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令嬢からの嫌がらせ

 貴族の跡取りたちからのアプローチ等はあったが、新入生歓迎会も何事もなく終わった。貧民街でのトラブルだらけの生活に比べて、何も起こらないことにアリエは拍子抜けした。


 翌日からは早速授業が始まった。魔法と武術、そして座学に礼法。メイソン邸にいた頃は、家庭教師などを雇うわけにもいかず使用人たちから教わっていたため、本格的に習うというのは初めての体験であり、アリエは新しい知識を得られることを楽しんでいた。


「アリエさん! お昼ご飯を一緒にどうだろうか!」


 学院に入学して一週間あまり。アリエが食事に誘われることが日常になりつつあった。

 学院内に設置された食堂で一人で食事をしていると、学年に関わらずアリエは目立ってしまい、こうして男子が接触してくる。


「申し訳ございません。先約がありますので」


 そして、誘われる度に断り続けているアリエは、いつしか『高嶺の青薔薇』と呼ばれるようになっていた。


(完全に悪目立ちだよ)


 食堂で孤立するアリエは、美味しい料理に舌鼓を打ちながらぼんやりと考え事をしていた。頭の中にあるのは、自宅でのウトの言葉だった。


「男女関わらず、可能な限りのコネを作れ。男は籠絡し情報を吐かせ、女とは横の繋がりを作り噂話などを集める。これは、俺にはできない役割だ」


 貴族の令息令嬢と繋がり、情報のパイプを作り、世界を支配するための情報網を確保する。その布石がアリエであり、学院へ入学した目的である。

 それなのに、貴族の男というものに肌が合わず、どうしても目的よりも自身の気持ちを優先してしまい今に至る。


「はぁ……」


 これからどう挽回するべきかと頭を悩ませるアリエは、重いため息をついた。「頼んだぞ」というウトの言葉を、アリエは脳内で反芻する。

 一人で憂いの表情を浮かべるアリエに、数名の女子が鋭い視線を向けていることには気づかず、アリエはご飯を口に運んだ。



 その日の放課後、アリエが図書室で勉強しようと支度をしていると、


「アリエさん。ちょっとよろしいかしら?」


 数名の女子生徒に呼び止められた。


「なんでしょうか?」

「ちょっと」


 手招きされたアリエは、なんの疑問も抱かずに女子生徒の誘いに乗る。

 アリエの周りにいるのは五人ほどの令嬢たち。その中心にいるのは侯爵家の娘だ。一体なんの用だろうと考えるアリエだったが、思い当たる節がない。

 アリエが連れて来られたのは校舎の外。日が当たらず、人目に付きにくい場所だ。そうして漸く、アリエはこれから行われることを悟った。貧民街でもよく見た光景だ。

 追い詰められたアリエを、令嬢の一人が突き飛ばし、校舎の壁に背中を打ちつけた。


「あなた、調子に乗りすぎよ」

「別に、調子に乗ってないと思いますけど──」

「黙りなさい!」


 侯爵令嬢が口答えをするアリエの頬を引っ叩いた。反論させるつもりはないらしく、アリエはため息を押し殺して令嬢を見返した。


「あなたがいるせいで、ドリック様がおかしくなってしまったのよ!」

「ドリック?」

「私の婚約者が、学校で私と距離を取られるようになったのよ。それもこれも、あなたがドリック様の目を奪っていくから!」

「ドリック様だけじゃないわ! 他の男性も皆……。私たちがどんな思いでこの学校に来たと!」


 そんなことを言われても困る。そう言いそうになったアリエはなんとか堪える。

 そんなことは相手の男性に言えばいいだろうと思うアリエだったが、令嬢とて、そんなことを言える立場ではない。貧民街で暮らしてきたアリエにとっては、まだ実感のないことだったが。


「つまり、嫉妬しているんですね?」

「なっ!? 少しちやほやされているからっていい気になるんじゃないわよ!」


 図星を突かれた侯爵令嬢は、もう一発アリエの頬を叩いた。だが、それで気が晴れなかったのか、魔法でアリエの顔に水をぶっかけた。

 貧民街での有無を言わさぬ暴力に比べれば可愛いもので、アリエは平然とした表情を崩さない。


「どうせ化粧を落とせば普通の顔よ! あなたたち、やってしまいなさい!」


 それに怒った侯爵令嬢の命令で取り巻きの女子たちがアリエに迫る。手には、いつから持っていたのか、雑巾が用意されており、アリエを羽交い締めにしその顔に押し付けていく。


「やめっ……うわぁ!」


 必死に抵抗するアリエだったが、令嬢三人を怪我させるわけにもいかず、化粧が落とされてしまう。


「ふん。正体を現しなさい!」


 侯爵令嬢は勝った気でアリエを見下す。化粧を落とし切った取り巻きたちはその顔を侯爵令嬢に見せるように顎を掴み上げる。


「なっ──!?」


 だが、そこにあったのは中性的な美しい顔だった。可愛らしさのあった表情から鋭さが増し、かっこいいという印象も受ける。綺麗な顔立ちは男装すれば、王子にも引けをとらない、むしろ優ってすらいると感じるほどに美しい。


「な、な、なんてこと……」


 圧倒的な差を見せつけられた侯爵令嬢は卒倒しそうになる。


「君たち! 何をしている!」

「あっ……」


 と、遠くから男性の声が届き、令嬢たちは慌ててその場から逃げ出した。


「君、大丈夫かい?」

「ありがとうございます」


 校舎に背中を預け、濡れた髪から水滴を払うように頭を振っていたアリエは、駆け寄ってきた男性を見上げる。そこには端正な顔のイケメン、ルイスが立っていた。


「立てるかい?」


 ルイスがアリエに手を差し出した。素直にその手を取ったアリエは、立ち上がり丁寧に礼をする。


「助けていただきありがとうございます。ルイス殿下」

「いや。当然のことをしたまでだよ。相手によっては教師たちも強く出られないだろうから、何かあった時は僕を頼るといい」


 ルイスはハンカチを取り出し濡れたアリエの顔を拭いてあげる。


「でも、初めて見る顔だ。新入生歓迎パーティーには出ていなかったのかい?」

「ああ……出てました」

「本当かい? 君みたいな綺麗な人がいたら忘れるはずないと思うんだけどな」


 ルイスは恥ずかしげもなく、至って真面目な表情で言ってのける。アリエも、照れる様子が一切なく当然のように受け止めた。


「初めましてではありませんよ。殿下」

「本当かい? いやいや、そんなことは──」

「アリエ・メイソンと申します。以後お見知りおきを」


 化粧を落としたアリエの顔がいまだにピンとこないルイスに、アリエは優しげな笑みを浮かべながら自己紹介をした。


「アリエ……? メイソン伯爵の令嬢のアリエ君!? 化粧を落としただけでこんなに雰囲気が変わるんだね!」


 入学式の時との変化に驚いたルイスはまじまじとアリエの顔を観察する。中性的な美少年と、爽やか王子様が見つめ合う薔薇空間が生まれる。


「私はあまり可愛らしい顔立ちをしていないので、化粧で可愛らしく飾っているだけです」

「そんなことはないと思うよ。君は美しい。あまり優劣をつけるような発言は良くないと思っているんだが、君はこの学院の誰よりも綺麗だ。精霊か妖精がいるとすれば、きっと君のようだと思うよ」


 思った以上の高評価に、アリエは目を丸くして、堪えきれず小さな笑いをこぼした。


「殿下は、女性を見る目がないかもしれないですね」

「そうかな。まぁ、女性のことは疎いかもしれない。兄と違って、所帯を持つことを禁じられていて、女性経験がないからね」

「そうなんですか?」

「ああ。兵器として、腕が鈍らないように──って、こんな話を君にしてもしょうがないよね。申し訳ない」


 ルイスの身の上話が聞けそうになり耳をよく傾けたアリエだったが、ルイスは苦笑いを浮かべながら話を打ち切ってしまった。だが、


「そんなことないですよ。いつでも相談に乗ります。学院にいる間は対等な友人として」

「友人……。そうだね! ありがとうアリエ君! 友人として、今後ともよろしく頼む!」


 友人という言葉に、見てわかるほどワクワクとした反応を見せるルイスは握手を求める。


「僕のことは気軽にルイスと呼んでほしい。友人として!」

「それは……すみません。ルイス様と呼ばせていただきます。他の女子生徒に刺されたくはないので」

「そうか……。いつでも呼び捨てにしていいからね」


 尻尾が垂れ下がった犬のように残念がるルイスに、アリエは母親のような慈しみの視線を向ける。


「心の準備はしておきます」


 友として、ルイスの握手を受け取ったアリエ。ルイスの懐に入るという本来の目的は順調に進められていく。


「もう見間違えることはない。しっかりと覚えたからね」

「ええ。二度も忘れられたら、流石に傷付きます」


 アリエの素顔を頭に焼き付けたルイスは「それじゃあ、僕は行くよ」と言って颯爽とアリエの元を去っていった。


(友達、か)


 アリエはルイスの背中を見送ってから、自身の手を見つけ返した。手のひらにはルイスの手の温もりが残っている。剣だこで分厚くなった頑丈な手の感触が。


「初めて友達ができた」


 貧民街で育ったアリエは、初めての友達に、どういった顔をすればいいかと戸惑いの表情を浮かべた。

 貧民街の子供たちは、皆もれなくトレバリー家の人間である。友達とは違う絆で繋がった家族だった。そのため、アリエも友達というものができたことがなかった。嬉しいような気恥ずかしいような感覚に居心地の悪さを覚えたアリエは、忘れるように両手を擦り合わせ、自身の教室へと戻ることにした。


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