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太陽と月の姫~朝食はサンルームで~

作者: 伊守
掲載日:2025/11/15

互いへの愛が重めの令嬢姉妹の二作目。

強がりでもなんでもなく、心の底からどうでもよい姉とどうでもよくない妹。

設定などは前作にあります。

 王都、王城から程近くの高位貴族のタウンハウスが集まる一角。

 周囲より一際大きく、曲線と装飾が彩る優美なデザインの、まるで小さな離宮のような邸宅はスフォルツァ上級伯爵家のタウンハウスだ。

 格上である公候爵家のタウンハウスにも引けを取らない――どころか上回る規模の大邸宅は、嘗て同家へ降嫁した妹姫の為にと持参金の一部として惜しみなく富を注ぎ込んだ先王によるものである。

 幼少の頃妹姫と共に暮らした離宮を模して建てられた大邸宅に、贈られたスフォルツァ家も恐縮しきりであったと伝わっている。

 尚、この邸宅に住む事を許されるのはその先の王妹たる姫の血を引くものとその家族のみ、と定められていた。

 将来万一彼女の血が絶えた時には、スフォルツァ家が傍系に移り存続していたとしても邸宅は王家へ返還することが義務付けられている。

 そして現在、この邸宅の主たる住人であるのは輝かんばかりの美貌で知られた先の王妹殿下の血を濃く引き体現した二人の美女、スフォルツァ上級伯爵家長女「月の姫」アリアーネと次女「太陽の姫」レミリアの姉妹である。




 太陽の光が程よく差し込むガラス張りのサンルーム。

 春や秋の程良い季節の姉妹水入らずの朝食は、この部屋で取る事が慣例となって久しい。

 それは幼い頃のレミリアの「お庭のお花を見ながらお食事を頂きたいわ。あのお花、お姉様の御髪ような色ですもの」という小さな我儘から始まった事だ。勿論妹への大きすぎる愛を持つ姉は、その余りにも小さく愛らしい願いを即座に叶え今日に至る。

 

「お姉様、おはようございます」

「おはようレミリア。良く眠れたかしら?」


 サンルームの手前、侍女と護衛を引きつれて現れた最愛の妹にアリアーネは手にしていた書状をテーブルの上にぱさりと置き微笑んだ。

 姉の眼差しを受けたレミリアは優美に淑女の礼を取る。

 レミリアはこの国の王太子の婚約者として準王族の地位で遇される身とはいえ、姉は姉。敬愛する、何よりも誰よりも大切な姉に敬意を示すのは彼女にとって当然の事だ。

 丸いテーブルの向かい合う位置にレミリアが座ると、すぐに朝食の仕度が整えられた。

 洋ナシ型のシェイプに表面には波打つような曲線が彫り込まれている。蓋の持ち手には花の蕾があしらわれ、最上級のローズウッドの持ち手は女性の手にちょうど良く収まるような細身だ。

 正面から見るとスフォルツァ上級伯爵家の紋章が、裏面から見ると先の王妹の王女としての紋章が刻み込まれているこれは、先の王妹御降嫁に際して作られた嫁入り道具の一つである。

 慣れた手つきでレミリアはその持ち手を握り、二つ並んだポットと同じデザインのカップに中の濃厚なショコラ・ショーを注ぎ分けた。

 本来なら給仕の一部として使用人の仕事になる筈なのだが、レミリアは姉の好物であるショコラ・ショーのサーブの役目は誰にも譲る事はなかった。


「お姉様、どうぞ」

「ありがとう」


 姉妹の時間を邪魔しないよう、極限まで気配を消した執事が丸いブリオッシュとバター、カットしたイチジクと葡萄、洋ナシの盛り合わせ、ポットやカップと揃いのデザインの銀製エッグスタンドに載った半熟卵を素早くサーブした。

 姉妹の好物ばかりが並んだ優雅な朝食の始まりである。





「……時に、お姉様。先ほどご覧になっていたのは、また?」


 フルーツの皿を空にしたレミリアは、普段よりもほんの僅か低くなった声で姉に問う。

 アリアーネが朝食の直前に目を通してた書状の事を、レミリアは見逃していない。


「ええ、まあね」

 

 二杯目のショコラ・ショーを貴婦人の品格を保ちつつ飲み干したアリアーネは少々困ったように微笑んだ。

 スフォルツァ上級伯爵家の長女、アリアーネ・フォン・スフォルツァ次期上級伯爵には現在婚約者がいない。

 以前その地位に納まっていた愚物は、自らの心得違いと愚かな振る舞いによってその地位を失った。

 碌な権力も財産もない貧乏伯爵家の次男坊にとって、高くはないとはいえど王位継承権すら持つ次期上級伯爵への婿入りは、望外の縁談であったのに。

 よりにもよってレミリアと王太子の婚約披露の大夜会で、アリアーネとの婚約破棄とレミリアとの再婚約を叫んだ愚物は早々に貴族籍から抹消されたと聞く。貧乏伯爵家と侮られようとも、かの家にもその程度の判断力は残っていたようだ。

 愚物の事はさておき、現在アリアーネは婚約者がいない。

 王位継承権第七位、伯爵家筆頭家アリアーネ・フォン・スフォルツァ次期上級伯爵に婚約者の地位が空白となったのだ。

 これは家を継ぐ立場ではない貴族階級出身の令息達にとって、人生の一発逆転を狙えるまたとない機会なのである。

 国内指折りの資産を持つスフォルツァ上級伯爵家次期当主のアリアーネの婿となれば一生涯安泰。

 実権与えられずとも妻と、生まれてくる子供たちは王位継承権すら持つ高貴な身だ。当然その夫、その父には相応の敬意が払われる。

 上は公爵家から下は子爵家まで、様々な貴族家から送り付けられる釣り書きの数々。

 主には次男以下の子息の紹介する内容だが、中にはアリアーネに夫として選んでもらえるのなら嫡子の立場を手放すと綴った長男からのものもある。

 国内からのみならず近隣諸国の貴族家からまでも届く釣り書きは膨大な量であり、現在執事が捌いているところだ。

 当然のことながら御家の大事な次期当主であるアリアーネお嬢様の目に触れるにふさわしくない釣り書きは、執事の手で送り返されている。

 アリアーネお嬢様にとってそのような下らないものを目にするくらいなら一分一秒でも長く、もうじき王家に嫁ぐと決まっている最愛の妹君レミリアお嬢様の姿を眺める事の方が重要と執事以下使用人たちは心得ていた。

 その中でも執事達のチェックを通過した「それなりの」釣り書きは合間合間にアリアーネの前に差し出される。 


「少しはお姉様に相応しい、まっとうな縁談は来まして?」 

「貴方のお眼鏡に叶うかは分からないわね」


 レミリアはアリアーネの婿として、相応しい家柄の相応しい令息を選んでほしいと願っている。

 その、レミリアの思う「相応しい」のハードルは凄まじく高い。

 反面、アリアーネの思う婿の条件はそれよりも圧倒的に低い水準だ。単にレミリアのハードルで婿を探すのは砂漠に落ちた一粒のダイヤモンドを探すようなもの、という事もあるがアリアーネは単純に自らの結婚に対する熱意は薄い。

 

「子を為せる健康体であること、実家の爵位は伯爵家格以上、特定の派閥の要職ではない、実家の経済状況が安定している事、最終学歴は王立高等院卒業または同程度の水準……私としては他に望む事はないわ」

「もう、お姉様ったら……そんな事は当たり前ではないですか」

「だって私が跡継ぎを儲けるための種馬だもの。役目を果たしてくれるなら、それでいいじゃない?」


 爽やかで優雅な朝のひと時に、麗しい令嬢の唇から零れたとは思えない単語が転がり出る。

 昔から妹以外の人間への興味関心が極端に低いアリアーネにとって、婿選びなど並んだ名馬の中から一頭を選ぶ品評会のようなもの。

 アリアーネの前に出される時点で最低限の血筋と能力は備え付けているのだから、あとはどれを選んでもそう変わらない。

 アリアーネはレースで優勝したいと思っている訳ではないから、条件を満たしているのならば「誰でも良い」。

 ……まあ流石に、前の婚約者のような愚物はお断りであるが。あれは盛大に青田買いに失敗した例だ。あんなのを選んだのは父であるから、アリアーネは己の失敗だとは思っていない。


「それにしても、ですわ。もっとありませんの?」  

「そうね……付け加えるなら家政と領政に口出しをしない事、未来の王妃の義兄である事を理解して相応しい振る舞いができるかどうかかしら」

 

 何とか捻りだした条件は、まだレミリアの中での合格ラインに掠りもしないらしい。

 可愛らしくむくれて不満を訴える最愛に、アリアーネの口元は緩む。

 敢えてこの二つを挙げていなかったのは、アリアーネには口出しを許さない自信と相応しい振る舞いができなければ一切の躊躇なく切り捨てるという確固たる信念があるからだ。

 家と妹と己の害になる男など百害あって一利なしなのだから。


「お姉様は、いつもそうやってご自分の事を軽んじていらっしゃる」


 レミリアの声音に、珍しく不機嫌さが滲んだ。普段は柔らかく穏やかな太陽のような妹の表情が、曇り空のように翳る。


「あら。軽んじているつもりはないわ。現実的に考えているだけよ」

「現実的、ですって?お姉様は誰よりも聡明で、誰よりも美しく、誰よりも高貴な方ですのに。そのお姉様が『誰でも良い』だなんて……」


 レミリアの声が震えた。カップを持つ手に、わずかな力が込められる。レミリアにとって姉に最も相応しい男とはこの国最高の男である事だ。しかし、地位だけを切り取るならばその男は、再従兄の王太子は、妃にレミリアを望んだ。望んでしまった。本当ならば姉を選ぶべき男であった。

 妹の様子にアリアーネは静かに息を吐き、テーブルに肘をつくと組んだ指先に顎を乗せた。


「レミリア。私はね、愛するどころかこの方ならば、と思う方すらいらっしゃらないのよ。私にはそういう相手がいない。だから、条件さえ満たせば誰でも構わないのよ」


 アリアーネの言葉に、レミリアはぐっと唇を噛んだ。

 確かに、レミリアは王太子を嫌ってはいない。寧ろ悪くない、いや良い夫になるだろう。元々気の置ける間柄の再従兄であり、この国の王太子といえば諸外国の王室の姫君達から秋波を送られるような優良物件だ。それになにより、レミリアのアリアーネに対する愛に口を挟んでこない所が良い。

 婚約は政略的な側面もあったが、彼女は幸運にもその悪くない婚約者を愛することができた。……姉に対する愛程の熱量や大きさは無いのだけれど。

 けれど、だからこそ。


「……お姉様にも、そういう方が現れますわ。きっと」

「そうかしら?まあ、現れたら考えましょう。現れなければ、条件に合う方を選ぶまでよ」


 アリアーネは優雅に肩をすくめた。

 その仕草は完璧に美しく、けれどどこかそんな事はあり得ないという諦念を帯びた確信を含んでいるようで、レミリアの胸を締め付ける。


「それよりも、レミリア。貴方の婚礼の準備は順調?」

「……ええ、順調ですわ。ドレスの仮縫いも済みましたし、式次第も固まってまいりました」

「それは良かったわ。貴方の晴れの日が、最高に素晴らしいものになるように私も全力で支えますからね」


 アリアーネの表情が、妹の話題になった途端に柔らかく綻んだ。

 その変化に、レミリアは複雑な想いを抱く。

 姉は自分のためならどこまでも尽くしてくれる。けれど、姉自身の幸せについては、あまりにも無頓着すぎる。


「お姉様……」

「さあ、そろそろお時間ですわよ。今日は王城でのお茶会があるのでしょう?準備なさらないと」


 アリアーネは立ち上がり、執事に合図を送る。

 レミリアも従って席を立ったが、姉の横顔をじっと見つめた。


(このスフォルツァ家に、お姉様に相応しい方……本当に、いらっしゃるのかしら)


 レミリアの胸に、小さな不安が芽生える。

 けれど同時に、姉の幸せを誰よりも願う心もまた、強く燃え上がるのだった


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