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03.追わなきゃ一兎も得られない

 じいっと見られちゃったので、じいっと見返しました、目には目をってやつね。


十秒、二十秒、三十……。 


「うわあ、やっぱダメだ!こっち見んな!」


「自分から見ておいてなんだその言い様。アキちゃん、どったの、急に睨めっこなんかして」


 16にして童心に返ろうって?


「あんたもある意味相当目力あるわよね、なんかうっかり奴隷にし……トキメキそうになったわ」


 奴隷にしたいという心の本音がうっかりだだ漏れですよお姉さん。


「やだ、私の心は笹原君のものなの、ごめんなさい」


「そう言われるのも逆にむかつく。じゃなくて、あんたこのところ凄い事になってるじゃない」


 ちょ、また珍獣疑惑か。


今やこんなに恋する普通の女の子の私に向かって失礼ぶっこきまくりじゃないですか?


「この一週間、あんたの一番の友と自負している私が観察したところによると、いつの間にか随分あの大魔神と仲良くなってんじゃないのよ」


「大間陣?」


「発音がおかしい、大魔神。笹原勝利に決まってるでしょ。剣道界どころじゃなく、校内でもフツーにこの二つ名で通ってるわよ。知らないの?」


 存じ上げませんでした、二つ名とかそんな格好いい感じの通称が存在したなんて。


お爺さんの話じゃ、勝利っていう名前の所為で昔凄くからかわれたらしいけど、今じゃその名に偽りなしって連勝ぶりだし。


 でも昔があるからか、明石君曰く名前を呼ばれるのは好きじゃないみたい。


そういえば笹原君の友達は皆「笹原」って苗字で呼んでるっけ。


ていうか、私自分の目と足で集めたものしか信じないから、通称とかはさっぱりわかんなかったなあ。


 私としては笹原君を「ア・ナ・タ(はあと)」って呼ぶ予定だし。


あ、勿論籍入れてからの話だけど。


「あんたが大魔神を好きだとか抜かしてから……入学式後だっけ?だからもう三ヶ月近くになるか。全然接触してないみたいだったのに、何がどうしてそうなってんのよ」


「話せば長い事ながら、十日ほど前に告っちゃいました、そして断られちゃいました」


「短っ、そしてイミフ!なんでフラレたくせに逆に仲良くなってんの」


「やだアキちゃん、そんな、恋人同士みたいだなんて嬉しい事、もっと言ってぇ!」


「誰も言ってねえっつーの」


 アキちゃんこと、東山明菜は私の小学時代に苦楽を共にした友達だ。


私が小学の時にアキちゃんの住んでたとこに引越して行って、中学ではアキちゃんが引越して、それでまた私が元々の出身地であるここに引越して来てまた引越ししたアキちゃんと高校で再会と相成りました。


まあ引越し民族仲間とでも言うか。


なんとも笹原君どころじゃない感じにクールでドライなフレンドです、そしてM男が大好物なドS女王さ……女の子です。


 頼子といい、私の友達ってちょっと趣味変わってるわ。


私は至ってフツーって言うかこれが惚れずにおれるか的なデスティニーな訳だけど。


「ま、あんたがフラレたくらいで諦めるとは思わないけどね。でも私が見る限りじゃ笹原もフツーに相手してんじゃん」


「そう見える?だといいなあ、例え諦めの境地だとしても。悟りを啓くなんて流石笹原君」


「むしろあんたの頭の中が開けてるって。しかしまああんたにゃ丁度いい相手かもね。告られんの少なくなったでしょ、大魔神相手にやり合おうなんて根性ある男がそうそういる訳じゃないしね」


「笹原君を傷付けようとするなら、むしろ私が相手なんですけど」


「本末転倒」


 いやいやいや、恋する乙女としてはもう戦いも辞さない覚悟ですよ。


なんだったら恋する戦乙女とでも呼んで!


 でもそれとは違う女の戦いもちょっとは想定したんだよね。


だってほら、笹原君てば幾ら最近は観賞用に成り果ててても超モテ男だし、確かに最近私が笹原君と廊下で会ったら普通に会話するくらいにはなってるから、近付けない女達の妬みや僻みや嫉みなんかを想定してイメージトレーニングも準備万端に積んでた訳なのよ。


 ところがどっこい、どこに潜んでいるんだと思うほど音沙汰なし……逆に不気味。


私ならこんな女が登場したらもう居ても立ってもいられないけどなあ、だからって負けるつもりもないですが。


「そういや、あんたや大魔神の事こそこそ付け回してた写真部の連中も見ないわねえ?」


「おっと、詮索はご法度ですぜ旦那。カタギが足を突っ込んでいい世界じゃあねえ」


「誰に向かって言ってんだ?」


 ですよねー女王様。


「いやまあ、ちょびっとね、ありまして」


「ほほう?」


「いやまあ、ちょびっと、校舎裏にツラ貸して貰っちゃったと言いますか」


「なるほどねえ。流石の大魔神も絆された、と」



「そんな、くんずほぐれつ、だなんて」


 キャ、恥ずかしいっ。


「……」


 あら、バナナで釘が打てそうなその凍て付く視線。


 でもやっぱり私の(近未来)笹原君には勝てないけど。


笹原君のあの瞳に見詰められたらクールダウンどころかホットでパッションでヒートテッ……違う、ヒートアップなんだもの。


「ん?悠、鳴ってんのあんたのじゃない?」


 そうですね、机の脇の鞄から軽快に流れるジョーズの着信音はまさに私のケータイですとも。


ええ、ええ、わかっておりますよと、アキちゃんに向かってにこにこ。


 一瞬訝しげな顔をしたアキちゃんはすぐに察して呆れたように肩を竦めた。


おお流石、言葉なくしても思考が通じる、文字通り心の友よ!


「つか、おじさんまだ相変わらずなんだ……」


「ええ、まーだまだ」


 死んでも治らないとはまさしくアレの事だろうと思う。


「あの闘魂さえなければダンディなオジ様って感じなのにねえ。……血かしら」


 なんですかそのそれさえなければ的な、非常に残念な人間に向ける視線は!?


 否、断じて否!


確かに遺伝子上は鉈でぶっ千切ろうが切れない縁かもしれないけど、私がアレに似ているなんて事は断じて!断じて否!


 ぶるぶると首を振った私にアキちゃんは「ハイハイ」よろしくひらひらと手を振って来る。


……そんな投げっ放しジャーマンな……この憤りをどうしろと。


「今度はどこに行ってんの?」


「おフランスざます」


「また似合いそうな似合わなさそうな」


 はっきり言って構わなくてよグラン・スール、月とスッポンだと。


「あれじゃないの、世界を転々として最強の娘を倒す為にライバル探しを……」


 それなんて柔道漫画?


「いやいやいや、そんな高尚な事出来るならあれを真の父親と認めてもいいよ私は」


「認めてないんかい。って、出ないからメール着たんじゃない?」


 ハイ残念ボッシュート、の曲が鳴り終わったケータイを渋々鞄から取り出す。


珍しくメールなんか寄越して、一体何の用なんだか。


あんたの恋する一人娘は今父親のメールを読んでる暇もないくらい胸が一杯だというのに。


 ぱかっとケータイを開いてメールを見てみる。


――……。


「ハイハイ、一瞬で見なかった事にしなーい」


 引き止めるアキちゃんの手に閉じ掛けたケータイを押し付けてやる。


こうしてメールを見た者は複数の人間にメールを見せないと呪われ続けてしまうというアレですね。


「うわあ、またこれ強烈」


 そうでしょうとも。


何が悲しくて「もうちょっとで帰るよマイラブリー(*´З`)/ちゅっちゅ~(はぁと)」なんてメールを貰わにゃならんのですか。


顔文字付きもさる事ながら、小さい「ぁ」が更にイラッとする。


しかも教室の後ろで見ていたかのようなこのタイミングにもゾワッとする。


「36にもなってこれとか…………ねえ、吸血鬼って実在すると思う?」


「いたとしてもDNAを抜いてくれる訳じゃないって」


 なんて役に立たない架空生物。


 返されたケータイからサクッとメール削除して、出て来るのは盛大な溜息しかない。


帰宅を予告するならもっと日時を正確に寄越したらどうなの。


「よし、無視!」


「イイ笑顔で言い切ったわね」


「だってほら、私色々忙しいし。笹原君の事とか笹原君の事とか、笹原君の事だったり、あと笹原君の事とか」


「……血かしら」


 なにおう!?









 そんなこんなで今日は学食で昼食を満喫した後、委員会の集まりがあると早々に行ってしまったアキちゃんを見送って、一人教室に戻りながらブラブラ。


 もうちょっと夏休みだ、窓の外の緑が濃くなってて綺麗だなあ。


そういえば夏休みはどうしようかな、叔父さんの家でバイト頼まれてる以外は特にない。


精々アキちゃんや頼子と今年の水着を着倒すべく海とプール三昧で。


親父様は……まあ引き続きシカト続行として。


 予定があんまりないと却って夏休みって長いよねえ。


一ヶ月も笹原君に会えないとか、一目すら見れないとか、一体私は一ヶ月をどう乗り切ったら……。


 ……、…………、………………。


今私何考えた?


「あー!さ、笹原くーんっ!!」


 顔見知ってみればこのところは廊下でもよく出会ったりする。


今まではただ擦れ違うだけだったり、遠目に見るだけだったりしたけど、今の私は違う!


 ダッシュで駆け寄って、「げ」みたいな表情を僅かに出した笹原君に私は訴えた。


「非常事態!」


「何言っ……なんかあったのか?」


 少し目を険しくさせた笹原君に思わずうっとり……してる場合じゃなかった、今は。


うっとりのご利用は計画的に。


 ぶんぶんと首を縦に振る私に笹原君は言葉を促して来る。


大変だ、大変に非常な事態です。


「夏休みに入ったら笹原君と会えなくなっちゃうよ!及び視界に入れられなくなっちゃうよ!」


 どうする私!?続きはWEB……いやこれはリアルだ!


半泣きの私にやっぱり心底呆れたと言わんばかりの顔しか見せない笹原君ははあと溜息をついた。


 しかし最近笹原君たら表情が豊かになり過ぎて、私の『ドキッ!笹原勝利君だらけの分析データ!ポロリはないよ!』のお世話になるまでもない。


見れば大体分析データに照合しなくてもわかるくらいには変わったと思う。


……鈴木君辺りは「背景の間違い探し(例:雲の形が違う等)みたいなもんだな」と言うけど。


 しかもこんなに笹原君が心置きなく当たり前のように溜息をついてくれるようになったなんて、悠カンゲキッ!


「間違っても家に押し掛けて来るなよ?」


「間違ってみないとわからない!」


「だからそもそも間違うな」


「いっそ間違いを起こしたい!」


「起こそうとするな!」


「諦めたらそこで試合終了なんだよ!?」


「だからっ……あー、もういい。お前のボケに付き合ってると疲れる」


「そんな付き合ってるだなんて!私達まだ手も繋いでな……あーっ、行かないで笹原くーん!!」


 カムバーック!!


とか心で叫びつつ追い掛けてしまう私。


追わなきゃ一兎も得られないって言うじゃない?言わない?


 長い足でスタスタ先を行く笹原君と同じスピードで歩いて隣に並んでみる。


ああもう二人で並んで歩けたら、学校の古ぼけた廊下だって素敵な街路に早変わり。


そして二人は自然に手をそっと伸ばして指先が触れ合う……。


「ねえ、笹原君……」


「何」


「そういう訳で、間違わずに笹原君家に遊びに行っても構いませんでしょうか」


 自分で言っておいて何だけど、うっかり忘れるところだったよ本題。


いやあ、我ながら便利な巻き戻し機能が付いてる。


「さっきの人の話聞いてなかったのか、俺は押し掛けて来るなと言ったんだ」


「笹原君の言葉を一音たりとて逃す私じゃないよ。だから、正々堂々正面から、遊びに」


「俺は遊びたくない」


 いやん、クール通り越してコールドなお言葉っ。


だがそこもいい!


「じゃあ、遊びじゃなくて、真剣なお付き合いを」


「断る」


 早撃ちガンマンもビックリなコンマの世界で拒否されてしまったよ。


「ええー、じゃあどうしたらいいの」


「なんで俺が無茶言ってるみたいになってんだよ!だからそもそも来るなっ」


「いやきっと無意識に行っちゃうし」


「ストーキングか」


「わかった!」


 ナイスアイディア!頭の上に電球が光らないのがむしろ惜しいくらいだよ!


ぽんと古典的に掌を拳で打ってみる。


「家がダメなら道場に行けばいいじゃない」


 どこぞの女王も真っ青なこのアイディア、とくと見よ。


「却下」


 しかし笹原君は悠の攻撃を跳ね返した!悠はカウンター攻撃で心にそこそこの傷を負った!


しかし悠はさっさと自己再生した!


「確か笹原君家の道場は門下生を募集ち」


「問題外」


「せめてチューまで言わせてっ」


 してくれとは言わないから!……今は。


 だったらどうしようかなあと思いつつ、笹原君の隣を歩き続けて屋上まで来てしまった。


天気が良くて暑くない日には私も友達と昼休みにご飯食べに来たりバレーボールをやりに来る。


この高校高台にあるから結構眺めがいいんだよね。


 笹原君もこの屋上気に入ってるのかな、ふむ、データに追加と。


「あれ」


「ん?……ヒィッ!」


 上がって来た場所から裏の方へ行こうとしたら、前方から見知った顔発見。


しかし人の顔見るなり血の気引かせて息を飲むとか、超失礼じゃないですか?


全く、今時の先輩は礼儀がなってないなあ。


「こんにちは、中込先輩」


「こっこここっコンにちワ!」


 声が裏返ってますよ、肖像権侵害罪の前科を持つ写真部の部長さん。


「いいお天気ですねえ、こんな日はいい写真が撮れそうですね中込先輩」


「ソウデスネ!ボボボクは今屋上に咲いたタタタンポポを撮っていいいいたところなななんだナ!?」


「おにぎりが大好きな大将の真似ですか中込先輩」


「そそそそうなんだ!だからぼかぁ失礼するよ相庭悠様!」


 ビシッと敬礼よろしく手を上げて脱兎の如く屋上から走り去る間際の先輩の目尻には何故か光るものが。


「んもう、中込先輩ったら後輩に様付けなんかして、お茶目さんっ。ね、笹原君?」


 にこにこと見上げれば突き刺す如くの訝しげな目。


そ、そんなに見詰められたら私……思わず両手を胸の前で組んで上目遣いの乙女のポーズをとっちゃう!


 四年間も鏡の前で我ながら自分探しの旅に出たくなるほど頑張って会得したポーズだというのに愛しの笹原君たら華麗なるスルーだよ。


これはもう全国どころか、遥か彼方の銀河系レベル。


笹原君こそ私のマスターオブスルー!


 なんてやっている間にもさっさと視線を外してスタスタ歩いて行く笹原君を追い掛け、誰もいない一角のフェンスの前で立ち止まる。


笹原君はただじっとフェンスの間から遠くを見詰めていた。


それを私は隣でじっと見詰める。


 今度はスルーなんてレベルじゃなく、隣にいるはずの私は空気ですらなくなった。


大好きな笹原君の真っ直ぐな目が、遠くの「何か」を見詰めている。


真っ直ぐ、真っ直ぐ。


 無意識に握った私の掌がじわりと痛んだ。


多分強く握り過ぎてる、頭のどこかでわかっているのに止められない。


 今まで、ほんの数週間前まで、私は笹原君にとって目にも入らない存在だった。


 なのにどうしてだろうなあ。


今の瞬間が一番、笹原君との距離を感じる。


 困るなあ、だってこんなのはちょっと流石の私でも困っちゃうよ。


 笹原君の見詰める先に「好きな人」がいるって、わかっちゃう。





 困るなあ。


その目が強くて優しいのがわかるから、なんか胸が痛いのに……その表情を見れて嬉しくなっちゃうから。


 ちょっと、困るよ。








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