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九話 新たな光の中で  

 人は誰しも、未知の世界に足を踏み入れる瞬間に直面します。ある人は、何も知らないことに安らぎを感じ、心穏やかにその状態を受け入れることができます。しかし、困難に直面すると慌てふためき、解決に多くの時間を要することもあります。


一方で、予測と準備を怠らず、事前に対策を講じる人もいます。未来に訪れるかもしれない危険を予見し、リスクを最小限に抑えるよう努めます。しかし、何も起こらなければ、その準備が無駄に終わることもあります。


「知らない」ということは、ありがたいことなのでしょうか、それとも単に怖さを知らないだけなのでしょうか。


 アメリカの育児スタイルは、自由と創造性を重視する傾向があります。子供たちは幼少期から自分の意見を表現し、自分で決定を下す経験を重ねることが奨励されます。このアプローチは、子供たちに自主性や問題解決能力を育むことを目的としており、多様な課外活動やスポーツも重要視されています。親は、子供に自由な発言を促し、自分自身の価値を見つける手助けをすることが育児の一部となっています。


アメリカのコミュニケーションのスタイルは、オープンで率直な対話が一般的で、親子の関係は対話を通じて深められます。子供たちは、自分の感情や意見を自由に表現することが奨励され、その結果、親との関係もより密接なものとなります。


子供の育て方は家庭や親によって異なる場合もありますが、一般的にはこのような傾向が見られます。



 渡米して30年の翔一の友人である高倉文太が、この度、生まれ育った日本に戻ってきました。渡米した理由は、単身赴任がきっかけです。


親子揃って暮らさなければならない時期に、別々で暮らすのは不自然だと考え、脱サラし、憧れのアメリカでジャパニーズ・レストランのオーナーとして家族と一緒に暮らし始めました。


時が経ち、子どもたちがそれぞれの生活を始め、親の手から離れていく中で、文太はアメリカでの役目を終えたとして、帰国を決意しました。


表向きにはそのように語っていましたが、実際には、日本レストランを処分した途端、新鮮な日本食材が手に入らなくなったことが一因でした。今まで当たり前に手に入れていた食材がオリエンタルグロサリーでしか買えなくなり、値段が跳ね上がり、鮮度も落ちることに耐えられなかったようです。食材の新鮮さの重要性は非常に大きかったのです。それが最も大きな理由で、帰国してきました。


 文太が外国運転免許から日本の運転免許の切り替えで運転免許センターに行ったときのことです。受付時間は午前8時30分から午前11時まで、午後1時から午後2時30分まで。何も知らずに11時半に行きましたが、混雑しているかと思えば人影はまばらでした。


「免許切り替えする人が少ないんだな」と思いながらうろうろしていると、面接官が出てきて「もう午前の受付は終わったんですよ。あとは午後2時からです」と言われました。


「えっ、それは知りませんでした。なんとかなりませんか?」と尋ねると、「しょうがないですね。じゃあ書類を見せてください」と言って受付をしてくれましたが、「書類に不備がありますね。この書類を持ってまた来てください」と言われ、書類を整えて後日行きました。今度はきちんと受付時間を守り、8時30分に受付窓口に行くと、すでに長蛇の列ができていました。


椅子に座っていると、番号札を手渡されました。「この番号札の順に面接を行います。一人の面接には約40分かかります。この番号札を受け取ったとしても、午前中に面接を受けられないかもしれませんので、ご了承ください。」


「了承してくださいと言われても」と思いましたが、言っても状況が変わるわけではありません。何も言わずにじっと待ちました。


結局、午前中の面接は受けられませんでした。再開は午後2時からですが、彼の前には2人ほど待っています。順調に進んでも3時や4時、その間ずっと待つよりも、翌日また来たほうがいいと、出直すことにしました。


待つのは懲り懲りです。一番を狙おうと、朝の6時に家を出て、運転免許センターに着いたのは7時です。


驚きました。玄関先の入り口にはすでに長蛇の列ができていました。外は灼熱です。7時45分に中に入れてもらい、受付番号札をもらったのは9時45分、面接開始は10時半です。


番号札を待っている人はすでに20人、私の番号札の番号は8番でした。なんとか午前中の審査の面接ができたのですが、筆記試験と実技の受験は予約がいっぱいで、3ヶ月先です。外国からの免許切り替えがこんなに大変なことなのかと、文太は初めて知ったようです。


 翔一と文太の関係は非常に興味深いものでした。


文太は自由奔放で、思い立ったらすぐに行動する性格でした。ある日突然、「アメリカで新しいチャンスがある」と言い出し、数日後には渡米の準備を完了させていました。彼の行動力と決断力には周囲も驚かされることが多く、時にはその勢いに引きずられる形で友人たちも巻き込まれることがありました。文太はいつも新しい冒険や挑戦を求め、固定観念にとらわれない自由な生き方をしていました。


翔一は全く対照的な性格を持っていました。彼は石橋を叩いて渡る慎重派で、何事にも計画を立ててから行動するタイプです。家族第一の翔一は、何よりも妻と子供たちの幸せを優先し、常に家族のために最善の選択を心掛けています。彼の慎重さは、時には過度とも思えるほどでしたが、そのおかげで家族は安定した生活を送ることができていました。翔一は良き夫であり、良き父親として家庭を支えていました。


この性格の違いは、互いに補完し合う形でバランスを保っていました。文太の自由奔放な性格は翔一に新しい視点や勇気を与え、翔一の慎重さは文太の暴走を抑えました。互いに異なる価値観を持っているからこそ、衝突しながらもお互いを高め合える関係が長く続いています。


文太の行動は常に結論ありきで進みます。家族と一緒に暮らしたいという思いも確かにありますが、それ以外にも強い願望がありました。彼は、この世に生を受けた以上、外の世界を知らずに暮らすことに物足りなさを感じていたのです。アメリカで、大きな家に住み、ベンツやBMWを乗り回し、キャンピングカーでアメリカを横断する夢を持っていました。その夢を達成するには、レストラン一店舗だけでは不十分で、多店舗展開が必要でした。そして彼はそれを実現したのです。


文太の経営方針には問題がありました。レストランを社会貢献の場だと信じ、従業員を大切に育成することに誇りを持ち、不法労働者や薬物依存者、手癖の悪い者など、多くの問題を抱えた従業員たちを雇っていました。店内では彼らのトラブルが絶えず、それらの問題解決に奔走しながらも彼らを立ち直らせることに情熱を注ぎますが、多くの従業員は問題行動を改めることなく、文太の努力は空回りすることがしばしばでした。


そんななか、彼の姿に共鳴し、同じ価値観で取り組む従業員も存在しました。彼らの協力を得て、文太は異国の地アメリカで五店舗まで拡大し、従業員も総勢200名にまで成長させました。文太がレストランビジネスで得た結論は、「レストランビジネスは人生の縮図」であるということでした。


文太は自由奔放で自己中心的な一面を持ち、翔一には時に厳しく接することもありました。会いたくない時は5年でも音信不通になることもあります。それでも、お互いの性格を知っているからこそ、そんな付き合いが続いていました。また、お互いの家族同士に深い絆があったことも大きな要因でした。春子も靖子も文太のことが大好きで、靖子は小さい頃から文太の家に通っていました。文太はおじいちゃん、おばあちゃんと同居しており、靖子に小さな道徳や知的な女性の道徳を教えていました。


文太の家は、古い日本家屋で、庭には季節ごとに美しい花が咲き乱れていました。おじいちゃんとおばあちゃんは、いつも温かく迎えてくれ、その柔らかな笑顔は靖子の心に深く刻まれていました。彼らと過ごす時間は、靖子にとって心地よいものであり、文太の家は第二の家のような存在でした。


30年ぶりの再会にもかかわらず、毎日会っているかのような自然な時間が流れていました。靖子は素直に文太に優作のことを話しました。翔一や春子には言ったことがないのに、どうしてなのか文太には素直に話せたのです。


「靖子ちゃん、その気持ちは大切だね。『あなたの幸せの中に』って、とっても感動したよ。今でもその彼のことが好きなの?」

「好きだなんて。もう50過ぎたのだから、色恋なんて卒業したわ。」

「卒業かあ、それもいい考えだね。年齢を重ねると、恋愛に対する価値観も変わるしね。無理に過去の感情に縛られるより、新しい気持ちを大切にした方が、心の負担が減るかもしれないし。」


文太は直接的な回答を避けます。主観が入っては本質が見えなくなるからです。靖子は自分の心に素直になっていない。自分を美化しすぎている。苦しんでいる。「あなたの幸せの中に」も大切ですが、人生は犠牲の上に成り立つものではありません。ともに幸せになっていく、時には「私の幸せの中に」が必要なのです。


「アメリカで生活していると、日本文化との違いに驚くことばかりだった。隣の人、50を過ぎていたと思う。お互い子供もいたのに離婚して、高校生時代に付き合っていた人と再婚するんだよ。相手の気持ちより今の二人の気持ちを優先しているんだ。感情が高まる今を大切にしている。人の目など気にしていない。思いっきり抱きあうし、深いキスもする。これには考えさせられた。」


「店に食べに来るおしどり夫婦がいてね。それが別の人と一緒に食べに来る。離婚したの。彼は新しい夫よ。新しい人と新しい人生を生きていくの。」


「そうかと思えば、これもとても仲の良い夫婦で、それが奥さんが癌で亡くなった。彼は落ち込んでどんな慰めも受け付けなかった。それが2年後、新しい彼女ができたんだと元気になっている。娘たちも大喜びでやっと父親から笑顔が出てきたと。決して亡くなった妻のことを忘れたわけじゃなくて、残った人生を楽しく生きていかなければならない。それが亡き妻も喜ぶんだと。」


靖子は黙って文太の話を聞いていました。今まで、自分の年齢や社会的立場を気にするあまり、好きな人に対する気持ちを抑え込んできたことに気づきました。外的な要因に目を奪われて、素直な感情を表に出せずにいたのです。


自分の気持ちに素直になろう。会いたい、優作に。その感情がどこからともなく湧き上がってきました。こんな歳になっても、こんな社会的立場にあっても、好きになってもいいのだろうかと悩む一方で、逆に気がついたのです。こんな社会的な立場だからこそ、こんな歳になったからこそ、素直になることが大切なのだと。それが本当の「あなたの幸せの中に」なのではないかと…。

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