第二章 村人全員クセが強い。でも帰る場所もない。
なんか、わたし、凄いらしいです。
朝。
目を覚ますと、顔の上に猫のしっぽが乗っていた。
「……コウメさん、これは枕じゃありません」
昨日からなんとなく“コウメ”と名づけた猫は、しっぽを動かすどころか、顔の上でくつろぎ始めた。
まあ、猫というのはそういう生き物だ。
外では鳥が鳴いている。田舎の朝は早い。
そして、私が起きるよりも早く、なぜか他人がうちの庭に入ってくる。
「しっつれいしまーす!
まさこさん、いる〜?」
まさこです。ここにいます。
が……
なぜ、知ってる!?
玄関を開けると、爽やかすぎる笑顔の若い男が立っていた。
ジャージに役場の名札がぶら下がっている。
「おはようございます!
風見町役場、地域おこし担当の佐藤です!」
「……若いわね」
「29です!
まさこさん、あの、パソコンできます?」
突然の質問である。
「え……?
昔はExcelで団地の掲示板印刷とか……?
ま、そのくらいだけど」
「すごい!
うちの町内会で最年長のITスキルかもしれません!」
「え、今のが……?」
「というわけで、パソコン教室の先生、お願いできません?」
展開が早い。
そして無茶だ。
「ちょっと待って。
私、まだ天井も直してないの」
「大丈夫です!
教室は町の集会所なので、屋根ついてます!」
そこじゃない。
そこじゃないのよ、佐藤くん。
その日の午後、なぜか私は、町内の集会所でお茶を飲んでいた。
「ほんで、ワードってのはどうやったら字が大きくなんの?」
「エクセレントってのは何すんの?」
「パソコンに名前つけてもいいの?」
集まったのは、70代〜80代の元気すぎるご婦人たち10名。
くにえさんもいた。
堂々と最前列に座り、私に向かってウィンクしている。
「まさこちゃん、先生って顔じゃないけど、よろしくね〜!」
「なんで来たんですか?」
「面白そうだから!」
この人が、私の苦手な“元気な人”であることは間違いない。
教室は混乱しながらも、なぜか拍手で終わった。
誰、一人……。「パソコンの起動方法」を覚えてはいなかったけど。
集会所を出ると、佐藤くんが深々と頭を下げてきた。
「ありがとうございました!
まさこさん、神です!」
「いや、何もできてなかったと思うけど」
「“何もできないのが普通”という安心感が、彼女たちの心を掴んだんです!」
それ、褒めてるのか?
夕方、自宅に戻ると、コウメが縁側に座っていた。
なぜか魚の骨をくわえている。
「それ、どこから持ってきたの?」
猫は答えず、くるりと尻尾を振って、家の中に入っていった。
もしかしてこの猫、村の誰かにご飯をもらっているのだろうか。
それとも、私の知らないどこかでバイトでもしてるのか。
いや、猫がバイトはしないだろう。たぶん。
夜。
近所のおばあさんからもらった大量のふきの煮物と、炊いた米をかきこみながら、私は静かに思った。
「なんか、もう……。
都会に帰るの、めんどくさいな」
正直、床は抜けるし、天井は落ちかけだし、ネズミは出るし、変な人ばっかりだし。
でもここでは、誰も私を“使えない年寄り”とは言わない。
私のExcelスキルが、神と呼ばれる世界なのだ。
これはこれで……
悪くない。
コウメが足元で寝そべりながら、ふわっとあくびをした。
どこか達観したような顔で、こちらを見上げる。
「人生、なんとかなるわよ。ほら、にゃーって感じで」
そう言われた気がして、私はつい笑ってしまった。
次回、猫が誘います。
なにを!?




