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02.早起きは三文の得

「……なんでお前がここに……」 


「俺が相庭の弁当駄目にしちゃったから」


「そういう訳でパンくれるって言うから」


 翌日ウッキウキで登校した私を待っていたのは廊下の角で明石君と出会い頭正面衝突するというイベントだった。


お互い転校生でもなく朝食べ損ねたパンを咥えてもいなかったので、ドキッとかいうのもなく(当然だ)、フツーに私が持っていたお弁当箱が宙を舞って再起不能になっただけだけど。


 これならお互いドローと思うけど、ところがどっこい明石君のおドジったら、足滑らせたの堪えようとして私のお弁当踏んじゃったんだよね。


また丁度私も今日やたら早朝に目覚めてルンルンで気合入ったお弁当作ったのはいいけど、超ウカレポンチだったからお弁当袋忘れちゃってただ手提げにお弁当箱入れて来ただけだったもんで、中身飛び散るわ挙句大丈夫だと思った半分は踏まれるわで、どう考えても食べられない。


 そんなこんなで明石君が昼に買うというパンを私もご相伴する事になった。


しかし!いやしかし!あんな百害あって一利もなしだと思っていたイベントにこんな盲点が!


そういえば明石君のパンをご相伴に与るイコール明石君と一緒にご飯を食べる(大抵購買近くの空き教室で食べるらしく、貰いに行って私が教室まで戻るのは面倒という事で)イコール笹原君とも一緒に昼休みが過ごせる!!


 明石君グッジョブ!ナイスイベント!


「だからストーカーじゃないの、安心してね」


「いっそこうも偶然の方が恐ぇだろ」


「まあいいじゃん、相庭と飯食ったなんて、俺教室戻ったら超自慢しよ」


 能天気に訳のわからない事を言うのは二人の友達の鈴木君、こちらは明石君と違ってその大概の事は気にしてなさそうな能天気さ経由のお友達と思われる。


まあ笹原君の友達なんだから、薬にはならずとも毒にもならずって感じかな。


笹原君と明石君が目立つ人種なだけにちっとも脚光を浴びてはいないけど、私の友達の頼子には絶大な人気を誇ってる(彼女は「(大概恋愛対象にはして貰えない)所謂いい人」フェチなんだそうだ)。


「ははっ。そういや俺も相庭に関しちゃあいつらに超自慢出来っかな」


「何の話?私もしかして珍獣扱いされてる!?こんなに大人しくて目立たない子なのに!?」


 そう言ったら明石君も鈴木君もお腹抱えて爆笑し出してしまった、笹原君さえ「お前のどこが大人しいんだ」的な目で見ている。


 うう……だから別に人に自慢出来るようなレア珍獣じゃないっつーの!


過去の経験を踏まえてこれでも私なりに大人しーく慎ましーく高校生活を過ごしてるっての。


運動系の部活には入ってないし、勧誘も断ってるし、体育の授業だってそれなりに気を使ってるし、今入ってるのなんか茶道部ですからね。


親父様に報告した時には電話越しに電波みたいな奇声上げられましたよ、……やっぱシメとくかな。


 中学の時もうっかり体育の授業だけはと張り切っちゃったら毎日のように部活勧誘に追い掛け回されて大変だったもんなあ。


あれこそストーカーでしょ、私なんてストーカーが聞いたら鼻で笑うレベルでしょ。


お前が?ハッ(嘲笑)、て感じでしょ。


 そういえば朝だとか休み時間だとか放課後だとか、かなりの鬼ごっこを校内でやらかしたから目立ってた……かな?


「測量テストでなんか凄い数字叩き出したとかだろ?先輩達が目の色変えて追っ掛けてたもんな」


 やっぱそれかい。


中学の教訓を踏んで控えめにしようとしたっていうのに、ついつい楽しくなって張り切ってやっちゃったからなあ。


「相庭超目立ってんよ。可愛いっつーかビジンだし、スタイルいいし」


「そんなお世辞的に褒めても何も出ないよ鈴木君」


 これが笹原君なら何か色々なものが出て来るかもしれないけどねえ。


「しかし相庭、告られても全員撃墜してると思ったら、よりによって笹原狙いとはなー。すげー趣味してんね」


「やだそんな、目が高いなんて褒められると照れるよ!」


 バシッと鈴木君の背中を叩いたら鈴木君と明石君に奇妙な目で見られた上、笹原君は心底呆れたという顔を逸らされてしまった。


 んもう、ホントに照れ屋さんですこと。


でも私としてはそこも可愛いって言うか大好きって言うか!


「つか、この無愛想のどこがいい訳?常々コイツにビーム放って撃沈してる女子に聞いてみたかったんだけど」


「ああそれ俺も思った。つか今じゃ近寄られもしねえのに、相庭すげえな」


「ええー、乙女の秘密と言いたいとこだけど、やっぱり最初は眼力かなあ。なんかこうビビビッと来たって言うか」


「古!あー、でも眼力はハンパねえよな」


 うんうんと頷いた鈴木君に言ってる傍からジロリと刺すような笹原君の視線が飛ぶ。


ああ~、それそれ!そこにシビレルアコガレルぅ!!


「でも私は笹原君の全部が好きだから!」


「……お前が俺の何を知ってるっつーんだよ」


「ある程度は知ってるよ。小さい頃は道場が嫌でプチ家出したとかその後お父さんに散々怒鳴られ殴られて押入れに閉じ込められて大泣きしたとか、あと」


「あのジジイ喋りやがったな!?」


「そんな微笑ましいエピソードワンも好きだよー」


 因みにエピソードイレブンくらいまで聞きました、笹原君がトイレ行ってる間に。


どうやら笹原君は小さい頃結構泣き虫で今とは似ても似つかない子だったらしい。


「お爺さん、写真見せてくれるって言ってくれたんだけど、私断腸の思いで断ったから!」


 やっぱりメモリアルアルバムは二人きりで一緒に見るのがセオリーだよね。


いやしかしまさに断腸の思いでした、身を切られるとはこの事を言うんだなあ、喉から手が出るとか。


胸を張って言い切った私に笹原君は嫌そうな顔を向け、そして次には不思議そうな顔……いや怪訝そうな顔をした。


「そこで見てないけど貰ったとかいうオチじゃねえよな」


「本人の許可ない撮影は自分的ご法度と戒めております故!」


 見損なっちゃあ困りますよ、ええと肖像権の侵害に当たるんでしたっけ?


ぶっちゃけ私だって無断でそんな事された日には、校舎裏にちょっと面貸せの刑執行ですよ。


もう一丁胸を張った私に笹原君は今度こそ不思議そうな顔をする。


 いや、だからストーカーじゃないと言ってるのに。


「え、でも相庭の写真は結構撮られてるよな。許可してんの?」


「うわバカ鈴木っ」


「あら鈴木君そのお話ちょっと詳しく」


 明石君が頭を殴る前にぐっと身を乗り出した私に鈴木君がなんとも脳がお天気な……失礼、暢気そうな笑顔で頷く。


「写真部が秘蔵入手したとか言って、一枚幾らで売り出されてんじゃん。知らねえの?」


 ほう、写真部とな……となると部長は3-Cの中込先輩だな、副部長は3-Aの柏木先輩。


オーケー、標的データ照合グリーン、明日の昼休みに刑執行。


うふふ、首洗って待ってろ。


「当然無許可だから、買ってる人見たら止めてね」


「あ、俺買っちゃったー」


「何故買う」


 のほほんと言った鈴木君に思わず笹原君と声がハモってしまった。


ああ!これが二人の初の共同作業!?


「だって水着写真はプレミア付くかもって言ってたから」


 あのねえ鈴木君、そんなものは付かないからそういう口上で売り出されるんだよ。


 ていうか、さあ。


「水着って何!?」


「スク水、学校の、プールん時の」


 ……簡潔なご説明どうもありがとう。


これは面貸して貰ったくらいじゃ済まないかも、ひょっとしたら闇に葬ったはずの過去の私が顔を見せる事になるかもしれませんね。


うん、とりあえず今日の放課後、中込先輩の兄の確保から始めるか。


「わかった、ありがとう、かなりいい情報だった。鈴木君の分は不問にする」


「よっしゃー!」


「楽しい人だねえ、鈴木君は」


「相庭も相当だと思うけど俺」


 ニヤリと言った明石君にそうかなあと首を傾げてしまう、いやそんなはずはないのよ。


そりゃ確かに入学当初不本意にも鬼ごっこ開催しちゃって皆の記憶には新しいかもしれないけど、そんな超不本意な珍獣扱いで写真まで出回っているんだとしても、そんなちょっとばかし悪目立ちしちゃったフツーの子だからね私。


「ていうかスク水とかなくない?」


「あー、まあ盗撮だし、しかも水着とかやっぱ犯罪だよなあ」


「え、でも可愛かったよ」


「ありがとう鈴木君。でも私もっと可愛い水着持ってるんだけど」


 体重体型は維持してるけど、でもほらまだまだ成長期の女子ですから縦にも横にも大きくならなくとも、年々高くなっちゃうとこもある訳なんですよ。


そんなんで毎年買い換えるんだよね、勿体無いから着倒すつもりでプールやら海三昧してるけど。


今年なんて高校生になった事だしと思って可愛くもぐっと大人っぽいのとか買っちゃったんだから、胸の谷間がそりゃもうスゲーナスゴイデス!って感じのやつをさ。


それに比べりゃスク水なんて足元にも及ばないわ!マニア向けとか問題外!


「そうだよ、どうせなら今年買ったエロカワ水着のやつで撮ってくれればいいのに!あっ、もしかして笹原君はスク水派だったり!?だとしたら私海とかプールでスク水も吝かじゃないんだけど……」


 やっぱり好きな人の好みに合わせたいのが乙女心なのよね、キャ。


「……一人で勝手に好きなの着てろ」


 ああんもう、絶対零度の冷ややかな視線もまた堪りません!乙女の前には温度差など何のその!


 人がうっとりと笹原君を見詰めているのに何故か明石君と鈴木君は大爆笑。


いや勿論笹原君の友達だし、実際いい人達だとは思うけど……よくわかんないわ。


「今のどこに笑いのツボが?」


 まさかこの最大にして最強のEカップ美乳に何か?


「つか相庭マジおもしれー!こんなキャラだとは思わんかった」


「笹原前にするとそうなんのな、なるほどねえ」


 ゲラゲラ笑う鈴木君の隣で何やら頷いている明石君、そして我関せずと無視を決め込むマイクール笹原君。


「いやいや、男子もどうせならそう思うでしょ。写真に収められるのに、ジャージでいいと思ってんの?」


「そりゃ問題が違うっしょ。鋭いかと思えば、案外ボケだな相庭」


 褒められているのか貶されているのか、非常に微妙なところですよ明石君。


「その点笹原なんか、ジャージだろうが海パンだろうが無視だもんな。あ、諦めてるのか」


「え!?笹原君も盗撮被害に!?」


 笹原君に目を向けると僅かにその眉が顰められて肯定を表している。


 わ、私の(予定)笹原君の写真を無断で撮った挙句売り捌くなんて不届き千万!


ムシャムシャとパンを食べ切った私はすっくと立ち上がった……そう、今こそ立ち上がるべき時!


「わかった、全て私に任せて」


「え、相庭?」


「3-Cの中込先輩、3-Aの柏木先輩だったわね」


「お、おい、あの人達に何か言っても無駄だぞ?あの人達――」


「大丈夫、平和的にお話し合いで解決するから」


 まあ反省してくれるまで、ただちょーっぴり……お仕置きが必要かもしれませんけどね?


「笹原君の肖像権は私が守るから!」


 ぐっと拳を握り締め決意も新たに私はその場から飛び出して三年生のフロアへとダッシュした。


 予定変更、恋する乙女はいつだって彼の為に臨機応変なのです。









 その放課後……いや帰宅途中、私は悩んでいた。


 そう――今晩の夕食はロールキャベツにするかコロッケにするかで。


いや待て、そもそも今年はキャベツが高騰しまくってる、コロッケにしてもキャベツ必須だ。


あれ、根本的に問題を抱えてるわ……ハンバーグにでもしようかな、冷凍したひき肉余ってるし。


 今日はちょっと昼休みにちょっぴりハッスルしちゃった所為で買い物に行く気力が湧かないんだよねえ。


まあ感情的にちょっぴり高ぶっちゃっただけで、何したって訳じゃないんだけど。


 どうも昔から冷静さに欠くと後でどっと疲れるタイプなんだよね。


これでも普段は昔と違ってコントロールも会得してるし、こんな風に疲れるほど感情を動かす事はなかったのに。


 ああ、これってやっぱり恋なのね……!


「あれ?あれー!さっさはらくーん!!」


 とぼとぼ歩いていたら前方に目標確認、ターゲットロックオン!


さっきまでの疲れも何のその、手を振りながら駆け寄ったら、嫌そうな顔をされなかったので逆に驚いた。


 やだ、まさか私ったら笹原君に嫌な顔をされるのが快感になっているとかじゃないわよね…………否定はしませんが!


「どどどどどうしたの!具合でも悪いの体調おかしいの頭痛腹痛腰痛神経痛筋肉痛……どれ!?」


「何言ってんだお前は……」


 はあと心底呆れたよな溜息を吐き出され、それが私が知る笹原君のいつもの表情でほっとする。


ほっとしたついでに漸く状況把握しようと思ったら、いつの間にか笹原君の家の前まで来ていた事に気が付いた。


「あ、今から出かけるところ?」


「お前を待ってたんだ、ちょっと……聞きたい事があって」


 ! ! ! ! !


「ええと!相庭悠、五月二十日生まれ、O型、身長167cm体重は乙女の秘密!スリーサイズは上から65E、59、83!家族構成は父と」


「そうじゃねえよ!」


 んじゃ何ですか。


「お前……写真部の奴らに何言った?ていうか、何した?」


 あらその話ですかいお代官様。


「ナニも?強いて言うならちょっぴり感情的に怒っちゃったかな、てへっ」


 でもほらそこは仕方がないじゃない、私の(近い予定)笹原君にオイタしてくれちゃっただけでも腸が煮え繰り返るのに、あまつさえやってる事は犯罪行為ですから。


 あ、ついでに私の盗撮も止めさせておきました。


今年のエロカワ水着を激写するならともかく、スク水とかセンスなさ過ぎ、写真部が聞いて呆れるわ。


「怒ったくらいであの連中が土下座までするかよ。俺が言ったって聞かなかった奴らなんだぞ。それにあいつら、この辺の族と関わり合いがあるんだ、お前それ知ってんのか」


「そ、それって……」


「あいつらに逆らって怪我だけじゃ済まなかった奴らもいるって話だ、それも狙われるのは本人だけじゃない。お前が何言ったか知らねえけど、危険に首突っ込みたくなかったらこれ以上はあいつらに関わるなよ?」


「それって…………私の事心配してくれてるのね!?笹原君が私の!心配を!して!くれてるの!ね!?」


瞳孔開くかってくらい瞠目した私を呆れの一言に尽きる表情で笹原君は見下ろした。


「キャー!超アニバーサリー!!笹原君が心配してくれたから、今日は私のアニバーサリー!」


 カレンダーや手帳に丸とかだ、花丸とかだ。


うわあ、これ生きててよかった。


今の今まで親父様にでさえ心配のしの字もされた事ないのに初心配が笹原君なんて幸せ過ぎるなんて私はラッキーガールなの!


ああ~、感動で目が潤んで来た。


「おい……」


「ああちょっと待って、ハンカチを」


「うわ、兄ちゃんが女の子泣かしてるー!」


「いーけないんだーいけないんだー!」


 後ろから聞こえて来たケラケラという笑い声に笹原君はあっという間に目の前の私も後ろの子供達も物凄い眼力で睨み付け、小さな舌打ちと共に私の腕を強く引いて家の中に入った。


わー、笹原君に触られちゃったよ!今日どんだけアニバーサリーなの、花丸どころじゃ済まないよこれ!


 ずかずかと廊下を渡って奥のドアを開けるなり放り込まれるようにして中に……事実放り込まれた。


んもう、私の超人的なバランス感覚がなかったら中世の貴婦人の如く床にしなだれつつ倒れちゃうところだよ。


…………倒れて見せるところだったのかここは!?


「あの、笹原君……?」


 お陰で涙も引っ込みまして、珍しく全開にしかめっ面でどんがり床に胡坐をかく笹原君を見下ろす。


うーん、見下ろす笹原君もなかなか……。


「仮にもお前、俺の名前出して関わってんだろ。俺にも今回の件が無関係な訳じゃない」


 あ、そういう事で。


「大丈夫だよ、笹原君には一切接触しませんて、……あ、そうだ、念書書かせて来たんだった。はいコレ」


 持っていた鞄から写真部部長副部長連名で書かせた念書を差し出す。


ルーズリーフなのはご愛嬌、あの時それしか持ってなかったみたいだし。


「あれ、ていうか、笹原君の前に顔出すなって言っておいたのに……見事な契約違反だなあ」


 どうしてくれよう、あのメガネとあのロンゲ。


「ああそうだ、ちゃんと顔見て笹原君に最後謝れって言ったんだった」


「あいつら……俺からもお前に謝っておいてくれと言って来た」


「私はいいけど。もう二度としないって言うから、笹原君も写真の事は過去と思って水に流してあげて」


「本当にお前何したんだよ。あいつらが逆恨みしてこれから族に訴えないとも限らないんだぞ」


 まあ、そうでしょうね。


「いやまあ、大丈夫大丈夫」


 そんな事より笹原君のその気遣いにメロメロです。


ああもうこの人これ以上私を骨抜きにさせてどうするつもりなの、まさか食べちゃうつもりじゃ……なら熱烈歓迎!


 呆れを深くさせるように笹原君は目を細めて私を見上げる。


そんな顔は何度目だって感じだけど、それすら好きだなって思っちゃうんだから、ホント恋する乙女につける薬はないってね。


「お前マジで無謀過ぎ、猪突猛進つーか。それで学年十位以内とか詐欺だろ」


 うん、軽く「バカっぽい」と言われてる訳ですね、わかります。


「実際バカだし。ほら言うじゃない、人は恋をするとバカになるって」


 貴方が好きだから!――とトラックの前にでも飛び出して続けたかったけど、笹原君は見事な受け流し技を覚えた!相庭悠の攻撃はすでに見切られている!相庭悠はそこも素敵だとメロメロしている!


「あ、もしかしてそれ教えてくれるのに家の前で私が通りかかるの待っててくれたの?」


「別に……」


「んもう笹原君いい人過ぎ!そこに惚れ直す!」


「別にっつってんだろ!……とにかく、俺にも無関係な訳じゃねえから、……何かおかしな事があったら言えよ」


「嬉しい!ありがとう!だが断るっ!」


「何でだよ!お前な、あいつらをどうこう出来たからって、族を相手に出来ると思ってんのか?この辺の奴らは警察でさえ迂闊に手出し出来ないでいる本物の悪党なんだぞ」


「わかってるよ」


 笹原君が優しい人なのはわかってる、いや更に理解を深めたというべきか。


ああ、私ってばなんて目が高いの!


そりゃ流石に初恋じゃないけど、二度目の恋でこんなに高レベルの男子を好きになるなんて流石私。


「わかってねえよ」


「はは、笹原君てば頑固」


「お前がだろ。……マジで変な女」


「自覚してるから別に困らないもん」


 すとんと笹原君の前に座って、訝しげにするその表情を見詰めた。


どうか、願わくはその強い光を放つその目が……そのままで私を映してくれますように。


「笹原君に迷惑はかけないよ、その為に念書書かせたんだもん。笹原君こそ、またあの人達が何かおかしな動きしたら教えてね」


「なんでお前に教えなきゃなんないんだよ」


「そりゃ、私が笹原君を好きだから。私にとって笹原君の事は無関係じゃないの」


 ぶっちゃけ私は笹原君みたいに優しくない、例えば逆の立場なら私は笹原君みたいに相手の心配なんかしただろうかと思う。


むしろテメーが蒔いた種はテメーで刈れや!と胸倉をグワッシはするかもしれないけど。


「私も笹原君みたいに優しくなれたらいいんだけどねえ。でも私、好きとどうでもいいがハッキリしてるタイプだから無理そう。あ、もし笹原君が優しい子が好みって言うなら努力も吝かじゃないから!」


 笹原君は無表情の中にちらりと片眉を上げた。


「お前さ、結局あいつらに何したんだよ」


「え、だから平和的にお話し合いで解決」


 私も丸くなったもんだよねえ、昔は尖ったナイフみたいな正義感だったのに。


これでも血の滲むような努力があったと心の中では訴えておきたい。


少女漫画も読んだし、女の子が好みそうな洋服やアクセサリーも身に着けたし、言葉使いもなるべく丸くするようにしたし、流行のドラマもアイドルの名前も覚えた。


 自分の性別も何もわかっていなかったあの頃に戻りたくはないから。


「……信じてないでしょ」


「信じる要素がねえだろ」


「疑う要素がどこにあるの。確かに感情的になってちょっと怒っちゃったけど、オネガイしたらちゃんと言う事聞いてくれたよ」


「むしろあいつらがお願いされただけで土下座するとは思えねえんだけどな」


「あれだよ、謝罪の体言。日本人の謝罪ときたらやっぱスライディング土下座でしょ」


「なんでスライディング」


 はあともう一度心底な溜息をついて、笹原君はひらひらと顔の前で手を振る。


「わかった。ただ俺の後味が悪くなる、だから何かおかしいと思ったら俺に言え」


 絶対言わないだろうけど、その気遣いが嬉しくてつい頷いてしまった。


ああもう気分は恋の奴隷。


「心配してくれて本当にありがとうね。じゃあそういう事で、私そろそろお暇するよ。これから買い物に行かなきゃだから」


「買い物とは?」


「夕飯を買いに、二丁目のスーパーに」


「ほう、それじゃあ勝利、買い物に付き合って家まで送ってあげなさい」


「はあ?なんで俺が」


「いえいいんですよ、近くだし」


「いやいや、こーんな若くて可愛いしかもボンッキュッボンな娘さんに何かあっては一大事じゃ」


「いえそんな…………って、直刃さんいつの間に!」


「また人の部屋に勝手に入ってきやがったなジジイ!」


 この私が気配を全く感じなかった……あ、侮れないわ直刃さん……。









 新婚さんみたいねと私が言ったらなら、散々冷たい視線を貴方が投げる、今日は二人のアニバーサリー。


そういう訳でちゃっかり荷物まで持って貰って再度帰宅途中。


 はあ、まさか昨日の今日でまた笹原君家にお邪魔出来ただけでなく、またしてもこうして二人並んで歩けるなんて。


幸せ過ぎて溜息しか出て来ないっつーの、誰だ溜息つくと幸せが逃げるとか言った奴出て来いやー!


「しかしお前買い過ぎ……」


「あははは、ちょっと調子乗っちゃった」


 袋五つ分だもんなあ、これ幸いにと洗剤やら何やらも買ったし。


もうちょっとでも笹原君と長くいたかったばっかりに、あれもこれも買い過ぎたか。


「お前ん家、家族多いとか?」


「何、私の家族構成に興味が!?」


「一般的な世間話だ!」


 あーそー。


「や、父だけ。今現在単身おフランス。家には私一人、兄弟もなし」


「たっだらなんでこんな買い込むんだよ」


「それは色々と乙女のやんごとなき事情ですよ」


 流石に買い物付き合って貰って送って貰ってもおきながらバカ正直にペラペラ喋りません。


 でも必要な物といえばそうなんだよねえ、神出鬼没な親父様はいつ帰って来るかわかんないし、訳のわからん格闘家仲間も連れて帰って来たりするから、突然大量に洗剤やら何やらが必要になる。


夜中帰って来たりした時に洗剤が切れてて、大量の洗濯物を放置された日には悪臭と戦うというえらい目に遭った。


あれは私の戦歴の中でもトップクラスに梃子摺った相手だったわ。


ファブってもファブっても、姿は見えぬが悪臭消えず、ゴキよりある意味性質悪いわアレ。


ていうかあの悪臭撒き散らすほど一体どんな生活してたのって話、よく飛行機乗れたよあれで。


「笹原君家は賑やかでいいよねえ、お爺さんとお婆さんとお父さんとお母さんとトミさんと、お兄さんと弟君もいるんでしょ?笹原君家の方がよっぽど買い込むよね」


「細々したもんはトミさんが買うけど、大体は俺達兄弟が使いっ走りだから」


「男手があるのはいいよねえ」


 その点うちの親父様の役に立たなさときたら泣けるレベルだよ、掃除洗濯炊事まるでダメ男。


 私も兄弟とかいれば違ったかな、笹原君みたいな兄弟とか私にもいたら………………ダメだー!確定的に禁断の失楽園へレッツゴー!


血が繋がってなくてよかった。


「あ、その先の家」


「……一軒家にお前一人で住んでんのか?」


「そだよ。広過ぎだから掃除が面倒だけどね」


 あれほどアパートかマンションにしろと言ったのに、でも親父様が連れて来る格闘家仲間の数がまたハンパない時あるから、その時はいっそ狭いくらいなんだけど。


 しかしもう家に着いちゃったのね……名残惜しいわ離れ難いわメソメソ。


玄関に荷物を下ろしてもらって、向き合う私と貴方はさしずめロミオとジュリエット。


「今日も送ってくれてありがとう。買い物まで付き合わせちゃった上に荷物も持たせてごめんね」


「いや、別に……」


「何?」


 その表情は、うーん、「あれ、おかしいな?」って顔かな。


って、何が?


「……寄って行けとか、言わないのなと思って。あ、寄りたい訳じゃないからな」


「はは、まあ名残惜しいのは確かだけど。笹原君はお家でご飯用意されてるんだろうから、家族で一緒に食べた方がいいよ。それに家に上がって貰っても、無事で返す自信ないし……」


「どういう意……いや言わなくて――」


「でも大丈夫!女の一人暮らしの家にのこのこ上がって来たからといって、何も私だって最初から取って食ったりしないから」


「言わなくていいっつってんだろ!……帰る、じゃあな」


「気をつけてねー!今日はホントにありがとー!!」


 道路まで出て真っ直ぐな背中にぶんぶんと大きく手を振る。


するとそのまま消えて行くだろうと思われた背中が予兆もなく振り返った。


「ちゃんと戸締りしろよ、ボケ」


「……。はーい!」


 無表情の中にもどこか居心地の悪さを匂わせて、笹原君はそのまま駆け出して通りの向こうに消えてしまった。


それを見送り続けて、ずっと振っていた手を私も下ろす。


 じゃあ言われた通り戸締り万全にしようかな、……心の扉はいつでも笹原君に向けてオープンですけどね!








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