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01.諦めません、勝つまでは!

 相庭悠、16歳、――恋をしちゃいました。 


そして。


「俺、あんたみたいな女、好きじゃないから」


 笹原勝利、16歳、に――ファーストコンタクト見事玉砕。


でもですね、でもでもですね、だからなんだっていうんですかね。


世の中に溢れる恋人同士が全て好き同士から始まるとでも?お見合いから始まった出会いは恋愛を育めないとでも?


ノンノン、ナンセンス。


「好きな人いるの?」


「……いる」


 笹原君には珍しく返事に間が空いた、応え辛い相手と認識。


「その人は恋人なの?」


「何でお前に答えなきゃならない」


 ごもっとも。


しかしこれで引いては女が廃る、もとい、これで引くほどこの恋は伊達じゃないんですよミスター。


「恋人じゃないんだね。ならオッケー。今後もアピールしますんで、しまくりますんで、1-Aの相庭悠を今後ともどうぞよろしく!」


 恋の始まりは日々の繋がりから、日々の繋がりは笑顔から。


って事で自分的に目一杯の笑顔で微笑んで見せた、……が、敵もさるもの、「何だこいつ頭おかしいのか」という顔でむっつりしたまま踵を返されてしまいました。


勿論そんなの想定済み、今時恋愛も情報が物を言う時代なのよ、笹原君の大まかな性格も告白された後のリサーチも完璧抜かりなし。


「付いて来るな」


 隣に並んだ私を突き刺すような目で見る。


イヤン、恋する乙女にとってはそれもまた甘美な刺激、好きな人の為なら乙女はマゾにもなれるのよ。


 しかし聞きしに勝る眼力だ。


中学剣道で全国の覇者になった男は迫力が違う、無愛想で大概無口でいつも人を睨むような顔をしている彼には男の子でもちょっとやそっとじゃ近付けない雰囲気。


 それでも勇猛果敢な恋する乙女達は清水の舞台から飛び降りるかって勢いで告白をするけれど、大体が近寄って睨まれただけでUターン、頑張ってもさっき私が聞いた一語一句違わない台詞と無表情に撃沈。


長身で格好いい剣道界の若きエースは入学当初、飛ぶ鳥も落とす勢いでモテていたけれど、蓋を開けて見ればコレでソレでアレで、夏休みも間近という今に至ってはすっかり触らぬ神に祟りなしと眼福の為の観賞物と化している。


普段から愛想はないけど決して冷たい人じゃない、むしろ仲のいい男友達には義理堅いとさえ称されている、だからこそ私が惚れたんですけどね!えへ!


 そんでもって私が何より好きなのはこの突き刺すような目だ、剣道部で練習している彼を見てキタと思いました。


予感は確信に変わり、知れば知るほど好きになって現在に至ります。


宝くじだって買わなきゃ当たらないのよ、見てるだけなんて性に合わない、当たって砕けても立ち直って必ず勝利を掴んでみせますとも!……笹原君の名前だけにシャレっぽいな。


「私もこっちだから。ストーカーじゃないから安心してね。襲わないし取って食いもしないから、逃げなくてもいいよ?」


 にこにこと言えば、笹原君は実に目も合わせず嫌そうな顔をした。


「絶対にこいつ頭おかしい、ヤバイ、付き纏われる」って感じかな。


 いやね、これでも研究しましたのよ、何せ恋する乙女な上笹原君たらまあ微かにしか表情変えないもんで意思が読み辛いんです。


何か言って相手の反応見て「バッチリ好印象!」とか絶対ない訳なんですよ、精々「あーこりゃヤバかったかな」と思わせられる。


しかも同中の友達ですら笹原君の笑顔なんて見た事ないってレアな笑顔なんで、大体の人は何言っても失敗したとしか思わないだろうな。


 しかし、しかしですよ、恋する乙女のパワーをナメてもらっちゃ困るんです、ここ数ヶ月研究に研究を重ねましてワタクシ、見事大体何考えてるかを把握するまで達成致しました、拍手。


「つーかお前、俺の事恐くない訳?」


 逃げても追い掛けて来て騒がれると思ったのか(大正解)、笹原君はぶっすりとしたまま隣を歩く私にボソリと言う。


予想外のお言葉を賜り、思わず笹原君を見上げてしまった私。


私これでも167cmあって女子じゃまあ高い方だと自負してるけど、186cmの笹原君じゃやっぱり見上げる感じになる。


別に背の高さに拘る訳じゃない、笹原君なら150cm以下でも全然オッケー。


 これでもかときょとん顔になった私が笹原君も予想外だったのか、不機嫌な表情から少し涼しげな目を見開いて驚いた顔になっている。


これもかなりの笹原君上級者でなければわからないレベルだろう。


「え、あれ?笹原君、私の笹原君データによると記憶力は良かったはずなんだけど。……データ書き直しかな……」


 成績が特にいい科目からしても、今日起こった事をすっぽり忘れるほどには悪くないはずだ。


この私とあろう者が見誤ったか?


「何だそのデータって……」


「あ、だからストーカーとかじゃないから安心してね。友達に聞いたりとか自分で見た感じの笹原君の分析データってだけだから。ホラ笹原君暗記物の成績いいでしょ?だからね、記憶力はいいって感じに」


 因みに名前、生年月日、身長体重(他の男子と比較してデータ採取)、趣味、行動傾向……ってくらい?


「………………。で?何で俺が記憶力悪いって?」


 うん、これは「一々こいつにツッコんだら負けだ」ってとこか。


「ええ?だって私言ったでしょ。好きです、付き合って下さいって。もしくは恋人前提にお友達からよろしくお願いしますって。十数分くらいしか経ってないのに忘れてる訳じゃないでしょ?」


「大体の女は俺が断ると泣くか怯えるかする」


「私に言わせりゃ好きじゃないって言われただけで引く方がどうかしてるんだけど」


 流石に私だってクラスも違う知らない奴からいきなり告られたら困るし、その場で即お断りされるのなんか想定内。


大体嫌いと言われたからって諦められるもんじゃない、少なくとも私は。


「まあ私だってせめて知り合ってからと思ったんだけどさ、だってちっとも笹原君と接点ないんだもん、理由もなくお友達になって下さいなんて言う方が怪しい感じでしょ、キャッチっぽくて。だからせめて知れる範囲で知ってから挑みたかったのね」


 そう言い切ると笹原君はまるで宇宙人でも見るような目で私を見た――と思う。


「そうじゃなくて。だから、俺の事恐くない訳?」


「どこが?」


 心底わからなくて聞いたら、心底わからないという顔をされてしまった。


ううん、やっぱこうして近くにいると微かな表情の機微がいつもよりわかる。


「愛想ないし、相手見ただけで睨んでるとか言われてるだろ」


「あー、笹原君眼力強いもんね。いや、私としてはそこがいいって言うか!大好きな訳なんですけども!」


 キャ、大好きって言っちゃったっ。


「眼力で済む問題か?」


 違う問題はスルーですか、流石中学剣道全国覇者、スルースキルも全国レベルですか。


うむ、相手にとって不足なし。


「恐くないよ、全然。別に殺気篭ってる訳じゃないし、笹原君の目凄く格好いいと思うもん。剣道してる時のなんてもう最高ですよ!」


「冷たいって言われるけど?」


「本当に冷たい人にあんな友達出来ないよ。人となり見たらわかるもんじゃない?だから笹原君が面倒見いいとかわかるよ」


 実は内緒なんですが、笹原君の中学の時からのお友達の明石君はちょっとした協定を結んでおりましてですね。


これでも目立たないようにバレないようにさり気なく情報ゲットしていた私なんだけど、明石君てば鼻が利くというかまるっとわかっちゃったみたいで、以来ちょこっと交換条件で情報を提供して貰っちゃったりしてる訳なんですハイ。


ちゃっかりしてんなーと思うけど、「お膳立てしてやろうか」ってお誘いをお断りしたらどうもお気に召して頂けたようで、割と最近は明石君が積極的に情報を下さる、お代官さまさま。


 だって自分の恋愛なんだから自分で何とかしたいもんね、誰かの力でお膳立てして貰っても、私と同じように笹原君を好きな子達に申し訳ないし笹原君だってちょっとは明石君の顔を立てたいとか思ってしまうかもしれないし、そうでないとは思うけど断ったら断ったでちょっとは気まずいと思うんだ。


割と当たり前の事だと思っていたけど、将を射んとするにはまず馬からと、明石君曰く結構明石君経由で笹原君に近付こうとする子達もいるみたいだ。


そんなんでいいですかねえと正直思う。


まあ持てる武器は使うのがいいと思うけど、こういう事はやっぱ素手で体当たりと行きたいじゃないですか。


「……お前、変な女って言われないか?」


「よくよく言われますが何か問題でも?」


 そりゃあそうだ、何せあの親父様に男手一つで育てられてマトモに育ったと思う方がいっそどうかしてる。


うちの親父様は所謂格闘マニアなのだ、しかも見る方じゃなくて実施する方。


その上ありとあらゆる格闘技を娘にも習得させる方。


お陰様でその一人娘は特に好きでもマニアでもない格闘技を幼さ特有の吸収力でガンガン身に着けていきましたとさ。


 そう、問題大アリだ。


幼い頃は親父様に教わった通り常識もクソもなく、正義感だけを振り翳して技を使った。


勿論相手が相手だから、精々まだ小さいんだから危ない事しちゃいけませんって周囲の大人に叱られるくらいで、助けた人達には感謝されたもんだけどさ。


 でも少しずつ周囲を、世間を、自分を知るようになって、わかってしまった。


スポーツとしてやっている訳でもない私は、女として奇異な存在だって。


 ――今でも蘇る、初恋の苦い思い出。


だから性格はどうしようもないけども、私はどんなに親父様にさめざめと鬱陶しく泣かれようとも、もう人に自分の技は揮わないと決めた。


……あんまりにも親父様が鬱陶しいから、今は体型維持の名目で少々嗜んでおりますのよオホホ程度。


 もう、もう絶対に、二度と、同じ轍は踏まない。


好きな男の子に――あんな目で見られるなんてゴメンだ。


もう顔も名前も覚えていない、でも、あの子のあの時の目だけが、今も鮮明に――。


「俺ここだから」


「え、笹原君ちって実家が剣道場なんだ。へえ、納得」


 さっさと立派な門構えの中に入ろうとした笹原君の足がぴたりと止まって、また怪訝そうに私を見る。


なんか私もう笹原君の中で宇宙人として確定されてそうだ、……他にないという点で喜んでいいものかどうか。


「うち近いし……それこそ実家知らない奴の方が少ないと思うぞ」


 ああ、だからすんなりここが家だと教えたのか、……そんなシマッタみたいな顔しなくてもいいのに。


そんな顔も見れて嬉しいですけど、キャ。


「ああー、いや、私のデータ、性格分析重視だったから」


 今度はなんか呆れた顔をされました。


ていうか明石君といるところを見てもこれだけ表情の変わる笹原君なんて見た事なかった。


貴重?もしかして超レア!?……あああああでも写メ頼んだら流石に拳が飛んできそうだしなー!


「なんじゃ勝利、そんなとこボケっと突っ立って。皆待っとるぞ、早う入れ」


 えへっと私が照れ笑いをしていると、門から出て来た着物姿のお爺さんが笹原君に声を掛けた。


「爺さん」


「さ、笹原君のお爺さん!?」


 私の声にお爺さんも私に気付いたのか目を向けた。


ここで会ったが百年目……じゃない、笹原君の身内とあってはこれは丁重に挨拶をしなければ!


「初めましてお爺様!私、相庭悠と申します!不束者ですが今後ともよろしくお願い致しますっ!」


礼は九十度、カンペキ。


「嫁みたいな挨拶すんな!」


「ならないとも限らない!」


「ならない!」


「なりたい!」


「断る!」


「だがそれも断る!」


 睨み合った私達の間に朗らかな笑い声が響き――……。


「キャー!!」


「何してんだジジイ!」


「ほー、ええ娘さんじゃー。ボンッキュッボンってやつじゃな」


 …………尻を触りくさりやがりましたよこのエロジジイ様。


「なんじゃい、カノジョか勝利。そんなら中に入って貰ってお茶でも出して役所行って婚姻届を出してお菓子でも食べなさい」


「間に妙なもの挟むんじゃねえよ!」


「ハイ、お言葉に甘えて末永くよろしくお願いします!」


「お前も乗るな!!」


 にこにこと笑い合っている私達に怒号でツッコんでから、盛大な溜息を置いて笹原君は中に入って行ってしまった。


そしてその場に二つの「ぶはっ」という音が飛び出す。


「あいつは昔から照れ屋さんでのー」


「キャー、笹原君のツッコミなんて初めて聞いちゃった!」


 にこにこにこにこ、私達は笑い合う。


やっぱり笹原君も家族の前では随分印象違うんだなあ、新しい発見だ、データに追加と。


あとはお爺さんも笹原君に似ていい人、あとノリがいい、と。


 うーん、今日この数十分で大収穫だ、大満足。


フラれた?好きな人がいる?ノンノン、そんなものでめげませんとも。


告白しただけでいいなんて冗談じゃない、不戦敗なんて絶対嫌、泣くのはすべてやる事をやってからだ。


決意も新たにして気合を入れた私はお爺さんに向き直って改めて頭を下げる。


「それではお暇します。会えてとっても嬉しかったです」


「は?」


「は?」


 ……「は?」とは?


あれ、いつの間にか私何かやらかした?いやさっきまでお爺さんも笑ってたよね?え、あれ嘘?


もしかして不届きな女が孫に近付いてないかどうか探る為の硝子の仮面?……お、恐ろしい人!


「上がって行きんさい。勝利は近所の子らに教えとるから、ちーとお待たせしてしまうがの。何なら見学して行きんさいな」


 アガッテイキンサイ……それは素敵な魔法の呪文…………ではなく!


「いいいいいいいんですか!お邪魔しますお邪魔させて頂きます!」


「ホホ。かーわいらしい娘さんじゃのー、ボンッキュッボンじゃしのー、勝利も隅に置けんのー」


「えへっ」


「ホホッ」


 お互いににこっと笑い合った後、お爺さんに連れられて私は家の長い廊下を渡り、繋げて作ってある道場の方へと足を踏み入れた。


さっきお爺さんが言った通り、子供達の威勢のいい声が響いている。


 うーん、実は剣道も一通りやったんだよね私、ちょっと懐かしいな。


でも習いに行っていた所の師範を数ヶ月で叩きのめして事実上のクビになったのは思い出さない方向で。


……だから、私もあの頃は常識とか体裁のわからない子供だったのよ。


「うわあ……」


 ヤッバイ、学校でも見て思ったけど、胴着姿の笹原君超カッコイイ……。


自分の腰ほどくらいの子供ばっかりだから手加減はしてるけど、面から見える眼差しは真剣で変わらない。


 涎垂れてないよね?じっと集中して一点を見たりすると私口開ける癖あるんだよね、気を付けないと。


ああでもこれは涎モノの光景ですよー。


でも本人の許可ない撮影は自分的ご法度と戒めております私!我慢の子!


剣道部ってうっちー先生が厳しいから部活中はギャラリー規制してるんだ、だから笹原君の剣道姿を見るのはいつも遠くから目を皿のように……。


「何でお前がここにいる」


 ……していたら子供達に自主練を命じた笹原君が目の前に来ていた。


「直刃さんから見学許可を頂きましたので!」


 えへん。


「…………直刃さん?」


「やっぱり笹原君たら記憶力悪いの?自分のお爺さんの名前でしょ?」


「そうじゃなくて。なんで俺の爺さんの名前をお前が呼んでるんだって事だ」


「そう呼んでって言われたから」


 なかなかどうしてフレンドリーなお爺様をお持ちで。


お父さんとお母さんは共働きとの事で会えなかったけど道場に出るまで家政婦さんには会ってご挨拶はした、やっぱり好きな人のご家族にも好かれたいと思うのが真情。


家政婦のトミさんには「あら、坊ちゃんにこんな可愛らしいお嬢さんが!」って言われちゃった、キャ。


「……変人同士気が合ったか……」


「自分のお爺さんに変人はないよ」


「聞いてんなよ!」


「笹原君の声ならどんな小さくてもキャッチ出来ると自負!」


 えへんえへん。


「……で、爺さんは?」


「トミさんとお茶用意してくれるって言ってたよ。お構いなくって言ったんだけど、多分聞いてなかった」


「…………トミさんにまで会ったのかよ……」


「いい人だよねトミさん。やっぱり笹原君の周りの人は皆いい人ばっかり」


 やっぱりこれが人となりというやつなのね。


私の親父様は特例として。


 なんだか凄く嬉しくなる、だって私の好きな人がそんな人達の中にいる、同じように優しく育って今があると思うと好きになって本当によかったと思う。


「変な女」


 そう呟いた笹原君はすぐに背を向けて、「先に部屋行っとけ」とぶっきらぼうに言った。


初対面の女がここまで家に馴染んでしまったのが気に食わないのか、笹原君は私が通された客間に来てももうむっつりと黙ったままだったけれど、多分部屋の外で様子を窺っていたんだろう直刃さんが来てくれてお茶会になった。


 客間に差し込む日差しが茜色になって、本当にもうお暇しますと立ち上がると、直刃さんが「勝利、可愛いお嬢さんを暗い中一人で帰すんじゃない」と発破をかけて立ち上がらせた。


不機嫌そうな笹原君を伴って外へ出れば、丁度道場を終えた子供達が帰って行くところだった。


「勝利兄ちゃんバイバーイ!」


「勝利兄ちゃんカノジョー?」


「さっさと帰れ!」


 キャハハハと笑いながら手を振り走って駆けて行く子供達に私も手を振り返して見送った。


本当にちょっと懐かしい光景だ、…………大体どこ通っても数ヶ月でクビにされてあんまりそういうとこで友達は出来なかったけれども。


いや、むしろ師匠扱いされた妙な件は多かったっけな……。


「って事で、ここでいいよ。ここから私の家もあんまり遠くないし」


「え、お前近所?」


「私高校に上がるのと同時に引越して来たから」


 この町を選んだ事だけは我が親父様に拍手だ、グッジョブ!


他は全くちっともさっぱり全然褒められたもんじゃないけど、偶には役に立つじゃないの親父様ったら。


引越し早々フランスに暴れ熊退治しに行くとかぬかしくさってホイホイ出て行ったのが帰って来た暁にはボッコボコにするところをボコで許してやろう。


「じゃあね、今日はどうもありがとう」


「オイ」


 背を向けて歩き出した私を低い声が呼び止めて、パブロフの犬のように私は振り返る。


今は読めない無表情がそこにあった。


「俺は、――好きな奴しか好きにならない」


 淀みなく、迷いのない、笹原君の真っ直ぐな目のような声。


それも、私が大好きな声だ。


「他の女は、好きにならないし、なれない」


 私はそれににっこりと笑った。


「惚れ直した!」


 実に、実に私は目が高いと思った、心底惚れた、惚れ直した、骨抜きだ。


僅かに目を見開いて、すぐに笹原君は苦虫を噛み潰したような顔になる。


いつもの微かな表情の変化じゃなく、顔一杯に「通じてない」って顔。


 貴方が私を好きじゃなくても、貴方が私を嫌いでも、私は好きだ、大好きだ、とてもとても好きだと思った。


猪突猛進、それでどうにかなるとは思わないけど、これが私だ。


 まだ大丈夫、私はまだ「かなり変な、普通の女の子」でいる。


笹原君の目に――あの子のような色は浮かんでいない。


 今度こそ、私は間違わない。


あの日閉じ込めた拳を、強く握った。








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