大星たいせい工作員の、マニュアル化された機械的な殺気ではない。もっと泥臭く、ウォッカと血の匂いが染み付いた、純粋な暴力の気配。

「……羅州らしゅうの暗殺部隊か。李の野郎、なりふり構わず北の狂犬を解き放ちやがったな」

 村上はティアドロップのサングラスの奥で、周囲のコンテナ群の暗がりを睨みつけた。

 羅州の連中は、大星のような緻密なサイバー工作や情報戦は得意ではない。だが、力と恐怖による物理的な制圧にかけては世界最悪のプロフェッショナルだ。彼らはすでに、大量の麻薬や違法拳銃の摘発といった「でっち上げの巨大な手柄」と「弱み」を餌にして、北州警察の上層部を完全に支配下に置いていた。

 現に今夜、苫真港周辺から北州警察のパトカーの姿は完全に消え失せている。羅州の部隊長から「今夜は何も見るな。動く必要はない」という絶対の警告が下されているからだ。

 チャキッ……。

 村上がコートの懐で、愛銃である異形のリボルバー『ライノケロス 40DS』のグリップを握りしめた、その瞬間だった。

 ダダダダダダダダダッ!!

 四方八方のコンテナの上から、数十人規模の暗殺部隊が一斉にサブマシンガンの火蓋を切った。夜の港に、無数の曳光弾がオレンジ色の死の雨となって降り注ぐ。

 だが、村上の身体はそこにはなかった。

「なっ……!?」

 羅州の兵士たちが驚愕の声を上げる。

 村上は、重力という概念を完全に無視したかのような、映画のワイヤーアクションさながらの異常な跳躍と体捌きで、弾幕の「隙間」を縫うように空中を舞っていた。そして、着地と同時、いや空中にいる間から、ライノケロス40DSの引き金を芸術的な速度で弾き続ける。

 ズガン! ズガン! ズガン!

 マズルフラッシュが閃くたびに、コンテナの上の兵士たちが眉間や心臓を正確に撃ち抜かれ、次々と崩れ落ちていく。

「バカな!? なぜ当たらない! 奴は人間か!?」

 兵士たちがパニックに陥り、乱射を繰り返す。しかし、村上はまるで飛んでくる弾丸の軌道がスローモーションで見えているかのように、首をわずかに傾け、肩を引き、最小限の動きだけで死の雨を完璧に回避していく。

 村上がこの奇跡的な回避を行えるのには、理由があった。

 赤塚のもとで戦闘術を学ぶ中で、村上は歴史の闇に葬られた古武術――明道めいどう時代に創始された対銃火器特化型格闘術『銃闘術じゅうとうじゅつ』を極めていた。

 これは、新政府が旧時代の剣術、柔術、合気道の極意をベースに、銃を持った敵と戦うために何十年もかけて練り上げた一撃必殺の型だ。相手の視線、筋肉のわずかな収縮、銃口の微細なブレから「射線」をコンマ一秒の速さで演算し、何万通りもの防御と攻撃の型から最適解を導き出して動く。

 兵士たちから見れば、村上は奇妙なステップを踏みながら踊っているようにしか見えない。だがその奇妙なポーズこそが、すべての弾丸を躱し、同時に必殺の反撃を叩き込む「死の舞踏」だったのだ。

「……終わりか?」

 村上が銃身を下ろした時、周囲には数十人の羅州兵の死体が転がっていた。

 永遠にも感じられたこの圧倒的な殺戮劇は、現実のタイムスケールでは、フェリーのランプウェイが完全に下り切るまでの『わずか十秒間』の出来事に過ぎなかった。

 ***

 血の匂いが充満する港を抜け、村上は車両甲板から吐き出された漆黒の『RZ-7 Type-FC』に乗り込んだ。

 ロータリーエンジンの甲高い咆哮が夜空を引き裂き、雪幌ゆきほろへと続く凍てつくハイウェイへと躍り出る。だが、羅州の暗殺部隊も甘くはない。すぐに背後から、重装甲を施された黒いSUVが何台も連なって追撃を開始した。

「チッ、しつこい連中だ」

 SUVが左右からRZ-7を挟み込み、強引に体当たりを仕掛けてくる。

 ガァァンッ!! という金属音が響き渡るが、RZ-7の車体には傷一つ、凹み一つ生じない。

「なんだと!? 防弾ガラスどころじゃねえ、ボディがいっさいへこまねえぞ!」

 SUVの運転手が驚愕に目を見張る。

 このRZ-7はただのスポーツカーではない。大星資本が「瑞穂の技術力が世界水準を一足飛びに超えている事実」を恐れ、圧力をかけて世に出すことを禁じたオーバーテクノロジーの結晶なのだ。車体表面には、いかなる物理衝撃も分散させる特殊ボディコーティング『超弾性リアクティブ・アーマー塗料』が施されている。

 ガンッ! ガンッ! と追突されながらも、村上は涼しい顔でステアリングをさばく。

 その脳裏には、暁の組織で行われた、血反吐を吐くような常軌を逸したトレーニングの日々が蘇っていた。最大10Gの負荷がかかる遠心分離機の中での運転操作、完全な暗闇での目隠しスラローム、そして致死量ギリギリの毒を注射された状態での極限のカーチェイス訓練……。

 それに比べれば、この程度の小競り合いなど、止まっているハエを叩くよりも容易い。

 村上は、コンソールパネルの赤いスイッチを跳ね上げた。

「さあ、瑞穂の技術モノづくりの恐ろしさを教えてやるよ」

 RZ-7の後部トランクが変形し、砲身がせり出す。瑞穂の軍需・航空宇宙産業を牽引する『三ツ星重工みつぼしじゅうこう』の極秘技術を、暁のネットワークを通じて強引に組み込んだ『超高性能小型レールガン』だ。

 このレールガンは、小型のロータリーエンジンが生み出す莫大な電力をコンデンサに圧縮し、フレミングの左手の法則を用いたローレンツ力によって弾丸を極超音速で撃ち出す。この電磁流体力学の極致とも言えるエネルギーが、たった一発のタングステン弾に込められる。

 ズバアァァァンッ!!

 青白い閃光がハイウェイを照らし出した瞬間、追走していた装甲SUVのエンジンブロックが紙切れのように貫通され、大爆発を起こして火球と化した。

「ば、馬鹿な! 俺たちは世界最強の羅州暗殺部隊だぞ!? ただの乗用車相手になぜ……うわぁぁっ!」

 絶叫とともに、残るSUVも次々とレールガンの餌食となり、ハイウェイの雪を黒く焦がしていった。

 ***

「……舐めるなよ。空からスクラップにしてやる!」

 だが、息つく間もなく、今度は上空から轟音が迫ってきた。羅州軍から横流しされた、完全武装の攻撃型戦闘ヘリコプターが数機、吹雪の中から姿を現したのだ。

 ドドドドドッ!

 機首のバルカン砲が火を噴き、アスファルトを粉砕しながらRZ-7を追い詰める。さらに、無誘導ロケット弾が次々と発射され、車の周囲で凄まじい爆発を起こした。

 常識で考えれば、車対戦闘ヘリなど勝負になるはずがない。爆風の衝撃波だけで普通なら車体は吹き飛ばされる。

 だが、村上のドラテクはすでに人間の領域を超越していた。爆風の圧力を逆に利用してダウンフォースを生み出し、絶妙なカウンターステアで車体を安定させ、炎と雪煙の中を猛スピードで駆け抜けていく。

 前方に長いトンネルが見えた。村上は迷わずアクセルを踏み込む。

 トンネルに入り一息ついたかと思われた瞬間、出口の先で別のヘリがホバリングして待ち構え、対戦車ミサイルのロックオンオンサイトを向けていた。

「……そこどけよ」

 村上はハンドルを急激に切り、トンネルの緩やかなカーブの遠心力を利用して、なんと側面の『壁面』へと車体を乗り上げさせた。

 完全に90度傾いた異常な壁走り(ウォール・ライド)でトンネルを飛び出し、待ち構えていたミサイルを間一髪で回避。そのまま壁面からジャンプする軌道でレールガンを放ち、待ち伏せしていたヘリのローターを撃ち抜いて撃墜した。

 車体が道路に着地し、直線距離に入る。

「これでトドメだ!」

 村上は『電磁アシストターボ』の起動ボタンを押した。吸気タービンをモーターで強制駆動させ、エンジンの限界を超えたパワーを強引に引き出すシステムだ。

 RZ-7は、起伏のあるハイウェイの段差を利用し、猛烈なスピードで宙へと舞い上がった。まさかの『ターボジャンプ』である。

 空中を飛翔するRZ-7。村上は空中でレールガンを連続発射し、見下ろす位置にいたヘリをさらに一機破壊した。

(……くそっ、これ以上ターボジャンプを連発したら、いくらこのボディでもサスペンションがイカれちまうな)

 着地の激しい衝撃に耐えながら、村上は焦りを感じていた。残る戦闘ヘリはまだ三機。緊迫の死闘は続く。

 ***

 一方、上空の指揮ヘリに乗る羅州暗殺部隊の隊長は、眼下の光景に完全に呆れ果てていた。

「……信じられん。これだけの戦力を投入して、たかが乗用車一台を仕留められないだと?」

 本来であれば、装甲車や戦車を投入して完全にすり潰したいところだ。だが、いくら北州警察を黙らせているとはいえ、戦車の運用は無理がある。羅州のプートフ大統領からも「大星の頼みとはいえ、我々の痕跡を残しすぎるな。無理はするな」と厳命されていた。

 だが、最強を自負する暗殺部隊のプライドが、このまま引き下がることを許さなかった。

 ハイウェイの死闘は最終局面に突入していた。

 迫り来る三機の戦闘ヘリに対し、RZ-7は甲高いロータリーサウンドを奏でながら、野生の狼のような鋭い動きでバルカン砲の雨を躱し続ける。村上のサングラスの奥の目は、完全に獲物を狩る捕食者のそれだった。

「……限界まで回してやるよ」

 村上は、最後の封印である秘密兵器『ハイパーブースト』を解放した。

 ギャァァァァァァァンッ!!

 唸りを上げるロータリーエンジンに、さらにハイパーブーストの異次元の轟音が重なり合う。RZ-7はマフラーから青白いプラズマの炎を噴き出し、もはや地上の戦闘機と呼ぶべき恐ろしいスピードで爆走を始めた。

 あまりの加速に、追跡していたヘリのパイロットが焦って機体を急降下させ、スピードを合わせようとした瞬間――。

「あっ……!」

 そこは、雪幌市街地へと続く巨大なトンネルの入り口だった。猛スピードで低空飛行をしていたヘリは回避が間に合わず、トンネル上部の巨大な看板に激突し、派手な火球となって爆散した。

 ハイパーブーストのタイムリミットが迫る中、RZ-7は長いトンネルを快走していく。雪幌の街の明かりは、もう目の前だった。

 ***

「……隊長! 第四小隊のヘリが自爆!」

 指揮ヘリの通信手が悲痛な声を上げる。暗殺部隊隊長はギリッと奥歯を噛み締めた。

 すでに被害は隠蔽できるレベルを超えている。派手に爆散した戦闘ヘリの残骸、失われた兵士たち。

 その時、隊長の暗号通信端末が鳴った。本国のクレムロフからの直接の指示だ。

『――直ちに部隊を撤収させろ』

「しかし、まだターゲットは……!」

『大星の連中がもたらした情報が少なすぎた。あの車と運転手は想定外の化け物だ。君のミスではない。……それに、これ以上雪幌の市街地でドンパチを起こせば、警察だけでは誤魔化しきれなくなる。大星の豚どもには、これで十分すぎるほど貸しを作ったと、プートフ大統領もおっしゃっている』

 通信が切れる。

 隊長にとっては、これ以上ない屈辱だった。彼らの最強のプライドは、たった一人の男と一台の車によって完全に粉砕されたのだ。

「……全部隊に告ぐ。作戦を中止し、速やかに撤退せよ」

 血を吐くような思いで、隊長は撤退命令を下した。

 ***

 雪幌市内。

 静寂を取り戻した住宅街の片隅に、漆黒のRZ-7が静かに停車した。

 爆風と火薬の煤で車体は黒く汚れていたが、超弾性リアクティブ・アーマーに守られたボディには傷一つ付いていなかった。

 無事に神崎の実家に到着した村上は、軋む体を解しながら車を降り、厳重に隠されていた目的の品――『安心サーバー193(イクミ)』の本体を、ついに回収することに成功した。

「……ミッション・クリアだ。あとはこれを本部に持ち帰って、中のデータを抜くだけだが……」

 村上は、冷たい雪空を見上げながら、遠く青津で囮となった友の顔を思い浮かべていた。

(神崎……無事でいてくれよ)

 ハードボイルドな男の祈りは、白銀の空へと静かに吸い込まれていった。

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