サーカスにて
夢か、私のかってな空想か、はたまた本当にあったのかすら定かではないほどあいまいな記憶。
私は家族とサーカスを見に来ていた。サーカスのテントの周りには頬を赤くし開演をいまかいまかと興奮した面持ちで待つ人々。
母も父も私もそういった興奮のうずへと引き込まれていた。しかし、私はサーカスのテントの横の建物が目に入った。それは観客を幻想世界へといざなう七色に塗られたテントとは対照的に地味な木で出きた小屋だった。それはこの場にはあまりにも不釣り合いであまりにも現実的であった。
私はまるでこの世の秘密を見たような気がしてその小屋へと向かった。母も父も催眠術にかかったかのようにテントから目を離さずに私が離れていったのにも気づかなかった。
小屋の中には二人の男がいた。1人は派手なスーツを着た小太りの男だったおそらく団長なのだろう。もう1人の男は上半身体でロープで両手を縛られ天上からつるされていた。男の体には生々しい傷がいっぱいあった。
「ねぇ、何してるの」私は好奇心からそう聞いた。
「おやおや、ここは立ち入り禁止だよ」スーツの男はで丁寧な口調で答えた。顔には偽りであろう笑顔が張り付いている。
「ねぇ、何してるの。そこのおじさん怪我してるよ」私は再度聞いた。吊るされた男は私の登場に顔色一つ変えず虚ろな目をしている。
「坊や、この人はこういう役割なんだ。サーカスのみんながイライラした時にこの人を殴るんだ。そうしたら、だれも争うことなく不満は解消されるだろ?」
「でも、この人がかわいそうだよ」そう言うと。スーツの男の笑顔はボロボロとはがれ、その下から怪物が出てきた。口は狼のように大きく、目は鷲のようにするどい。耳はナイフのように尖っていた。
「かわいそう?よくそんなことが言えるな。いいかよく聞け、小僧。弱い奴は強い奴に虐げられる。これはな世の中では当たり前のことなんだ。学校のイカレ教師が言う道徳なんてものが世界で通用すると思うなよ」怪物は涎を垂らしながらまくし立てた。
「で、でもそんなの」私はすぐに逃げ出したかった。しかし私の心の中の良心が私の足の裏と地面をべったりとくっつけていた。
「だいたいなぁ、お前は私1人が悪いみたいに言うがな、お前らの親や今日集まっている客、全員、俺と同類なんだよ。世界にはこの男が受ける不条理以上の不条理が山ほどある。それを大人たちはみんな知っている。でもな、知ってても誰も助けないんだよ。どうしてか?助けたってなんの得にもなんねぇからなんだよ。わかったかクソ餓鬼。さっさと消えろ。食っちまうぞ」怪物はその大きな口を開けた。
私と地面をくっつけていた良心は簡単にはがれ、私は一目散に逃げ出した。その後のことははっきり覚えていない、しかしはっきりいえることがある。
それは今日もどこかでサーカスは開かれ、知らないふりを決め込む観客は浮かれ騒ぎ、そのかげで怪物に吊るされた男はなぶられ続けるのだろう。