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11.夏だ!怪談だ!大接近だ!

※序盤少々ホラー的表現のような気がしなくもなくもないような気がするものがありますのでご注意下さい。飛ばすと吉。 

 彼はその時当然思った、「なんで俺がこんな目に」と。


顧みれば己の悪戯心が原因なのだが、しかし彼はすでにそれをするだけの余裕すらもなくなっている。


降り出した雨は鬱陶しく纏わりついて濡れた服が足取りを重くさせ、彼はただひたすらに忌々しく思いながらも足を止める事はしなかった。


本来なら今頃彼は笑っているはずだった――悪戯を仕掛けた友人達を目の前にして。


ところが彼は今たった一人で己の誕生日に雨の中を歩いている。


 土砂降りと言う言葉が似合う雨は温度も臭いも掻き消してよさそうなものを、蒸し暑さはそのままに彼の鼻はどんどん強くなる埃の匂いを嗅ぎ取る。


そして漸く足を止めた先で、ぽっかりと口を開いたような真っ暗な闇を見詰めた。


雲がカーテンになっているかのように空はまだ明るい、だと言うのに目の前の森の先はただ暗闇だった。


足元に跳ねて来た蛙に驚き、彼はそんな己を忌々しく思って舌打ちすると、ぐっと眉を寄せて森へと足を踏み入れる。


先を照らそうと持って来た防水の携帯は、一歩先を照らすだけで他の役には立ちそうもない。


知っていながら確認した電波は勿論途絶えていた。


 じりじりと足を引き摺るように進みながら、木々に覆われた空からはぽつりぽつりと大粒の雨が落ちて彼の頭や肩を濡らす。


時折踏み締めた小枝がパキリと音を立てる度に彼の心臓は奇妙に歪む錯覚を覚えた。


すでに彼は暑さも忘れどくどくと脈打つ鼓動を感じながら足を一歩ずつ前に出す機械にでもなったかのようだ。


しかしそうしていないととても前に進めそうになかったのだ、そして正気に返ってここから逃げ出す事は彼のプライドが許さなかった。


どうしてもあの友人達に一矢報いてやりたい、その気持ちだけが彼を森の奥へと進ませる。


 こんなはずじゃなかった――彼は何度も口の中で呟いた。


地元の人間さえ近付かないこの場所に友人達を向かわせようと思ったのは、彼らが今日という日を忘れ去っていた所為だ。


打ち捨てられた病院が奥に潜むこの場所には様々な噂がある。


幽霊が出ると言うありきたりのものから、この周辺を全て把握して人を襲いに来る化け物がいると言う突拍子もないものまで。


後者は近くの村や町で数人の人間が行方不明になった時に出来たものだと言われている。


つまり大半の人間は信じてはいないのだ。


しかし自ら進んでこの森に奥へ足を踏み入れる者はいない、度胸試しに行くような若者達でさえ途中で引き返す。


 そこへ彼らの欲しい物を置いて探させたのは彼だ。


だが彼らが欲しがっていたライブのチケットを実際に彼はこの森の中に置いた訳ではない。


ありもしない物を探して己の誕生日に彼らが森を彷徨う事にでもなれば面白いと思った、泣いて帰って来でもすれば胸がすくだろうと考えたのだ。


言ってみればそれだけだ、彼らに少しでも惨めな思いをさせたい、己の誕生日を思い出さない彼らにただ何かの仕返しがしたかった。


どれくらい獣道を歩いたのかわからなくなったが、彼は不思議と迷っていると感じはしないでいる。


蛇でも這ったかの如く茂みがすっかり横倒しになっていてそれが先へと真っ直ぐに伸びていた、彼らの言った通りに。


友人達は昨夜森へと乗り込んで行った後、何事もないような顔で数時間後帰って来たばかりか、森の中の病院で見付けたのだと自慢げに古びた金貨のような物を彼の前にちらつかせて見せた。


そして目的であったチケットの事などすっかり忘れて、今日はそれを鑑定しに行っている。


ぐっと彼は濡れた唇を噛み締め、ほんのわずかだが足の速度を上げた。


光が消えないように何度も指で携帯のボタンを押しながら、彼はむしろ肌寒ささえ覚えつつある森の中を進む。


 そして、やがてその時はやって来た。


思った以上に大きな廃屋を前に流石の彼の足も止まり震えが走る。


その元病院をも覆い尽くすように茂った木々は時折雨に叩かれながら風に揺れ、オオ、オオ、とまるで人の呻き声のような音を立てていた。


廃屋そのものが生きて声を上げるかの様子に彼は大いに怯んだが、後ろの茂みでがさりと大きな音が上がったと同時に前に足を踏み出してしまい、後ろを何度も振り返りながら最早彼は進むしかなかった。


廃屋を取り囲むような大きな柵はすでに錆び付き横に倒れていて意味をなしてはいない、それを跨いで彼はゆっくりだが一歩ずつ先へと進んだ。


 暗い中にぼんやりと浮かび上がる病院の白い姿が彼の眼球に苦痛さえもたらした。


しかし幸か不幸か、ここでも彼のプライドが勝つ。


彼らにだけいい思いをさせてなるものかと、一瞬強く閉じた瞼の裏に彼らの笑顔と茶色が混じった金貨を思い浮かべ、彼は大きく足を踏み出し急ぎ足で病院の中へと入る。


正面の大きなドアはすっかりガラスが粉々に砕け、森の入り口のように大きく口を開けているように見えた。


ガラスをじゃりじゃりと音を立てて踏みながら入り口を通り過ぎ、真っ直ぐ伸びた廊下を前にしたところで彼ははたと気付く。


先程までは携帯の明かりで周囲を照らすのがやっとだったのに今ではぼんやりとでも先が何となく見える。


病院を前にした時にもすでにそうだったのを思い出し、雨が止み掛けていて空が明るくなったのだと彼は悟った。


だがもう今の彼にとってはどちらだとて同じだ、見えなくとも見えていてももう彼の全身を支配している恐怖は止まる事がない。


 廃屋となってすでに何十年が過ぎているだろうに未だにどこからか消毒液のような匂いがする、そしてそれに混じって鼻を突き抜け嘔吐を促すような腐臭、時折カリ、カリ、と何かを削るような音もした。


咄嗟に彼は前屈みになって口を片手で覆った。


それでも不思議と目を閉じていられないのは、これから襲い来るかもしれない「何か」に対しての恐怖だろうか。


彼の額にはおびただしい量の汗が玉となって浮かび、つつと頬を流れ落ちるのにさえ酷い不快感を覚える。


臭い、腐ってる、臭い、彼はただその言葉を頭の中で何度も繰り返した。


 そして恐る恐ると振り返り後ろへ足を踏み出そうとしたところで、耳を劈くような大きな物音に己の意識も体の力もが奪われ瓦礫だらけの床に転がる。


投げ出された携帯の光がぼんやりと照らす天井を暫く見上げ、彼は少しずつ視線だけを入り口の方へと動かした。


止めろと頭の中で何かが警告している、警笛の如く鼓動も胸を突き破らんばかりに鳴っている。


しかし彼は転がって衝撃で痺れた手足を投げ出しながら、それを捉えた。


「あ、あ、あ、ああ、あ」


 痛いほど見開かれた彼の目尻から汗と共に冷たい何かが流れて行く。


ガチガチと歯が鳴り続ける口からは最早言葉が発せない。


彼の視線の先で、閉じる物はすでに何もなく口を開けていたはずの入り口が、錆び付いた鉄の柵によって塞がれていた。


赤、黒、緑、茶、赤、赤、何故か彼の目に不自然なほどはっきりと鉄の柵にこびり付いた色が飛び込んで来る。


入る前に見た入り口の姿を纏まらない思考で何とか思い出そうとするが、彼が脳裏に描けたのは鉄の柵などどこにもなかった入り口だけだ。


 ひっひっと音を立てて呼吸をする度に痛む喉を震える手で押さえ、もうどうしていいかもわからず彼の目があちこちに忙しなく動く。


逃げなければ、もう金貨などどうでもいい、でも一体どこに。


掴もうとする思考はするすると零れ落ちて行って彼に正解を与えてはくれない。


訳もわからず彼は声も出せないまま泣いた、ぼろぼろと涙が零れるまま泣く。


そして彼は再び思った、「何で俺がこんな目に」と。


 ただ友人達に今日を祝われたかっただけだった、ただ一言「ハッピーバースデー」とでも言って欲しかった。


それが当たり前だと思って裏切られた時に腹を立てただけだ、友人達はあんな物を拾っておきながらどうして自分だけがこんな目に遭うのか――思い出した悔しさが彼の体をかっと駆け巡った。


彼は鳴り続ける奥歯を噛み締めて勢いよく立ち上がると、縺れそうになる足を叱咤しながら入り口に駆け寄り柵に手を掛ける。


力任せに揺さ振ってもびくともしない鉄の柵に両手を掛けた彼は、己の姿を垣間見てはっと手を突き放した。


まるで鉄格子のようだ、そして己はそこに収められた囚人か……はたまた獲物か。


「ひ、い」


 焼け付くような痛みを覚える喉が奇妙な音を立てる。


彼は泣きながら何度も何度も再び手を掛けた柵を揺さ振った、唸り声を上げ捕らえられた動物のように理性もなく。


理性が僅かにでも残っていたのなら助けてと彼は叫びたかったはずだった、しかし喉は痛むばかりでただの音しか出ては来ない。


手に錆が纏わり付きじんじんと痛むのも構わず柵を揺さ振り続けた彼は、いつしかガシャンガシャンと音を立て始めた柵を更に必死になって揺する。


涙で視界は覆われぼんやりとしてもう何物も見えない、奥歯と唇を強く噛んで彼は柵に爪を食い込ませる。


早く、早く、もっと、早く、もっともっと!早く早く早く早くはやくはやくはやく!!――必死にそう繰り返す。


「え……」


 そのまま揺さ振っていれば彼の頭の中ではいつしかこの錆びた柵は外れるはずだった。


 ――俺は、あいつらに騙されたんだ。


ふと彼はそう思った。


今になって酷く頭の一部が冷静になり、こんな廃墟と化した病院に金貨などあるはずがないと悟る。


そして、思い出した。


この森にある噂の一つ、それは霞を食べて生きる仙人がいて出会った人の願いを叶えてくれるというもの。


もう一つ、いつも村や町を監視しているという化け物は、攫った人間を……食べてしまうというもの。


噂のどれもが、この森には「何か」がいるという事。


馬鹿馬鹿しいとそれを笑った自分、そうだったはずなのに何故こんな所までやって来てしまったのだろう。


 彼は全身がびっしょりと濡れたが、もうそれを感じる神経も残ってはいなかった。


見開かれた目には色が映る、黒、赤、茶、緑、黄、赤、黒、黒、黒――。


髪の色、目の色、肌の色、にたりと笑う唇から覗く歯の色。


 「何か」は子供の拳ほどもありそうな目をぎょろぎょろと動かし、肌が沸騰したように無数のイボが浮いた長い棒状の指を放すと、ねっとりとした液体が伝う真っ赤な口を吊り上げてから開き、言った。


「ハッピィバースデー」


 けれど頭の中でぐしゃりとした音を同時に聴いた彼の耳にはもうその言葉は届かなかった。

カリ、カリ、と奇妙な音が水音と共に廃屋の中に鳴り響く。


 翌日以降、彼の姿を見た者はいない。


彼の友人達は伯父から借りた金貨を返し、いなくなった彼にただ首を捻るばかりだったが、やがて忘れた。


ただ、もう二度と戻らない行方不明者が増えただけ。


一人の願い事が、叶えられただけ。















「捻りがない話だけどっていうかどんだけ地域密着型な食人鬼だよっていう……あれ、鈴木君顔が白いよ?」


「オイ、こっちのはぶっ倒れてるぞ」


 木綿の妖怪も漂白剤も太刀打ち出来ない白さの鈴木君から視線を移動させれば……。


「1、2、3、4……ひ、一人いない!?」


「消えた事にして置いて帰る気だろ相庭」


「私ちゃんとゴミは持って帰るよ」


 なんて失礼な事言うんだろ明石君、でもってちゃんとゴミの日に指定袋に入れて出すよ。


不燃物か可燃物か悩むところだけど……不燃……いや可燃か?


 私が目の前のろうそくの日をふっと吹き消すと、同時に鈴木君がひっと喉を鳴らす。


そして潜伏中の逃亡者の如くきょろきょろと忙しなく辺りを見回している。


あらららら……。


「相庭……」


「ごめんごめん、この程度でそんな怖がるとは思わなかった。でもほら、やっぱり日本人としての夏の怪談とくれば、友達同士で話を聞いている内にはいいけど家に帰ってふと一人になった時の背後とか、電気の点いてない部屋の先とか、真っ暗な角から何か出て来るんじゃないかとか、そういう持続性的なドキドキヒヤヒヤ感て言うの?そういうのが醍醐味だと思うんだよね。因みにこういう話だけだと怪物の姿も自分で特に怖いの勝手に想像しちゃうから納涼感も更に倍!……あらららら」


 まさに音もなくすうっと後ろに倒れちゃったよ鈴木君、想像力が豊かなのねきっと。


明石君と笹原君が鈴木君とテッドの二人をそれぞれに引き摺ってテントの中に行くのを見送って、まさに満天の星空を見上げる。


星座とかはわかんないけど、綺麗だなあと純粋に思うねこういうのは。


あれだよね、昔の人は星の形にも色んな物語を想像したとかで、ロマンチックゥというやつだよね。


こんな時には好きな人と一緒にこの星空を見上げて二人きりで……ああでも明石君は無事だっけな……。


あの人の怖がりそうな話なんて、株が暴落したとかじゃないの?


高校生にしてなんて夢も希望もない奴だ、実際それらしい事言った事があるのがまた。


「あれ、明石君は?」


「もう寝るってよ」


 前言撤回、明石君、私は君のその機転の良さがコ・ワ・イ。


「さっきの話、別に怖くなかったでしょ?」


 相変わらずビークールな表情で私の正面の丸太に腰を下ろす笹原君を見ながら言うと少し笑って肩を竦める。


笹原君もこういう話には動じそうにないイメージだ。


もし笹原君が怖がっていたら思わずギャグオチとして修正するところだったよ。


「さっきお前が言った用の話って感じだな」


「持続性?」


「こういうその時大して怖くねえだろって思った話に限って、余計な時に思い出したりするもんだしな」


「笹原君も何か怖い話知ってる?」


「いや……」


 首を振って空を見上げた笹原君に倣って私もまた見上げてみる。


知識があるなら星座うんちく披露もアリだと思うけど、言わぬが華みたいな時もあるよね。


それになんか言葉を発さなくてもいいって感じだ。


目の前に笹原君がいて、同じ星空見上げて、多分同じように綺麗だなあとか思っちゃってて、……心のメモリアルアルバムをいつでもすぐ開けるようにこの一瞬を焼き付けておかねば!


ああでもなんだかリラックスしちゃって、頭が回らなくなって来た。


笹原君がいて、星が綺麗で、嬉しくてちょっと泣きそう。


「結局、あいつ、お前の何なんだ?」


 あいつ私の何なのさ?――何と聞かれたら答えてあげるが世の情けだけど。


あいつってのは、やっぱアイツだよねえ。


「単なる居候だってば。……そうだ、ごめんね?笹原君て、あいつ苦手なんだよね?鎖で柱に繋いででも置いてくるべきだった。本当にごめん」


「苦手って言うか……」


「だってなんか凄い怒ってたでしょ」


 鈴木君情報だと言うのが妬ましくも悔しいところだけど、鈴木君、いつか私は君を越えてみせる!笹原勝利マスターに、私はなる!べ、別に幼馴染みとか小さい頃の笹原君を網膜が記憶してるとかもしかしたら一緒に風呂なんか入った事あるんじゃねえだろうなとか羨ましくなんかないんだから勘違いしないでよね!


……あら、テントの方から鈴木君らしきでっかいクシャミが。


あらあら風邪かしらいやぁね、夏風邪は酷いから気をつけないと鈴木君たら。


「私が困ってたから助けてくれたんだとは思うけど、でも生理的に苦手なんじゃない?あいつ見た時から笹原君なんかおかしかったし」


 正確には態度がブリザードの如く豪雪だったんですが私にとっては、鈴木君曰くでは最初から怒ってたって事になるんだけど。


でも生理的に受け付けない人もまあいる人はいるよねとも思うし、間違っても仲良くしろとも言わないし、タイミングが悪かったなと思うけどやっぱりあいつを連れて来てしまった私の所為だ。


今度DIY専門店にでも行って頑丈な鎖買って来よう。


……あら、テントの方からなんかアメリカンなクシャミが。


あらあら風邪かしらいやぁね、笹原君にうつしたら強制送還しちゃうんだから……強制送還には多少期待せざるを得ない。


 未だ嘗てないくらいウキウキワクワク夢一杯胸一杯妄想一杯で待ち焦がれた楽しいキャンプだというのに失態を犯してしまった……笹原君に嫌な思いさせたし、明石君も鈴木君も戸惑ったところもあっただろうし……うう、失敗だ。


もう一度ちゃんと謝ろうとどっしり沈んだ顔を上げると、残った小さなろうそくに照らされた笹原君の顔が赤かった。


かかかかかかかかかかか。


「風邪!?」


「はあ!?」


「だって笹原君、顔が赤いよ!」


 ギャー!言ってる傍からなんかもっと赤くなってるよ!


「ねねねね寝なきゃ!そうだ、私のテント使って!今冷却材持って来る風邪薬もいるよねああでも食後じゃないとダメなんだっけどうしようどうしたらいいと思う!?」


「落ち着け!むしろ俺が聞きたい!」


「何を!?」


「っ……あー、……クソ、わかんねえよ」


 笹原君自身にわからない事を正しく私が理解出来るかって。


しかもわからないところがわからない、とか天才が見下したようなセリフしか出て来ないよっ。


いやでも風邪はやっぱり栄養とって水分とって安静にして寝るのが一番でしょ?


え、いや、でも風邪じゃない可能性とかない訳じゃなくもないし。


……。


「医者ー!病院ー!そして病因んんんんんんっ!」


「いいから落ち着け!風邪じゃないからっ」


「素人判断はダメだよ」


「お前だって素人だろ」


「こいつぁ一本取られた!……本当に大丈夫?一瞬で顔が赤くなるとか、超高熱じゃない?」


 しかも笹原君がだよ、今日のこの炎天下でも顔色一つ変えずむしろブリザードだった笹原君がだよ。


ちょっと落ち着いたかもだけど、まだ少し顔赤いし。


ああでも笹原君てば気を遣って言い出せないだけかも。


「失礼!額確かめさせて」


 緊急時と判断しまして、相庭悠、笹原君のお額に手を触れさせて頂きたく候。


だって笹原君が倒れたりなんかしたら余計ダメだよ、怪談話の一つや二つでぶっ倒れたとは訳が違うんだよ。


そういう気の遣い方とかは、絶対ダメだ。


「いい」


「え、わっ」


 額に延ばした手は触れる事無く笹原君によって掴まれる。


き、緊急時でもお触り禁止とか超厳しくないっすかこの踊り子さん。


「だ、大丈夫?……あの、……」


 手首を強く掴まれたまま、じっと笹原君が私を見ている。


彼を初めて見た時の目によく似ているなと思った、真っ直ぐで強くて綺麗な目だなって。


あの時は私を端に捉えもしなかったその目が、今は凄く近くにある。


――……って、近い近い近い誓い違う近いっ!


「あああああああの、あの!えっと!……手!手、痛い……んだけ、ど」


 心臓はバクバクいってるし、むしろ違う意味でこっちの顔が赤くなりそうなのに、この目の引力には勝てないニュートンも度肝を抜かす唯一引力の法則っ。


だ、ダメだ……この星より君の瞳の方が綺麗だよとかいつの時代のセリフだよみたいなのしか出て来ない。


しかもマジで星など比べ物になりませんこの引力、むしろブラックホール。


こんな大接近でスキンシップとか私には無理です越えられない壁ですラスボスにひのきの棒で挑むようなものですこっちがぐるぐるでギャー!


もう訳がわかんない、顔が熱い、暑いじゃなくて熱い。


「ささ、はら、くん?」


「……相庭、さ……」


 笹原君がそう言いかけた時、どこかで打ち上げ花火の音が聞こえた。


混乱したまま、ああ今夏なんだっけなと思う。


お互いの目を見ていた視線を、そして同時に空へと上げた。





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