過去は過去なんだよ、でも現在に至っている状況
パルファの瞳に色が戻る。
「あのね……ちょっと思い出した。ちょっとだけ」
パルファが目じりを拭う。
「あなたを殺したのね。生まれる前の世界で……」
「――それでも」
キリアンは一歩、彼女へと近づいた。
「今世の俺は、お前を絶対に守る。たとえ世界を敵に回しても」
カッコ良い。
隣にいる騎士って、素敵だとパルファは思う。
キリアンの言葉に、魔法陣が、止まった。
封印の魔力は収束し、静けさが戻る。
壁に描かれていたのは、剣に貫かれていた巫女だったはず。
それが今は、騎士と巫女が向かい合う姿に変わっていた。
◇◇仄かな火
夜。
塔の上階、吹き抜けの窓から満天の星が見える。
キリアンとパルファは、並んで腰掛けていた。
「ごめんねキリマン。私がふらふら出歩いているうちに、なんだか、とんでもない過去に出会ったみたいで」
「キリアンだ」
キリアンは小さく咳払いをする。
「それでも、何かを探して放浪している、姫様に……俺は――惚れたようだ」
「……へ?」
「へ? じゃない」
「じゃあ、じゃあロリコン?」
「アホ!!」
キリアンは、真面目な顔で言った。冗談ではない。
ただひとりの女性として、彼女を見ていた。
「お前が王女でも、巫女でも、誰かの転生でも関係ない。
――俺にとって、お前は“パルファ”だ」
パルファの頬が、ふわりと紅に染まる。
「……バカ」
「おやおや姫様、お顔が真っ赤」
「うるさい!!」
◇◇幕間:塔の最深部
夜が更け、ふたりが眠る頃。
塔の最下層の封印が、かすかに軋む。
仮面の男がそこに立っていた。
「“再会”の段階は完了。次は“選択”だ……キリアン・ドルフェス、パルファ・ネアダール」
仮面の奥で、男の目が細くなる。
「もしお前たちが、かつてと同じ“過ち”を選ぶなら……今度こそ、世界は終わる」
闇が、静かに広がっていく。
◇◇旅路の果て
白の封印城を後にして数日。
道端の草木にも新たな息吹が舞う。
だが、空気の軽さとは裏腹に、キリアンの表情はどこか冴えない。
夜になると、彼の肌に黒い模様が浮かび始めていた。
「ねえ……その手。どうしたの?」
「……ちょっとした呪いの副作用」
彼は笑って誤魔化すが、パルファには分かっていた。
あれは“ちょっと”なんかじゃない。あの模様は、日ごとに広がっている。
「治せないの?」
「この呪いは、俺自身の選択に起因してる。“自分で断ち切る”しか方法はない」
「……選択?」
キリアンは答えなかった。
パルファはぶるっと体を震わせた。
◇◇過去の残響
その夜。ふたりは古びた廃教会で野営をしていた。
月明かりの中、キリアンは一人、教会の裏庭で剣を振っていた。
まるで、自分の身体が自分のものでなくなることに抗うように。
パルファはそっと近づき、彼の背に声をかける。
「……隠しごとは、嫌いだよ」
「……全部、話すべきかもな。今夜あたりは」
キリアンは、剣を地に突き立てた。
「……三年前。俺は“王家の禁術”を討伐任務中に踏み越えた」
「禁術……?」
「命を代償に、“死者の力”を借りる術だ。仲間を救うために、俺は自分の寿命を“斬った”。その代わりに手に入れたのが、この呪いの剣」
パルファは絶句した。
「じゃあ……あなた、あとどれくらい……?」
「多分、次にこの剣を抜いたら最後だ。俺の魂は砕ける」
「やめてよ!!」
思わず、パルファは叫んでいた。
「死ぬなんて……死ぬなんて、嫌だよ……!」
キリアンはゆっくりと振り返る。
そして、初めて彼女の瞳をまっすぐに見た。
「じゃあ、教えてくれ。
お前にとって俺は、ただの護衛か? それとも――」
パルファは答えられなかった。
心の奥で、確かに“名前のない感情”が芽吹いているのに。
怖かった。
それを口にすれば、何かが変わってしまう気がして。
◇◇王都からの使者
その時――教会の鐘が鳴った。
誰もいないはずの、崩れかけた塔の中から、金属の音が響く。
パルファとキリアンが駆けつけると、そこには一人の騎士が立っていた。
深紅のマント。金の装飾。
そして、ネアダール王国の正規紋章。
「……兄様?」
現れたのは、第一王子にして王国筆頭騎士、レオナール・ネアダールだった。
「パルファ。国に戻れ。今すぐだ」
その声は冷たい。
かつての優しげな兄の面影は、そこにはなかった。
「王宮が動き出した。お前を“祭壇”に立たせる準備をしている」
キリアンもパルファも息を呑む。
「やっぱり……私が“巫女の器”なのかな……」
「違う!」
キリアンが一歩前へ出る。
「彼女はただの器じゃない。“今を生きてる”人間だ。誰にも、勝手に捧げさせはしない!」
レオナールが剣に手をかける。
「……ならば、力で止めてみせろ。呪われた剣士よ」
ええ、呪いとか流行りなもので、つい。
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