精霊の子
ルイスの会話からあまり収穫が得られなかったアリエは、イザベラに別れを告げて自分もその場を離れた。
「舞踏会ってこんなに疲れるんだ。まだ踊ってすらいないのに」
メイソンが懇意にしていた貴族たちへの挨拶回りでへとへとになったアリエは、広間から通じているバルコニーへ一時的に避難した。石造りの手すりに肘を乗せ、もたれながら夜風を浴びる。
「ここは月明かりもあるし、風が気持ち良いから精霊が集まりやすいな」
一休みしているアリエの元にホタルのような光が数個集まり、アリエを中心にくるくると回り出した。
アリエは集まってきた精霊に手を伸ばし優しく触れる。精霊の言葉までは分からないが、アリエは生まれた時から精霊の姿が見えていた。幼い頃に一度だけウトに話したことがあるが、その時は信じてもらえなかった。
それ以降、精霊の姿は自分以外には見られないのだと気づき誰にも話していない。ウトもこのことについては覚えていないだろう。
「ダンスタイムまでもう少しか。君たちも一緒に踊る?」
アリエは自身の周りを浮遊する数体の精霊に問いかける。返答はないが、精霊たちは嬉しそうにアリエの周りをクルクルと飛び回る。まるで踊っているかのような姿に、アリエも自然と表情が緩んだ。
「──アリエ」
「ああ、ルイス様」
会場内でアリエを探していたルイスがバルコニーにやってきた。
「ここにいたんだね」
「少し夜風に当たってました。それに、星空がとても綺麗だったので」
ルイスはゆっくりとした足取りでアリエの元にやってくる。手には二人分のグラスが握られていた。
「喉が渇いているかと思って持ってきたんだけど」
「ありがたくいただきます……ふふ」
ルイスからグラスを受け取ろうとしたアリエは、精霊がルイスの周りを観察するように飛び回っているのを見て思わず笑みが溢れた。
「それにしても、精霊なんて初めて見たよ」
「…………見えるんですか!?」
「え、見えてるけど……」
自分以外に精霊を視認できる人間に初めて遭遇したアリエは、驚きの声を上げた。
「見えたのは初めてだけど、精霊だよね? 実体がないし、とても清らかな空気を纏っているから」
ルイスは近くを浮遊する精霊に触れようと手を伸ばす。簡単に避けられてしまうが、精霊がルイスを嫌うような様子はなく、またすぐに近くへ寄ってはマジマジと観察する。
(他の人が近づいてきたら精霊は迷わず逃げていくのに。ルイスが特別?)
アリエは瞬時に色々な可能性を考える。ルイスが今後の邪魔になるか否か。
「ルイス様は、精霊の声は聞こえますか?」
「精霊の声? 喋ってるの?」
問われたルイスは精霊の方向へ耳を向ける素振りを見せたが、頭の上には「?」を浮かべる。精霊の声までは聞こえていないような素振りだが、
(今はルイスの言葉を信じるしかないか)
イレギュラーな事態にアリエは口の端を噛む。
「アリエは精霊たちに好かれているんだね。少なくとも、精霊と交流できる人間には初めて会ったよ」
「そうなんですね」
アリエは自分が平常を保てているか心配だった。顔が引き攣っているんじゃないか、ルイスに何か勘繰られるのではないか。そんなことばかり頭に浮かんで気が気でない。
「それじゃあ、二人だけの秘密にしましょう。友達同士の約束です」
「そうだね。他の人に知られても面倒だからね」
力を持つ者の生き方を強いられているルイスは、アリエが自分と同じ枷に縛られないようにと気を使ったのだろう。
咄嗟の思いつきで放った言葉だったが、ルイスの納得を得られたことにアリエは安堵した。
「絶対に秘密ですからね」
念押しするアリエに、ルイスは苦笑で返す。そんなルイスに疑いの目を向け続けるアリエは、しばらくしてからようやく納得した。
「中に戻りましょう。そろそろダンスタイムですし、こうして密会をしているのも体裁が良くありません」
そう言ってアリエは会場へと戻っていく。後からルイスもついていくが、精霊たちは二人を追うことはなく、楽しげに二人の行く末を見守っていた。
そしてダンスタイムを迎え、アリエとルイスが会場の注目を集めたことは、学院生にて代々語られる伝説となった。そして、ウトが暮らしているメイソン邸には、何通か縁談の申し込みが届いた。




