捕まえた、のか
ここから大幅改編しています。新作と言えるかもしれません。
さて、城を抜け出し見事行方不明となった王女パルファだが、すたすた歩いて王宮から二里以上離れた森に辿り着いていた。
いつものように切り株に座り、持参した革袋から水を飲む。
足元に寄ってくるネズミやウサギにも、ちょっぴり水を与える。
ついでにポケットに忍ばせた、木の実なども与える。
心地良い、緑の風が渡っていく。
木漏れ陽の方向から、この場所でいいだろうとパルファは思う。
パルファは髪を結んでいたリボンを解き指に巻く。
リボンを巻いた指にもう片方の手を添えて、彼女は呟く。
「光よ風よ。教えて……」
パルファが言葉を発した途端、突風が木々を揺らした。
◇◇
花咲き乱れる丘陵地帯――その奥にある、農村とも山村ともつかない集落。
王城から馬で三日、徒歩で五日の距離にあるこの場所に、第三王女は“また”いた。
「パルファ王女殿下、お迎えにあがりました」
そう声をかけたのは、金属の鎧も軍馬も持たない、見るからにやる気のなさそうな青年だった。
「ふーん?」
木にぶら下がり、逆さのままキリアンを見下ろすパルファは、全身に草や花びらをくっつけた野生児のような姿をしていた。
よく見ると、足元に小さな鳥が群れている。そのうちの一羽がキリアンの肩にふわりと舞い降りた。
「きみ、誰?」
「キリアン・ドルフェス。今日から殿下の専属護衛騎士っす」
「……あんた、護衛って顔じゃない」
「うん、よく言われる。褒め言葉として受け取っとくね」
パルファは木から飛び降り、軽やかに着地すると、つかつかとキリアンの前に立った。
水面のようなその瞳が、まっすぐに彼を見つめる。
「私、勝手にどっか行くよ? 置いていくよ?」
「勝手にどっか行くなら、勝手についてくだけっすよ」
「夜中に逃げても?」
「夜中の方が静かで歩きやすくて好き」
「変装して逃げても?」
「むしろ、変装手伝うよ」
「……」
視線をキリアンに向け、ちょっとだけ睨むパルファ。
睨まれても、臆することなく飄々と笑うキリアン。
数秒の沈黙のあと、王女が小さく呟いた。
「なんか、めんどくさい、コイツ」
「それ、ボクの台詞」
一方、王都――。
「キリアンの奴、ちゃんと王女を連れ帰ったのか?」
執務室で書類の山に埋もれながら、宰相ドルフェスは小型の通信水晶に話しかける。
相手は、王城に残った近衛騎士団の副官だ。
『はい、連絡がありました。王女殿下は現地で“満足したら帰る”そうです』
「何をどう満足したらなんだ!」
『王女殿下は“お腹いっぱいになったら帰る”と仰ったそうです』
「猫か!! ……いや、やっぱり猫だったわ……」
疲労のため、宰相は机に突っ伏した。
その夜、パルファとキリアンは小さな焚き火を囲んでいた。
鳥たちが静かに木の上で眠る頃。
パルファが、ふいにぽつりと尋ねた。
「ねえ。キラリン」
「キリアンです」
「前に……誰かを、助けたことある?」
火の揺らめきの中で、その横顔がほんの一瞬だけ強張ったように見えた。
「助けたっていうか……まぁ、勝手に身体が動いただけかな。もう、昔の話だけどね」
「……その時、何か言われた?」
水面のような瞳が、じっとキリアンを見つめる。
キリアンの手が、焚き火の小枝を掴む手が、ぴたりと止まった。
「――くれ」
「……え?」
パルファの瞳が見開かれる。目が開いたばかりの子猫みたいだ。
キリアンは、パルファの視線を見ながら思う。
「ずっと……探してた。あの時の人を――あの時、私を助けてくれた“誰か”を」
焚き火が、ぱち、と音を立てた。
二人の影が、ゆらゆらと揺れる。
微かな記憶を掻き立てるかのように。
第三王女パルファと、元・天才騎士キリアンの旅は、ここから始まる。
王国に迫る影。
封じられた記憶と封じたものの存在。
そして「くれ」と聞こえた、あの夜の真実とは……。
王女と騎士の旅は、始まったばかり。
お読み下さいまして、ありがとうございます。
完結保証、と言いたい(言えよ)




