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19.一難去らずにまた一難

 えーと、ええーと、……ダメだ、この状況がよくわからない。


なんでこの子家にいるんだ?どうしてここ知ってるんだ?ていうか何で来た?


「ごめんなさい、突然来て。ちょっと、貴女にお話ししたい事があって」


「えっと、はい、えーと、上がります?」


「ごめんなさい、お邪魔します」


 こくんと頷いた田辺さんはおずおずと玄関の中に入って靴を脱ぐ。


えっと、……よくわからんけど、とりあえず明石君、大当たりでした。


いやまあ屋内だし滅多な事は出来ないと思うけども。


いや、何を話しに来たって?


「あの、二階上がったとこでちょっと待ってて、お茶淹れて来るから。えっと……」


「お構いなく。あ、田辺かすみです、私。同い年」


「あ、はい。相庭悠です」


「知ってる。勝利君がそう言ってたから。それで、貴女の名前聞いて、調べて来ちゃったの。ごめんなさい」


「いえ……じゃあ、あの、待っててね」


 そそくさとキッチンに引っ込んで、思わず深呼吸。


いやまさか自宅に来るとは明石君でも予想出来なかったに違いないよ、確かにこりゃ突飛だ。


「悠、友達か?」


「あ、うん。あいつら上に寄越さないでね。それから、直刃さんとこ行って謝らせて来て。いないって言ってたから、もう少ししてからでも」


「えー、俺があ?」


「別に親父様は関わってるんじゃないからいいでしょ。私も後でもう一度行こうと思うけど、ちょっと話し長引くかもわかんないし」


「友達じゃねえな……浮かない顔」


「まあ、友達ではないな。とにかく、よろしく」


 お茶とお菓子をトレイに載せて二階へ上がると、壁に凭れていた田辺さんが背を離して会釈して来る。


それにこちらも返しながら二人で部屋の中に入った。


「あ、あの、着替えていいよ?ちょっと裾汚れてる」


「え、ホント?ああ、じゃあごめんね、ちょっと隣で着替えて来る。それ食べてて」


 タンスから服を引っこ抜いて隣の部屋で着がえを済ませてから戻ると、田辺さんは何とも大人しく正座をして待っていた。


な、なんとなく漂う緊張感。


「あの、本当に突然ごめんね。でも私、どうしても……」


「いいよいいよ。それで、話って?」


 田辺さんはじっと俯いて、それから漸く少しだけ私を見上げる。


「勝利君の事、取らないで欲しいの」


「え?」


 思わず私が仰天している間に田辺さんは大きく息を吸い込んで一気に話し始めた。


「勝利君が教えてくれないから、あの学校の子に聞いたの、貴女の事。凄いね、誰に聞いても貴女の事知ってた。面白いって、皆言ってた」


 面白がられているのはわかっていたが、目に浮かぶようだチクショー。


どうせイロモノゲテモノですよっ。


「友達沢山いるんだよね?それなのに勝利君まで取らないで欲しいの。貴女可愛いし、彼氏なら他に幾らだって出来るでしょ?」


 私、彼氏を百人も千人も作るつもりはありませんが……。


「私には勝利君しかいないの。お願い。お願いしますっ」


「あ、頭上げてよっ」


 な、なんつー……突飛な……。


ヤバイ、未だ嘗てのどんな攻撃よりこれのインパクトに勝るものなし。


「いやあの、取るも取らないも、私と笹原君そういう関係じゃないから」


「でも貴女は勝利君の事好きなんでしょ?」


 そりゃ、笹原君を普通に下の名前で呼んでいる貴女にハンカチを噛み裂きたい気持ちになるほどには。


「好き、だよ。田辺さんは?」


「……私には、勝利君しかないの。勝利君だけなの」


 あれ、なんか混乱して来た。


気持ちはわからないでもない、好きな相手に仲良くしてる異性がいたらそりゃあんまり仲良くして欲しくないと思う。


前に中川ちゃんから聞いたのもそういう事だろうし、私もそう思わない訳じゃない、むしろガンガン今思ってます。


でもなんでこの子、さっきから笹原君「だけ」って言うんだろう。


別に田辺さんだってその気になれば他に好きな人とか彼氏くらい作れるだろうと思う、笹原君が好きだからそう言ってるのかと思ったけど……。


「なんで、笹原君だけなの?」


「わ、私、貴女みたいに可愛くないし、友達も、いないし」


 友達は確かにいないようだけども、だからってなんで笹原君だけがその理由に当て嵌まるんだ?


笹原君は容姿や友達がいるかどうかで人を好きになる人じゃあないと思うけど、でもぶっちゃけ他にだってそういう人がいない訳じゃないだろうに。


なんでこの子、好きだから、って言わないの?


「どうして私が笹原君を取るなんて思ったの?」


「だ……って、貴女、勝利君といつも一緒にいたし、あの日だって、勝利君は貴女の事追いかけてた」


 消えそうな声を何とか拾って、思わずビックリ。


あの日って、もしかして私がカニ食べた日だよね。


笹原君、追いかけて来てくれてたんだ……こんな状況下でも嬉しい複雑な乙女心と秋の空。


「あの日、笹原君と何か話した?」


 田辺さんは間を置いて小さく首を縦に振る。


「勝利君、いつもあんまり話さないから、ちょっとだけだけど」


「田辺さんはいつも楽しそうに話しかけてるよね?」


「だって楽しいもの」


 あああああなんだこの違和感、自分の希望と願望がそう思わせるだけなのか。


なんかこの子と話してると根本的なところが噛み合ってる気がしない。


こっちもなんて言ったらいいのか、迷う。


「だから、確かに私は笹原君が好きだけど、笹原君は私の事友達と思ってくれてるだけで」


 今日のでそれもどうだか怪しいもんですがね。


……今は泣かない、我慢の子!


「だったらどうしてあの時貴女を追いかけたのよっ!」


 さっきまでの田辺さんの口から出たとは思えない叫び声に思わず全身が揺れた。


はっとした彼女はすぐに勢いをなくしてまた俯いてしまう。


ああっ、俯いてだんまりよりは叫ばれた方がマシッ。


「あー、いや、笹原君優しいからじゃないかな。えっとほら、笹原君的には私も送ってくれる気持ちだったと思うし」


「……ねえ、お願い。もう勝利君に甘えないで」


 うっ、キタ、今のガツンとキタ。


「うん、……そだね。ねえ、笹原君と……付き合ってる?」


 暫くして、田辺さんは首を、縦に、振った。


そして私は、振られた、と。


笑えねえっつーの……はは。


「あ、お菓子、食べて」


「ありがと。……ごめんね、こんな事言って。でも勝利君は気を遣ってるだけだと思う。相庭さん、凄く可愛いしスタイルもいいし、すぐ彼氏出来るよ。ちゃんと相庭さんの事好きになってくれる人」


「うん……」


 そう、だといい、んだけど、な。


なんだろ、うわー、一人になりたい。


「えっと、あの、時間大丈夫?駅まで送るよ」


「あ、ううん、いいの、近くのバス停使うから。じゃあ、私帰るね。ごめんね、こんな事言って」


「ううん。でもやっぱり、途中まで送らせて。暗くなって来たし」


 笹原君の……カノジョ……に、何かあったら、笹原君が悲しむよ。


「お邪魔しました」


 下に行って玄関でそう言った彼女の後を追って隣を歩く。


下にいなかったところを見ると親父様ちゃんと連れてったのかな。


私も行きたいけどもう遅いし、明日改めて行こうかな。


でも笹原君はもう私と顔合わせるのも嫌かな。


あー……。


「あ、もうこの辺でいいから。それじゃ」


 そう言って田辺さんが頭を下げようとした時、声が聞こえた、聞こえてしまった。


「相庭!」


 うわ、しかもこっちご指名ですか……。


「勝利君……」


「田辺?なんで相庭と一緒に……」


 ううー、ダメだ、イカン、一人になりたい、頼むよまだこの2ショットに心が耐えられないんだっ。


「相庭、鞄忘れてっただろ」


「あ、……ごめん、ありがとう」


 のろのろと差し出された鞄を受け取る。


「それから、ちょっと話しある」


「今日の事なら、明日改めて私も謝罪に伺――」


「そうじゃなくて」


「あの、田辺さん送ってってあげて。話は明日ちゃんと聞くから」


 すみませんチキンですヘタレです、もう限界です。


人生二度目のダッシュの時、それが今のようです。









 と、なんだか恒例にいつもの公園に来てしまったという……ワンパターン。


私が前に通ってた公園はなくなっちゃってたんだよなあ、でっかいマンションが建っててビビッたの何の。


しかしなんだ、来ておいてあれですけど、夜は流石に冷えるな。


えーと、そうだ、入口にあった自販機で何か買おう、鞄返してもらって助かった。


もう会いたくもなかったかもしれないのに、やっぱり笹原君は優しいなあ。


 買ったホットミルクティーの缶でぬくもりつつ公園の端にあるベンチに座る。


じっと手の中の缶を見下ろしながら、出て来るのは溜息ばかり。


明日はちゃんと笹原君の話も聞かないと、そんで直刃さんにも謝らないとだ。


米屋も行っておこう、こんな事なら兄の方だけでなく昔の内に弟の方も更正させておくんだった、あそこの親父さんまた怒鳴り過ぎて血圧上がらなきゃいいけど。


 ちゃんとしなきゃ、田辺さんに言われるまでもなく笹原君にもう甘えてられない。


もしかしたら友達付き合いはしてくれるって言ってくれるかもしれないけど、田辺さんにああ言われた以上それも出来そうにないな。


でもずっと好きだった子と恋人同士になれたんだもん、これからは笹原君は何の気兼ねもなく笑えるよね。


 あとは私のケジメをつけるばかりですが……めり込む。


ああもう何度目だよ溜息、脳内が酸欠になりますって。


こういう危険状態には体が察知して脳とかが自然回避命令に出るもんじゃないんですかね、聞いてますか相庭悠(脳)さん。


 いやいや、おめでたい事ですよ、だって好きな人の片恋が成就したんだよ。


おめでとうって、言わないとな。


「……言えるかー……?」


「何を」


「いや、だから、こりゃめでてえなと。いや違う、おめでとうって」


「何かめでたい事でもあったのか」


「あー、まあ、私じゃないのが残念無念」


「で、そろそろ戻って来い」


「はあ、どこに」


「ここに」


 ミルクティーの缶と会話をしていた私の両頬が挟まれて持ち上げられた。


「わあ」


「おい、どうした、いつものアホみたいなリアクションがないぞ」


「すんません。あれ、笹原君、なんでここに?」


 私の目の前に膝を折った笹原君は深い溜息をついて自分が着ていた上着を私の背中にかけようとする。


「いやいやいやいや!ダンナ、そりゃいけませんぜ!」


「流石にお前でも風邪くらいひくだろ」


「そりゃひくけどね?こういうのはもうダメですよダンナ」


「何がダメか知らんがいいから被ってろ」


 被ると言うより袖を使って巻き付けられてしまった……ここでまさかの緊縛プレイなんて。


で、カノジョさんを近場のバス停とは言え送って戻って来たにしては時間がかなり早いような?


恋人同士は別れ際にもイチャイチャするもんなんじゃないんですかねって言ってまためり込む自虐ダメゼッタイ。


「全く。さっきお前んとこの親父があの連中連れて謝らせに来た」


「うん。私も明日直刃さんに謝りに行くよ」


「お前が謝るとこ一つもないだろ」


「なくもないだろ」


「ない。ガキらがいたから俺は動けなかった。だから、正直助かった。情けねえけど」


「……皆、怪我とかない?」


「ああ」


 よかった、でもトラウマを植え付けたかもしれないし、笹原君にはまた引き起こしちゃったかも。


そういえばなんか普通に会話してくれてるんですけど、我慢とかさせてるのかな。


ああ違うか、優しいから、気を遣ってくれてるんだっけ。


「本当に、ごめんなさい」


「だからお前はさっきから何謝ってんだって。大体お前が扉壊したんでもないし。むしろこっちが謝って感謝すべきとこだろ。実際親父達もそう言ってる。だから俺がお前の事呼びに来たんだ」


「暴れちゃったし」


「そうしてくれて助かったっつってるだろ。あのままだったら俺が下手に動いた挙句ガキらが怪我してたかもしれねえし」


「トラウマになってない?」


「は?」


「皆、あれ見て」


 少し沈黙した笹原君は漸く思いついたようにああと声を上げた。


「そりゃ驚いたみたいだけどな。あいつら後でえらい騒ぎだったんだぞ?」


「申し訳ないです」


 こりゃ一人一人の親御さんにまで謝罪か。


「いや、だからそうじゃなくて。お前の技がすげえって、どうやったらあれ出来るんだって大騒ぎで」


「古武術の応用編」


「そうなんか。あれ確かに凄いな、他のもお前軽く蹴ってるって言うか、逆にゆっくりで触ってるようにしか見えなかった」


「接触してから力を一点集中するから、逆に速さとか勢いは要らない」


「そういうもんなのか」


 ……あれ、なんか話が……。


「あれってさ、俺も教われるか?」


「私で、よければ」


「じゃあ頼む。型がすげえ綺麗だし、無駄を省いてるってのが気に入った」


「そりゃ、よかった……」


 あれ?え、ちょっと待て、この人は自分のトラウマに自ら進んで行く超人なので?


もしかして……気付いて、ない?もしくは昔のあれを憶えてない?更にもしくはトラウマ過ぎて記憶にも残ってない?


「で、まああの連中には金払って貰って、ついでに親に引き取らせた。ジジイがちょいふんだくった金で寿司頼んだから、お前も来い」


「怖く、ない?」


「何が?」


 立ち上がった笹原君は手を差し出す。


ぼんやりそれを見ていたら、手が近付いて来て私の片手が引っ張り上げられた。


「ちょ!だ、ダメだ!もうこういうのはイカンよ!」


 慌てて繋がれた手を離そうとしたら、逆に強く握り返されてしまう。


「だから何言ってんだって。コラ、今は暴れんなっ」


 ぐっと手を引かれた瞬間に腕が突っ張って、巻かれていた袖が解けた挙句上着が落ちてしまう。


「ごめんっ。あ、何か落ちた」


 上着から零れた小さい物を上着と一緒に拾って砂を払う。


ガラス玉?――いや、待て、これ……。


「こ、こっここっこ」


「ニワトリか?」


「これどこで見付けたの!?これ!私の!昔失くした私のトンボ玉!」


 ぎゃー!お懐かしゅうございます!約十年ぶりくらいですね!


「って、痛!」


「あ、悪い」


 思いっ切り今手ぇ握られたと言うより潰される勢いでしたよ。


「今なんつった?」


「え、あ、これ、私が昔失くしたトンボ玉。ホントはね、ここにゴム付いてて、髪飾りだったの。水色のガラスともう一つトンボ玉も付いてたんだけど。ガラスの方は割っちゃったんだよねえ」


 いやあ、そういえばあの時失くしたと思ってたけど、笹原君が拾っててくれたのか。


ちょっといい事あった、よかった。


「なんでお前の物だってわかるんだ?」


「ん?だってこれ、五丁目のガラス工房で作って貰ったんだもん。世界に一つしかないんですよ。ホラ、こっちの花の中央にUって彫ってあるでしょ。私の名前のつもりで入れて貰ったの」


 笹原君は私の手からトンボ玉を奪い取るなり恐ろしいほど真剣な目でじっと手の中のそれを見た。


うう……この真剣な目ももう人のもの…………あんま見ないようにしよ、うっかり惚れ直す。


「五丁目のガラス工房って、あの偏屈ジジイがやってるとこか?」


「うん。こっち引っ越す前に来た時ちらっと会ったんだけど、今も相変わらず偏屈だったよ。でも記憶力はいいんだよね、私の事もそれの事も憶えてた。失くしちゃったって言ったらまた作ってくれるって言ってたから、いい人ではあるんだけど」


 よかったー、なんかちょっと地獄に仏的な気分。


だってこれ凄く気に入ってたんだよ、あの職人!て感じの親父さんと物凄い相談して一緒に製作したんだから。


あの頃私が唯一持ってた女の子アイテムと言っても過言じゃないし。


失恋現場で失くしちゃって物凄いがっかりしたっけな。


でもまた会えて嬉しいよ、キミ。


「一杯探したんだけどもう見付からないと思ってた……笹原君が拾ってくれたんだね、どうもありがとう!」


「……それ、俺が持ってたんじゃない」


 え?


「それは、田辺が自分のだって言って持ってたやつだ」


 ええ?





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