精霊王の分離
『貫け、罪杭』
「がはっ!?」
精霊王の声とウトの呻き声が耳に届いき、ルイスは脊髄反射で飛び退り精霊王から距離を取った。
その声から数秒後、視界を覆っていた光が晴れルイスの目に周囲の景色が飛び込む。
「なっ!?」
そこには、地面から伸びる蔓に腹部を貫かれたウトの姿があった。
「倒しきれなかったのか!?」
幸いアリエの体は地面に横たわっており、精霊王と思われる光の塊がすぐそばにある。精霊王の魂を剥がすことには成功している。
一瞬頭を抱えたルイスであったが、すぐに意識を攻撃に切り替える。
「アイススピア!」
ルイスは氷の槍を生成し精霊王に向けて放った。放たれた魔法は寸分違わず精霊王の魂を捉えている。
「──なっ!?」
着弾する寸前で闇の壁によって阻まれた。
「闇男! 生きてたのか!」
「精霊王は、もう敵じゃない……」
串刺しにされたまま絞り出すような声を出すウトに対し、半信半疑な視線を向けるルイスだったが、ウトに刺さった杭が抜けていくのを見て、そこでようやく構えを解いた。
『手間をかけたな。私を解放してくれたこと、誠に感謝している』
精霊王はそう言いながらウトの傷を治療した。
「死んだかと思ったぜ」
腹の傷が塞がったウトは、何事もなかったかのように立ち上がった。
「なんで精霊王は正気に戻ったんだ? そもそも精霊王の姿が見えているのはなんでなんだ?」
状況を飲み込みきれていないルイスは二人に質問を投げかける。そんなルイスからの問いには、精霊王が全て答えを示した。
『まず、私の声、姿を認識できている件に関しては、私が姿を見せようと意識しているからだ』
「なるほど」
『そして正気に戻ったことに関しては、そこにいる闇魔法の少年に指輪を破壊してもらったのだ』
精霊王の視線に釣られて、ルイスもウトに目線を向ける。
「いつの間に」
「ユーバンクを闇魔法でぶん投げた時から、闇を口から突っ込んで腹の中を探ってた。あいつ今頃ゲロまみれだぜ」
いいざまだ。とユーバンクをケタケタと嘲笑うウトだったが、「殺していないから安心しろ」と最後に付け加えた。
「アリエは、無事と思っていいんですよね?」
『ああ。魂の定着もしていないし、混じったりもしていない。ただ、』
何かを言い淀む精霊王。ウトは「勿体いぶるな」と悪態をつき、ルイスは息を飲んで言葉の続きを待つ。
『この子の、隠されていた精霊の力が目覚めてしまったかもしれない』
精霊王は森の蔦を使いアリエを横抱きに持ち上げた。アリエの様子は変わっていないように見える。強いて上げるとするならば、耳の形が少し尖り気味になっている程度である。
「以前より魔力の効率が良くなっている。それに、とてもすごい力だ」
『この子の力には蓋がされていたようだ』
ルイスは精霊王からアリエを受け取り、その綺麗な顔に視線を落とす。目を覚ます様子はなく、安心した表情で眠っている。
「とにかく、俺もお前も目的は果たしたんだ。さっさと後ろに残してきた奴らを回収して帰るぞ」
荒れ果てた森で軽く身なりを整えたウトは、精霊王に「じゃあな」と一言別れを告げ歩き出した。ルイスも、精霊王に一礼して背を向けた──
「ロォォオオオオオオオオオッ!」
悍ましい絶叫が森の先から轟いた。その瞬間、三人はその場から全力で退いた。
直後、紫色の光線が大質量を持って地面もろとも空間を抉り取った。一瞬にして森に風穴が空き、その先には四足歩行の化け物が大口を開いて佇んでいた。
絶叫と轟音からの静寂。多くの生き物が息を殺してるかのような沈黙にこの空間一帯が支配される。
「なんだあれは!?」
ルイスの怒号が木霊する。
『あの不気味な生命体はなんだ。とても、歪だぞ』
「サンだな! あの状態はかなりまずいぞ!」
強襲してきた化け物の正体を知るウトだけは、面白がった表情でサンを見る。
「力の制御を行うタガが外れてる状態だ。正気に戻すのは無理だ!」
「ならどうするんだ!」
「どうするかぁ……」
「悠長に言ってる場合か!」
具体的な対策のないウトに、ルイスは怒鳴り声を浴びせる。
最大出力の一撃を放出したサンは、上体を起こし三人の元へ向けて歩き出した。
『私があの怪物の肉体を乗っ取り力を制御する。どうやら、私の力を狙っているようだしな』
と、精霊王が言いながら二人から距離を取った。精霊王に釣られるように、サンの視線が二人から外れる。
『すまないが、力を貸してくれ。目覚めたばかりに君たちと戦ったおかげで、かなり消耗している』
精霊王の弱気な発言を聞き、ウトはため息をついた 。
「……」
懐にある一枚の紙に触れたウトはサンレイブでの出来事を思い出したが、それを手に取ることはなくそっと胸の中にしまった。
「俺たちだけでどうにかする必要があるな。いけるか?」
「僕はこの国最強の兵士だ。僕がやらなきゃ誰がやる」
二人とも十分疲労困憊の状態だが、覚悟を決めた。サンの飼い主であるウトはもちろん、国を守るという大義を持つルイスにも、逃げるという選択肢はない。
『奴が弱まった折、私が奴の体を乗っ取る』
「失敗したら?」
『世界が滅ぶ』
精霊王は確信を持って言葉を紡いだ。一度はその力で世界を救った者の発言である。二人はことの重さに、身震いした。
「行くぞ、アホ王子! あんたはサンに取り込まれないようにしとけよ!」
「おい、精霊王様に向かって、失礼だろ!」
言い争いながら二人はサン目掛けて突貫していく。
「闇が体によく馴染む……!」
ウトは先ほどの一撃で、闇魔法への解像度が格段に上がっていた。精霊王とアリエの魂を引き剥がしたことにより、魂の形を意識的に捉えることができるようになっていた。
ウトの目には、サンの体に二つの存在が見えていた。
「アホ王子! 精霊王の時と同じだ! 二つの魂が体の中にある!」
「どうすればいい!? 僕には魂が見えないし、攻撃する手段も持っていない!」
「肉体を弱らせろ! 内側は俺がなんとかする!」
並走する二人は互いの役目を確認し、サンの両脇へと散った。
サンの標的は未だ精霊王だ。足元を駆ける二人には見向きもせず、まっすぐ歩き続ける。
「焼き切る!」
ルイスは剣に炎を纏わせ、サンの右足を狙い振り抜いた。硬く太い幹のような脚に深く食い込む手応えがルイスに伝わるが、サンの意識を逸らすには及ばない。
「くそっ!」
ルイスはすぐに構え直し魔力を練り直す。剣での攻撃が効かないと分かると、今度は魔法で火の鳥を生み出した。
「ついばめ!」
火の鳥は長い尾をしならせながらサンの背後に回り込み、鉱石のように硬い背中を攻撃する。熱と嘴によってサンの背中が削られ、この攻撃にはサンも嫌そうに呻き声を漏らした。
火の鳥を捕まえようとサンは腕を伸ばすが、素早く離脱と接近を繰り返しその手は届かない。
「影弓!」
火の鳥の明かりに紛れ、ウトの闇矢が死角から森の木々を抜け狙っている。
「ガァッ!」
「ちっ……」
やはり精霊獣の時と同じく闇魔法は強く警戒しているようで、闇魔法には触れようとさえしない。
ウトの攻撃も火魔法もあまり効いていない。物理攻撃も外皮が硬く有効だとならない。だが、王国最強と呼ばれるに相応しい男がこの程度で諦めるはずもなく、
「魔法剣!」
ルイスは剣に魔力を纏わせた。剣そのものの硬度ではサンの身体に対して擦り傷程度しか与えられない。剣技だけでは埋められない生物としての格を備えている。
「こんな魔物一体倒せず守りたいものが守れるものか!」
ルイスが意識を向けているのは一点のみ。サンの背中だ。幸いサンの注意は闇魔法と精霊王に向いている。背中を取るのは容易だ。問題は剣が通るか。サンの背中は紫色のアメジストのような結晶に覆われており、何より一番魔力の存在を感じる。おそらくこの部位は魔力の蓄積か吸収を担っている器官だろう。魔力が多いというのは硬さに直結している。ルイスが剣を魔力で覆ったように。
サンの意識が向いていない今、この一撃は確実に通る。
「ハァァァアアアッ!」
一足でサンの首筋まで跳んだルイスは、気合いを込めて剣を振り下ろした。軒下に並ぶ氷柱を折るかのように背中の結晶を砕いていく。
「ゴルァァァアアアッ!?」
意識外からの強烈な一撃にサンは怒りの絶叫を上げ、すぐに振り返り標的をルイスに切り替えた。
「ガァ……」
背中の器官を破壊されたサンは、次の隙を窺うルイスを目で追い口腔に力を溜め始めた。
「飛べ! ルイス!」
「ああ!」
「泥闇!」
口からの光線は威力の分、溜めが大きい。
森の中から、波打つ闇が地を這い足元に迫る。力を溜めていたサンはそれに気づかず足を取られバランスを崩した。広範囲に広がる闇で足場がないが、器用にルイスの動線に段差のついた箱がドミノのように出現した。
それを足場にルイスは再び跳躍。
「魔法剣、焔!」
ルイスの剣が赤く燃え上がる。
「バゴァアア!!」
火の粉を飛ばす炎の剣はサンの光線を真ん中から二つに割り、後方へと受け流す。
「づぁぁあああ!」
ルイスは強引に押し返しサンの上顎を剣で殴りつけた。鹿のような鼻先が前に突き出た顔に切り傷が走り、たまらずサンは呻き声を上げる。
「──ぁ」
光線が止まった直後、サンの角が淡い光を放ちながら胞子を振り撒いた。ゼロ距離でそれを浴びたルイスは反応が遅れ殴り飛ばされた。
「くっ……」
ヤマカンで咄嗟に防御したため致命傷は免れたが、左腕が歪に曲がっており使い物にならないだろう。
「ルイス!」
「大丈夫だ! 利き腕は生きてる!」
一言で状況を伝えルイスは戦線に復帰する。サンは先の光線で泥闇を退け、ウトが潜む森から距離を取っていた。
「弱ってる! 畳み掛けるぞ!」
ウトの掛け声で二人同時に動き出す。どちらの攻撃も今のサンにとっては致命傷だ。この状況を打開するためには、
「おい、待て──!」
「くそっ!」
二人の攻撃が届く刹那。サンは一直線に走り出した。逃げるためではなく、この場の全員を滅し生き残るため、隠れている精霊王の元へ全力で駆ける。
精霊王の力を取り込めばあたり一体を数秒で更地にできるだろう。もちろんそんな攻撃を防ぐ手立てを二人は持っていない。
慌ててサンを止めに追いかけるが、サンはすぐに向きを変え近くに迫っていたウトを腕で薙ぎ払った。
「……っ!?」
「ガァアアアアッ!」
不意を突かれたウトは防御もままならず吹き飛ばされ、森の木々を何本も破壊しながら数百メートル先でぐったりと倒れた。
「ぐあぁああっ!」
次いで流れるようにルイスへ襲いかかった。二本の角による攻撃をルイスは剣で攻撃を防いだが、左手が折れているせいもあり受け身を取りきれずウトとは反対へ飛ばされ、さらに奉仕の影響で身体が痺れてしまう。
「起きろ! 闇男!」
なんとか声を絞り出すがウトが反応する様子はない。
サンは両手を地面につけ、爪が食い込むほど地面を掴みその口を開けた。精霊獣を消滅させ、森に風穴を開けた一撃は、その照準をウトに向けている。
背中にある壊された紫色の結晶が光り出す。魔力の粒子が呼吸をしているかのようにサンの背中へ吸い込まれていく。
──閃光。




