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精霊王の復活

 不愉快な圧迫感と振動でアリエは目を覚ました。どうやら肩に担がれているようで、担いでる人間が歩く度にお腹に肩が食い込む。


「おやおや、精霊姫が起きたみたいですねぇ」


 アリエの背中側、進行方向から声が聞こえてきた。少し掠れた中年の声音だ。疲れているのか、言葉の端に吐息が漏れている。


「精霊王が蘇れば、彼の方も私を認めてくださるだろう。世界を手に入れる礎に加えてくれる」


 アリエは首を起こし背後を確認する。前を歩いているのは薄灰色のボサボサの髪を肩まで伸ばした男だった。アリエを担いでいるのは二十代前半ほどの若い男。黒装束に身を包んでおり、少し細身のように思えるが、予想以上に力が強く抜け出せない。


「あんたが昇格してくれれば俺もいい思いができるってもんよ」

「そのためにも、精霊姫は守り通してくれよ。私の地位を捨ててまで手に入れたんだからな」

「了解だ。ユーバンク伯爵」


 二人の男が会話に夢中になっている隙に、アリエはバレないように魔法を発動した。ルイスに教わった通りに、魔法で生み出した土塊をウサギの形に成型し飛ばす。


(ウトが来たら、私のところまで案内して)


 アリエの命令を受けたウサギは、草陰に姿をくらました。アリエは二人の様子を確認したが、魔法には気づいていない。助けが来ること信じているアリエは、意を決して口を開く。


「あの! なんで私を攫ったんですか?」


 アリエの問いかけに、ユーバンクは躊躇いなく正直に答えてくれる。


「あなたは精霊の子。あなたを依代とし精霊王を復活させるためです」

「精霊の子?」

「探すのに苦労しましたよ。あなたは精霊と人のハーフなんですよ」


 貧民街で育ったアリエは、生まれて初めて自身の出自を知った。驚愕だった。自分は貧民街で生まれた、ただの孤児だと、今の今まで信じて疑っていなかった。


「精霊の子は希少な存在ですからね。まさか、私が生きている間に会えるとは思っていませんでした」


 ユーバンクはとても嬉しそうに語る。

 状況を飲み込んだアリエは、最悪を想定し顔を青く染める。


「精霊王の依代ということは、私は死ぬんですか?」

「まさか! 精霊王と一つになり、精霊王の中で生き続けるのです」

「あなたたちは、精霊王を使って何をするつもりなんですか?」

「私たちは世界を平定するのです。強き者が支配する世界。それが正しく自然なことなんです!」


 嬉々として語るユーバンクは羨ましいそうにアリエを見つめる。


「精霊王の力を手に入れれば、世界は必ず私たちの手中に収まる。それに、闇魔法の使い手まで見つけてしまったのです。私はとても運がいい」


 闇魔法という単語にアリエは反応した。


「災厄の化身に相当する力を二つも手に入れれば、世界の支配は確定的です!」


 思い描く未来への道筋を想像したユーバンクの高笑いが森に響く。


(ウトのことを知っている?)


 アリエが知る闇魔法の使い手はウトだけである。ユーバンクが語るそれがウトのことだとして、手に入れるとはどういうことか。

 アリエは混乱していた。この誘拐に万が一ウトが絡んでいるのであれば、アリエは捨てられたことになる。目的のため、ウトが手段を選ばないとしたら──


(そんなわけない。ウトが家族を犠牲にするはずない)


 アリエは一瞬頭を過った不安を否定して自分を納得させ、それきり黙って森の中を運ばれる。今は信じる他ない。ウトは必ず助けに来てくれると。


「やっと着きました」


 ユーバンクが一息つき、少し遅れてアリエも鬱蒼とした森を抜けた。そこだけ人の手が入っているかのように整っている。森を切り裂くように一本の巨木が中心に聳えており、その上には満点の星空と煌々と光る満月。


「さあ、彼女を墓碑の前に」


 ユーバンクの指示でもう一人の男が巨木の前へ足を進める。巨木の根本に石碑が一つ。長い時間放置されていたようで、苔むし、木に飲み込まれかけている。

 碑の前に置かれたアリエは、なんとか逃げようと試みるが両手足が縛られ動けない。


「無駄ですよ。仮に逃げられたとして、ここは迷者の森。無事に外に辿り着けず一生森を彷徨うことになる」


 アリエの動きを手で制したユーバンクが、懐から一つの指輪を取り出した。磨かれた銀製のリングに、七色に輝く小さな宝石が飾られている。アリエは見たことがないほど綺麗な宝石に目を奪われた。

 ユーバンクはそれを自身の指に嵌め、呪文を唱え出す。


「我、祖の力を欲する者。愛しき者との絆を証明せし者なり。永遠の愛を誓う。祖の宣言を以て我らの契りは交わされる」


 ユーバンクの詠唱に応えるように大木と指輪が光り出した。淡く光を放つ遺跡から何者かの声が響く。


『数百年ぶりか? ここもすっかり変わり果てたな』

「精霊王が起きた! 新たな時代の誕生だ!」


 中性的な声だ。草原を駆ける風の如く耳通りの良い凛とした声の主は、辺りを見まわし森の変化に対し寂しげな言葉を漏らした。


(これが、精霊王の姿……)


 精霊王の姿が見えているのは、アリエと指輪を嵌めたユーバンクだけ。石碑の上に二メートルほどの光柱が伸びている。人の姿のようにも見えるそれは、アリエとユーバンクを見下ろしている。


「精霊王よ。指輪の契約に従い顕現せよ。依代はこの少女だ!」

「うぇ!? そんないきなり行くの!?」


 精霊王を呼び出してすぐである。アリエは心の準備もままならないまま、驚きと戸惑いが半々の声を漏らした。


『すまない。我らが子よ。古の契約により、我は指輪の所有者に逆らえないのだ』


 精霊王が一言だけ謝罪を口にした。次の瞬間、光の塊がアリエ目掛けて降りていく。


「うわぁぁぁっ!?」


 光はアリエの胸目掛けて降下し、溶けるように体の中へ消えて言った。


「成功だ。指輪の契約は本物だった!」


 ユーバンクが叫ぶ。歓喜の声と高らかな笑いが止まらない。


「おい伯爵、用が済んだならさっさと退却だ」

「おお。そ、そうだな。喜びのあまり興奮しすぎた」


 男の言葉に正気を取り戻したユーバンクは慌ててアリエを抱える。


「おい、運ぶのは俺がやる! どんだけ興奮してんだ」

「そうだったな。すまない」


 ユーバンクの腕からアリエを受け取ろうと男が手を伸ばしたその時。


「アリエを返せえぇぇええっっ!!!」


 森の中から氷の槍が男目掛けて飛んできた。頭を狙って飛来するそれを、男は上体を逸らしなんとか躱す。


「まさか追いついてくるとは、第二王子!」

「アリエを返してもらう!」


 森の中から、細やかな金髪を乱したルイスが姿を現した。月光に照らされた碧眼は、立ち塞がる男を真っ直ぐ捉えている。


「炎孤。邪魔するものを焼き尽くせ!」


 逃げる隙を与えず、ルイスは追撃を放った。


「いいのか? こっちには人質が二人いるんだぞ?」

「二人!?」


 迫る炎の狐を前に余裕の態度を取る男は、咄嗟にユーバンクの背後に回った。ユーバンクの腕にはアリエが抱えられている。


「くっ、汚い真似を!」

「なぁ!? た、助けてくださいぃ! 殿下!」


 盾にされたユーバンクは、男の意図を察し芝居に乗り咄嗟に助けを求める。


「騙されるなアホ王子! その男とユーバンクはグルだ!」


 ルイスの背後から声と共に、闇色の短剣が飛来する。一本の短剣はユーバンク目掛けて飛んでいき、空中で三本に分裂した。


「うぁああ!?」

「水よ、壁となり守りたまえ!」

「おい、邪魔するな!」


 ウトが放った短剣はユーバンクに刺さることなく、ルイスが出した水の壁に阻まれた。


「伯爵を狙ったな! この機に乗じて暗殺するつもりだろ」

「だーかーらー! ユーバンクは敵だって言ってんだろ。このバカ!」

「伯爵が敵なわけないだろ! 人質にされているのが見えないのか!」


 言い争いを始めた二人に呆気に取られるユーバンク。その後ろに隠れる男は、隙を得たりと動き出す。


「精霊獣! あいつらをまとめて轢き潰せ!」

「「あっ」」


 掴み合いをするルイスたちの頭上にあの化け物が姿を現した。巨大の影が二人を覆う。頭上に迫るそれを、二人はすんでのところで転げながら回避した。


「邪魔すんならお前から消すぞ。クソ王子」

「お前は手を出すな。追いついた以上、僕一人で十分だ」


 ルイスは土を払いながらウトを睨みつける。ウトは汚れも気にせずルイスを睨み返した。。


「精霊王の力は頂いた。お前らとやり合う理由はもうない。さらばだ!」

「あ、待て──」

「ガァアア!」


 ルイスの声が獣の咆哮にかき消される。


「ちっ」


 男がユーバンクとアリエを抱えて森の奥へ消えていく。その後を追おうとするルイスだったが、精霊獣に阻まれ先へ進めない。


「お二人とも! 今は争っている場合じゃないです!」


 精霊獣を前にしてもなおウマが合わない二人に、メリーアが一喝する。


「お二人はアリエ様を追ってください。この獣は、私がなんとかします!」


 そう言ってメリーアは精霊獣に目掛けて突貫していく。


「無茶するな!」

「ここは私に任せて行ってください!」


 助太刀に入ろうとするルイスに、メリーアは有無を言わさぬ怒声を浴びせる。精霊獣に剣一本で斬りかかり、巨体から繰り出される爪に必死に抗う。メリーア一人では明らかな力不足にルイスは迷いを断ち切れない。


「サン! あの侍従に加勢してこい」

「ワンッ!」

「アホ王子! ここはあいつらに任せて奴らを追うぞ!」

「だ、だが……」

「グズグズするな! お前が来ないならあの少女は俺がもらう!」

「それはダメだ!」


 二者択一を迫られたルイスは、苦虫を噛み潰したような表情で決断を下した。


「メリーアさん。死なないでくれ!」


 ルイスは一言、そう伝えてウトと共に走り出した。

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