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18.覚悟を決めろ!

 ふふ、ふふふふふふふ、ふふふふふ。


この一週間の自分を顧みて言うわ、このチキン野郎が!!


相庭悠、お前はそんなチキンだったのかヘタレだったのか!相庭悠(パート2)は情けないぞ!見ろ、田舎の相庭悠(パート3)も泣いているぞ!


し、しかしなんだ、やっぱ一週間で心の準備とか出来ないっす!


わかってる、逃げてても状況は変わらないのはわかってる、むしろ悪化する可能性もある、わかっているが心と体と頭が分離反応をしてしまう!


「あら、悠」


「ひぎゃ!」


 この一週間、逃げに逃げ回ってやっとの事で見つけた秘密の間(別名第二資料室兼倉庫)に人が!?


と思ったらアキちゃんじゃないすか、おや隣にはドMの彼氏。


「あ、こんにちは。お久しぶり」


「お久しぶりです、悠さん」


 今中二なんだっけか、中二でもうドMたあ極めてるわ。


まあそれを言い出したらアキちゃんなんて小学ですでに縄跳び用の縄を鞭に見立てて振り回してたしな。


 いやいや、あービックリした、…………。


「不法侵入!」


「ちょっと大声出さないでよ。あんたもどうせまた逃亡者ごっこやってんでしょ」


 ガチにも関わらずごっこ呼ばわりとはこれ如何に。


いやいやいやいや、中学生の子がここ入って来てたらマズイだろー!しかも今昼休み!


何やってんだこんなとこで………………ナニの可能性じゃありませんように。


「こいつの学校今日早く終わったのよ」


「ちょっとでもアキ様に会いたくて来ちゃったんです」


 えへへって照れたように言われてもな……。


「まあいいや、とにかく、時間までは私ここにいるから。嫌ならそっちが出て行け」


「別にいいけど。ていうか、あんた達はホント最近何やってんの。あいつと新しい遊びでも始めたの?」


「そういう訳では」


「笹原があんたの事追い掛け回してんの見た時は流石に我が目疑ったわよ」


 ある意味私も度肝抜かされましたが。


まさか私が笹原君から逃げる日が来るなどとはお釈迦様でもわかるまいて。


「オラまだ年貢が納めらんねえんですだ」


「訳がわからんが、大体把握した」


「マジで!?」


「笹原、あの女の事であんたに何か言おうとしてんじゃない?でもって、あんたは聞く体制が整ってないと」


 お、恐ろしい子!この一言でほぼ全ての経緯を把握するとは!


この彼氏君にもちょっと忠告しておいた方がいいかな、アキ様怒らせると何されるかわかんないって……あ、目ぇキラキラさせてうっとりしてるダメだこりゃ。


「えーあー、つい頑張れとか言ってしまって、頑張った結果聞かされんのかなあと思うと体がつい」


「……あんたバカなの?」


 へえ、申し開きもねえです。


「あのねえ、何事も弱肉強食、世の中綺麗で弱い事ばっか言ってると食われんのがオチよ?」


 へえ、返す言葉もねえです。


この一週間何とか覚悟決めるべく寝ずに勉学に励んでみたり親父様のサンドバッグを三つほど粉砕してみたりしたんですけど、何ともさっぱり勇気も出ませんで。


聞く前からこんなんでどうするよって話ですけど。


笹原君の口からあの子がカノジョになりましたなんて報告聞くかと思うと……ああああああ心臓痛い。


しかも笹原君てばあれから毎日鬼気迫る勢いで追いかけて来るもんだから、上手く行ったのかどうかすら全然わからん。


いや元気にはなったなあとは思うんですけど、ええ、とても、すごく。


ホントもうドキドキしちゃって、遠目から確認も出来ず、笹原君がカノジョ出来て浮かれてんのかどうかすらわからん。


うおおおおおおおおおおおチキン!ヘタレ!


「アキちゃん、何していらっしゃるんで?」


「ん?ああ、頼子にメールしてる。あの子も心配してるから。て言うより、学校中が天変地異の前触れかと思ってるわよ」


「後半不本意だが、重ね重ねすまん」


 こんなんじゃダメだ、逃げちゃダメなんだ逃げちゃダメなんだ逃げちゃダメなんだ。


「よし!今日の放課後こそは話聞いてくんぞ!」


「その意気ね。ほら、失恋するまでも恋愛だから」


「不吉パネエエエエエエエエエエエ」


 果たして、その女王様の不吉な宣言が影響してしまったのかどうか。


「笹原さ、午後の授業で腹痛起こして早退したんだよ。弁当の何かに当たったらしくて」


 おおう、やっと放課後根性入れて笹原君とこのクラス来てみたらそれですか。


はあ、笹原君が腹痛……――。


「しょしょしょしょしょっくちゅうどっく!?」


「相庭、超言えてねえ」


「何かの生き物みたいだな」


 冷静に突っ込んでる場合じゃないだろ鈴木君も明石君も!


「別に大丈夫だと思うよ、出すもん出してから痛みは治まったっつってたし」


「なんかげっそりしてたけどな」


「大丈夫じゃないじゃん!」


 なんてこった!


「つー訳で、これ、頼む」


 渡されたのはノート…………こ、これは、つまり。


「ここに来たって事は逃亡者ごっこは終わったんだろ?それ届けてやってくれ。中にプリントも挟まってるし」


「えー、……ハイ」


「よし。何だかよくわからんが、まあ頑張れ」


「いつの間にか喧嘩でもしてたんか、お前ら。さっさと仲直りして来いって」


 ううう、だがお膳立てして貰った以上はやらねばなるまい。


いつまでもおめおめと逃げ回ってる訳にもいかんしな。


ドカンと来た二度目の恋だ、ドカンと失恋するのだってまた人生。


「いざ参る」


「戦にでも行くみたいだな」


「頑張れよー」


 見送られるまま教室を出て、荷物片手に校舎を出て暫くで足を止める。


具合悪いならお見舞い持って行かなきゃなあ。


でも腹痛なのに食べ物のお見舞いじゃダメだろうし、笹原君に花贈っても喜ばれそうにないし。


あれ、別の課題が増えてしまった。


「とりあえずコンビニ行こ……」


 近場のコンビニに入って物色して、またふと手が止まる。


もしかしたらあの子も笹原君ちに行ってるとかいう可能性がなくもなくね?


あの距離越えて迎えに来ちゃうくらいだもん、具合悪いってわかったら行っちゃってるよね!?


あーわー、ど、どうすべ。


あの子私にいい印象持ってなさそうな気配だし、どうしたもんか。


……とりあえずお腹にも負担なさそうな飲み物買って行くしかない、か。


ノートとプリントないと笹原君も困るよね。


 心配だし、それにやっぱりちゃんと顔が見たい。


ちゃんと聞かなきゃダメだ、だって笹原君は私の話もちゃんと聞いてくれた。


それにいい加減……笹原君を避けているというこの現実にも耐え切れない。


ああもう我ながらなんて矛盾か。


「買い過ぎた……まあいいか」


 笹原君ちは大家族だしねと言い訳しつつ両手一杯にコンビニ袋を抱えて、いつの間にやら笹原君宅にご到着。


そういえばインターホンてどこだっけ?


門の前できょろきょろしていたら、家の隣の道場の方でバキバキッとかいう大木がなぎ倒されるような音がした。


 え、ちょ、今度は何事ですか!来る度何か起きるとか何だここの家!


思わず袋放り出して庭から道場の方にダッシュする。


庭に面した側にある木製の扉だったようなものが、庭に散々と散らばっていた。


ぽっかりと開いている状態の中を恐る恐ると覗いて見ると、中にはこちら側に背を向けて立っている男が三人、それから門下生だろう子供達を後ろに庇うようにしている笹原君が一人。


――なんだ、この状況。


「いいから、あのクソジジイ出せっつってんだよ!」


「だからいないって言ってるだろ」


 道場の中にも散らばった木片を蹴り上げて男が怒鳴ると、低い声で笹原君が返した。


後ろでは子供達が顔を隠すようにして皆で固まっている。


えっと、これは、所謂道場破りみたいなやつ、か?


 一歩踏み出すと木片が私の足の下でバキリと音を立てて、それと同時に一斉に視線がこちらに向いた。


今の内にと思ったけど、この道場こっち側からしか出られないんだったな!なんて不便設計!


「なんだ、お前」


 なんだと言われたら答えてやるが世の情けですが。


「生憎この状況で名乗る名はない」


 のーさんきゅー。


「お前、この坊主の女か?へえ、割りといい趣味だなあ坊主」


 へらへらと笑った男共は見た目私達とそう歳も変わらなさそうだ。


ううん、この辺てまだこういうのいたのか、夏前に一応言っておいたんだけどなあ。


「あんたらねえ、道場に土足で入っていいと思ってんの?」


 入る私も勿論靴は脱ぎますよ、と。


小さいのが刺さると嫌なので大きな木片に乗っておく。


「相庭、帰れ!」


「笹原君さあ、腹痛だって聞いたけど大丈夫?」


「いいから、こっち来んな!」


 おう、いっそそっちのがダメージ食らうんですけど。


「何、キミが俺達の相手してくれ――」


 んの、と続けたかったんですね、わかりますわかります。


「え――?」


「はい次はどなた?」


 私の足元に大の字で転がっている男を凝視した二人が再度顔を上げて私を二度見する。


「言っておくけどさあ、私怒ってるから、あんまり手加減出来なかったらごめん、ねっ!」


「ぅわ……っ」


 一匹は蹴り一発、二匹目は上段突き。


三匹目は果敢にも拳振り上げて来たから受け流して回し蹴り。


「ゲホッ、ぅえ……な、んだ、おま……」


 最初の一人が復活して殴りかかって来る。


「相庭!」


「ぎ――」


 笹原君が叫んで駆け出そうとした瞬間にはその足元に自分の拳を顔面に受けた男が吹き飛んだ。


おお、凄い威力、割りとこいつパンチ力はあったんだな。


ただこの技、自分の力がそのまま自分に返っちゃうんだよね、残念。


「な、なん、で」


 男達が口々にそう呟きながら床に這ってずるずると私から距離を取り始めた瞬間、見てしまった。


驚きとも何ともつかないような、笹原君の見開かれた目、固まった表情。


 ――なんだ、私やっぱバカなんじゃん、全然気付かなかった。


その目に恋をして、その目に失恋したのに、また同じ事を繰り返してたんだ。


同じ人を二度も好きになって、ちっとも気付かなかったよ。


「お前ら、何やって――あ」


「あ?」


「あああああああああああああああああああああああああっ」


「あ」


 振り返ればそこには人に人差し指突き付けて驚愕の表情のままプルプルしちゃってる人が。


「あああああ相庭悠ううううううううううう!」


 どいつもこいつも人をフルネームで呼ぶな。


「そういうあんたは米屋のせがれその2。久しぶり。ていうかあんたまだこんな事やってんのか」


「うっ。そ、それはどうでもいいだろ!つかお前引っ越したんじゃ……」


「舞い戻って来たんだよ。で、これはあんたのお仲間でオーケー?」


「……チガ――いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいみみひっぱらないでたすけてっ」


「聞こえませんねーハイ元気よくもう一度ー」


「おともだちです!」


「じゃ、キリキリ撤収。あとちょっとお話がある」


「……ハイ」


 米屋のせがれが這い蹲ったお友達をずるずる庭の方に引っ張り出すのを確認して、私は制服の胸ポケットから手帳を取り出して挿していたボールペンで必要事項を書き、それを破って笹原君に押し付けた。


「一応昔の顔見知りではあるから、私からもきっちり後で謝罪と弁償させるけど、訴えるつもりがあるならここに相談してみて。相談は無料に出来るようにお願いしておく。それから、門の方にお見舞い品と鈴木君達から頼まれたノートとプリントあるから、後で回収しておいて。――道場壊して、ごめんなさい」


 笹原君達と、それから扉粉砕された道場に深く一礼。


「な、なんなんだよ、この女……」


「バカ!いいからさっさと歩け!こいつに逆らうと碌な事がねえんだよっ」


「碌な事してないのはあんたもでしょ、魚屋のせがれ」


「米屋だよ!」


 男四人の背中叩いて歩かせて、夕暮れの中を家に帰るののしょっぱい事ときたら。


 終わった――完全に完璧に終わった、聞くまでもなくまたしても終わった。


努力の日々も空しく、やっぱ人はそう簡単には変われないらしい。


「わざとらしくトボトボすんな、シャキシャキ歩け」


「ち、力が入んねえんだよ……お前何者だよ」


「相庭悠だよ、兄貴のチーム解散させた相庭悠っ。だからこの女を見たら一瞬で逃げろっつったろ!?」


「名前しか聞いてねえよ!」


 虚しい内輪揉めか、それすらどうでもいい……って訳にもいかんか。


「ホラ、そこ家だから入れ」


「マジ殺さないで!更正します!」


「そうだねえ、昔あんたが憧れてた兄貴の一派はそう言って見事更正したらしいねえ。あんたも少し真面目にやったらどうなの、八百屋のせがれ」


「米屋です!」


 何もかもが懐かしい、しかしあの頃とちっとも変わり映えしていない自分に絶望した!


家に入ればスキップで出迎えて来る誰かも進歩がないと言えばないな。


「うわあああああああああああ相庭天地いいいいいいいいいいいいいいい」


「あれ、お前、酒屋のせがれ?」


「米屋だよおおおお!」


 最早どうでもいいなそれは。


「悠たん、何こいつら。もしかして久しぶりのやんちゃっ子?」


「そうだね。親父様が言うところの説教クソジジイの道場ぶっ壊した」


「俺にとばっちり来んだろそれ!?……おい、クソガキ共、ちょっとこのダンディが世間の厳しさ教えてやる」


「ぶわああああああああああああ」


 四人纏めて引き摺って行く親父様が振り返る。


「悠、どした?」


「べーつーに。おにぎり作っておくから、さっさと教えちゃいな」


「らじゃ!」


 キッチンに引っ込むと、奥の部屋からバキバキドコンという音がする。


ふむ、逆エビ固めにDDTか、ナイスチョイス。


「あーあ、もう」


 タイマーしていた出来立ての白米を取り出して握る。


ぱたぱたぱたぱた、その上に目から落ちる。


塩を使う事ないから、丁度いい。


ぽたぽたぽたぽた、止まらない。


「もー……バカじゃん」


 バカは死んでも治らないって言うけど、本気で一生そんな気がして来た。


 思えばちっとも変わってなんかいなかったんじゃないか。


あの頃と同じ、笹原君のあの目もあの表情も。


きっと憶えてるよね、むしろトラウマになってるかもだよね。


同じ年頃の女が自分よりデカイ奴にかかって行って一瞬でのしたらトラウマにもなるよね、しかもこれで二度目だもんね。


道場の子達もそうなってなきゃいいんだけど……これも謝らなきゃ。


あーあ、あーあぁ。


「悠たーん、終わったよー、パパンお腹空いたー」


 ……あーあ。


「あ、悠、チャイム鳴ってる」


「聞こえてる」


 とぼとぼと足を引き摺って玄関に行っておもむろにドアを開く。


「どちらさ――ま?」


 何故、ここにいる?


「あの、こんばんは」


 ……田辺、かすみさん。





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