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06.後悔はするべからず

 思わずごくりと喉を鳴らして待ち侘びる――……が、待てど暮らせど音沙汰ないんですが? 


なんですかあれですかあれなんですか好きな人に思考が飛んじゃうと嵌っちゃって現実に戻って来れない系ですか私もよくやりますけど流石にここは空気を読んで欲しかったこれじゃここで待ち惚けてる私が放置プレイよろしくででもそう考えるとそれはそれでみたいな新しい自分発見!


でも戻って来て笹原くーん!私はここよー!!


「そうだな、つまり……俺には高嶺の花ってやつなんだと思う」


 にゃんと!?よりにもよって校内一のモテ男である笹原君がたかにぇのはにゃとな!?


度肝抜かされ過ぎて脳内でも噛んだよ!


「マ、……マジで?」


 思わずそう聞くと一つしっかりと頷かれる。


その攻撃に最早私のHPもMPも赤ランプ超点滅してるんですけど、むしろ点滅し過ぎて点きっ放しなんですけど。


 ていうか、た、高嶺の花って、一体どういう……?


「え、えっと、美人とか?」


「顔は…………悪くはないと思うけどな。まあ俺、女の綺麗可愛いはよくわかんないから」


「さ、さいですか。えーっと、じゃあ、性格が聖人君子並みだとか」


「……どうだろうな、優しいんだとは思うけど」


 うう、何この攻撃を受け流す、ある意味防御と見せ掛けた攻撃は。


ていうかなんだって笹原君てば好きな人の事だってのにこんな他人事臭いの。


好きな人って言ったら、もっとこう、胸やら下半身やらにぐつぐつ滾る思いとかその他があるでしょうが健全な男子高生として!


「じゃあ、ええと、なんで好きになったの?」


「惚れたから」


 ギャフン!いきなり最終奥義出して来ちゃいますか、流石笹原君、こんな赤ランプ点滅で瀕死の状態の人間に対しても容赦ないなっ。


だがそこに惚れ直す、どうあっても惚れ直す、反論は受け付けない。


 うぬぬ、これで負けては女が廃る、相庭悠いっきまーす!


「どこがよかったのどこを好きになったの今どういう関係なの!」


「せめて一拍間を置け!」


 ご尤も、うっかり力み過ぎてブレスの存在を忘れて究極のエコするとこでした。


「別にどこって言うか……気が付いたら惚れてたって言うか。どこってのもわかんねえよ、ある意味全部がよかったから惚れたんだろうし。今は…………赤の他人じゃね?つかなんでこんな話しなきゃならないんだよ!」


 うぐぐぐぐぐ、これは落ちていいのかほっとしていいのか。


 笹原君の照れ顔を追い掛けてガン見しつつも、どうにももやっとしたものが頭にも胸にも広がる。


ていうか。


「赤の他人なの?」


「ウルサイ」


 あっれえ?そういう感じには見えなかったんだけどなあ笹原君。


こうやって確かに照れ屋さんですけども、戦法を見るからに敵前で手を拱くような人じゃないはず。


いやそりゃ恋愛とスポーツは違うんだけど、なんて言うかな、もっと根本的なところ。


 ……なんか変だなあ、好きな人がいるって嘘ついてるようにも見えないし。


大体笹原君が好きな人いるとか嘘つくキャラでもないもんなあ。


私に読み間違えはないはずなんだけど、なんだろこの違和感。


 なんか、なんかさあ、やっぱ違うでしょ。


「好きだって言うならなんで踏み込まないの?笹原君らしくないとは言わないけど、そんなんでいい訳?赤の他人のままで、彼女が誰かとくっ付くの、なーんにもしないで見てるだけなの?好きなんでしょ?だったらなんで何かしないのよ。笹原君なら出来るよ、私が保証するよ、頑張ってよ!」


 思わず胸倉掴む勢いで言った、正確には口から突いて出た。


あ、と思った瞬間には笹原君が物凄い勢いで噴き出して、次の瞬間には顔を背けて肩を揺らしている。


………………………………えーと、爆笑されてる?


「おまっ、俺を応援してどうすんだよ。仮にも俺に告っといて」


 仮にもってなんじゃい!こちとら超ガチ!あと笑い過ぎ!


ああああああでも笹原君の爆笑とか超レアなもの見れて嬉しいー!この矛盾した乙女心をどげんかせんと!


「そうなんだけどさあ!」


「いや、そうだよな。なんか勝手に諦め入ってたっつーか。どうしようもねえかなとか思ってたりした」


 遠くを見上げて、そして笹原君が私に顔を向ける。


それこそ滅多にない、微笑みで。


「サンキュ。俺なりにやれる事やってみるわ」


 それを見て、やっぱり笹原君は素敵だなあとか、好きだなあとか、思ったりした。















 って、違うじゃん、全然違うじゃん!何惚れ直しちゃって終わってんの私!


くっ、これが惚れた弱みってやつか、弁慶の泣き所もビックリだ。


応援してどうすんの、やる気にしちゃってどうすんの、バカじゃないのバッカじゃないの!?


 とは思えど、笹原君の爆笑やら微笑みやら見れて超ラッキーとか七転び八起きな自分を否定出来ないっ。


全くなんて恋ってのは面倒なの、止められる気もしませんがね。


 それはともかく、まるっとすりっと開き直って笹原君を探して三千里。


やる気になってくれた感じは嬉しいけど、それでこそ笹原君って感じだけど、どげんかなる前にどげんかせんといかんです!


たかにぇのはにゃな彼女に全て奪われてなるものか。


笹原君の心はゲットしてるかもしれないけど、カノジョの位置まで奪われる訳にはいきませんとも。


せめて一戦交えてからでないとこっちの色んなものが納得出来ないのよ。


 ええ、ええ、もうストーカーでも何でも好きに呼べと。


ていうか笹原君一体どこ行った!部活はもう終わってるはずなのに見当たらない上我がレーダーにも反応なし。


 屋上に上がっていない事確認してから猛ダッシュで(陸上部に入れと先輩が追っ掛けて来たのを振り切りながら)下駄箱を確認。


――ない。


「いつの間に帰った!?」


 油断すると目からビャッと涙が出そうになるのを堪えて再び校門まで猛ダッシュ(陸上部に入れと顧問が追っ掛けて来たのを振り切りながら)。


T字路をきょろきょろと見回し、私の尖ったナイフのように鋭い勘で左をセレクト。


待ってて笹原君、貴方の(確定的近未来)相庭悠が今行きまーす!


 だがお約束のように見付からない、と。


なんだろうね、無くした物って探してる時は出て来ないで必要ない時に出て来るもんだよね。


いやいやいやいやいやいや、笹原君を必要としない時なんてないから!おはようからおやすみまで私は常に笹原君を欲しているから!


うわーん、ないないの神様、笹原君はどこですかーっ。


「何やってんだお前」


「って、いたぁ!?」


 いつの間にか入っていたこの間の公園で、振り返れば笹原君がいる。


アーウチッ、この私ともあろう者がテンパり過ぎて後ろのベンチにも気付かなかった。


こりゃ一本取られたね、と。


ないないの神様ありがとう、私はこれからも貴方の従順な僕であります。


「まさかお前やっぱりストー」


「むしろこっちは探した方だよ。マジでストーカーなら楽だと今心底思った」


「わかった、お前はストーカーじゃない」


 ううん、何その見事なサバト回避。


楽だなと思っただけでなるなんて言ってないじゃないっすか。


「なんか用?」


「何も。強いて言うならこっちもサバトフラグ回避?」


「何言ってんだ」


 流石に切れた息を整えて、笹原君のお隣に腰を下ろす。


目の前には相変わらず子供達が遊び回っている懐かしげな光景。


「笹原君は何やってたの?」


 これが笹原君でなければリストラされたリーマンよろしく黄昏ていると思わざるを得ない。


うーん、恋のフィルターって摩訶不思議アドヴェンチャー。


 じっと子供達を見守っている様子を見詰めていると、ふと視線を横にやった笹原君が何かを差し出して来て反射的に受け取る。


これが笹原君でなければ戦いの先手よろしく突きを入れて来たと判断し投げ飛ばさざるを得ない。


うーん、本当に恋って(以下略)。


 手の中の缶コーヒーをお礼を言いながら後生大事に手で包んでいると低い声が降って来る。


「何かしようと思って来たんだけどな。……何していいか、やっぱわかんなくなってた」


「好きな人の事?」


 小さく頷いた笹原君はふと自嘲するように息を吐いた。


その様子が酷く頼りなげで、なんでもしてあげたくなっちゃう。


「え、えーと、とりあえず声を掛けて知り合ってみるとか」


 だからなんでアドバイスとかしてるんだ自分っ。


んもう、そんな捨てられた子犬みたいな空気出しちゃって笹原君たら、この魔性の男め!


私に理性がなかったら攫って連れ帰ってるところだよ。


うん、私がマトモな事に感謝して貰いたい。


……おっと手が伸びてた…………オホホ、これは笹原君の肩に付いていたゴミを払おうとしただけですのよ。


「無理」


「なんで」


 思わず素でツッコんじゃったじゃないか。


「とにかく無理」


「決め付けるのよくないよー。未来には無限の可能性が広がっているんだから」


 勿論タキシード姿の笹原君の隣に純白のウェディングドレスの私も、だ。


「お前はなんだってそうバイタリティに溢れてんだよ。結構複雑な家庭事情なんだろ?」


「いや単純通り越して複雑怪奇なのは親父様だけだけど。昔ちょっと悟ったんだよねえ、何も考えないで突っ走るんじゃなくて、少しは未来のビジョン見詰めて悔いのないよう行動しようって」


「突っ走ってるだろ。ていうか考えた末の行動がそれなのか」


「私だって考えてますー」


 主に笹原君との純白な未来をー。


「だから、後で食い縛り過ぎて歯を磨り減らす思いは沢山だと思ったのよ」


「どれだけ食い縛ったんだ……」


「しかもやり直すどころか補う事も出来なくなっちゃってさ。まあ未だに思い出して過去の自分が恥しくてもんどりうってあああああああああああっ!!」


「うるせっ、ちょ、オイ何――」


 笹原君の声が瞬時に遠く聞こえるほど猛ダッシュ、なんか今日私走ってばっかりいませんか、青春ドラマだけで充分ですよそんなもん。


公園の端の大きな木にそのままの勢いで飛び付いてガリガリ登る、登るったら登る。


ふっ、この程度の木、木登りの悠ちゃんと呼ばれたこの私にかかればチョロイって。


さっさと目的の枝まで辿り着いてその先にいる真の目的に手を伸ばす。


「そこのお坊ちゃん、助かりたいなら手を伸ばしなさい」


「ううううぅ」


 枝の先の方にしがみ付いたお坊ちゃんたら恐怖で唸り声しか立てやがりません。


下りれないなら登るな素人が!大体私がその年の頃にはむしろ木から飛び下りて遊んでたよ。


はあと息をついてよじよじしながら近寄ると、そっとお坊ちゃんのしがみ付いてる手を外して自分にしがみ付かせる。


全く、最近の子はひ弱だな。


……当時お前が規格外だと近所の兄さんに言われたのはまあ置いておくとしてだね。


「お坊ちゃん、ここから落ちたらどうなると思う?」


「うーっ、怖い!」


「そうだねえ、骨がぼきっと折れる事間違いなしだね。そんでもって折れた骨が肉を突き破って出て来るかもね」


「うわああああああ」


「でもさあ、登って時気分よくなかった?」


 幹の方へ体を後退りさせながら尋ねると、腕の中でこくんと頭が頷く。


うんうん、わかるよ、登り切った瞬間なんか、世界は我が物って感じ。


何故登るんだと聞かれたらそこに木があるからだと答えるくらい脳内麻薬出まくってたな。


「色んな事忘れちゃダメだよ、お坊ちゃん。あのねえ、君はもう怖くて登りたくないと思うかもしれないけど、そうしたらさ、君はひっくーいとこでももう怖くて、どこにも登れないよ。あの鉄棒の上にもタイヤの上にも、それで皆と遊べなくなっちゃうよ」


「…………やだ」


 そうだろうとも。


「だからさ、今度はいきなり大きいのじゃなくて、少しずつ練習して高いのに登ろう。そうすればこんな木よりずっと大きいのに登れるよ。君は怖いのを覚えたから、大きい怪我をしないように気をつける事が出来るしね。そしたら君はヒーローだよ」


「ほんと?」


「勿論」


 歴戦の勇者と呼ばれた私が言うんだ、若干は信じなさい。


 結局私も同じだったんだと今になってわかる、怖さを知らずに何でも出来る気になっていたから自分の足元が見えていなかった。


それが自分にどんな怪我を齎すかなんて、ちっともわかっていなかった。


後悔した、歯どころじゃなくて頭も禿げるくらい。


それでちょっとわかった、怖さに怯えて何も出来ずに後悔するくらい後味の悪いものはないって。


 ――あの時なんで逃げ出したんだろう、なんでもっと必死になって探さなかったんだろう。


後味の悪い後悔はきっと一生どこかに付いて回る。


 そりゃ今だってあんまり考えてるとは言えないかもしれないけどさ、前みたいな後悔だけはしたくないんだよねホント。


禿げるのもやだし。


「お坊ちゃん、見てみ。夕焼けキレーだよ」


 恐る恐る顔を上げたお坊ちゃんは遠く向こうに見えるオレンジ色の光にぽかんと見入る。


「諦めなければ今度はもっと高い所で見れるよ。今度は自分で下りて、ね」


「うん。やる」


 何度も頷いたお坊ちゃんの頭を撫でて、こっそりと下を見て思わずぎょっとした。


お坊ちゃんやその友達のだろうお母さん達が青白い顔で声もなくこっちを見上げている、その中には心配そうにしている笹原君もいた。


ヤバイヤバイ、これ以上の長居は無用だ。


「さて、下りますよお坊ちゃん。背中にしがみ付いて、下は見ないようにね」


 高さよりある意味お母さん達の顔に度肝抜かされるかもしれないから。


あんな母親の顔見たら一種こっちよりトラウマになるよ。


 少しずつ移動させておんぶすると、お坊ちゃんの腕が首にしっかり回ったのを確認してスルスルとUターン。


昔取った杵柄はまだまだご健在、えっへん。


我ながら惚れ惚れする鮮やかな木登りでした。


「はい、ご到ちゃ」


「まーちゃん!!」


 く、と言う前に背中から降りたお坊ちゃんにお母さんが突進して来る。


わんわんお母さんが泣くもんだからお坊ちゃんがポーカンだ。


ははは、なんかハートフルな光景でいいですねえ。


うちのママ上様はすっかり記憶にないくらいだもんなあ。


もし生きていたら、こんな事もあったのかもしれないな…………私が登った木から下りられないなんて失態をかますとは思わないけど。


「ありがとうございました!」


「いえいえ、無事で何より。ただ、練習は止めさせないで下さいね」


 は?と首を傾げたお母さんに向かってお坊ちゃんがやる気に満ちた顔で「木登りの練習するんだ」とのたまったもんだからお母さんまたしても真っ白。


「でも」


「いきなり高い所に登らないように教えるだけでいいんですよ。それこそそこのちっちゃいタイヤからでも、少しずつ練習させるようにして。でないと怖がって鉄棒にも登らなくなりますよ」


 大きなショックっていうのは最悪そういうものだ、人によってはちょっとの段差でさえ当時の高さに見えるらしい。


 さっとお母さんは引き篭もりまっしぐらの息子を思い浮かべたのかどうか、神妙な顔で頷いた。


……よかったよこのお母さんがモンスターなんとかじゃなくて。


いい母親を持ったな、お坊ちゃん。


「お姉ちゃんバイバイ!今度は絶対自分で下りるからね!」


 頭を下げ下げしているお母さんに連れられてお坊ちゃんが帰って行くと、周囲にいた人達もバラバラと散り始め、残ったのは笹原君。


 あ、そういえば笹原君の哀愁時間の邪魔しちゃった感じ!?


「ごごごごごめん笹原君!何か考え事してたんだよね?騒いじゃってごめんね!」


 言ったばっかりでこれだ、いや後悔はしてないけど。


両手を合わせて拝むように笹原君を見ると、呆れたような……それでいてなんか楽しそうに、少し笑ってる。


ばっくんと胸を突き破って出て来そうなくらい大きく心臓が鳴った。


「お前、ホント変だ」


 あう……人がまたしても惚れ直してる時になんですかそれは。


「でも、いい奴だな」


 思わずぽかんと笹原君を見上げた。


それに笹原君はまた面白そうに笑う。


「訂正する」


 はっきりとそう言った。


「お前みたいなの、結構好きだ」


「それはプロポーズと受け取ってもい」


「女じゃなく、人として」


 ……そこで落とすのどうかと思います先生、KYですよ。


 ああでも、顔がニヤけちゃって止まりません、どうしたらいいですかセンセー。


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