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誘拐

 月も眠りに入る夜明け前。学園の女子寮内を忍足で駆る人影が一つ。黒装束に身を包んだその人物は一室の前で足を止めた。物音を一切立てず扉を開け、中で眠る少女の枕元へと擦り寄ると、眠りの魔法を発動した。


 少女は、妖精と見紛うほど精緻な美貌を持つ学園の有名人、アリエである。

 魔法がかかったことを確認した侵入者はそのままアリエを肩に担ぎ上げる。


「お嬢様を離せ!」

「っ!?」


 侵入者の背後から語気の強い少女の声と共にナイフが飛来する。太もも目掛けて飛んでくるそれを、侵入者は咄嗟に身を捻り脛で受ける。服の中にレッグガードが仕込まれており、金属同士がぶつかり甲高い音を立てる。


 侵入者は即座に距離を詰め、従者である少女メリーアを蹴り飛ばす。顎を蹴り上げられたメリーアは成す術もなく気を失いその場に倒れた。

 一言も発さず、僅かな物音だけで目的を遂行した侵入者は、来た時と同じように扉から外へと──


「僕がいる学園から、無事に帰れると思ったのか」

「ルイス・ゼルベート……」


 これまで隠密に徹していた侵入者が、ルイスの登場に動揺し恨むような声を漏らした。


「何の目的があってアリエを連れ去ろうとしているのかは分からないけど、返してもらうよ」

「くっ……」


 侵入者は隠密での行動を諦め、部屋の入り口とは反対にある窓へと駆ける。アリエを抱えたまま窓をぶち破り三階から飛び降りた。


「いでよ! 精霊獣!」


 窓から飛び出した侵入者がそう叫ぶと、寮の外に大きな化け物が現れた。熊のように大きな体で鋭い爪を光らせ、だが、下半身はうさぎのようになっており額には二本の短い角が横並びで生えている。


「被検体378号。人工精霊混成獣。神出鬼没の破壊兵器だ!」


 獣の背に乗る侵入者は勝ち誇ったように高笑いをする。窓際まで駆け寄っていたルイスはその巨大な獣を見上げ、驚愕に目を見開いた。


「止められるものなら止めてみろ!」


 侵入者はそう告げると、ゆっくりと転移魔法を唱え始めた。魔法が苦手なのか、そこまで早い速度ではなく、その時間を稼ぐためにこの巨大な獣が呼び出されたようだ。魔法の構築に十分ほどはかかるだろう。

 そう見立てたルイスは侵入者を追いかけ窓から飛び降りた。


「ガアアァァァッ!」


 飛び出したルイス目掛け獣が腕を振り上げ、建物ごとルイスを攻撃する。


「風よ!」


 ルイスは咄嗟に風魔法で獣の腕を弾き飛ばす。そのまま距離を取らせるために魔法で氷塊を放つ。獣は鋭利な氷塊を躱すために後ろへと飛び退った。


「大地よ。起き上がれ」


 ルイスの詠唱で、背後の建物を守るように大地が隆起する。

 獣が出現した際の衝撃と先ほどの咆哮により寮内の生徒たちは飛び起き、悲鳴がいくつも上がっていた。だが、一部の優秀な生徒たちにより避難行動はとられている。


「やはり鬱陶しいな、第二王子」

「僕がいない間を狙うんだったね」

「勝つ算段がついているから来たに決まっているだろう!」


 侵入者は遅々と転移魔法を構築している。その間ルイスへの攻撃は獣の仕事である。

 寮を守るように土魔法で壁を生成したとはいえ、獣の巨体から繰り出される攻撃は余波だけで凄まじい威力である。直撃してしまえば、逃げ遅れているかもしれない生徒に被害が出る。ルイスは獣の攻撃を捌くことに力を使わされ、思うように侵入者へと近づけない。そうしている間にも、侵入者は逃走への準備を整えていく。

 敵の余裕がルイスの焦りと比例し、次第にルイスの思考が獣の攻撃に囚われていく。


「クソ……このままじゃ、」

「退け、第二王子!」


 突如、どこからともなく声が聞こえてきた。ルイスは反射的にその場から飛び退った。その瞬間、地面から漆黒の棘が現れ、あたり一面を突き上げる。それは獣がいる位置も漏れず、獣は不気味な黒い棘を回避する。


「なんだ!?」


 獣の背に乗っていた侵入者は、大きく揺れたことに驚きその原因を探す。


「英雄のくせに、こんな雑魚に苦戦するんじゃねえ」

「お前は!?」


 声の主は空からルイスの隣へと着地した。剣が届かないギリギリの距離。ルイスは、顔の上半分が仮面で隠れた男に見覚えがあった。頬に何処かの家紋のような刺青を入れた男。よく通る、深淵から発されているような深みのある声。漆黒を身に纏い、闇を操る怨敵である。


「何をしにきた!」

「奴らにあの少女を取られると不都合があってな」

「邪魔をするな。アリエを助けたら次はお前だ」

「勝手にしろ」


 闇男の言葉が信じられないルイスは、憎しみの籠った眼差しで睨みつけ男の提案を一蹴する。男もそれ以上協力することに固執せず、好きに動くようであった。


「雷光よ、敵を貫け!」

「おい! 光る魔法はやめろ! 闇が弱くなるだろ!」


 ルイスと同時に魔法を発動しようとしていた男は、突然明るくなる隣に文句をぶつける。だが、ルイスはそれを無視してお構いなしに雷魔法を乱発する。


「クソ、影弓!」


 男は獣の足元から闇魔法で狙うことを諦め、漆黒の弓を装備した。矢は外套の内側から無限に生成される。こちらも闇製だ。


「挟み撃ちにするぞ!」

「火炎!」

「お前、少しは話を聞けよ!!」


 闇男は、お互いの邪魔にならない程度の協力をルイスに持ちかけるが、ルイスはそれをガン無視。見向きすらせず獣への攻撃を続けていく。仕方なく闇男がルイスから距離をとり獣を挟み撃ちにする。


「ガァアアアア!」

「ちっ、勘のいいやつめ」


 獣は左右からの攻撃に苛立ち地団駄を踏む。

 闇男の放つ矢を警戒しているのか、闇色の矢だけは絶対に受けまいと意識しているのが分かる。そのためルイスの攻撃がよく刺さる。ルイスの攻撃も決して無視できる威力ではなく、確実に獣の体力を奪っている。


「ガァアアアアアアアッ!」


 登場から一番大きな咆哮を獣が上げた。怒りの籠った声が二人の鼓膜を揺らし、大爆音に二人は思わず目を顰める。


「火球!」

「食らえ!」


 ルイスと闇男はそれを止めようと咄嗟に反撃に出る。それは狙い通り獣へと飛来し──


「ガァアア……」

「なぁ!?」


 獣は強く踏み込み、跳躍した。同時に襲いかかる二人の攻撃を躱し、上空から二人を見下ろす。獣という目標を失った矢と火球がちょうど二人の間でぶつかり消滅した。


「飛んだな! 穿て、雷光獣!」


 今日一番の最大火力。ルイスの放った雷魔法は立て髪を持つ野獣へと姿を変え、獣目掛けて突進する。


「馬鹿! そんな威力の魔法撃つな!」

「何を!?」


 ルイスの雷魔法は獣を捉えることなく空中で何かにぶつかり霧散した。


「馬鹿野郎! 人質のことも考えて魔法撃ちやがれ!」

「ちゃんとコントロールはしてた! なんで邪魔するんだ!」

「あぁ!? お前が一人でアホみたいに苦戦してるから手を貸してやってんだろうが!」

「そんな必要はない! 特に、お前の力なんか必要じゃない!」


 ルイスの魔法を消滅させたのは闇男の魔法であった。

 キレる闇男に、今にも掴みかからんほどの剣幕でルイスも怒鳴り返す。


「──グゥオオオッ!」


 不毛な言い争いをしている二人の間に、先ほどまで跳んでいた獣が落下してくる。両前脚が振り上げられており、着地と同時に叩きつけるつもりだ。


「避けろ!」


 闇男が叫ぶ。直後、獣の前脚が大地を叩き大きな衝撃と振動が二人を襲う。地面が割れ、二人のバランスを奪う。


「我々は『厄災の化身』。世界は我々が平定する! さらばだ。傍観者ども!」

「待て──」


 二人の攻撃が止まった隙をつき、獣の背に乗っていた侵入者が転移の魔法を発動した。ルイスの手も届かず、獣共々侵入者の姿が消えた。


「……逃げられたな」

「そんなに遠くへは行っていないはずだ。きっと近くに転移している。僕はアリエを助けに行く」


 転移魔法の痕跡を調べたルイスは、確信を持って追跡を決意する。


「当てはあるのか?」

「転移魔法の痕跡から方向を辿る」

「転移先からの目的地はどうやって特定するんだ?」

「それは……」


 闇男に指摘されたルイスは言葉に詰まる。辿れない、追いつけない、助けられない。そんな思考がルイスの頭を埋める。転移魔法の痕跡も僅かしか残されていない。そんな連中が、その先に痕跡を残しているとは思えない。


「はぁぁぁ」


 闇男は無計画なルイスに大きなため息を溢す。


「一時休戦だ。協力してやる」


 闇男の発言にルイスは怪訝な目を向ける。だが、闇男は何かを知っている様子だった。ルイスが知らない何かを、この男は確実に掴んでいる。


「…………仕方ない。協力してやろう」


 ルイスは渋々、渋々提案を飲み込んだ。


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