ええ、そんな御大層な話だったっけ
いや、こんな話になる予定では……。
三日後。
パルファとキリアンは、古地図にだけ記された「忘れられた祭祀の遺跡」に足を踏み入れていた。
岩壁の間にひっそりと口を開ける石の回廊。誰にも知られぬように、苔むし、草に埋もれたその場所には、奇妙な文様が刻まれていた。
「……ここ、私、夢の中で何度も見た」
「夢?」
「うん。真っ暗な中で“誰か”が呼んでるの。……ずっと、ここに来いって」
キリアンは壁の文字を指でなぞった。
古代ネア語――王国の前身となった古文明の言語だ。
「『命を与えし者、命を捧げよ』……か。ずいぶん血なまぐさい碑文だね」
「怖い?」
「いや、もっと怖いのは――ここに、俺の家紋が刻まれてること」
「え……!?」
パルファが駆け寄る。
そこに刻まれていたのは、確かにキリアンの家、ドルフェス家のものだった。
現在、宰相家として知られるドルフェス家は、数百年前の古文書では「禁術を封印した一族」として記録されている。
「でも、そんな話は公式には存在しない。おとぎ話の一部さ」
「つまり――」
「俺たちは、禁じられた何かの中心にいる。……お姫様も、俺も」
遺跡の奥で、パルファは一本の花を見つけた。
透き通るような青――まるで彼女の瞳と同じ色をした花。
「これ、母様がよく飾ってた……。でも、王都にはもう咲かないって言われてる」
ふと、キリアンがその花を摘み取った。
そっと、彼女の髪に挿す。
「……よく似合う」
「にゃ! な、何を」
「こういうこと、言われ慣れてないでしょ?」
「う、うるさいにゃ!」
パルファは顔を真っ赤にしてそっぽを向くが、その頬はどこか緩んでいた。
キリアンは何も言わずに笑った。
その時だった。
足元の石が沈み込み、遺跡の壁がずずず……と音を立てて開き始める。
空気が変わる。重く、湿った、魔術的な気配。
「やっぱり、花は鍵だったんだな。……中に何があるんだ?」
開いた先は、階段だった。
黒曜石のように磨かれた壁面には、パルファとそっくりの顔立ちの女性が描かれている。
「これ……母様……?」
キリアンは壁を見つめる。
「いや、違う。これ、千年前の王女だ。記録に残ってる――“蒼の巫女”」
その時、パルファの耳元に囁きが届く。
「……して、“くれ”」
その声に、パルファは両手で耳を覆う。
「――また!」
遺跡の奥で見つけたもの――それは“血と契約”の書かれた封印文書。
キリアンはパラパラと文書を捲る。
「なんだって!」
かつてネアダール王家が、禁じられた生命魔術を使い、「命を紡ぐ巫女」を代々生み出していたという秘密。
パルファは、その“巫女の転生”である可能性が高かった。
その命は、国家の礎。戦争の兵器。繁栄の根源。
だが――本人だけが、そのことを知らされずに育ってきた。
「……知らない知らない、そんなこと。誰も教えてくれない」
パルファの目に涙がにじむ。
そんな彼女の手を、キリアンは迷わず取った。
「王家の秘密なんか知ったことか。俺は一人の騎士として、パルファ、君を守るから」
キリアンの言葉は、パルファの胸を温かくした。
そして王女と騎士は手を繋ぎ、遺跡を離れた。
その夜、宿に戻った二人の前に、仮面の男が現れる。
「ようこそ、選ばれし者たち。契約の子と、契約を破る剣よ」
男は語る――
王国は再び、巫女の力を必要とする時代へと向かっている、と。
そして、キリアンには“選ばれし裏切り者”としての役割があることも。
「君が命を救ったあの日から、すべての運命は巡り始めた」
「なぜ俺が?」
「君は、呪われた血の末裔。“命を奪う者”の器なのだから」
王家の“裏の歴史”、ドルフェス家に伝わる“禁術の継承者”、
そして「命を与える巫女」と「命を奪う剣」の再会。
パルファとキリアンは、自分たちが単なる王女と騎士ではなく、
“命の均衡”を保つために仕組まれた存在であること仮面は言う。
それでも――
「運命なんかより、私は私を選ぶ。私を護ってくれる人を選ぶよ」
パルファのその言葉に、キリアンは確かに心を撃ち抜かれた。
護るべき存在、なんて甘いものじゃない。
繋ぐ手を、絶対離したくない存在。
それはもう、身分も立場も越えてしまう感情だった。
月の光が冷たく地面を照らす。
簡素な宿屋の部屋に、いつの間にか入り込んでいた仮面の男は、、パルファを見据える。
しかし、敵意はない。ただ、何かを探るような気配。
「お前、何者だ?」
キリアンが半身をずらし、パルファの前に出る。
細剣に手をかけたその仕草に、男は小さく笑った。
「まだ剣を抜かぬか。……ならば、試すとしよう」
仮面の男が、指を鳴らす。
刹那――
空気が歪み、部屋の周囲に無数の兵士らが出現した。
漆黒の金属でできた、無表情の戦士たち。
魔術と錬金術で造られた無機の兵。
「逃げろ、姫」
「待って、でもあれ……」
パルファは目を凝らす。
人形兵のその胸に、見覚えのある紋章が刻まれていた。
「これ……このマーク、見たことある!」
「何?」
「“アーセラ騎士団”の印……でも、あの騎士団は……」
キリアンがその名に、わずかに反応する。
「アーセラ……? おい、それって確か、王家直属の禁衛隊じゃ――」
パルファが立ち上がり、仮面の男をまっすぐ見つめた。
「……これ、あなたが作ったんじゃない。“残した”んでしょ?」
「よく気づいたな。……やはり君は、“本物”だ」
男が手をひと振りすると、人形兵たちは一斉に崩れ、金属片へと戻った。
「今はまだ戦う時ではない。これは“問い”だった。君たちに謎を解く資格があるかの」
「……答えは?」
キリアンが肩越しに尋ねると、仮面の男はかすかに頷いた。
「及第点。次に進むがよい。“真実”は、北の境に眠っている」
次の瞬間、男の姿は霧のように消え去った。
もう少し続きます。
今回もお読み下さいまして、ありがとうございます!!




