番外編1 ちょっとその後
※笹原勝利視点、超バカップル警報。それとなくエロス漂うので注意。
悠と付き合い始めてかれこれ二ヶ月弱、日数にしては少ないが俺の生活は劇的に変わった。
明石に言わせりゃ悠中心に世界が回ってる、らしいけど。
別にそれも前とそう変わりないんじゃないかと思う。
剣道に打ち込み始めたのだって、元々はあいつみたいに強くなりたかったってのもあったし。
我ながらかなり危ないと思うが特に直す気はない、と言うか今更直せないだろこれ、最早ライフワークみたいなもんだ。
ある意味今好きになったのが悠本人でつくづくよかったんだよ。
あんなに突進して来ておきながら、俺を好きな奴と橋渡ししようとすらするような奴だから。
なまじ恋愛に自分の損得挟む女だったらこうはいかなかったと思う。
色んな意味で自分の心のままに動く奴だから、……最初から惚れたんだよな。
だがしかし、遅い。
美容院に行くからと言われ現地集合なのはいいけど、駅前で待ってるとさっきからちらちら女に見られて鬱陶しいし、声をかけて来る奴までいる。
俺の見てくれだけはそこそこいいらしいから寄って来るだけで、口開いたとたんに回れ右するのはまあ面白いと言えなくもないけどな。
とか言ってたら、噂をすれば影だ、しかも悪い方の。
「ねえ、貴方一人なの?私達とよかったらカラオケでも行かない?今ちょっと暇で……」
「キシャー!!」
寄って来た女共にもその威嚇が聞こえたかどうかは知らないが。
「あ、なんだ、彼女連れか。じゃあね」
「キッシャー!!」
「もう行ったぞ、威嚇す――」
んな、と俺は漸く来た待ち人に振り返って言うはずだった。
「遅れてごめんね!混んでるわ色々されちゃうわで時間かかっちゃって。ね、今のなんか待ち合わせのカップルっぽいセリフでよくない!?」
「……悠、なんだその顔」
俺は詰まる喉から漸くそれだけを搾り出して言った。
ていうかマジでなんだその顔!?
「え、変?いや、プロのメイクさんが来てるとかで、なんだか色々弄られちゃってね。まさか奇抜!?でも他のお客さん達にも大人っぽくなって似合ってるって言わああああああああああれええええええええええええ」
悠の手を取って引き摺り歩く、とにかく俺のすべき事は一刻も早くどこかの店に入る事だ。
「ちょちょちょ勝利!勝利!なんだ、どしたっ」
「お前がなんだどうしただ!メチャクチャ目立ってんぞ」
早足でくっ付いて来ながら悠は通り過ぎて行く辺りの人に目をやって、ああと頷く。
「ここに来るまでこんなもんだったよ」
「お前はバカか。お前はバカだ」
「即座に訂正イクナイ!しかも訂正にナッテナイ!」
いいや、すでに救いようのないバカだ、鏡見て自分の顔がどうかすらもわかんねえのかこいつは。
悠と付き合い出してから、その手の事にはまるで疎かった俺も流石にわかるようになって来た。
確かにこいつは目立つ、良くも悪くもだ。
そもそも校内で写真まで出回っていた時点で俺も察するべきだった。
――可愛いんだ、こいつ。
「あんまり早く歩かないでよ、リーチの差がー」
「ウルサイ、キリキリ歩け」
「もー、どこ行くんすか」
その言葉に俺は目を走らせてその辺にあったカラオケ屋に入り、お互いコート脱いで個室奥のソファにとりあえず正座させた。
「な、なんですかこの状況。おでぇかんさま、オラァ無実だ!」
「黙れ有罪。まず言っておきたい事がある」
「何それ関白な宣言?」
「お前はバカだ」
「本日三度目!」
わかるまで何度でも言う、バカ。
「大体お前、その格好もなんだ。今何月だと思ってんだ、もう冬だぞ!」
短い茶色のコートの裾に付いているふわふわしたものの下にはスカートらしきもののレースがちょっと見えるくらいで、あとは剥き出しの太腿ときた。
「あのねえ、乙女のオシャレに寒さとか言ってられないの。第一それが物理的に出来るのは若い内だけなの、わかる?」
わかって堪るかボケ!
「どこぞの地域ではもうとっくに雪降ってるってのに、短過ぎるだろそのスカート!」
「勝利、私の実の父親でも言わなかった事言うねえ」
「……参考程度に聞くが、お前の親父さんその格好見てなんつった」
「これで勝利悩殺して来いグッドラック!って」
幸運を、じゃねえよ。
「それでお前はなんつった」
「まかせろ!」
「任せられるか!」
「ダメ?」
正面に座った俺を肩を落としながら見上げて来る。
そりゃわかってる、俺だってわかってんだよ、こいつが俺の為にってギャアギャア騒ぎながら選んで来た服だってのは。
俺とてこれでも健康な男だからな、それがあらゆる意味で嬉しくないとは思わない。
嬉しいよ、嬉しいに決まってんだよ、ただ時と場所を考えろ!むしろこここそ俺の身になれ!
「……ダメ」
「間があったな」
「ウルサイ。大体それで電車乗るとかお前の頭に入ってんのは藁か?」
「あわわわわー!髪も折角セットして貰ったんだってー!」
いつもは結んでいる事が多い、今日もアップに結い上げられた髪をぐしゃぐしゃと撫で回すと、……マズイ、妙な具合に解れた。
「折角綺麗に巻いて貰ったのに」
悠の毛先が剥き出しにされた鎖骨辺りでくるりと波打ってる。
そして細い指がそれを辿るように払う。
「これもう下ろして帰んなきゃ――わ、ンッ」
「……犬?」
「違う!何、急に」
ちょっとだけ吸い付いた鎖骨から唇を離すと、少し悠の目が揺れた。
その鎖骨が妙に色っぽかったからって言ったら、何かまた俺がマズイ事になりそうだから止めておこう。
とりあえずまだコトには及んでないんだ、まあ最後までしてないだけとも言うけど。
それと言うのもまずは俺が一月前から始めたバイトにある。
と言っても今まで道場でやってた事にちょっと仕事を追加してバイト代を貰ってるだけだ。
それでもジジイが嬉々としてこき使うから、正直文化祭やら部活やらも相俟って余力がないって言うか。
ぶっちゃけ剣道部にそう力を入れていないあの高校を選んだのは心底正解だったと思える(大会や何かは中学で懲りた所為だ)。
それに状況的に場所を選ぶとしても、家族がいる手前お互いの家だけでは絶対に最後までなんか出来ないし、その流れで場所を決めるとなるとちょっとまだ金に余裕がない。
初めてはそれなりの場所で、とやっぱり思うから。
どうせこいつは聞けばどこでもいいとか言い出すんだろうしな。
でもそれじゃ、俺が嫌だ。
俺の事をそれこそ何でも喜びたがるような奴だから、それにもう甘えたくはない。
「そういう格好してると、こういう目で見られるって事だろ」
「勝利ならオーケーバッチコーイ!さあカマン!」
「他の奴の目にも止まるって言ってんだよボケ!」
「そんな事言うなら勝利だって逆ナンされてんじゃないのー!キッシャー!」
「思い出し威嚇すんな」
そうは言うが、悠と付き合い出してから俺のその手の事はすっかりナリを潜めた。
明石曰く悠がいい虫除けになっているらしい、確かに一人でいる時に街で今日みたいに声をかけられても悠を見るとさっと女は逃げて行く。
けど男相手となっちゃそうはいかねえだろ?
こいつだって一人でいればあれこれ声をかけられてる、まあ対処出来ない女じゃないからその辺は心配ないけど。
女はどうだか知らないが、男は通り掛った女を脳内で一瞬の内に脱がす奴だっているんだ。
…………ああクソ、想像に腹を立ててどうする。
余裕がねえなと自分で戒めようと思っても、このバカ相手じゃそうするだけこっちこそバカを見るんだ。
そうやっているのがどれだけ難しい事なのか、こいつはちっともわかってない。
いつも俺の事が好きだって何にも表れているのを見せられると、堪らなくなるんだよ。
可愛くて仕方ないから、俺も無茶を言ってしまう。
「がっつり化粧されてんな」
手を伸ばして頬に触れると、施されたものだけではく頬がほんのり色付く。
「普段しないから、なんか違和感あるけどね」
「睫毛とか近くで見るとすげえな」
「付けてはないんだよ、長く見せてるだけ」
そう言われてもいつもの顔じゃないだけに化粧の違いなんかわかるかっての。
指を少し落として唇の中央に親指を這わせる。
「ここもか。つか、なんで女ってこの光ってんの塗るんだ?」
「濡れてるように見せるんじゃなかったっけかな、アレ的な意味で」
「ああ、こう」
唇に落としていた手を首の後ろに回してそれを引き寄せる。
ぐっと近付いて来たそれを、食べた。
「まっず」
「そりゃ、美味いもんじゃないでしょうに。あ、でも今使ってるリップはメイプルシロップ味だよ。あれは美味しかったでしょ?」
ああ道理で最近妙に甘ったるいなと思った、菓子食った後じゃなかったのか。
近付いたままの体制でもう一度舌を伸ばして柔らかいそこを舐めると、赤く塗られたそれが唇からはみ出て少し滲む。
俺の唾液に濡れたそれは、滴り落ちそうな果汁にも見えた。
なるほどな、なんとなく美味そうに見える、濡れていると舌を伸ばしたくなるもんだ。
「わ、わ、……勝利、勝利っ」
「何」
そのまま赤い雫を舌で拭いながら悠の体を腕に抱き込んでソファへ倒すと、緩く胸を押し返される。
「ここじゃダメでしょっ」
「誰も来ないだろ……最後までやってない限り」
「そ、じゃなく、て……わ、あ、あっ」
ずるずると上に這って逃げようとする体に手を這わせるとぶるりと細かに震えた。
こいつは運動系神経だけじゃなく、基本的に神経が敏感に出来ているらしい。
つまりくすぐったがり、更につまり、感じやすいって事なんだろうな。
「ん、だめ、ホント……にぃ」
「今日に限ってなんで抵抗すんだよ」
そもそも流石に最後までやる訳もないんだから、女子特有の日だってのはあんま言い訳にならないぞ。
ぴくぴくと跳ねる体を片腕に閉じ込めて鼻先を首筋に擦り付けると、また面白いくらい体が震えて仰け反る。
「あ、そ、ぶなっ」
バレた。
「しょうりっ、だめって……」
「なんで」
「き、もちよく、なっちゃ、うでしょーっ」
喘ぐ声を抑えて言ってるつもりだろうが、その方が擦れてて妙にエロイ。
不思議なもんだ、今までダチとその手の映像見たって別にどうとも思わなかったってのに。
中学の時には明石も一緒にいて、揃って顔色変えないから「超人」とか呼ばれたっけな。
いやあいつは絶対俺とは違う意味で、単に慣れてただけだろ。
だと言うのにこういう時、こいつの全部が、なんか、こう……説明し難い。
「あっあっ、や」
「嫌って言うなよ、傷付くだろ」
「うそつけぇ!」
まあな。
「ほんと、ほん、とにっ……ぃく、な、る」
「だから何抵抗してんだって。ほら」
「わぅっ」
腰の辺りを這っていた両手を使って下から上へ持ち上げるように胸を包む。
服の上からでも指が沈んで、その柔らかさがよくわかる。
「なんか、やっぱデカくなってないか?」
「しょーりがっさわる、から!それにまだまだせーちょーき!」
懲りずに指を何度も沈ませたり円を描くように揺すったりしていると、すっかり抵抗は止んで感じ切っているはずなのに、いつもと違って恨みがましい目を向けられる。
でも少し涙目のそれも妙にイイなと思ったりも…………わかってるよ、俺もバカだし重症なんだ。
それに言うだろ、こういうのにつける薬はないって。
「きゃ、わあ!マジで、ちょっ」
「支離滅裂意味不明」
長いカーディガンの中にある薄い素材の服のまた中にあるキャミソールを捲り上げる。
表れた水色の下着の中に中央から指を差し入れると潤んだ目が俺を縋るように見上げた。
直接触れた肌の温かさとか柔らかさだけじゃなく、俺の中で何かが疼く。
「嫌?」
「そういう聞き方、ずるいっ」
「ズルイのはお前だ」
いっそ何もしてなくても俺を動かす事なんてこいつには容易い。
その視線だけで俺をどうにか出来るなんて、これをズルイって言わずになんて言うんだよ。
こんな風になるなんて想像もしなかった。
俺も歴とした男だったんだなって、ちょっとほっとしたりもする。
どこか、悔しくはあるけど。
結局男なんて複雑で至極単純なものだって事なんだろう、歴史だって裏には常に女がいる。
まるで糸で操られてるみたいに、引き寄せられて離れられない。
「ん、ン、しょう、り」
「嫌?」
「やじゃないよ、すき」
するりと首に腕を巻き付けて来る動作の緩やかさときたらどうだ。
こういう時、もう負けてもどうでもいいって気になる。
もう一度唇を食むと舌が伸ばされて来てそれに吸い付く。
ぷちゃ、というこの音を、いつだかこいつは可愛いと言った。
「で、もね、しょうり、ここ、いちじ、か、ん」
キスの合間にそれだけを漸く告げて、ぎゅっと俺を抱き寄せた悠はくすぐるように唇を擦り付けて来る。
胸の先端を指で挟むと上がった声は重ねた唇の隙間から少し漏れた。
とろりとろりと、少しずつ悠の目が蕩けて行くのがわかる。
「延長するか?」
下着を完全に上までずらし沈ませた指のお蔭でふっくらと盛り上がった胸に唇を押し付けながら言うと、ふるりと首が振られた。
まだ落ちてないのか、今日はやけに粘るな。
そう思って少し強く肌を吸うと大きく体が跳ねる。
「もー!離して離して!これ以上はマジでマズイってー!」
言葉だけ聞くと切羽詰った男のセリフみたいだぞそれ。
「もっと触って欲しくなるでしょ!それが自然の摂理、いやさ、恋人達の生理なのだから!」
「正論だが妙に言葉が悪いな」
「とにかく!これ以上ここでやっちゃったら一体何時間ここにいなきゃなんないと思ってんのー!」
「何時間て別に……」
まんま「休憩」する訳でもあるまいし。
流石にこんなとこでこれ以上出来るかっての。
「そうなの!普段の自分の行動を省みてみなさい!」
がしっと肩を掴まれて、……それが胸丸出しなもんだから妙な絵面だ。
こうも一気に色気が出たり引っ込んだりする奴も珍しいんじゃないんだろうか。
とか余計な事を考えていたら察したのか悠が睨んで来る。
……いや、俺の普段の行動なんて言ったって、別に今とそう変わりがあるものでもないような……と思う自分が流石に少しどうかと思うが。
でもいつもならそもそも悠はこんな事を言い出しはしない。
羞恥はあるようでも、悠自身も俺に触りたい欲求が勝っているらしい。
ああだのこうだの理由をつけては触らせなかったり何やらを試したりする女はいるらしいから、その点こいつにはほっとさせられる。
だと言うのに俺が一体何したってんだか。
普段通りと言うなら今頃は大体お互い触りに触りまくって、後は大抵ぐったりする悠を寝かし付け…………ああ。
「わかった、納得した、止めよう」
ぱっと手を離す。
「その一斉撤去みたいな離れ方もどうかと!」
「じゃ、時間までこうしてるか」
ぶつぶつ言いながら服を直した悠を膝の上に抱き上げて正面から抱き合う形にする。
店員から電話が来る頃にはこの疼くような俺の熱も治まるだろ、……そう願いたい。
考えてみりゃそうだった、ここが室内だったからうっかり失念した。
最中もアレだけど、こいつ事が終わってからの顔がやたらに酷いんだ、余韻が残りまくってると言うか。
そんなだだ漏れの顔で外歩かせるとか、ある種の猥褻物陳列罪だろ。
俺は法律を守って、事の後は数時間ばかりはこいつを外出させていない。
「もーもーもー!早く家帰りたいー」
「俺が言うのも何だけどな、今日買い物行きたいとか言ってなかったか」
「帰って、もっとする……」
…………俺って実は他の男から見たらすげえ羨ましがられる奴なんじゃないか?
「ん、わかった」
しかし今朝親父さんがいるとか言ってたしな、あの人もいい加減フリーダムだけど流石にどうか。
娘のアレ的な事情なんか知りたくもないだろうし、俺も親のは土下座してでも知りたくない。
「明日休みだし、泊まってってね」
「いい、けど……帰りなんか買ってくか?親父さんいるんだろ?」
むしろ全く全然ちっとさっぱり気にはしないだろうが、一応手土産の一つでもと思う。
どうやらうちの連中に負けずよく食うみたいだし。
「え、いないよ」
「は?」
「は?」
「は?じゃねえよ!聞いてねえよ!」
「言ってねえよ!」
「出掛けにその服見せたっつっただろ」
「それから出かけたよ、今度は……どこって言ったっけかな」
あのなあ。
「ハンカチ持ってるか」
「バッグの中」
言われた通り脇に置かれていたバッグの中を漁って取り出したハンカチで悠の口元を拭う。
いつかこいつもこういうのを付けるのが当たり前の日が来るんだろうな。
俺もその頃にはその姿に慣れていて今よりはもう少し余裕が出来ているかもしれない。
そうなれるようには、精進したい。
「ありがと。ちゃんと拭けた?」
そうやって笑いかけるこいつの隣に、ずっといたいと思うから。
「よし、帰るぞ」
「う、んわあああああああああああれえええええええええええええええええええ」
いつか本当にあの家に「帰る」日が、早く来ればいい。
ただ、親父さんが家にいないってのは、ちょっと自分が心配だ。