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アリエを追いかけて

 メリーアと別れたウトたちは森を急ぐ。


「サンがいるから大丈夫だ。あんな知性のない獣に負けるわけがない」


 メリーアをする心配するルイスに対し、ウトは気にかけるような言葉をかける。


「分かっている。あとは、お前がいなければ憂うことがなくなるんだけどな」

「ほんと嫌味な奴だ。お前があの少女を追えているのが誰のおかげか忘れるなよ」

「恩着せがましいな」


 ウトへの敵視が激しいルイスは、ウトと一定の距離を保って森を駆けている。男はユーバンクとアリエを抱えている。そう遠くへは行っていないはずである。


「流石にウサギの魔法はいないと思うが、場所は分かっているのか?」

「分かってなかったらこんなバカみたいに走っていない。印はつけてあるから安心しろ。アホ王子」

「お前は、いちいち嫌味を挟まないと喋れないのか?」


 怒るルイスを無視してウトはアリエの後を追う。アリエにはウトの闇魔法で印がつけてある。ウトの顔にあるトレバリー家の紋章がアリエにも刻まれている。ある程度近づいた今なら、闇魔法の匂いを感じ取ることができる。

 最初に追いついた時はサンの鼻とアリエの土魔法があったおかげで簡単に見つけることができたが、今はそのどちらもないためウトの印だけが頼りだ。


「それと! ユーバンク伯爵を巻き込むような攻撃はやめろ」

「はぁ、面倒くさい上に救いようのない愚か者だな。ユーバンクはこの事件、あの少女を攫った主犯格だ」

「それを判断するのは、伯爵を問い詰めてからでも遅くない!」


 頑なにユーバンクを信じるルイスを、ウトは諦めることにした。どちらにせよユーバンクが裁かれることに変わりはない。ウトは、愚かな王子が情につけ込まれて判断を誤らないことを祈るほかない。


「追いついたぞ、王子!」

「──はぁぁあああ!」

「おい、また勝手に……」


 ウトが前方に男の背中を捉えた。それを律儀にルイスへ伝えると、ルイスはウトを追い越し男に斬りかかった。


「なんで追いつかれた!? 精霊獣は何してんだ!」


 背後から迫るルイスの剣を、男は抱えている荷物を捨て腰に下げたショートソードで受け止めた。


「くそったれぇ!」

「観念しろ!」


 悪態をつく男は、鍔迫り合いから逃れユーバンクを再び盾にする。ルイスの足が止まり、男はほっと息をついた。


「バカ王子は騙せても、俺にその人質は通じないぞ」

「何を!?」


 ルイスの斜め後ろからウトが嘲るような声を発する。次の瞬間、ユーバンクと男の足元から闇色の棘が出現し、二人の足をまとめて貫いた。


「ぐぅああああッ!?」

「っ、くそ……」


 ユーバンクは痛みにもがき叫ぶ。男は痛みに耐性があるのか、悲鳴を上げることはなくかすかに表情を曇らせただけで、二人への警戒を緩めずアリエの首へ刃先を向けていた。


「おい! 何してるんだ!」

「殺していないだけ感謝しろ。あれくらいの傷ならすぐ治せるからギャーギャー騒ぐな」


 ユーバンクを傷つけたウトにルイスが怒りを露わにする。だが、ウトもこれには折れることなく反論した。譲歩した上で怒られることに納得がいかず、我慢できずウトはルイスを蹴り飛ばす。


「いい加減面倒くさいな。ユーバンクは魔法の研究と称し、精霊の研究を行なっていた。その成果があの化け物なんだよ」

「そんなわけがないだろ!」

「目を覚ましてやる」

「お前、何を──!?」


 ウトは、幻想に囚われているルイスに軽蔑の視線を向けながら距離を取り、闇魔法を発動する。


「泥闇!」


 ウトの足元から闇が波打ちながら円状に広がっていく。闇はルイスの足元まで広がっていく。


「これは!?」


 ルイスの足が闇に呑まれた。まるで泥に足を取られているかのようにバランスを崩したルイス。その闇は当然ユーバンクにも迫る。


「バカ王子はそこで見てろ」


 ぐんぐんとユーバンクを目掛けて進んでいく闇。闇魔法の恐ろしさを知るユーバンクは、そんなチキンレースから早々に下りる。


「精霊王よ! 闇から私を守れ!」

「……ァア!」


 ユーバンクが叫ぶと、ユーバンクの手に嵌められた指輪が 淡く光り、その声に従うようにアリエが体を起こし、魔法で光の防御を展開した。森が昼間のように照らされ、ユーバンクたちに迫っていた闇は散らされた。


「眩しいじゃねえか」 


 魔法を打ち消されたウトは煩わしそうに目を窄める。アリエの身体に憑依する精霊王は薄水色の淡い光を身に纏い、ウトの闇を鋭く警戒している。


「ユーバンクがその少女を従えているのが、何よりの証拠だと思わないか?」

「そんな、まさか……」


 問われたルイスは、現実を受け入れられず顔面蒼白になる。


「ユーバンク伯爵。あなたは王国を愛する人だったはずだ! 裏切りなんて、するはずないですよね!?」


 真実を目の当たりにしてもなお、ルイスは信じる心を失わない。ユーバンク自身の口から聞くまでは。

 そんな気概を感じる問いかけに応えるべく、ユーバンクは徐に口を開く。


「私は、災厄の化身。精霊王の復活を以て、世界平定の礎となる者!」

「……嘘だ」


 打ちひしがれるルイスの呟きに対し、ユーバンクは嘲るような笑い声と視線を向ける。


「あなたがバカなお人好しでよかった。おかげで、何度か命拾いしました」


 ユーバンクはその一言だけ告げ、興味をなくしたようにルイスから視線を切る。貪欲な目をしたユーバンクは、両手を広げ歓迎するようにウトを見据える。


「闇魔法の使い手よ。あなたが私の命を狙う理由は分かりませんが、もし仮に精霊王の力を手に入れるためだとしたら、私たちは共存できる! あなたを厄災の化身に歓迎します!」


 ユーバンクの熱い視線に、ウトは不快感を覚え舌を鳴らす。


「この際、命を狙ったことは水に流します。私たちと新たな世界を作りましょう。あなたならこの国の貴族以上の待遇を約束します!」


 ユーバンクの提案に、隣にいる男も賛同するように頷いている。滑稽な二人を見てウトの口の端が歪んだ。


「闇男、待て。お前まで敵対したら──」


 ユーバンクの提案を聞いたルイスは、焦りの声を漏らす。仮面によってウトの顔半分は隠れており、口元の表情からではウトの反応が窺えない。この笑みがどんな意図なのか、ルイスには読みきれない。


「…………くっはっはっはっは!」


 男の期待とルイスの不安を一身に受けながら、ウトはたまらず声を上げて笑った。


「俺を御せると思っていることに驚きだ。俺の目的は精霊王の力じゃない。俺の目的を邪魔する者の排除だ!」


 ウトはそう言い放ち、ルイスを睨みつける。


「さっさと構えろバカ王子。こいつらをぶっ飛ばして精霊王を引き剥がす!」

「っ! 言われなくても分かっている! 僕に指図するな!」


 煽られたルイスはすぐに剣を構え直した。直剣を正面に掲げ、視線は精霊王を捉えている。


「ユーバンク伯爵と男は生捕だ!」

「俺が少女を引き剥がす!」


 ウトとルイスが同時に駆け出す。


「残念だ、闇魔法の使い手。精霊王よ! あの二人を殺せ!」


 二人の動きに合わせてユーバンクが命令を下す。指輪の力により、精霊王が魔法を展開する。迎え撃つように両腕をウトとルイスに向けた。手のひらにはバチバチと音を立てる雷の球体。


「ウガテ、召雷」


 魔法の展開までの速度は一秒にも満たない。手のひらから放たれた雷は、四人の視界を白く染めながら空中をジグザグに駆け抜ける。

 蛇行しながら迫る雷の軌道を二人は瞬時に見切り、速度を落とさず精霊王へと距離を詰める。


「ぉぉ、おい! お前も戦え! 精霊王に二人を近づけるな!」

「っ、無茶言うな!」


 魔法を躱された精霊王は、驚きからか目を瞬かせ硬直している。その隙をウトとルイスが見逃すはずがなく、


「闇コガネ! 行け!」


 ウトの足元から大量の黄金虫が飛び立つ。昆虫独特の羽音を鳴らしながら視界を覆うほどの闇コガネが精霊王を襲う。


「おおおおおおりゃぁぁぁ!」


 精霊王の視界を奪った。だが、二人の前に男が立ち塞がった。構えた剣はルイスを狙っている。ヤケクソの一撃だ。防御をかなぐり捨てルイスの首を狙っている。


「少し眠ってもらうぞ」


 ルイスは小さく呟いた。

 首目掛けて迫る剣をルイスは軽装鎧の籠手で弾いた。容易く男の攻撃をいなし、そのまま流れるように男の顎を裏拳で殴り、男は呻き声一つ上げず気絶した。


「チレ、裁きの光剣」

「ルイス、避けろ!!」


 男を気絶させたルイスの耳に緊迫した声が届く。ルイスは声の方向を見ることもせず、直感でその場から跳んで離脱した。直後、ルイスの背後から何かが地面に刺さる重い音が連続して鳴った。


「闇傀儡!」


 次いでウトの声が耳に届く。

 精霊王を牽制していたウトは、近くに生えている木を闇魔法で引っこ抜き思い切りぶん投げた。精霊王は動きの止まったルイスに対し、すでに追撃を構えている。


「っ──!?」


 距離を取ったところでルイスが振り返ると、先ほどまでいた場所に人の体ほどある光の剣が数本刺さっていた。剣の出所を辿ると精霊王がルイスに向けて手を翳しており、追撃の光剣がルイスの視界を埋める。


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