アリエの回復、ルイスのの決意
アリエが誘拐された翌日の早朝。アリエは学院の医務室で目を覚ました。
精霊王との一時的な接触により、アリエは自分の中に眠っていた精霊の血が覚醒しているのを感じていた。アリエは以前よりも感覚が鋭くなっていると認識し、妙な気分に浸る。耳に触れると軟骨部分が少し尖っており、まるでエルフのようになっている。
しばらく体を動かす気になれず、アリエは何もない天井を見つめていた。
攫われた記憶もあり体も傷一つない。アリエの頭の中は、一時的に接触していた際の精霊王の言葉でいっぱいになっていた。
自身の出生について。精霊と人の間に生まれた原初のエルフであるとのこと。母となる精霊が、アリエが人として生きていけるよう精霊の力を封じる呪いがかけられていたこと。
精霊王によって暴かれた全ては、今まで人として生きてきたアリエにとってすぐには飲み込めない話だった。
それに、体に溢れる力の大きさにも戸惑っていた。なんでもできてしまいそうな力の奔流に戸惑い、恐れを感じていた。この力を制御できなければ、いずれ自分が家族を殺す厄災になってしまうのではないかと。
「──アリエ! 起きたんだ!」
アリエが言い表しようのない恐怖に駆られていると、医務室の入り口から聞き馴染みのある優しい声が聞こえた。お人好しで友達のいない可哀想な、この国の第二王子の声だ。
アリエは枕に頭を預けたまま、声のする方へ首を傾けた。
「目が覚めて良かった」
ルイスはベッドの傍らにある丸椅子に腰掛け、アリエの顔をまじまじと見つめる。眉尻の力が抜けており、とても心配していたのが見てとれる。
「なかなか目が覚めないから、死んでしまったんじゃないかって……」
「ルイス様、疲れてます?」
ニコニコと微笑むルイスだったが、アリエの指摘で苦笑いに変わる。ルイスの目の下にはうっすらと隈が浮かんでいた。だが、アリエにはそれ以外にも疲労や感情が色を纏って見えるようになっていた。
精霊が人の悪意や感情に敏感な理由がわかったアリエは、ルイスのお人好し加減に思わず笑みが溢れた。ルイスは疲労を隠しながらも、穏やかな心でアリエを見つめている。
「アリエを独断で助けに行ったことを怒られてね。でも、大丈夫! なんて事はないよ」
ルイスにはアリエを責める権利があるはずだが、ルイスは決してそのようなことはしない。慈しみと気遣いの塊のような人間だからこそ、精霊にも好かれるのだろう。
アリエはようやく上半身を起こし、ルイスの瞳を見つめる。
「助けていただいてありがとうございます。この恩は、いつか必ず返します」
「友達を助けるのは当然だよ。アリエは僕の初めての友人だから。それに、今回の事件の首謀者はユーバンク伯爵だった。国の落ち度でもある」
ルイスは悔しげに拳を握りしめた。信頼していた国の忠臣による裏切り。それを排除する機会は確実に与えられていたにも関わらず、己の未熟さによってアリエの身を危険に晒した。
「それに、君には謝らないといけないことがもう一つある」
「なんですか?」
全てを受け入れるつもりのアリエは、慈しみの籠った声でルイスに続きを促した。
「君が攫われる時、僕は学院を守ることを優先した。君の命を秤にかけて、切り捨てたんだ」
命の重さを決断する覚悟と盲信しない賢さを知ったルイスは、その思考と二つを救えない自身の弱さに嫌気がさし、心の内を吐露した。
そんなルイスの欲張りな発言に、アリエは「ふふ」と声を漏らした。
「ルイス様が非情な決断をされても、私はそれを尊重します。それに、その決断は絶対に間違っていません」
「だとしても、もしアリエが生きていなければ、僕はあの時の選択を後悔していた。今ですら、最悪な結果になっていないだけで、後悔は拭えない」
ルイスは悔しげに唇を噛む。申し訳なさからかアリエの方を見ず、ベッドに視線が釘付けになっている。
「綺麗事だけでは、本当に守りたいものは守れません。貴方が望む未来のために選択をしてください。そこに私がいなくても、それを後悔しないでください」
「でも、」
「それでもルイス様が理想を追い続けるのであれば。綺麗事を貫きたいのなら、強くなってください。誰からも奪われないほどに」
ハッとさせられたルイスは、そこでようやく顔を上げアリエの顔を見た。そこには、慈愛に満ちた空色の輝く瞳が、真っ直ぐにルイスを見つめていた。
「非情に思える決断をしたとしても、貴方の魂が曇る事はありません。その心根が、春の木漏れ日のように暖かい限り、貴方は貴方です」
「……ありがとう。君に愛想を尽かされないように頑張るよ」
「はい、頑張ってください」
アリエはおかしくなって笑みを溢す。本来であればこうしてフランクな会話を楽しめる立場ではない。そんな人物が下手に出ている。
「僕はこの国を変える。もう、君を危険な目に遭わせないと誓うよ」
楽しげなアリエの笑顔は今のルイスにはとても眩しく、眩しすぎるくらいに尊いもののように感じた。
「真面目な話をします」
アリエは微笑みを収め、真剣な眼差しでルイスを見つめる。
「この力は必ず役に立つ時が来ます。ルイス様が何かを果たそうとする時、私はこの力を使うことを惜しみません」
アリエはベッドの上から手を伸ばしルイスの大きな手に、自身の白くしなやかな手を重ねた。
「私はもう守られるだけではありません。共に、戦わせてください」
ルイスが国を変える。それはきっと、アリエとウトが望む未来に最も近い道のりになるだろう。アリエは直感的にそう思った。
「守らせてはくれないんだね」
「私、負けず嫌いなので」
「そうだったね」
勝気な表情のアリエに、ルイスは思わず声を出して笑った。
「僕はまだまだ弱いから、助けてね」
ルイスのお願いに、アリエは一言「もちろんです」と、花も恥じらう満面の笑みと共に返した。




