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21.悲鳴

 暫くバスに揺られてそこから十分くらい歩いた先の公園で、すでに待ち人はいた。


笹原君がバスの中でメールしてたのは田辺さんにだったのか。


 う……暗くなって来た中一人佇む田辺さんの悲しそうな視線が突き刺さって痛い。


ちょっとだけ我慢して下さい田辺さん!なんかわからんけど、笹原君はこれを確かめないと気が済まないようであります!


「どして……相庭さんも一緒なの?」


 悲しそうに笹原君を見上げる田辺さんは、やっぱり悲しそうな声でそう言う。


で、ですよね、ホントぶっちゃけなんでお前までくっ付いて来てんじゃコラと睨み効かせたいところですよね。


「これが、相庭のだったから」


 笹原君が差し出して見せたハンカチの中身をじっと見て、田辺さんは暫くしてから泣きそうな顔をする。


「なんでその人の言う事信じるの?これ、私が持ってたんだよ?」


「じゃあこれ、どこで買ったんだ?」


「憶えてないよ。相庭さん、こういうの止めてって私言ったよね?」


 そう言われても正直こちとらこの件では巻き込まれ組なんですけども。


うううう、痴話喧嘩ならいっそ他所でやってくれよう。


何だか知らないけど、そのトンボ玉がそんなに欲しいならもうあげるよう。


「相庭に何言った?」


 田辺さんが俯くと、笹原君が大きく溜息を吐き出す。


ああっ、カノジョにそんな呆れたみたいな溜息ついちゃいけませんっ。


「なんでお前、俺がこういう事聞くと黙んの?」


 だからそんな責めるみたいな口調で言ったら出るもんも出なくなるでしょーっ。


「ずっと確信がないのにお前に言うのもどうかと思ってたけど、お前がそういう態度ならもう言う。田辺さ、俺に嘘ついただろ、最初から」


「嘘じゃない!じゃあどうしてあの時の事私が知ってるって言うの?」


「それはわかんねえ。でももう、お前が嘘ついてるってのはわかる。お前が主張してんのって、あの頃の事ばっかだから」


 ――……いかん、この場にいながら話がさっぱり通じない、さっきから何の話だ。


何この壮絶なおいてきぼり感、私ここにいていいんかな。


えーと、なんだ、トンボ玉を自分のだって言ってたのが嘘か、……で?


ていうかマジで痴話喧嘩なら他所でやれよ、私涙目!


「嘘続けんのは勝手だけど、俺はもうそれに付き合う気ないから」


 ちょちょちょちょちょ、いきなり別れ話か!?なんだこの現場!?事件が現場で起きてんぞ!


「どうして私が嘘ついてるなんて言えるのよ……酷いよ、勝利君」


「お互い様だろ。どこであの時の事知ったのか知らねえけど、もう止めろよ。これ、ちゃんと相庭に返したいんだ。見つかって、涙目になって喜ぶくらい大事なもんだったんだよ」


 そう言って笹原君はハンカチごとぎゅっと手を握った。


田辺さんは痛々しいくらい唇を噛み締めて震えてる。


「それに、例えお前の言ってる事が本当だったとしても、同じ事だ」


 笹原君のその言葉に田辺さんは勢いよく顔を上げた。


「なによ……なによあんたなんてっ!!」


 思わず全身がびくっと震えるほど大きな田辺さんの叫び声が響く。


これは、悲鳴だ。


田辺さんは真っ赤になった目で笹原君を睨む――あれ、ここは流れ的に私の方を睨む場面じゃ?


え、あれ?ここは突飛に任せてこのドロボウネコ!とか言われるような場面じゃ?あれ?


いかん、親父様の影響を受け過ぎたのか私。


「虐められっ子だったくせに!叩かれてもなんにも言えないような奴だったくせに!なんでよ、なんであんただけいい思いしなきゃなんないのよっ!?」


 田辺さんは噛み付くような勢いで笹原君に怒鳴り続ける。


充血した目からはぼろぼろ涙が零れて、全身がぶるぶると震えていた。


「友達もいて彼女までいて、なんで!なんで……私ばっかりこんな思いしなきゃなんないのよぉ……っ」


 それって、……。


「どういう事だよ、それ」


「あんたなんかにわかんない!私の気持ちなんてあんたにわかるはずない!」


 ずるずるとその場に膝を折って蹲って田辺さんは泣き出してしまった。


子供みたいにわんわん声を上げて泣く。


多分ずっと彼女はそうしたかったんだ、誰かの前で。


「た、田辺さん」


「触んないで!もういいよ、あっち行って!」


 うう、手負いの獣のようになってしまっている。


わたわたと私もポケットからハンカチを取り出して、やや力技で田辺さんの顔を拭いた。


「同情なんてしないで」


「いや、同情も出来んけど。私きっと田辺さんみたいな思いした事ないからわかんないし」


 色々言われたりもしたけど、別に気にもしなかったしなあ。


「だったら放っておいてよ。そうよ、その人と付き合ってるとか嘘だから。これで満足でしょ。よかったね」


「よかあねえよ」


 暴れる彼女を押さえ付けてごしごしと溢れる涙を拭い続ける。


「あのさあ、言おうと思ってたんだけど、こっちもごめん、私田辺さんの事人伝に聞いた」


 そう言うととたんに田辺さんはびくりと体を大きく弾ませて腕の中に顔を隠す。


ああああああああああごめん、マジでごめん。


でも調べたのはお互い様で折半て事にして!


「えっと、そんでさ、もし田辺さんが今の生活望んでないもんだったら、生物学室行ってみて」


「何、それ……」


「私の友達がいる。相庭から言われて来たって言えばそれでいいから。まあ、ちょっと学校生活変えてみたいと思ってるんだったら、騙されたと思って、よければ行ってみて」


 田辺さんはそれから何も言わず、少ししゃくり上げながら自分で顔を拭いつつゆっくり公園を出て行く。


私達も何も言わず、暫くその後ろ姿を見送った。


「なあ、あいつ、虐められてんのか?」


「そうと言えるような言えないような」


「あの時あいつもどっかで見てたんだな……」


 笹原君が何事かを小さく呟いてまたそっと小さく息を吐き出す。


 ああ、きっと彼女にとってはあの言葉の通り「笹原君だけ」が仲間だったのかもしれない。


学校で自分から姿を消さざるを得ないような事が、笹原君と同じような時期にあったんだろうと思う。


それでどこでか笹原君の話聞いて見に来てみたら同じだと思ってた人はすっかり変わっちゃってて、自分だけが置いてかれたような気になっちゃったのかもしれないな。


なんで偽ってまで私のトンボ玉持ってたのかわからんけど、それもまあ何か理由があったんだろう。


でもこれからまた幾らだって変わって行けるって、私も信じて生きたい。









「ちょっと、向こうの公園行かね?」


 帰り道でそう言った笹原君の言葉に頷いて、また二人でバスに揺られていつもの公園に行く。


今思うと私、引っ越す前によく行ってた方の公園とここを勘違いしてたんだよなあ。


向こうの公園探したってそりゃ笹原君は見つからない訳だよ、笹原君がいた公園はこっちだもん。


境目の隣町とはいえ紛らわしいほど似た造りさせやがって。


いやほら、何せ子供の時の事ですから、記憶がその辺は曖昧でオホホ。


別に記憶力がアレとかあの時は他がすっぽ抜けてたとかじゃないんだから勘違いしないでよねっ。


「これ、返すな」


「あ、うん、ありがとう」


 公園の奥に歩きながら渡されたトンボ玉を握り締める。


なんかぶっちゃけ嵐のようだった気がしないでもないけど、昔の思い出の一つがまた私の所に帰って来た。


懐かしい感触にちょっとほっとする。


「で、お前の話って何?」


「え」


 あー……あー!そういえばそんな事言っちゃってましたね!


いやだって私すっかり笹原君と田辺さんが付き合ってるもんと思ってたもんだから何と言いますかその!


「えー、えーと、……なんだっけ」


 えへっと誤魔化し笑いしたら容赦なくデコピンされましたよ。


痛い、でも嬉しいぞ、Mじゃないしなんか複雑だけど嬉しいぞー!


喜んでいいんだよね、とりあえずカノジョさんを気にする事はないでいいんだよね、その点でここは狂喜乱舞していいところなんですよねっ。


「あ、笹原君も話しあるって言ってたよね。武術の事でよかったの?」


「……や、別にある」


「じゃ、今聞くよ。何?」


 聞く体制は万全にしてるんですけど、そこからどうも笹原君がじっと黙り込んでしまう。


ただじっと、その真っ直ぐな目で私を見ている。


う、うう。


「あ、あのさあ、前から言おうと思ったんだけど、そうやって見つめられると流石に照れるんですけど!」


 嬉し恥し恋する乙女ですからね。


だと言うのに笹原君は何故か噴き出して笑い始めやがりました。


オイコラ喧嘩売っとんのかワレ。


「いや、お前、顔赤い。流石元猿」


「それはもう忘れて!」


 キイイイッ、いいネタ仕入れたみたいな顔しやがって!


あーあー、どうせ猿でしたよ、野生でしたよ、正しくほぼ野放しで育ちましたよ、それが何か!?


「あのさ、そういえば笹原君の好きな人、結局まだ見つからないんだね」


 田辺さんが違ってたんだから、そういう事だよね?


 人気のなくなった公園でいつぞやのようにブランコに乗ると、笹原君はその前にある柵に腰を下ろす。


ちょっと地面を蹴ってブランコを揺らすと、やっぱりギコギコ鳴った。


 しかしショックだろうなあ、そうだと思ってた人が思いっ切り偽ってたんだもんね。


田辺さんにも理由があったとは言え、だからって笹原君を利用してよかったとも言えないよなあ。


 でもそうしなきゃならないくらい、彼女は必死だったのかも。


学校にわざわざ迎えに来たり、仲良さそうな感じがした女友達に距離置いてって言ってみたり、そうして笹原君を独りにして自分の仲間を取り戻したかったんだろうと思う。


それって今も田辺さんが独りだからだ。


……生物学室、行ってくれるといいんだけど。


「そうでもない。て言うより、どっちの意味でもやっと見つけた」


 ――マジすか。


え、この流れでまさかの爆弾発言投下とかどんだけドSなんすかこの人。


さっき喜んだばっかなんですけど、やっぱ現実厳し過ぎないすかこれ。


大体どっちって、そっち?こっち?あっち?どっち?


「そ、なんだ……」


「相庭、前に言っただろ、過去はきっかけで今が大事的な事」


 言いましたっけねー、言っちゃいましたっけねー。


心の準備体操してなかったもんだから胸から突き出て来そう、他内臓とかもろもろ出そう。


だと言うのにまた噴き出してるよ何なのこの人っ。


「わ、悪い……今度はしょぼくれた顔してる」


 笑いながら言うかね。


「しょうがないでしょ、……好きなんだもん」


 上がったり下がったりした所為かこっちのテンションまでおかしい。


幾ら体を鍛えても体の内側の事ばっかりはどうにもなりませんよ。


「悪かったって、おい、泣くなよっ」


「勝手に出るんだからしょうがないでしょ!」


「逆ギレか」


「だってやっぱり嫌なんだもん、辛いんだもん!笹原君にカノジョが出来ちゃったら、今までみたいにも出来なくなっちゃうじゃない!」


「なんで」


 ぎゃー!やっぱ言ったよ、言いやがったよ!


「笹原君がカノジョ以外の女の子と仲良くしてたらカノジョがヤキモチ妬くじゃん!」


「お前も、妬く?」


「決まってんでしょー!なんなの、やんのかコラ!おう、表出ろや!」


「だからキレんなって」


「キレもするわ!」


 笹原君が立ち上がって私の前に屈むと、鎖を握っていた私の手を上から包む。


くっ、こうして無意識に何十人と女子を惚れさせたとか言うんじゃないだろうな。


もー!天然タラシとか性質悪い!でも好きだコンチクショー!


「もしかして、妬いたから、逃げ回ってた?」


「……笹原君、流石にその喧嘩はガチで買う」


「売ってねえよ。ふうん、そうなのか」


 うう、意地悪くなってるよ、どうしたの、こんな一面もあったとか見れてちょっとラッキー…………私はバカなのか。


ああもういいよ、恋をするとバカになるって言うし、元からどうせバカですからねっ。


「そう不貞腐れんなって。面白い顔だな」


「こんなのがいいって言う人もいるんですー」


 面白いとこがいいって言ってくれる人だっているんですー。


「……へえ?誰」


「え、えーと、三年の羽柴先輩とか、五月辺りに告白されたし」


「ああ、あのバスケ部のイケメンな。他には」


「え?ええーと、弓道部の佐藤先輩とか、隣のクラスの田中君とか、あとは」


「もういい」


 恐ろしく低い声で制止するくらいなら聞くなよ!


て、言うか。


「な、なんで顔掴む?」


「逃げられないように」


「逃げるような事すんの?」


「お前の受け取り方次第だけど」


「怒ったの?」


「まあ、ちょっと」


 自分で聞いておいてどこに怒る要素あった!?


「女の顔殴る気か貴様!」


「なんでそう発想がバイオレンスなんだよ」


 顔掴んで逃げられないようにするって、殴る三秒前じゃないのか。


慌てて逃げ出そうとしても時すでに遅し、両頬をがっつり両手で挟まれて首すら振れない。


いつ!どこで!何のフラグが!立ったのか!


バイオレンスルートじゃなかったら何なんですかこの状況!?


「怖かったら目くらい瞑れよ?」


「わー!怖くて目を瞑れない!」


 これが真理!


「お前ってさあ、ホント――むかつく」


 その言葉に一瞬心臓が縮み上がりそうになった。


けど近付いて来た顔が少し角度を変えて、笹原君がふと目を閉じたのに思わず私もぎゅっと目を閉じる。


触れたのは唇に、だった。


 ――え。


え、え、え、え、ええ?


「わあああああああああああああああああああああっ!!」


「ぃって!」


 突き出した拳を握ったまま、全身がぶるぶる震えているのがわかる。


笹原君は前方で米神の辺りを押さえながら尻餅をついて私を見上げた。


「きさーん!なんばしよっとかー!!」


「どこ出身だお前は!」


「殴って悪かった!だがそっちも謝れ!乙女の唇を奪って悪うございましたと誠心誠意スライディング土下座で謝れ!!」


 自分で言って血管爆発する!なななななななんでき、キスされた!?


ファーストなチッスだったんだぞ!?


「わあ!わあ!わあ!」


「落ち着け。悪かった。した事については謝らないけど、唐突だったのはホント悪かった。お前のこの性格考えりゃよかった」


「開き直る気か貴様この狼藉者そこになおれーっ!!」


「だから落ち着けって」


「なんでした!」


「したかったから」


「したかったらしていい事じゃないの!」


 お母さんあんたをそんな子に育てた憶えはありません!


両想いでもない男にキスされて喜ぶほどこの相庭悠安くはないつもりでございます!とっととお帰り下さいまし!誰か塩持って来とくれ!塩!


「好きだから」


「はあ!?」


「相庭悠が、好きだから」





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