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07.チャンスは見逃さず!

 えへ、……えへへへへぇ。


もうもうもうどうしたって顔が緩んじゃってダメ、アキちゃんにウゼェとか針金入れるぞ(どこに?)とか言われてもダメ。


だってなんだかだってだってなんだもん。


ヤバイー、このままじゃ変わるわよ(何かが)。


 あれから笹原君は心を開いてくれたのか、実に私を友人として扱ってくれるようになったんですよ。


くあー!生きててよかったなあ私!


なんでそんな事になったんだかイマイチわかんないけど、結果がこれなら全てよし。


そしてこれをファーストステップとしてセカンドステップはやっぱり男女交際ですよねっ。


「お疲れ様笹原君っ」 


「……部活まで追っ掛けて来ていいとは言ってないぞ」


 ああんもうそんな固い事仰らず、笹原君の胴着姿は目の保養且つ共有財産なんですから。


ほら遠巻きに体育館には鈴なりの女子が。


今日は一緒にバスケ部もいるから、そこのイケメン狙いと一緒になって特に多いわ。


まあ私の一番というかオンリーワンは笹原君だけなんだけど。


「顧問には許可取ってるもん」


「なんでだよ!」


 いっちゃん(剣道部顧問)に笑顔で手を振って見せると微妙な愛想笑いで手を振り返される。


それを胡散臭げに睨んだ笹原君の目からは物凄い勢いで顔を逸らした。


「かなりきな臭いんだが」


「笹原君、シャワー浴びて着替えて来たら?」


「話を逸ら――」


「あああああ相庭悠っ!!」


 隅で奇声を上げながらこっちを指差してるのは女剣と女バスの部長。


……おおっと、なんかマズイ。


どうしようかと思っている間にテレポートかってダッシュで近寄られて両腕を取られる。


目が血走ってますよ先輩方、こいつはヤベェ。


「いい加減剣道部に入りなさい!あんたは我が剣道部の星となるのよ!」


「何言ってんの相庭悠はうちが最初に目を付けたんですからね!さあ今日こそバスケ部に入って貰うわよ!」


 あー……わたしのためにあらそわないでー……。


「ちょっと邪魔すんじゃないよ!」


「そっちこそ!毎年毎年こっちの入部を邪魔してんのはそっちじゃない!」


「なんですってえ!?」


 …………おーおー、体育館で取っ組み合いの喧嘩始めちゃったよ……女は怖いね。


「笹原君、私外で待ってるから。一緒に帰ろうね」


「……」


 それぞれの顧問に取り押さえられている先輩達に引きながら笹原君は勢いに負けたまま頷く。


よし、約束ゲットしたからにはとっとと退散退散。


後にする体育館から聞こえて来る阿鼻叫喚が恐ろしい。


 二十分もしない内に部室から出て来た笹原君は相変わらず訝しげに私を見る。


「べ、別に不正した訳じゃないんだから!ちょっと昔の知り合いだったからあの事をバラされたくなければ中に入れろって穏便に頼んだだけなんだから勘違いしないでよね!」


「立派に脅迫だろそれ」


 チッ、ツンデレ風は通じないか。


「大体、お前一体どんな記録出したんだ。あらゆる運動部の部長が俺まで引き込もうとして鬱陶しいんだけど」


 おお、流石引退控えた三年だけあるわ、私が何に弱いかもすでに洗い出してるな。


でもそこで私を売ったりしない笹原君が好きっ!


「あーうん、笹原君に迷惑かかってるなら、各顧問に言って止めさせるよ」


「……お前は一体何人の弱みを握ってるんだよ」


 ちょっとした昔の人脈ですよ、ここの高校地元の人間が多いし。


 並んで帰宅しながらすぐ間近に迫っている期末試験の事をあれこれ話す。


――……今自然にさらっと言ったけど「並んで」ここ重要、自然に言えてるってとこがミソ、私的テストに出るので必要な人はメモって下さい、と。


ああー、もう付いて来るなとか追っ掛けて来るなとか言われないんですよ私、えへっ。


 しかしどうやってセカンドステージにアタックするかが次なる問題よね。


いきなり押し倒す……のはフラグが折れる以上のカウンター食らいそうだし、いきなりキス……は少女漫画のイケメンしか許されないし……どうしたもんかな。


「そういえば笹原君は模擬試験で23位だったね。どんな勉強法してるの?」


「別に普通。お前は模試幾つだった?」


 キャーッ、質問されちゃったよ!もうこりゃ最近は笑いが止まらんですね!


「2位」


「…………嘘だろ」


「いえ本当です」


「頭良さそうには思えないんだけどな……」


「ギャップがあっていいって事だよね!」


「2位の頭持ってる奴の発言とは思えないな」


「T大生が将来皆エリートコースを歩まないようなもんだよね」


「なんか違うだろ」


 そうかなあ、まあアキちゃんにも成績が詐欺とはよく褒められるけど。


んもう笹原君てば、ギャップ萌えならそう言ってくれればいいのに。


 こんな何でもないような会話が幸せだったりして、足が思わずツーステップを刻むよ。


でも楽しい時間はそう長く続かない、段々と近くに見えて来る笹原君のお家と道場。


好きな人の家を見るのが切なくなるなんて……恋ってやつは。


「ご家族はお元気?」


「まあ。いや……微妙」


「え、風邪とか!?」


「トミさんが……ギックリ腰で、今朝から自宅療養してる」


「えええ!?大丈夫なの?」


 優しいトミさんが痛い思いしてるのかと思うとこっちも居た堪れない。


ギックリ腰ってくせになるとか聞いた事あるし、心配だな。


「軽いものだから一週間も休んでりゃよくなるみたいだけど。……そのお蔭で家の食事事情がなあ」


 はあと盛大な溜息をついた笹原君に思わず首を傾げる。


そういえば笹原君の家の食事やらはトミさんが全部やってるんだっけ。


でも一週間くらいなら自分達で用意出来るんじゃない?


という私の気持ちが顔に出ていたのか、笹原君が力なく首を横に振る。


「うちじゃ誰も料理作れないんだよ。特にお袋が最あ――」


 笹原君が言い終わる前に丁度着いた目の前の家からボンッだかドンッだかいう大きな破裂音みたいなのが聞こえる。


あまりの事に思わず荒ぶる鷹のポーズを取ってしまうとこだったよ。


一瞬目を合わせた私達は急いで笹原家の中にダッシュした。


まままままさかばばば爆発!?警察!いや救急車!?消防車!?どれ呼ぶべき!?


「あらぁ勝利、おっかえり」


 慌てて家の中に入った私達を笑顔で出迎えてくれたのは、スラッしたスタイルでキャリアウーマン!て感じの女の人だ。


お、お姉さんはいなかったはずだよね?え、でもかなり若いし……誰?


「お袋、さっきの音は何だよ」


「お母さんんんんん!?若っ!!」


 恐ろしく若い!いや後妻という事もあるし!?


「ただの若作――いってえ!!」


「オホホ。笹原政子、46歳です。貴女のお名前は?」


 全然見えない……うちの親父様以上がここに存在していたとは……世間は狭いな。


「は、はい。相庭悠、16歳です!笹原君にはいつもお世話になっております!」


 その笹原君はかなりイイ音立てて殴られた頭を抱えて悲痛な表情をしていらっしゃる訳ですが。


しかしここは母の教育方針と見て、敢えてスルー、笹原君ごめん!


(超確定的近未来の)お義母様との初対面、ビシッと背筋を伸ばしまして礼は90度。


「あらあら、行儀のいいお嬢さんだこと。ちょっと勝利ぃ、アンタもカノジョなんか連れて来る年になったのねえ。お母さんアンタが女嫌いだと思ってちょびっと心配してたのよお?」


 ちょびっとですか。


「あの、さっき家の中から凄い音聞こえたんですけど、大丈夫だったんですか?」


 忘れちゃいけない本題を聞いてみる。


寝ててわからなかったとかいうオチがない訳じゃないからなあ。


 しかし政子さんはころころと笑って手をヒラヒラと振る。


「ああ、あれねえ、食べる物ないからゆで卵くらいなら作れるだろうと思って、レンジにかけたら凄い音しちゃって」


「………………」


 思わず笹原君と一緒に重い沈黙。


えっと、なんと言うか……それは「ゆで」卵ではないのでは?という素朴な疑問。


な、なんだこの、濡れた猫を乾かそうとしてレンジに入れましたの都市伝説的な会話は!


ある意味レベルが高過ぎて付いて行けない、流石笹原君のお母さん!


「わかっただろ?こういう人間が揃ってんだよ。お袋なんてこれでプログラマーなんだぜ?」


 マジか……レベル高ぇ。


「あ、でも外食とか、冷凍食品とか」


「爺さんと弟がアレルギーよろしく嫌がる。そのくせ同じ物食わせないと暴れる」


 うわあ、言っちゃ悪いけど面倒臭。


「こんな所で立ち話してないで、こっちいらっしゃい悠ちゃん。今お茶淹れるから」


「今度はガス爆発起こす気か!!」


「私が淹れます淹れさせて頂きますハイ!」


 ビシッと手を上げた私に「あらそう?じゃあ貰い物のお菓子持って来るわね」と笑顔で奥に引っ込んで行く政子さんを見送って、思わず笹原君と同時に溜息をついてしまった。


これじゃ忙しい以前に家政婦さん雇うはずだわ、ほっといたら家が崩壊しかねない。


 肩を落とした笹原君に案内されるままキッチンの方へ行く、と。


「……せ、戦場跡地……」


「…………モップ持って来る。足元気をつけろよ」


「はい……」


 開けっ放しのレンジは見るも無残な姿の上、落としたのか何なのか床に卵が散乱している。


そこを回り込んで丁度コンロに置いてあったヤカンに水を入れて火にかけた。


その間に戻って来た笹原君が酷く疲れたご様子で床を掃除して行く。


ううん、しかし慣れてるっぽい感じも……。


当の戦人は向こうの方で「お菓子用意出来たからねー」と笑顔を想像せざるを得ないご機嫌声だ。


 急須とお茶の葉やらの場所を教えて貰って、もそもそとお茶の準備。


場所は覚えました、これからお茶が必要な時はいつでもこの相庭悠をご指名頂きたい。


蒸らしながら湯飲みと一緒にトレイに置く頃には非常に疲れ切ったご様子の笹原君も掃除を終えて、二人で奥の部屋へと廊下を歩く。


それにしてもトレイも持ってくれるとか、笹原君てばなんてよく出来た人なんだろ!


これはもう嫁になるしか!!


「ありがとねー。さあさあ、食べて。悠ちゃん、勝利の学校での様子とか聞かせてよ」


「そんな事より今日の夕飯どうすんだよ」


「あー……えー……」


 えぇー……。


「あの、よかったら私が作りましょうか?」


「え、いいの!?お願い!」


「ちょっとは遠慮しろお袋!……お前も気ぃ遣わなくていいから、うち人数多いし。爺さんと弟には口に突っ込んでやればいいだけだ」


「大丈夫大丈夫、人数多い食事の用意慣れてるから」


「え、でもお前んち父子家庭なんだろ?」


「お客が多いんだよね」


 アレをお客と呼ぶなら。


 いやでもこれってかなりチャンスなんじゃないですか?


将を射んと欲すれば先ず馬を射よ!これですね!いまこそ無駄に国際料理の数をこなして来た成果が試される時!


神よ、私はこの試練に打ち勝ってみせますとも!


「お願いしたいわぁ、私は殆ど外食だから。今日だってトミさんのご飯を楽しみに帰って来たのに」


「是非お任せ下さいっ」


「ありがとう悠ちゃん!」


「はいお義母様!」


「ノるな!あとどさくさにお義母様とか呼ぶな!」


 がしっと両手を握り合う私達にお茶を噴き出す勢いで笹原君が叫ぶけど、私から反対側の笹原君を政子さんが見た瞬間ピタリと口を閉じる。


一体どんな顔が展開されてるんだろ……知らぬが何とかってやつよねこれは。


「作って貰うわよね、勝利?」


「……相庭、頼む」


「任せて!大抵作れるけど何食べる?あ――つきまして、材料などは?」


 二人揃って首を振られてしまった、トミさん何も買い置きしてないのかな。


「勝利、ちょっとひとっ走りして買って来なさい」


「わかった」


「私も行くよ!」


「そうね、お願いするわ。何から何まで申し訳ないけど。あ、これお金。何か欲しいお菓子でもあったら好きなだけ買っていいからね」


「は、はい」


 財布を受け取ると政子さんの「ちょっと待った」。


「悠ちゃん、さっき勝利が父子家庭って言ってたけど、お父様にご連絡は?」


「いえ結構です」


「そう?」


「はい。まあメールでも打っておきます」


「そうしてね。じゃあ、行ってらっしゃい」


 手を振られて部屋を出ると着替えるという笹原君を見送り五分、スーパーに買い物に出かける。


ああああああ私服の笹原君とスーパーへデート!私が制服っていうのがちょっと締まらないけど。


政子さんありがとう!レンジを容赦なく破壊してくれて!


またしても足がツーステップを刻むよ刻んじゃうよ刻まねば。


「折角だから笹原君の好きな物も作るね。ご家族は何が好き?」


「悪い。適当なんでいいから。お前、家には?」


「だいじょーぶ。さっきメールしたから」


 『友達の家に寄るから多分遅くなる。飯は適当に食われたし』と出したら『いやああああああああああ!!パパが餓死しちゃっても知らないんだからね!><』と帰って来たので『確定的に遅くなる』と返したら完全沈黙した。


あの人も料理出来ないけど、カップ麺くらいは作れるから餓死はナシ。


お客?もなんかまだ到着に時間かかるとか言ってたからまあ大丈夫でしょ。


「えーっと、具体的に何人だっけ?」


「爺さん、両親、三兄弟、お前」


「え、私も!?」


「そりゃそうだろ、飯だけ作らせて帰らせるとかないだろ」


 うわあああああああんぶっちゃけアリだと思ってましたー。


クッ、なんか感激し過ぎて涙出そう、だって女の子だもんっ。


「相庭悠、頑張って夕食を作らせて頂きます!」


 敬礼っ。


「マジでんな気張んなくていいから」


「そういう訳には参りませんのことよ。あ、ご家族の好き嫌いは?」


「外食、出来合い、冷凍モノ。主にジジイと弟が」


「……承知」


 ていうか直刃さんはともかく、弟君のそれは結構困らないかなあ。


こういう事になったらお昼とかどうしてるんだろ。


という私の心がまたしても読めたのか(以心伝心!……と言ったら普通にスルーされたよ)笹原君はひらひらと手を振る。


「意地でも食わない。前に同じ事あった時にはクラスの女子に弁当貰ったらしいけど、冷凍食品ばっかで吐いたらしい」


 その時の女子の気持ちがこっちも吐きたいほどよくわかるような。


恐らく好意があって渡したんだろうに吐かれた日にゃマジでこっちも吐くって。


「徹底してるねえ。自分で料理覚えたらいいのに」


「爺さんが男子厨房に入るべからず、の人間なんだよ」


「そりゃまた今時古風な」


 喋りは全くの真逆という印象だったけど、そういえば直刃さんて昔高校教師だったとか何とか聞いたから、その辺厳格だったのかなあ。


人の尻を触るとか、他がフリーダム過ぎるけど。


 などと会話をしながら滞りなく買い物を終えて、いざ戦場……いや笹原君宅へ帰還。


道場から出て来た直刃さんがニヤニヤしていたのに心底嫌な顔をする笹原君。


挨拶も済ませて早速戦闘……いや調理開始。


もう少しで笹原君のお父さんもお兄さんも弟君も帰って来るとかで、結構急いでやらなきゃならないけどこの流れるような手付きを見よ!自分の後ろに千手観音が見えるようだわ!


 所々笹原君に皿出しとか手伝って貰いながら(いつもはダメと言うらしいけどこの時直刃さんはニヤニヤしながらスルーした)快調に調理は進んで行く。


「ねえ、なんかこれって新婚さんみた」


「焦げるぞ」


「ぅわっ」


 ちょっとくらいピンクな夢を見させてくれてもいいというのにこの現実主義ときたら……そこも好き。


 しかしまたナイスタイミングに笹原君のご家族が揃う時に居合わせる事が出来るとは、グッジョブ神。


政子さんはあんまり笹原君と似てないけど、キリッとした感じが如何にも笹原君のお母さん!て感じ。


お父さんとかに似てるのかな、兄弟も似てたりするのかな。


うわー、なんかドリームが果てしなく広がりますねえ!


「出来ましたー!」


 チャンスをぐっと掴むように、一通り作り終えた料理の前で私は拳を握ってガッツポーズだ。


必ず!美味いと!言わせてみせる!


そして、笹原君の嫁候補に名乗りを上げて!みせる!!


 魂を込めたこの料理、とくと味わって頂きます。





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