アリエ奪還部隊
そして夜が明けた。
「あのアホ王子め。何が協力してやるだ。協力するのは俺の方だっての」
学園付近の森に姿を隠したウトは、ルイスの発言に悪態をつく。
ルイスは状況を学園に報告しているところだ。それが終わればすぐにアリエを救出しに行く。
「もう待ってないで助けに行くか?」
戻りの遅いルイスに苛立ち始めるウト。それも全てはルイスのせいである。
誘拐犯に逃げられた後、ウトは学園内でのルイスの動きを探ろうと闇コガネを放ったが、
「僕の周りに変な虫を送り込むのはやめてくれ」
と言われ、闇コガネを潰されてしまった。
そのため中の状況もわからず、いつ帰って来るかもわからないルイスを待つ羽目になった。
敵の戦力がわからない以上、ウトもルイスの協力は得たいため、こうして素直に待っているわけだが。
「闇男、待たせたな」
「やっと来たか──ん?」
「あ、あの……」
帰って来たルイスに小言を漏らそうとしたウトは、ルイスの後ろに控えるエルフに目を向けた。
「彼女はアリエの侍女兼護衛のメリーアさんだ。救出に同行したいそうだ」
「人員を増やすならまずは相談しろ」
ウトは見知った顔を一瞥し、すぐにルイスへと視線を戻す。
「どうしてもと言われたんだ。連れていくと言わなければ救出に行けなそうだったからな」
「ふん、そうか」
ウトはメリーアに向け目線で訴え、ルイスに気取られないように知らん顔をする。
「それで、他の人間には?」
「伝えていない。僕一人で救出に行くなんて許されないからね」
「飼い殺されてるな」
「なんとでも言え」
犬猿の雰囲気に、メリーアだけが気まずい表情を浮かべた。
こうして三人はアリエを助け出すため学園を出立する。
「それで、方角は?」
「北、エリュマ山の方向だ」
「なるほどな。迷者の森か」
ルイスが転移魔法の痕跡を調べ、アリエを攫った男の行方を特定した。
その答えを聞いたウトは納得し頷いた。
エリュマ山は星空で有名な観光名所であるが、登山道を外れ山の北側へ行くと、迷者の森と呼ばれる広大な森林が広がっている。まるで木々が意思を持って動いているのではと思うほど迷う人間が多く、特殊な磁場によりコンパスも効かなくなる。身を隠すにはうってつけの場所である。
「対策はあるのですよね?」
「仰々しい名前だけど、対策はちゃんとある」
一度入ったら出られないと言われている森に、メリーアが心配の声をルイスにかけた。当然、ルイスは迷者の森を攻略する術を持っており、メリーアの不安を払拭する。
「俺は迷わない」
ルイスと同様に森を抜ける術を持つウトは鼻で笑う。
「場所がわかったならさっさと行くぞ」
そう言いながら、ウトはルイスの肩を掴む。
「はぁ……」
それを見たルイスは憂鬱なため息を吐き、メリーアに手を差し出す。
「エリュマ山の登山口まで飛べ」
「なんでお前に命令されなきゃ──」
「お前は転移後の行き先を知らないだろ。俺はある程度目星がついている。さっさと飛べ」
有無を言わさぬ早口でルイスを黙らせたウト。それにため息を吐くルイスは渋々転移魔法を発動する。ルイスに連なり三人はエリュマ山の麓へと飛び立った。
視界が開ける。
「行くぞ。遅れても知らないからな」
よろめくメリーアにルイスが手を貸してやるが、そんな二人を置いてウトはさっさと歩き出す。
「メリーさん、行きましょう」
エリュマ山の南側。ある程度整備された登山道を三人は登っていく。エリュマ山の山頂までは人の足で三、四時間ほど。
「休憩せずに歩けば、夕方には奴らに追いつけるはずだ」
「なぁ、奴らの目的を教えてくれないか? なんでアリエが攫われたんだ?」
何も知らないルイスはウトを問い詰める。ルイスに情報を渡したくないウトだが、登山道は一本で逃げ場はない。メリーアからの視線も感じ、気まずい沈黙に耐えかねたたウトはゆっくりと口を開く。
「奴らの目的は精霊王の召喚だ。おそらくな」
「精霊王!?」
「目的地は精霊王が眠る遺跡だ」
エリュマ山の北方にある迷いの森。かつては精霊とエルフの棲家があった場所。精霊の魔法により迷者の森と化したと言われている。ゼルベート王国の開拓により、接触を忌避するエルフたちは立ち退いており、人を惑わす力と遺跡だけが残されている。
「精霊王の依代として、あの少女が選ばれた」
「なんでアリエが!?」
「誰でもいいわけじゃない。エルフですら適合する可能性が低いんだ。あくまでも推測だが、彼女は精霊の子供なんじゃないか?」
ウトに問われたルイスは、この前の舞踏会を思い出しハッとする。精霊と話ができる人間なんて御伽話にしか出てこない。精霊と友達のように接することができるなんて、並の人間では到底できない。
「奴らは精霊王の依代に適した物をずっと求めていた。それが、学園で戦った化け物の正体だ。あれは失敗作だったがな」
研究所から持ち出した資料と、奴隷市場での話からこの事態を想定していたウトは確信を持って語った。
「精霊王が復活すればあの少女も助からない。もちろん世界もな。奴らが厄災の化身と名乗った以上、御伽噺のような惨事が起こる」
「なんだって……」
厄災の化身の名を冠する化け物たち。その全てが世界を滅ぼしかねない脅威として、王国の一部貴族たちは教養として知らされる。中には御伽噺となり民衆にも広く知られるものもある。子供の頃に叱られる際の文句にもよく使われる。
厄災の化身は世界共通の恐怖だ。
精霊王も御伽噺の中に登場する。厄災の化身を打ち滅ぼした世界の味方として。そんな力を悪人が手にすれば、間違いなく世界が滅ぶ。
「それをなんでお前が止めようとしてるんだ? お前はどちらかと言えば奴ら側だろう」
「俺には俺の目的があるんだよ。奴らと俺の利害が一致しなかっただけだ」
自身の在り方に確固たる意思を持つウトは、ルイスの愚問に唾を吐きながら応える。ウトの目指す世界に厄災の化身なんてものは必要ない。ウトの家族を危険な目に遭わせるような組織の生存をウトが許すはずもない。
「もう満足か? 無駄な詮索はよせ」
これ以上の対話を拒むウト。頑な気配を察したルイスもそれ以上追求することはなく、二人の険悪な雰囲気に飲まれているメリーアも、一言も発さず黙々と登山を続けた。
三人が山を越え、日が傾き始めた頃にようやく迷者の森に到着した。
「思ったより時間がかかったな」
「すみません。足を引っ張ってしまって」
メリーアに疲労の色が見える。途中何度か休憩を挟むことになり、予定よりも遅めの到着となった。
ウトがそれを責め立てるようなことないが、
「メリーアさんを睨むな」
申し訳なさそうな表情を浮かべるメリーアを庇うようにルイスがウトを悪者扱いする。
「メリーアさん。大丈夫です。僕がついてますから」
「あまり悠長なことは言ってられないぞ。儀式が始まればあの少女を救い出すのは難しくなる」
あくまでも悪者に徹するウトは、わざと剣のある言葉を放つ。二人に釘を刺したウトは外套に隠れたサイドポーチの蓋を開ける。
「サン。出ろ」
「ガウッ!」
その中から、手乗りサイズの狼が姿を現した。サンはウトの手から飛び降りるとたちまち体の大きさを変え、四即歩行の姿勢でウトの身長ほどまで体を膨らませる。
突然出てきた魔物を警戒するルイスは腰に下げた剣に手をかけていた。
「安心しろ。襲ったりはしない」
「……こんなものを隠していたなんて」
ウトはルイスを手で制し、ポケットから取り出したハンカチをサンに嗅がせアリエの痕跡を探させる。
「そのハンカチは?」
「あの少女の物だ。そこの侍女から拝借した」
「いつの間に」
嘘だ。アリエの身に危険が迫った時点で、ウトが家から持ってきた物である。
「ガァァ」
「見つけたか。行くぞ」
アリエの匂いを嗅ぎつけたサンが顔を上げる。ウトとアイコンタクトを取り、サンは匂いの先へと足を向ける。
先を急ぐ三人は、狼の背を追い森の深部を目指す。




