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復讐

 酒場の入り口に佇むウトは、自身の影から闇色の小鳥を生み出した。目のない鳥は、吸い込まれそうなほどに黒い。


「闇小鳥。アリエに俺の無事を知らせろ。それと、朝までには帰ると」


 手の平の小鳥はウトの指示に従い、アリエの待つトレバリー邸へと飛び立った。それを見届けることなく、ウトはメイソン伯爵の別邸へと足を向ける。影から、一切装飾がない漆黒の外套を取り出し、自らの存在を消し去るように羽織る。フードを被れば顔が視認できなくなり、フードの内側からは深淵が覗いている。


 駆け出すウトは闇そのもの。貧民街を抜け街の中に入ったウトを認識できる者はいない。闇夜に紛れるウトは、メイソン伯爵の住む邸宅へと難なくたどり着く。

 外套だけでなく、全身を闇魔法で覆うウトは、堂々と正面の玄関から侵入する。


「闇コガネ。メイソンを探せ」


 ウトは外套の中から、闇で作り出した無数のコガネムシを飛ばす。例に漏れず闇色の体を持つ虫たちは、一斉に屋敷の隅々まで散開する。

 ウトの作り出す闇生物は、正確には生き物ではない。ウトの五感となる闇が実体を持った存在。ウトが操る闇はウトそのものであり、闇は全てウトの支配下にある。実体を持たない闇は形を与えられ、ウトの眷属として使われる。


「二階か」


 闇コガネは三分もしないうちにメイソンの寝室を突き止めた。広い室内に豪奢な寝台。調度品はどれを見ても、贅の限りが尽くされた成金のような代物ばかり。


「フレッドリー・メイソン。起きろ」


 音も立てず二階の寝室に踏み込んだウトは、容赦なくメイソンをベッドから引き摺り出した。


「な、何者だ!?」

「黙れ。質問するのは俺だ」


 ウトは短剣を抜き取ると、あえて見せびらかすように構える。窓の外から差し込む微かな月光が短剣を撫で、暗い室内でその鋭利さと脅威を際立たせる。


「野盗だ! 誰か助けろ!」

「無駄だ。この部屋は既に闇に囚われている」

「誰か! 早くこいつを──」


 言いかけたメイソンは突如身体の感覚を失い倒れ込んだ。メイソンを転ばせたのは、触手のように蠢く闇だ。


「喋れないようにしてやるのは簡単だぞ」


 ウトは倒れたメイソンの口に短剣を挿し、ドスの利いた声で脅す。下手に口を動かせば口の中が切れる状況に、メイソンは漸く己の立場を理解した。


「俺の家族を襲った主犯はお前か?」

「ひ、ひあらいら」


 ウトは質問しながら、メイソンが喋れるように短剣を抜き取る。だが、、メイソンはしらばっくれながら、目線を逸らす。


「貧民街のゴロツキから自白は取れている」

「そ、そいつが嘘を吐いているんだろう!」

「そうか。しらを切り通そうというつもりか」


 ウトは考える素振りを見せ、不意に外套へ手をかけた。闇色の外套は、ウトの体を離れると溶けるように消えた。外套に隠されていたそこには、外出用の軽装に、小さく施されたトレバリー家の紋章が。


「そのマークは!?」

「なんだ。知っているんじゃないか」

「まさか……ガキどもの生き残りがいたなんて」


 観念したメイソンは自嘲気味に笑った。


「まさか貧民街の人間に復讐されるとはな。使えん者たちを雇うんじゃなかった。屋敷への侵入を許したばかりでなく、気付くことすらできないなんて」


 己の不運を嘆くメイソンは、微塵も自分が悪いとは思っていないようで、あまつさえ使用人のせいにする。街を管理し民の上に立つ者とは思えない言動に対して、ウトは「反吐が出る」と吐き捨てた。


「この家には地下牢があるんだなぁ?」

「な、なぜそれを!?」

「奴隷の扱いも違法じゃないか。そんな男が貴族なんて名乗っているのか」

「地下牢のことはこの家の者ですら──」


 闇コガネが地下牢を見つけ、その惨状を知ったウトはメイソンに揺さぶりをかける。ウトが見つけた地下牢には、エルフの少女が一人、薄布一枚の姿で鎖に繋がれていた。


「拷問部屋まで──っ!?」


 地下牢の闇コガネと視界を共有していたウトは、拷問部屋である光景を目にし、言いかけた言葉の先を失い、眉を顰めた。


「地下に行くぞ。クズ」

「くっ……」


 闇の拘束を振り払おうとするメイソンだったがビクともしない。縛られたまま荷物のように運ばれていく。地下牢へ続く隠し扉を難なく見つけられたメイソンは驚きに目を見開き、ウトを怪訝に睨みつける。


「お前はいったい、何者なんだ」


 メイソンの問いにウトは無言を返した。

 地下にやってきたウトは、迷うことなく拷問部屋へ入っていく。中の蝋に火を灯し、弱々しい灯りが鉄格子の中を照らし出す。


 そこには、椅子に手足を拘束された十歳ほどの少女の亡骸が一つ。爪が剥かれ、四肢には無数の釘が刺さっている。近くのワゴンカートの上には、子供のものと思われる歯のかけらと血に濡れたメス。胸元にある刺し傷がそのメスによるものだろう。


 酷い死に様を晒す少女の前に、ウトは涙を流しながら膝をついた。


「すまないカリーナ。こんな酷い目に……」


 カリーナと呼ばれた少女の手には、家族の印が刻まれたハンカチが握られていた。


「なぜ、こんなことをした?」

「……」


 メイソンは、ウトから目を逸らし黙秘する。ウトは闇色の外套をカリーナの体に被せてやり、静かにメイソンを睨みつけた。


「なぜトレバリーを狙った? 俺たちは、ただの貧民街暮らしだ。お前みたいな貴族と関わるようなことはねえ」


 ウトはメイソンを縛り上げている闇に力を込める。ミシミシと不穏な音が聞こえ、苦痛に耐えかねたメイソンは呆気なく口を割る。


「この前、積荷運びの仕事で用心棒として奴が現れた」


 メイソンの言葉をウトは黙って聞き、続きを促すように目線を送り続ける。


「あいつは貧民街のゴミのくせに、この私に楯突いた。偉そうな奴の態度に腹が立ってな。そもそも私は貴族だぞ? なぜ敬わんのだ」

「貧民街に生きる人間にとっては、そんなこと関係ない」

「だがなぁ、奴を殺した時はよかった。子供を人質に取られれば、あの力だけの男も他愛もないものだった。身動きを取れなくしてから、奴の目の前で子供を一人ずつ殺してやった。あれほど嗜虐心がくすぐられる光景はない」

「もういい……!」


 思い出し愉悦の笑みを浮かべるメイソンは、ウトの苦しそうな表情を見てさらに口の端を歪めた。


「そこの少女も、『痛い、助けて、パパ! ウト!』と叫んでいたよ。ハンカチだけは奪えなかったが、いい声で鳴いた。すぐに死んでしまったのが勿体な──」

「それ以上喋るな」


 饒舌に語るメイソンの口が闇に塞がれる。


「お前には、死を乞うほどの苦しみを与えてやる……」


 メイソンの口を覆っていた闇がそのまま体の中へと入り込み、内側からメイソンの体を侵食する。白目がなくなり真っ黒になった瞳はもう何も映していない。その他の五感も封じられ、メイソンは体の自由を失った。


「闇に取り込まれたとしても、私は屈しないぞ。くははっ」

「本当の闇を味わうといい」


 声だけは上げられる状態でメイソンを放置し、ウトは地下室を後にする。背中にカリーナの遺体を抱えながら、大切な家族をまた一人失った悲しみに打ちのめされながら、アリエが待つ家へと帰る。


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