番外編2 親父様の溜息
※相庭天地視点、過去と十八歳の娘と娘の彼氏と。やや非コメディ。
可もなければ不可もなく、それまでの人生はそんな感じだ。
親の顔も憶えちゃいないが、あちこちたらい回しにされて行き着いたらしい施設の先生や俺と同じような連中は皆そこそこに気がいい奴の集まりだった。
毎日はそれなりに楽しく、それなりに退屈。
ただ手に残っているものがない、掴んだと思った瞬間には指の隙間から零れ落ちていく、その繰り返し。
でもそんなもんだとって思ってたよ、人生一期一会って言うだろ?あ、意味違う?
だから何かが欲しいと思った事はない。
ずっとガキの頃はオモチャの類は皆で共有するもので、俺だけが独占出来る物なんてなかったから。
違うな、別にあったとしても俺はそれに執着しなかっただろう。
人並み以上に勉強も運動も出来るようだったから、精々テキトーな学校行って会社入って、施設に恩返しの一つでも出来りゃ御の字だった。
その時の自分がそれ以外を持ってるなんて、想像した事すらなかったんだよ。
ガキの頃の一年はデカイ、当時施設には俺と同じ年のはいなくて話自体はあんまり合わなかった。
だからいっそ幼馴染みとでも呼べたのは、近所に住んでた神崎くらい。
とはいえあいつは当時からオタクだった姉の影響を幸か不幸か受けまくり、やっぱ昔から女子が見るようなアニメが好きだった、プッ。
そんなこんなで、まあ神崎ともそんなに遊んだって記憶はないんだよな。
あいつに影響されるとも思えなかったが、万が一神崎菌を移されるとやだし。
ただ時折酷く、面白かったアニメを語るあいつが羨ましく思えて、何度か殴り合いに発展したっけな。
学校でも施設でも一瞬一瞬は楽しいと確かに思えているのに、次の瞬間には何やってんだって我に返るようなのは流石に気分がいいものとは言えなかった。
それでも周囲に人がいた点では恵まれていたんだろう。
毎日毎日「楽しい」を継続して感じていたくて、近所でイタズラしまくった挙句追いかけて来る親父には事欠かなかったくらい。
中学に入って女子と「お付き合い」っつーもんをしてみても、やっぱり何かぱっとしなくて。
俺は淡白と言うか、無感動な人間なのかって、そんな風に諦めてみたりもした。
多分このまま独身で一人で、老後も施設に逆戻りして死ぬんだろうなって。
何か楽しい事あったっけかなとか、死ぬ間際にも思い出せずにいるんだろうなってさ。
クソつまんねー奴。
周囲にもそんな奴がいなかった訳じゃない、でも俺みたいに何の趣味もなくて食べ物や服の好き嫌いもないような極端な奴はいなかった。
いたのかもしれない、ただ俺と同じくそうだと言ってる奴を見た事がなかった。
年を取る毎皆が妥協を重ねて行く中、俺はある意味違ったのかもしれない。
それは空虚な自分を正当化したいだけの言い訳かね?
高校の時は面倒な事が増えると同時にその一瞬だとしても楽しいと思える事も増えた。
その頃辺りから学力も体力も異常にあると明らかに周囲に判断された所為もあるだろう。
しっかし俺の根性がなってないとか、当時隣のクラスの担任で剣道部顧問の笹原に追い掛け回されたのは流石に参った。
竹刀振り回して鬼みてえな形相で追いかけて来んだもんな、よくPTAとかで問題にならなかったもんだよ、今の時代なら問題になってんじゃねえの?何とか世代の負の遺産とかニュース賑わせてたんじゃねえの?
あの時でさえすでにジジイだったくせにどこにあんな体力あるんだかと感心はした、あれこそ化け物だろ実際。
なんだかんだの腐れ縁で一緒にいる事が多かった神崎は巻き込まれて、よく一緒にあのジジイに廊下で正座させられたっけな。
あの頃ばかりは廊下が絨毯引きの高校にでも行きゃよかったと心底後悔した。
ただちょっとジジイにやらされるようになった剣道は、ある意味楽しかったと言えなくもない。
まあ楽しいとか思う事もなく無心になれる気がした。
つまるところ、だからその時ばかりは楽しさだけでなく虚しさも追って来なかったって訳だ。
とはいえ続ける気もなかったから、後は適当に空手とか柔道とか片っ端からやってみたりしたけど。
唯一、体を動かして無心になれるのはいいなと思った。
俺これでも頭良かったからさ、イイ大学も行ったんだよ、いやマジでね。
そこでも相変わらずで、やっぱテキトーに日々暮らしてたまに体動かせりゃそれでいいかって感じだった。
うん、所謂、運命の女って奴に出会うまでは。
「いよう」
俺がいるとは思ってもいなかったんだろう、俺の娘のオトコは僅かばかり目を見開いてから無表情に頭を下げて来た。
改めて見ると硬派っぽいイケメンだな、まあ俺には全然劣るけど。
あのクソジジイの孫らしく、嫌味なくらい背筋が伸びてる。
俺が学生だったらあんま近付きたくはないタイプだな、目付き怖えし、コイツマジでコーコーセーかっての。
「こんばんは、お邪魔してます」
「まあ、ちょっと付き合えや少年」
手招きすればもう一度会釈して俺の正面のソファに座った。
俺の居ぬ間に人んちに上がり込んでた男としては堂々としたもんだな、つっても俺殆ど家にいないけど。
「あー、ラクにしろよ。別に家に上がり込んでて人の娘にどうたらとか説教垂れる訳じゃねえし」
そんな事した日にゃ俺の方が娘に説教されるだけじゃ済まないというこの理不尽。
第一あいつが選んだ男に俺が口を挟む権利もない、あいつだって親は選べなかったし俺も娘のオトコは選べない。
しかし、まあ、なんだ、ちょっと、寂しくはある、か。
「悠は二階にいんのか?」
「寝てます」
おう、親のセックス事情を聞くのもエグイだろうが、娘のそれを聞くのもこれまたなかなか。
いやしかし俺だって成人そこそこであいつ出来てるしなあ、したい気持ちはよくわかるぞセイ少年。
むしろこの状況下で仲良くトランプでもしてる方が度肝抜かされるわ。
……はー、娘がまた大人になりやがったよ、ただでさえあいつ妙なとこで俺より大人なのに……パパ困っちゃうん。
メランコリックだかセンチメンタルだか、そんな気持ちだぜジャーニー。
「そんなら丁度いい。これ、お前に渡しとく」
「何ですか?」
差し出したのは小難しい文字が印字された白い紙。
俺が長年、避け続けて来た物。
こんなものにさえ俺はビビリでしょうがねえ。
「読めよ」
目の前の少年が訝しげにしながらそれに目を通す間、チキンの俺はビールを道連れに。
俺だって改めてそれを見たのは十八年と少し振りだった。
こんな俺を見たら俺の嫁はきっと怒るだろうね、いや笑うかな、いやいや殴られるかも、もしくは回し蹴りの可能性も。
「あの、これ、何ですか?」
「理解したか?」
「概ねは。つまりこれ、病気の――」
ああホンット情けねえ、それを聞くだけで心臓が縮み上がる。
大体これを取りに行くのだって十年分の体力要ったんだ、何せ俺病院大嫌い。
風邪一つひいた事もないし、マトモに足踏み入れたのなんか娘が生まれる時の産婦人科だけだっつの。
男が産婦人科しか用がなかったって、ある意味凄くね?
あの消毒液とか薬っぽい匂いが嫌なんだよなあ、ガキの頃も学校で注射ってえと鼻に洗濯バサミと目隠ししたもんよ。
何プレイだっつうんだよな。
これを取りに病院行った時、当時世話んなった医者すら目を丸くしてたくらいだ。
「悠の母親がそれにやられた」
「え、じゃあ……っ」
今はもうぼんやりとしか憶えちゃいない。
琳子さんが病院に運ばれて、俺は間抜けにも海外から帰国して彼女が退院後にそれを聞いた。
彼女のかかりつけの医者が俺にも説明に来てくれたが、正直病名すら耳に届いてなかった。
治る見込みは少ないみたい、って、なんで笑って言うんだよって、琳子さんにそう言ったのだけは憶えてる。
でもそこで検査して、彼女自身さっぱり気付いていなかった妊娠に気が付いたらしい。
あの時それも言われて、俺は顎が外れるかと思ったよホント。
「まだ今はわかんねえ。けどそれが遺伝する可能性だってない訳じゃない」
少年の顔が一瞬で白くなって、大理石の像か何かみたいだなと、思った。
俺はあの時、一体どんな顔してたんだろう。
「あいつは、この事知ってるんですか」
「知らない。知らせないでおこうと思ってる。知ってる事で無意識にストレスになるかもわかんねえし、医者によれば発症もしてない内からそれも拙いんだと。病は気からって言うしな」
神妙に縦に振られる首を見て、俺は飲み干したビールに息を吐き出す。
俺の生涯に残るものなんて考えた事もなかった、やる事やってりゃ当たり前のはずなのに。
けど琳子さんと出会って、悠が出来て、俺はある意味自由を失って――欲しかったものを手に入れた。
だからそれを失いたくなくて現実逃避し続けた。
琳子さんは悠が出来てから笑ってる事の方が多くなった、今じゃもう楽しそうな顔しか思い出せないくらい。
そんな彼女を失って、悠ですら失うのかと思うと、怖くて触れられなかった。
物心付いた時には「おじさんだれ?」とか言われても、悠が本当の意味でいなくならないならそれでよかった。
命が消えて行く瞬間を二度も見るのはご免だった。
逃げて逃げて、逃げ回って、でも結局一周回ってスタート地点に逆戻りだ。
まだ大丈夫、まだ大丈夫、――現実にはそんな呪文は何の効果も齎さない。
そんな事をしている内に娘はさっさとこの少年を選んで、自分だけの道を行ってしまう。
「言わねえ方がよかったか?」
娘と同じまだ十八そこそこの少年にキツイ事知らせたのはわかってる。
多分俺がオトナでもっとマシな親父なら、上手く回避出来る方法も見付けられただろう。
でも俺はそういう器用な事はこの先も一生出来るとは思わない。
だからこれは俺の、俺なりの、親父としてのやり方なんだ。
「いえ……、ありがとうございます」
すっと頭を下げる様子に、ああこいつは確かにあのジジイ譲りの剣士なんだなと思った。
「何が?」
「俺に、知る許可をくれて、ですかね」
そう言って少し苦笑する様が酷く大人びて、そして子供っぽく見える。
俺の娘はこいつのどこに惚れたんだかわかんねえけど、なんとなく、こいつを選んだ娘が誇らしくなった。
柄にもねえや。
「俺が気を付けなきゃならない事はありますか?」
「今生活に問題はねえよ。あの通り恐ろしいほどピンピンしてるしな。ソレは一応、だ。こういうのは周囲の人間が知っておくに越した事はねんだと」
「そう、ですね」
じっと紙を眺め、それでもさっきよりか幾分表情が和らぐ。
これは俺の勘だが、こいつは俺と違って逃げたりはしないだろう。
何せあのジジイの孫だからな、こうと決めたらとことん突っ切って行くように見える。
俺の娘はそう見えてある意味違う、その辺俺に似たのはちょっと失敗だぞ琳子さん。
「お前さあ、大学行くくらいになったら、ここ住まね?」
顔を上げた少年はやっぱり無表情だ。
「んで、あいつの事、見ててやってくんねえ?」
無責任な父親丸出しのセリフ。
「わかりました」
笑うとも戸惑うとも頷くともせず、少年はただ真っ直ぐ俺を見てそう言う。
うわ、言っちゃったよ、こいつ。
「そっちも許可頂けたと思っていいんですよね。ありがとうございます、よろしくお願いします」
うーわーあ、言ったよ、言いやがったよこいつ!何こいつ!無表情だけど今絶対笑ってるだろ内心小躍りしてるだろ!
げー、こういう奴かよ、こういう奴なのかよ。
あいつは自分で捕まえたとか言ってたけど、これ完全にあいつがとっ捕まってるだろ。
十八でこれとか末恐ろしいな、もう一度言うが何こいつ、パネエ。
まあなあ、俺が惚れに惚れた女にそっくりな娘が相手だ、そうなるのも仕方がないよな。
ハイ、親バカ。
「お前、イイ性格してんね。前の方がちったあ可愛げあったぞ」
「まあそれもそれ、です。あの時もハッパかけてくれて、感謝してます」
「俺思うんだけど、お前んちの人間とは馬が合う気がしねえわ」
「大丈夫ですよ、爺さんなら。あの人、女には徹底的に弱いんで。悠の事も気に入ってるしって言うか、もう孫扱いだし」
ああそれ俺も高校時代に聞いた事あったな、確か息子産んで早くに亡くなったんだよなジジイの嫁さん。
そんだからあんな鬼みてえになったのかと思うけどよ、程があるだろ。
きっとこいつも苦労したに違ぇねえわ、絶対あのジジイの教育がマズかったんだって。
見ろよこの斜め上に真っ直ぐな伸びっぷり。
俺が言うのも何だが、こいつも相当だわ。
やっぱ笹原家とは妙な因果があるとしか思えん、天地コワーイッガクガクブルブル。
「孫の孫が生まれるまで生きそうだなあのジジイ」
「否定出来ませんって」
まあでも、俺みてえにどこのウマノホネとか呼ばわれるよりゃマシ、か。
「で、とりあえず孫のガキは早めに生まれそうだな?」
「そうしたいと思います」
「……キミは、背中にチャックとか付いてて中に四十代のオヤジとかが入ってんじゃないよね?」
「はは、中の人なんかいませんよ」
何それ逆に怖い。
「まあ、頼むわ。俺が言うのも説得力ねえけど」
「そんな事ないですよ。あいつも親父さんの事大事に思ってますよ」
「そうかねえ。え、寝言でパパ大好きとか言ったりし」
「ないですけどね」
ですよねー。
「うわあ、近い将来の息子にフォローされっとか、ある意味マジへこむ」
「そのままでいて下さい。あいつも、それを望んでると思うから」
ちぇっ、俺の娘なのに何こいつの方がわかってる感じなのかしらね、いやだわ奥さん聞きました?もう婿気取りですってよ?ちょっとアナタ、そこの窓の枠にまだ埃が残っていてよ?今時の婿は掃除も満足に出来ないのかしらねーイヤだわーどんな教育受けてきたのかしらー。
あーああ、そりゃこういう日が来るとか思ってはいたけど、十八年でとか、早くね?流石に早くね?
俺がヒーコラ逃げ回ってる間に、ガキはでっかくなるもんだなあ。
明日香姉ちゃんも殆ど悠を育てた所為か、女としての任務は全うした感で最近オタイベントに出まくりだって言うし……あれはもうダメだな、何とか出来る時期は弟と共にとっくに過ぎた。
もう一本のビールを呷ろうとすると、少年が持っていた紙をさっと折り畳んでポケットに突っ込む。
抜け目ねえな、流石俺の将来の息子、カッコ仮。
「あ」
「あら悠たん、腰は大丈夫?」
「キメエ」
「悪ぃ、今ちょいテンパってて自分でもそう思った」
やれやれと立ち上がると、律儀に少年も合わせて立ち上がる。
それに少し苦笑した。
そんな立てられるほどいい親父じゃねえんだっつーのなあ、ある種皮肉か。
「ちょい出て来るわ」
「夕飯どうする?」
「んー、あ、近くにラーメンの屋台あったろ、そこで食うわ。てな訳で、後は若いお二人さんでごゆっくりぃ~ん。年寄りは退散しますからねホホホ」
「一度一年ばかり意識失ってみる?」
「脳三級」
よし、俺相当テンパってるわ。
でも娘が彼氏と一緒にいる時にどう対応していいかなんてパパわかんないんだってばよ!
花も線香もなしに墓前に座るのはいつもの事。
真っ暗になった中で目の前の灰色の墓の輪郭だけがぼんやりと浮かんでる。
「なー、どうするよ琳子さん。あいつもう婿連れて来やがったよ、しかも向こうやる気満々だよ、逆に俺が引くっつーのな。あれが若さか!認めたくないものだな!」
琳子さんの分に開けた缶ビールを自分のと少し音を立ててぶつける。
墓の前の壇に座って真っ暗な空見上げて呷るのも、たまにやる事。
「あいつは、……俺達の娘はさあ、大丈夫だよな。琳子さん言ったもんな」
陣痛ってもんが始まって、おろおろしてるしかない俺の胸倉掴んで、真っ白な顔で言った。
「私達の娘は強く産む。そんじょそこらの奴にも病気にだって負けないような最強の娘産んでやる」――きっとその通りになる。
実際俺あいつに一度だって勝てた事ねえしな、何あの凶悪な強さ。
ああ、琳子さんにだって勝った例ねえんだった。
初めて会ったのは高校卒業頃だっけかな、……俺が痴漢に間違われるという何ともドッキリハプニングイベントでした。
人の手掴んで電車降りて駅のホームの端引き摺ってかれて、あら告白?とかお花畑だった俺の脳天に容赦のない踵落とし。
正直あらゆる意味でシビれたね。
幾ら油断してたとは言え、俺避ける事も受け止める事も受身とる事すら出来なくて一気に落ちたもんなあ、意識が。
ま、恋にも落ちちゃってた訳ですけどね、キャハッ。
それからだよなあ、毎朝毎朝駅で張り込みの刑事かって勢いでアンパンと牛乳のお約束両手に待ち伏せしまくって。
んで漸く見付けて「あんたに惚れた」っつったら二度目の踵落とし食らいましたよね、ええ。
その時はやっとの思いで受け止めたら、琳子さんビックリしてたっけなあ。
自分の蹴り受け止めた奴初めてだって言って。
そんでフラグ立つかと思いきや、勢い付いた二度目の告白に「だが断る」だもん、ボク男の子だからちょい涙出ちゃった。
それまで喧嘩でも試合でも無敗だったから、初めて俺に手も足も出させなかった女に興味が湧いたのかと思ってた。
でもその内またどうでもよくなる時が来るんだろうなって、彼女を追いかけながらも思ってたんだよ。
マジで惚れてるんだと気付いたのは、彼女が自分の家を遠くから、寂しそうに見ていた瞬間だった。
綺麗な女だと思った、「女」なんだと気付いた。
そんで、こいつを捕まえないとダメだと思った。
この時を逃したら、俺は生涯後悔をする羽目になるだろうって。
我ながら野生の勘にはグッジョブだな。
捕まえるのには時間がかかったけど、思い返せばそんな事も楽しかった……ずっと楽しいままだった。
琳子さんは俺に掛け替えのないものをくれて、そんで俺に掛け替えのないものを残して、実際あっという間に逝っちまった。
琳子さんの人生はたったの二十一年だった。
その大半が俺とは違う意味で、ずっと欲し続けていたものだったんだろう。
彼女は両親から無償の愛を欲していた、そして認められたかった、それだけだったのに……それは与えられなかった。
子供が出来たとわかった時、今度こそそれを得られる可能性を奪うんじゃないかと柄にもなく気にしていた俺に言ってくれたっけな。
「今更バカじゃないの」って、それが仮にも一緒に子供作った相手を見る目かっつー恐ろしく冷たい目で。
そん時はもう男の子って歳じゃなかったから涙はガマンしましたボク。
今も鮮明にその姿を思い出す。
長くて真っ直ぐな黒髪を靡かせて颯爽と歩く綺麗なあの人が、ずっと心に消えずに残ってる。
ああそういえば悠のちょっと癖毛は俺に似ちゃったんだな。
少し惜しい。
でもあんまりそっくりでも、俺嫁にやるのも婿貰うのも嫌になるだろうから、まあいいか。
「あいつ、もう十八だってよ。早ぇなあ」
琳子さんが逝ってしまって、もう十八年。
俺はいつまた彼女に会えるんだろう?
「天地は私が欲しかったものをくれた」って、フォローしてくれたけどさ。
本当にそうだったんだろうか、俺は彼女の短い人生に何かを与えられたんだろうか。
思えばなんで俺みたいなのと一緒になってくれたのか、結局怖くて聞けないままだった。
俺って昔からチキンハァト、まるで小鳥のようだ、ピチチ。
「そんであっという間に嫁に行っちまうんだろうな。あ、婿取りだっけ。まあ元々俺親父らしい事なんて全然しなかったしなあ、寂しいとか思うのもお門違いだよな」
今更娘との時間を取り戻したいとは思わないんだ、何故か。
俺は自由気侭なチキンで、あいつは強くて弱い俺達の最強の娘で、それで今があるから、これでいい気がする。
どっかのパパも言ってるだろ、これでいいんだってな。
「琳子さんも、そういう気分だったかね?」
缶ビールをビニール袋に突っ込んで片付けて立ち上がる。
「愛してるよ、琳子さん」
バカでチキンでイカレてる俺が、貴女にあげられるものはこれしかなかった。
だからきっと、琳子さんは確かにこれを受け取ってくれてたんだって、信じてるよ。
心許ない街灯が照らす道を歩き続けてその先の赤い暖簾を潜る。
「オヤジィ!俺の涙よりしょっぱい塩ラーメン一丁!」
「ねえよ!お前の涙とか知らねえよ!」
あー、しかし俺、いつあの家に帰ったもんかな、あの様子じゃそのまま泊まるんだろあいつ。
はあ、娘が大人になっても……パパってタイヘン。