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校正者のざれごとシリーズ

校正者のざれごと――マスト修正と体裁チェック

作者: 小山らいか

 私は、フリーランスの校正者をしている。

 以前、ある編集プロダクションからこんな依頼を受けた。ある文章を見てオペレーターが手打ちしたものがきちんと元の文章どおりになっているか、確認してほしい。文章は何かの条文のようなもので、A4で8ページほど。Q数も大きめだ(Q数というのは文字の大きさのこと。日本独自の単位で、1Qは0.25ミリ。ちなみにMicrosoft Wordなどの文字の大きさはアメリカンポイントというのを使っていて、1ポイントは0.3514ミリ。文字の大きさについて指摘するときは、「Q数ソロエル」などとエンピツを入れる)。

「手打ちなんで、たぶん入力ミスも多いと思うんですよね」

 編集担当の女性は言った。彼女は私と同世代。ここに来たときは、いつもちょっとした世間話で盛り上がる。

 さっそく家に持ち帰り、元の文章とゲラ(校正紙)を照合する。

 素読み校正とは違い、この場合原文どおり組まれているかどうかだけを見る。内容についての指摘はしない。人が手打ちしているので、たいてい文字の打ち間違いが発生する。そう思いながら慎重に見ていくが、今回のゲラはなぜかミスがまったくない。だんだん不安になってくる。私、何か見落としてないかな。手打ちなのにここまでミスがないなんて。

 結局最後まで見てもミスはひとつもなく、おそるおそる納品に行った。担当の女性にそう言うと、

「そうなんですよ。私も見たんですけど、1か所も間違いがありませんでしたね」「やっぱり、そうですよね」「これ打った人、すごいですね」二人で大いに盛り上がった。これはまさにプロの仕事だな。うん。

 校正というのは基本的には原稿とゲラを見比べて誤りを正す仕事だが、最近はデータ入力されたものが組まれてくるので、今回のように元の文章と見比べるより素読みをすることが多い。単純な文字の間違いを見つけるだけでなく、より読者が読みやすくなるよう、提案をエンピツで入れることもある。ここで文章を書くようになってから、私は校正者でありながら「誤字報告」というのをいくつか受けた。背筋がひやっとするのを感じながら、感謝しつつ直させていただいた。ただ、「よりよい文章になるように」といただいた報告に関しては、そのままにしているものもある。「誤字」とまではいえない部分もあるからだ。

 校正で使う言葉に、「マスト修正」というのがある。子ども向けの教材の校正では、絶対に間違いがあってはいけないので、初校、再校、色校、念校など、何度もチェックが入る。たとえば、算数の教材で答えの数字が間違っていたり、国語の選択肢で正答が二つあって選べなかったりしたら、お詫びのハガキなどを出さなくてはならない。損失は膨大になる。もちろん信用も失う。初校、場合によっては再校までは「よりよい文章になるように」指摘を入れていくが、最後の念校あたりではもうそういった指摘はしない。「ルビは初出」と決まっているのにそれ以外にルビが入っているときなどは、初校なら「トル」とするが、念校ではそのままイキにする(校正では「イキ」「シニ」という言葉も使っている。余談だが、ある紙面で元気いっぱいのカエルのイラストが不要になったとき、イラストの上に赤線がひかれ「カエル シニ」と書かれているのを見て、ちょっと悲しくなったことがある)。なぜなら、余計なルビが入っていてもミスにはならないからだ。逆に、ミスとはいえない部分に修正を入れたことでほかの部分に何らかの影響が出て、それがミスにつながってはいけないと考える。ハガキを出さなければならないような明らかなミスだけを修正する、それが「マスト修正」。

 一般書の校正でも、「体裁チェック」という依頼が来ることがある。版面のサイズが正しいか、はみだしはないか。これは、四隅にあるトンボ(仕上がりサイズを示すマーク)に合わせて線をひき、サイズが指定どおりになっているかを定規で測る。見出しの行ドリがあっているか、柱やノンブルの位置、Q数があっているか。「柱」というのはページの上部や下部に小さく入っている見出しのこと。章見出しだけが入っていることもあれば、片方に章見出し、もう片方に節見出しが入っていることもある。ノンブルというのはページ番号だ。これらが正しく入っているかを確認する。ここでも、内容の校正はもう終わっているので、明らかな誤字・脱字以外は指摘はしない。トジヒラキのゆれなどが気になっても、ミスではないので直さないのだ。

 子どもから、作文の宿題を見てほしいと言われることがある。ふうん。この私に作文を。いい度胸だな。なんてことを思いながら、いやいや、ここは「マスト修正」でいかなければ。そう思いなおす。あまり口うるさく言うと、子どもが作文嫌いになってしまう。

 下の子は漢字が苦手だ。「これはいったい何だ?」という不思議な文字を書く。でも、そこはぐっとこらえて、「ここのところ、よく書けてるね」などと大人の反応をする。

 でも、だんだん調子に乗ってきて、どうしてもこらえきれず「これっててへんじゃなくてぎょうにんべんだよ」とか、「この字のここ、違ってるよね」などと言い始める。すると、子どもは「もういい」といってそそくさと逃げていく。ああ、またやっちゃった。ごめんね。どうか、書くことを嫌いになりませんように。楽しいよ、書くって。 


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