水戸黄門を魔王にしてみた
魔界十三階層、太陽は無く七色に濁った空が覆い尽くす。大地はひび割れ、果てしなく続く業火の平原。地平線に見える山は噴煙と溶岩を垂れ流し続けている。そこでは魔軍と神軍が無数の死体を踏みつけ、戦い続けている。戦場の一角、うず高く積み上げられた死体の山の上で、戦火を見下ろす魔王の姿が有った。両脇には側近が片膝を突き、頭を下げて言葉を待つ。
「見よこの凄惨を、実に美しい。我はこの戦いが永遠に続くことを望む」
ドドン(効果音)
魔界十三階層王 ゴロウコウ
「ゴロウコウ様、恐れながら申し上げます」
「申してみよ」
「やや、押され気味にございます」
ドドン(効果音)
右の氷鬼 四天王スケルザング
「ふむ、神への信仰が強まっているか……」
「我が軍勢を強化せねば」
「面白い話を耳にしました」
ドドン(効果音)
左の炎鬼 四天王カクギラン
「人間界に魔具を用いて心身を居のままに操る者が現れたそうです」
「旅をしながら各地の力有る者を屈服させているとの報告です」
「しかも不届きな事に、魔王様と同じ名で呼ばれているとの事」
「ほう、興味深いではないか」
魔王はニヤリと笑いながら天を見上げる。
「その者の力、我にこそ相応しい」
「シャドウよ、その者へと案内せい」
魔王が呼びかけると、空間に亀裂が入り、漆黒の影を纏う姿が立ち昇る。
「はぁ~い、お任せぇ~」
ドドン(効果音)
虚空の風鬼 四天王シャドウ
「このシオンもお側に」
ドドン(効果音)
夜殺の女鬼 四天王シオン
「うむ、共に参れ、人間界は天界との境目、悪と善が入り交じる世界」
「そこでは悪も善も新たに生み出される、間近で見てみるのも面白かろう」
「悪がはびこる様をなっ! ぐははははははっ、転移ゲートを開け!」
「はいなぁ~ほいっと!」
シャドウが手を広げると、魔王の目前に赤黒く禍々しい渦が現れた。不敵な笑みを浮かべながら、魔王は渦へと足を進める、四天王を従えて。そして最後に渦は、シャドウと共にその場から姿を消した。
場所は変わり人間界へと移る。
のどかな田園風景を二つに切り分けるように一本の道が通る。道は宿場町へと続いており、山の麓には立派なお屋敷が見える。そこに吹く爽やかな風は草木に波を立て、空を舞う鳶が獲物を探す助けをする。鷹の目に入るは旅人の姿、行き交う人々の中に老人の姿が映る。
「もうすぐ宿場町ですな」
その老人は端正な顔立ちに整えられた髭、前を見据えて歩く姿に年齢を感じさることは無かった。二人の従者を従えて、旅を満喫している様子だ。
「御老公、目的地が見えまして御座います」
「それにしても、この我々が付いて行くのがやっとですな」
「はっはっはっ、この老体に世辞は要りませぬよ、……むむっ!」
突然目の前に赤黒く禍々しい渦が現れる。そこより生まれ出るは五体の異形、二人の従者は主人を守るべく即座に前へと並び立ちはだかる。
「何奴! 妖怪か!」
「御老公お下がりください、ここは我らが!」
異形を前に臆すること無く構えを取る従者、その目には命を捨てる覚悟が宿っていた。
「到着しましたぁ~、バッチリ最短距離ぃ~」
「うむ、良き技である、ではその体、頂くとしよう」
「では私は右を貰います」
「左は拙者が入りますぞ」
「あ~っ、私のが無い~」
「我らはこのままで良いえ、人の姿に化ければ良いであろうえ?」
「おのれ狼藉者め、このお方を誰と心――」
体を乗っ取るのに瞬きする間もかかることは無かった。
「ふぉっ……この体からは何の魔力も感じませんね しかも上手く喋れませんな」
「この体ではこの話し方が楽なので、これでまいりますよ」
「ゴロウコウ様、ここの物に何かの魔法陣が描かれておりまする」
スケルザングは腰にぶら下がっていた入れ物を手に取って見ている。蓋を開けると丸薬などの薬が出てきた。
「人間が作った様ですな、中に薬が入ってますよ」
「魔王様~、人間界に偵察に来た時、人間が印籠って言ってた」
「それを見たら人間がみ~んな地面に張り付いてたよ、『ははぁーっ』てうめいてた」
「ふむ心身を操るアーティファクトですかな? 魔力は感じませぬ、力が失われたようですな」
魔王は印籠を手に取り眼の前にぶら下げ、しげしげと観察している。
「どれ、わたしが力を再構築してみますかな、ふんっ!」
魔王が印籠に手をかざし魔力を流し込むと、印籠は黒い瘴気をまとい魔法陣(家紋)に光が戻った。
「よし、早速試しに行くとしましょう」
「シオンさん、力有る者が多く集まる場所を探してくませんか?」
「くんくん、うぅうん……あそこ、あの屋敷から濃ゆい雄が香りますえ」
シオンは巨大なキセル型の武器で山の麓に見える立派な屋敷を指し示した。
「シャドウさん、あの場所に転移ですぞ」
「おまかせ~、さすがはシオン、あそこは武家屋敷だよ~」
シャドウが手を広げると一行は禍々しい渦に包まれ、シオンの示す武家屋敷の中へと転移する。
「到着しましたぁ~」
「シャドウさんご苦労さまです、それでは皆さん、私に付いて来てください」
「「「「はっ!」」」」
四天王は声を揃えて魔王に付き従い屋敷へと立ち入ってゆく。
一方屋敷の中では。
「いやぁぁぁっ! お止めください!」
「良いではないか、良いではないか」
「あああっ、クルクルクルクル~」
町娘が脱がされていた。
「お前はワシに売られたんだよ、借金の肩にな!」
「年貢を払えなかった親を恨むんだな、むはははっ」
「あんなに多くの年貢は無理でございます、御慈悲をああっ!」
「年貢を決めるのはワシよ、ワシに逆らうと命は無いぞ、ほりゃほりゃ!」
「ああっ! 与作っ、ごめんなさい、貴方のために守ってきたのに、ああっ!」
「良く締まりおるのぉ、これだから生娘は癖になる、ほりゃ、どうじゃ!」
男は娘に指圧をしていた。すると、そこに魔王と四天王が乗り込んできた。
「だっ、誰じゃ! ここを領主の屋敷と知っての狼藉か!」
魔王は男を睨みつけると、不満げに罵った。
「なんですかそれは、真面目におやりなさい! カクさん手本を見せておやりなさい」
「はい、お任せください」
そう言うとカクギランは領主を押しのけ、娘にあんな事やこんな事を始めた。娘は涙を迸らせながら、歓喜の声を上げている。魔王は満足げに領主に向き直ると、値踏みするように見ながら質問した。
「年貢を上げたのは何故です!」
「お前に答える筋合いはない、この無礼者め! 曲者だ! 出合え! 出合え!」
屋敷の奥から現れた大勢の武士が魔王一行を取り囲む。しかし武士たちは一向に斬りかからない、いや斬りかかれ無いのだ。
スケルザングの魔剣が冷気を垂らし、餌食となる者を待ち構えている。剣に生きてきた者ほど、その間合いに入る無謀さを本能的に感じるのだ。
「ええい何をしている! 殺せ! 切り捨てろ!」
領主は部下たちに無謀と承知の上で、斬りかかる事を、死ぬ事を命令する。部下たちは少しづつ歩みを進め、間合いを詰める。そして一斉に斬りかかる瞬間を探っている。
「そろそろ頃合いですね、スケさん!」
「御意!」
スケルザングは魔王の真横に立ち、印籠を掲げると、屋敷の者たちに向かって声を上げた。
「この印籠を見るがよい!」
次の瞬間、印籠に描かれた魔法陣が空中に投影され、鋭い輝きを放ちだす。屋敷の者は皆一様に印籠に映し出された紋様に目を疑った。そこに描かれた三つ葉葵、それは目前の老人が徳川将軍家の者であることを物語っている。
(まさかあのお方は!)
領主が平伏しようとしたその時、足下に光輝く三つ葉葵が現れた。
「ぐはぁぁぁっ!」
正体不明の凄まじい力で地面に叩きつけられる。
(何だこれは! あのお方は一体!)
顔を上げその姿を確認する。老人は黒い瘴気を立ち昇らせ、不気味に輝く目で領主を睨みつけている。老人の瘴気は印籠へと吸い寄せられ、その力の根源を思い知らせた。力を振り絞って周りを確認すると、屋敷の者全てが光の中で蛙のように地面に張り付いている。
「あっ……貴方様はいったい……誰なのですかっ」
「頭が高いぞ! 控えおろう」
「ぐぎあぁっ!」
頭が地面にめり込むほどの力で押さえつけられる。もはや息をすることも出来ない。
(こっ……これは……どういうことだ……将軍家には……こんな力が!)
「ここに顕現されるは魔界一三階層の王ゴロウコウ様である!」
(なっ! 将軍家は魔界の王だと? なんと恐ろしい……このお方に逆らうはもってのほか!)
恐ろしい現実を聞き、領主は白目を剥きながら薄れそうな意識を必死で保つている。
「効果は十分ですね、スケさんもう良いですよ」
魔王がそう言うと、石攻めによる拷問のような力は消えた。領主は涎を垂らしながらも平伏の姿勢を続ける。
「さて、領主殿、何故に年貢を上げたのです?」
「!!! そっ、それは……」
(だっ! ダメだ! 言えない、高利貸しと手を組んだなどと、娘を奪うのに利用したなど、とても言えない!)
「おまえは年貢を上げて人々を苦しめた」
「借金をさせて二重に苦しみを与えた」
「しかも娘を奪って弄ぼうとした」
「実に残念です」
「ははぁっ! 面目次第も御座いません! どうか御慈悲を!」
「貴方がそれを言うのですか?」
「ははぁっ!」
(だめだ! もう終わりだ! お取り潰しとなってしまう!)
「ほれ、弄ぶならあのようにしなさい、カクさんのように」
「えっ?」
魔王の目線の場所に目を向けると、泡を吹きながら絶頂する娘の姿があった。
「そっ! それは……なんと酷い」
「ただそれ以外は実にアッパレです」
「貴方のような腐れきった悪は評価に値しますね」
「ははぁっ……はぁ?」
「中途半端に人々に苦しみを与えて、神へすがる心を強くさせたのは頂けませんが」
「もう少し上手に奴隷化させる方法を学ぶとよいでしょう」
「はっ、ははあああっ、もったいないお言葉に御座います」
(何が何だか解らないけど、助かった、良かったぁ)
(流石は将軍家、権力の味を知っている)
「それでは私の配下となり、学んでもらいましょう」
「千年も地獄で奴隷として勉強すれば、軍の一兵卒として使えそうですぞ」
(はっ? 地獄? 奴隷? 一兵卒? 千年??)
「そっ、それはいったい、何を仰っておられるのですか?」
「それではシャドウさんや、連れてお逝きなさい」
「はいは~い、地獄へご招待! 特等席に連れて行ってあげるから、楽しみにしててね~」
シャドウが手を広げると禍々しい渦が現れ、地獄の番人と思われる血だらけの手が領主の足を掴む。
「なっ何と、いや、いやだ誰か、助けろ、助けてくれ」
領主は懇願するが、部下はピクリとも動かない、恐怖で動けないのだ。
「ああそうそう、部下に死ねと簡単に命令できる冷酷さ、いい素質です、頑張ってくださいよ」
「いやだあああっ! たすけてくれえ! うわあああああ……」
「幹部候補になれるように頑張ってねぇ~」
渦が消え、後には静寂と冷や汗に塗れる武士たちが残された。
「いゃあ~悪いことをすると、気持ちが良いものですな! はっ はっ はっ はっ」
「それでは次の場所にまいりますかな」
ゴロウコウ一行は、悪を配下に採用し、平和になってしまった宿場町を後に渦の先へと消えていくのであった。
ー完ー
カクさんの得意技はくすぐり攻めです。