王妃との約束
後半、戦闘シーンがあります。苦手な方は飛ばしてくださいませ。
さて、城を抜け出し見事行方不明となった王女パルファだが、すたすた歩いて王宮から二里以上離れた森に辿り着いていた。
いつものように切り株に座り、持参した革袋から水を飲む。
足元に寄ってくるネズミやウサギにも、ちょっぴり水を与える。
ついでにポケットに忍ばせた、木の実なども与える。
心地良い、緑の風が渡っていく。
木漏れ陽の方向から、この場所でいいだろうとパルファは思う。
パルファは髪を結んでいたリボンを解き指に巻く。
リボンを巻いた指にもう片方の手を添えて、彼女は呟く。
母に教わった言葉を紡ぐ。
「光よ風よ。教えて……」
パルファが言葉を発した途端、突風が木々を揺らした。
◇◇
パルファは生まれてから三歳を過ぎるまで、発語は少なく、歩くのも上手くなかった。
要は些か発達が遅れ気味の、大人しい子どもだったのだ。
この王女、大丈夫だろうかと、国王や兄姉たち、果ては侍女らまでが心配していた。
「大丈夫よ、大丈夫。パルファは良い子だもの」
そう言って、母である王妃は乳母に任せず自らの手でパルファを育てた。王妃は日がな一日、話しかけ、歌を唄い、童話を読んで聞かせた。
時には兄や姉たちも一緒に。
王妃の教育効果だったのか、あるいは元々の素質なのか、パルファは三歳の誕生日を迎えたその日から、笑いながらパタパタと走るようになる。同時に滑らかな言葉を発するようにもなった。
王妃の後追いをしながら、パルファは目に映る数多の事象を母に問う。
「なんでなんで? お母さん」
「どうしました? パルちゃん」
王妃のドレスの裾を握り、キラキラした瞳で話しかける王女に、母は答える。
答えるだけでなく、知識を少しずつ伝授する。
此の世の理を。
理を動かす呪文を。
そして、この世界ではない、遠くの国のお話を。
「い、せかい?」
母の言葉にパルファは首を傾げる。
「そう。異世界。お母さんは、ここではない異世界から来たのよ」
王妃アヴェールは、前世の記憶を持って転生して来た、異世界人であった。
◇◇
森のなかでパルファが呪文を唱え始めると、小動物たちは彼女の足元で蹲る。
風は辺り一帯に、何枚もの薄いヴェールをかける。
普通の人には見えない、風の結界だ。
森は隣国へと続く小径がある。
パルファの住むネアダール国では、滅多に魔獣の被害はないが、隣国は年に何度も大規模な魔獣討伐を行っているそうだ。
この森の小径を通る旅人や行商人は、まれに討伐から逃げた魔獣に遭遇する。
よってパルファは、時々王宮を抜け出して、森のあちこちに小規模の結界を張っている。
災害級以外の魔獣ならば、この結界を破ることはない。
これは母との約束だから……。
パルファは立ち上がり伸びをする。
そろそろ帰ろうか。
と、その時。
風がざわりと嫌な気配を伝えた。
パルファの足元にいたウサギが、後ろ足を地面に叩きつける。
タ――――ン!
ウサギの発する警戒音で、鳥が一斉に飛び立つ。
ネズミたちはシュルシュルと、木の影に入り込む。
囲まれた。
この気配は魔獣ではない。
人間だ。
悪意を持った複数の人間である。
いつの間にか森の奥から、鎧を身につけた者たちが、パルファに向かって剣を向けていた。
◇◇
休職中の騎士団長キリアンは、王命に従い、第三王女パルファの行方を追っていた。
彼女の行先は、おそらく森だろう。
キリアンには確信があった。
休職中であるので隊服は脱ぎ、冒険者風の服装に着替え、腰には細身の剣を下げた。
亡き王妃から直々に賜った剣である。
「あなたに差し上げる。だから、これでパルちゃんを守ってね」
王妃自らが鍛冶屋に頼み込み、仕上げた剣である。
「この国や近隣の国の騎士が持つ剣は諸刃だけど、これは片刃の剣なの。『カタナ』っていってね、鎧ごと頭から、一直線に斬ることが出来るわ」
キリアンの予想通り、森に続く道々には、女物の靴の足跡が残っている。
足跡を見ながら進むキリアンの耳に、何かを板に打ち付けるような音が響く。
瞬時にキリアンは駆け出す。
カタナに手をかけたまま。
キリアンが向かった先には、この国のものではない鎧を纏う連中が、一人の女性に縄をかけていた。
その周囲には、さらに四体の鎧の者がいる。
縄の隙間で、揺れるシルバーブロンド。
パルファ王女!
キリアンは叫びながら抜刀し、パルファに縄をかけている二人の騎士を切り裂いた。
「その女性に手を出すな!」
残りの四人は、一瞬遅れてキリアンに剣を振るう。
一人。
二人。
三人目の相手を切り伏すと、相手の剣先がキリアンの衣服を掠めた。
ハラリと、キリアンの左肩から袖が落ちる。
キリアンの肩から上腕に浮かぶのは、薄紅色の花びら。
それを見た四人目が叫ぶ。
「ま、まさか! 肩や腕に浮かぶ花びらの紋様……。お、お前、三十人抜きの……」
踵を返し逃げ出した四人目の背を、キリアンは斜めに斬る。
「悪ぃな。五十人抜きだ」
Q:ウサギ出す必要性、あるんですか?
A:まあ、なんとなく。
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