14.事件は現場で起こるもの
「いいいいいいいいいいいやああああああああああああだあああああああああああああああ」
「いっそ清々しいくらいに予想通りだな相庭」
うんうんとか頷いてる場合じゃないんですよ明智じゃなかった明石君!
「セミみたいにくっついてんなって。ホラ、置いてくぞ」
「ううう。笹原君とのドキッワクッキラッ!ポロリもあるよキャンプ大会が終わってしまううううううう」
「全てにおいて突っ込み満載だが今日はスルーしてやる」
「いつもの笹原君じゃん!」
いやだいいやだいまだ帰らないんだいポロリまだなんだから帰らないんだいっ。
「ユー、早くカエロー」
チッ、またカタコトに戻りやがった上ニヤニヤしやがってこの似非外人めが!
「帰りたくないぃ」
「まだ夏休み終わってないし、また遊べばいいじゃん」
「これだから素人の鈴木は」
「俺いつから何の素人!?」
「相手にするな鈴木。ほら相庭、そろそろ迎え来るから行かねえと」
まさしくベリッとかいう勢いでしがみ付いていた電信柱から引き剥がされた挙句楽々と笹原君の肩に担がれる。
嬉しいやら嬉しいやら悲しいやら嬉しいやら寂しいやら嬉しいやら嬉しいやら……ああ笹原君の背中広い……ラブ。
とかやってたら無造作に荷物よろしく下ろされた。
「なんで!」
「今背中に不穏な気配を感じた」
流石、出来る……!
「いやちょっと笹原君の背中に萌えてただけだよ。さ、もう一度」
「キリキリ歩け」
自分のバッグを持ってさくさく行ってしまう背中も好きだが、今はつれないお方。
この宙に浮いた両手をどうしてくれよう。
「じゃあボクがダッコしてあげる」
「だが断る」
まあサマーなコントはこの辺にして、本気で真剣にマジで心底嫌だけど帰らなければ。
あああああの家にコイツと帰るとかまさに天国から地獄。
「サーハラは別、ボクはユーと家にカエル」
ニヤニヤしやがってコノヤロウ。
「あ、言い忘れてたけど親父様今日から二三日いないんだった」
「マジで!?」
「嘘だバカ」
「……ユー、ヒステリック、イクナイ」
ある意味ネイティブアメリカンみたいに喋るな。
イライラしながら顔を上げるといつの間にか振り返っていた笹原君がぱっとまた前を向いて行ってしまう。
ああん、悔しいけれどお前に夢中…………キャランドゥ。
しっかしなんだ、まるでドラマで「一週間後」みたいなテロップ出て来る勢いで時間が流れているとしか思えない。
笹原君と二人きりになろうとしてはテッドに邪魔されテッドに割り込まれテッドに……。
……。
「あ、違う、親父様一週間いないんだった」
「マジで!?」
「嘘だバカ」
「……ユー、怒るの、ハダに、イクナイ」
「相庭、笹原の足もいちいち止まるから止めてやれ」
明石君の言葉に前を見ると笹原君はさくさく歩いている、が、距離は開いてない。
行かないでおくれおまいさん!とか言ったらぐんと距離が開きそうなので止めておこう。
あーあもう、あれから全然二人きりとかになれないんだもんなあ。
まあ楽しかったんですけど、思い出もちゃっかり作れちゃったんですけど。
笹原君との心のメモリアルアルバムはまた一冊追加だ。
いつかこれを二人で開きながら「正直に言えば今でも時々不安になる、今お前は幸せなのかって。だから何でも言えよ、傍にいるから……」とか言われちゃう訳ですね!ギャー言われてえなオイ!
「オイ、今また背中に不穏且つおぞましい気配を感じたぞ!」
「誤解です」
「真っ直ぐに目を逸らしながら言う事かそれが」
んもう、振り返ってもつれない事ばかり言うお方だ。
妄想くらい好きにさせてくれって、別に強面なのにロマンチックに花育てたりする兄さんみたいな事言ってくれとは言わんから。
「そうだ、帰りさあ、兄貴と親戚んち行かなきゃなんないから、送るの鈴木んちまでになる」
ほう、してその明石君の言葉を要約致しますと、笹原君ちまでは歩いて行かなきゃならないイコールその間トークタイムが可能と。
「でかした明石君!とその親戚の人!」
「でかしてねえよ!明石、マジか?」
「マジ。キャンプ用品は兄貴のだから別にあの距離歩くくらいいいだろ」
「でかした明石君!褒美としてこのスルメをやろう」
「お、サンキュ。これハマったわ」
うむ、今度は明石君の分を注文しておこう。
「いやいやいや、相庭だって荷物持ってあの距離歩くの……」
持っていたバッグを楽々上下にしてみせる。
女子のバッグは五次元ポケットにも匹敵しながらにしてこの数キロの重さを感じさせないコンパクトさがポ・イ・ン・ト。
「平気そうだな。そうだな、お前はそういう奴だった」
「わかってくれて嬉しいわ!さあ行こう、トークタイムへ!」
「訳のわからん目的地に変更するな!」
帰りのトークタイムと言えば千の手を持つ観音様も驚きのハイパースキンシップタイムと相場は決まっているのです。
ふっ、遂に私のこのブラックホワイトなタッチテクニックを見せる時が来たか……。
「ユー、ボクもいるから」
「よう、空気」
「なくしたらダメなもの!」
「じゃあ、小石」
「ユー、目先のものしか見ないのはヨクナイよ」
「その前にポケットでチカチカしてるケータイ見れば?」
テッドがポケットから引き抜いたそれを開いて見ると、徐々に顔が険しくなっていく。
そして短く悪態をつくと、がっと私の方に両手を伸ばして来たので、がっとカウンターパンチを腹に食らわしました。
「うぅ……ボク、行かなきゃならない」
「バーロウ、あの世に行くにはまだ若過ぎるぞ!」
鈴木君は本当にいつもマジなのかシャレなのかジャッジしかねる。
「クソッ、なんだって今日なんだよ!悠、笹原に襲われそうになったらトモエ投げでボコボコにして。悠の初めてはボクって決めてるから」
勝手に決めんな。
「とにかく!すぐ戻るから!家に帰ったら三つ指ついてお帰りなさいあなたって出迎え――ぐはっ」
「よくわからんがさっさと行け!」
「うう……本当にすぐ戻るから!」
私の拳がめり込んだ腹を抱えながらテッドは笹原君を一睨みしてダッシュでキャンプ地を抜けて行く。
遠くに見えている公道に停まっていた車に乗り込んだところを見ると誰かの迎えが来たらしい。
誰だか知らんけど、ありがとうございます本当にありがとうございます。
さあ、これでレッツハイパースキンシップターイム!
「あいつって……三つ指って言葉も知ってんだなあ」
突っ込むとこそこかよ鈴木君。
「かなり流暢な日本語喋ってたけど、元々喋れた?」
「本人曰く、勉強の賜物らしい」
「愛されてんなあ、相庭」
ビミョー、わかってて言ってんな明石君は。
「よかったなあ笹原。また数十分は二人きりだぞ」と言った明石君は笹原君に殴られた。
実に痛そうだ。
「それじゃあ悠ちゃん、また十年後くらいに会おうね」
ぎゅっと手を握り人懐こそうなアイドルの如き笑顔で去って行く明石君兄を見送り(その間弟は何かを諦めた顔をしていた)、家に入って行く鈴木君を見送り、やって来ましたハイパー以下略。
「その無駄に突き刺さるオーラをどうにかしろ」
「今やる気ゲージ満タンなので」
「何をやる気だ」
「具体的に言っても?」
「ああいい、言うな」
そうね、軽く半日はかかるしね、そんな事しててこのスペシャルタイムを削るのは実に惜しい。
「まあ色々あったけど、楽しかったねえ」
「まあ、な」
「笹原君があんな釣り上手とか知らなかったよ」
「いやあれは勢いつーか……」
何の勢いで釣りが上手くなるのかそこんとこ詳しく……聞きたいがやっぱり止めておこうかしら。
「あのさ、お前の……あー」
私の、あー?
何事か聞き返そうとする前に笹原君が自分のバッグを担ぎ直したかと思うと私の肩に下げていたバッグも引っ手繰る。
「え、いいよ持ってくれなくて!」
「落ち着かないんだよ。つーか重!何入ってんだよこれっ」
「それは乙女のヒ・ミ・ツ」
「聞いた俺が心底バカだったと思う回答だな」
答えたら答えたで色々困るだろうに、中にブラジャーもショーツも入ってんだから。
何色かとかどんな形とか言っちゃったら絶対照れるんだよこの人は、うん、想像して萌えるやら燃えるやら。
「お前の、親父、マジで家にいるんだろうな?」
「今自称自宅警備員だからね。嫌と言うほどいるよ」
リアルに。
「ならいいけど」
「大丈夫だよ、あれでどこかから稼いで来てはいるから」
「いやそうじゃなくて」
「うん?」
「……や、いい」
え、そういう話じゃなった?
大きく息を吐いた笹原君の隣を歩いていると、幾分か歩調を緩めてくれているのがわかる。
それが感動系の映画でも見ちゃった後みたいに胸がじわあっと来て堪らない。
しかし言うのは容易いけど、実際歩きながらどうスキンシップするんだって話ですよね。
ちょっと腕でも突付いてみようかと思ったけど笹原君が持ってくれた私のバッグで埋まってるし……ってこれが目的か!?
な、なんというエグイ程のテクニック!流石私が惚れた男!
「やっぱ重くない?自分で持つから、大丈夫だよ」
「いいんだって、気になるし」
「なんでそんな優しいのかね君は」
笹原君の半分以上は優しさで出来てるだろこれ。
「別に優しくはないだろ。お前、俺の嫌なとことかない訳?」
「愛しいけれど憎いお方的な意味で?」
「その意味じゃなく」
急に難しい事言われ始めたんですけど、何この急なクイズタイム。
帰りの時間には魔物が住んでやがる。
「えー、どうかな。今のところ特にないけど。笹原君を見てると私もっと真面目に生きなきゃなあとか親父様に逆エビ固め決めなきゃなあとか思うよ」
「前半も特に後半もわかんねえよ」
「いやいや、本当によく出来た子だなあと思います。笹原君みたいに落し物拾って書いてあった住所にわざわざ届けに行くなんて事なかなか出来ないよ?」
「っどこで見てたお前!つか、ストーカーか!」
「各種ポイントに居合わせただけですー」
駅で拾ったところと、スーパーからの帰り道に見たんですー。
まあ恐ろしいほどの確立だったな、私は単に駅からスーパー経由で家に帰っただけだけど、逆に考えれば要所要所で笹原君を見かけちゃうんだもん。
笹原君のそういうところばっかり見ちゃうとも言えるだろうけど、でもそれって笹原君を見るとそういうところばっかりって言える気もする。
自分でも言ってるけど、自分で気になっちゃって放っておけないんだろうな。
ああ、スキンシップもされてないのにこっちのラブ度が上がりまくっておりーます。
まだまだ上へ参りーます。
「正直、楽しめるのかどうかと思ってたんだ」
そう話し始めた笹原君を見上げると、少し目を細めて先を見てる。
「俺キャンプとかやった事なかったし」
「え、小さい頃とかしない?学校行事とか、小学の時なかった?」
「俺んとこじゃなかった。あっても園児の時。しかも熱出して行けなかった」
わあ、本当に体弱い子だったんだ。
「お前が言い出してくれてよかった。なんか、まあ色々あったけど、楽しかったし。……ありがとな」
「笹原君がそう思ってくれたならそれでいいんだよ!じゃあ次は海!?」
「俺部活」
部活コンチクショウ。
「でもまあ、また遊びに行こうぜ、あいつらと」
「わかってて言ってるね?」
悔しいけど、悔しいんだけど、声上げて笑ってる笹原君見てると、それもいいかと思ってしまうよ。
笹原君が笑ってると、やっぱりどうしても私も嬉しくなる。
もっともっと笹原君に楽しい事が増えればいいと思う。
でも部活かあ……渡る恋路は敵ばかり。
「あ、そうだ、じゃあ今度――」
言いかけた私の言葉が止まった、笹原君の足が止まったから私の足も止まった。
再び横を見ると笹原君は一点の先を見てる。
それを追いかけて……私の視界は一人佇んでこちらを見ている女の子の姿を捉えた。
「友達?」
そう聞いても笹原君は答えない。
あれ、なんだろ、さっきまでの天国状態は一気に降下した。
女の子が一歩一歩こちらに近付いて来る、真っ直ぐ、笹原君のところに。
「笹原君、だよね?私の事、憶えてるかな?」
歩み寄って来た同じ歳くらいの女の子は笹原君の斜め前に立って、私の視界からは笹原君の陰に隠れてしまった。
カチンて何かの音がする、……ガラス?
「お前……」
「あ、やっぱりこれ憶えてくれてたんだ?私、前とはだいぶ変わったと思うから、わからなかったらどうしようかと思ってたんだ」
笹原君の戸惑ったような声と、女の子の控えめな笑い声。
――ねえ、誰?
そう聞きたいのに、なんでか私は突っ立ったままだ。
「私、笹原君に会いたくて、探してたの。今、ちょっとだけでいいから話せない?」
どれくらいの沈黙だったのかわからない、けれどどれくらいかして笹原君は私を振り返った。
手に持っていた私のバッグを肩から下ろし差し出して。
「悪い、相庭。俺――」
「あ、うん。わかった、一人で帰るよ。えっと、荷物持ってくれてありがとう」
うん、きっと会うのが久しぶりな子なんだろう、憶えてるかなんて言ってたし。
旧友に会ったのに私がお邪魔無視してる訳にはいかないよね、……うん。
「悪い」
悪い事なんて何もないのに笹原君はそう繰り返して、ちょっとこっちを見て頭を下げた女の子と連れ立って横の道に歩いて行く。
私は真っ直ぐ家への道を歩いた。
何か考えなきゃいけないはずなんだけど、なんでか、頭に何も浮かばない。
なんでだ?
なんで、こんな嫌な感じに胸がドキドキしてるんだろ。