舞踏会の挨拶
「わぁ……」
内側からの光を受けアリエの瞳がキラキラと輝く。豪奢なシャンデリアがフロアを照らし、点々と並べられた机には色鮮やかな料理が並べられていることだろう。銀製のクロッシュが料理たちを覆い、その姿はまだ披露されていない。
広間の周囲にはグラスをトレーに乗せた黒服がおり、給仕の人間も控えている。アリエたち以外にも学園の生徒が盛装で参加しており、賓客も用意された座席に座っている。
『お集まりの皆様。大変長らくお待たせいたしました』
時間になると、広間の前方に制服姿の学園生徒が現れた。
『本日の司会は、本学園の専門院一年──』
制服を着た生徒は凛とした姿勢かつ、聞き取りやすいはっきりとした声で司会の仕事を全うしている。
アリエは司会の言葉を聞き流しながら周りに目を凝らしていた。視線は当然、来賓席に向いている。
(さすが王立学院。有名な顔ぶれが揃ってる)
我が子の姿を拝みに来る親や卒業生、学院に根深く関係を持っている貴族にその親類や知り合いと思われる著名人etc.
(ルイスと仲がいいところを見られたら、他の貴族とも仲良くなれるかな。生徒たちに嫌われちゃってるし)
入学早々、目的の一つがほぼ達成不可能な状態になってしまったアリエは、この舞踏会を好機と見ていた。ルイスを懐柔できる令嬢という肩書きは、政治的に大きな力を持つこと間違いない。精神的に未熟な学院生など相手にしなくとも、親そのものに取り入ってしまえば、もう一つの目的も達成できる。
舞踏会への出席はほぼ諦めていたアリエだが、ルイスからの思わぬ誘いを受けた時はしたり顔を浮かべていた。
『それでは皆様、本日は盛大に楽しみましょう!』
司会は締め括りの言葉を述べ、深々と一礼して下がっていった。司会に対して拍手が送られ、舞踏会が始まった。
「始まったね」
「楽しい舞踏会に乾杯でもしますか」
アリエは給仕からグラスを受け取りルイスの方に向ける。中にアルコールは入っていないが、二人はグラスを傾け「乾杯」と一言交わし杯に口をつけた。
「ダンスタイムまでは、ご飯は我慢ですね」
「アリエはご飯のことばかりだね」
「今日一番の目的ですから!」
テーブルにあったクロッシュはいつの間にか取られており、部屋の明かりに照らされた色鮮やかな料理たちが燦然と輝いていた。
「それじゃあ、僕は少しだけ挨拶しに行ってくるよ」
「王族自らですか?」
「僕は政治的に見たら王族待遇じゃないから。政略結婚もさせられないし、利用されるのはそこじゃないんだよ。その分、面倒なことをしなくて済んでるんだけどね」
ルイスはそう言って兄の方を指差す。令嬢を二人連れながら、挨拶に来た貴族に笑顔を振りまいている。
「兄さんにかかれば、こんなこと面倒ごとでもないのかもね」
ルイスの兄リチャードにとっては、自分の駒となる人間がやって来るのは当たり前のことなのだろう。不遜な心のうちが透けて見える笑顔だ。
「僕の場合は顔を広く持つ必要がない。お世話になっている人に挨拶に行くだけさ」
「なるほど。では、私は邪魔にならないようどこかに行っておきますね」
「わかった」
ルイスは一言で了承し、アリエを残して目的の人物のところへ向かった。
婚約者でもないアリエのことをルイスが連れて回れば、ルイスにとって望ましくない噂が立つのは明白だ。
(さて。どうしようかなー)
自分の元を離れていくルイスを眺めながらアリエは周囲を一見する。
「ちょうどいいところに」
暇を持て余したからといって、隅にある休憩用の椅子で時間を潰すようなことはしない。賓客への印象もそうだが、この舞踏会は情報を集めるのに最適だ。
ルイスが挨拶に向かった近くに、アリエに嫌がらせをしてきた令嬢の姿があった。ルイスの会話を盗み聞きするついでに、少しばかり嫌がらせでもしてやろうという腹づもりだ。
「イザベラ様。ご歓談中失礼致します。私もご挨拶に伺わせていただきました」
「アリエ・メイソン……」
アリエに話しかけられた令嬢イザベラは、驚き目を見開く。だが、そんな戸惑いも一瞬のうちに平常へと戻り、にこやかな笑みを浮かべた。
「どうしてあなたがここに?」
「お誘いをいただいたので」
アリエは視線だけでルイスから誘われたことを示す。
「そうでしたか。学園に来て初めての舞踏会でしょうから、ぜひ楽しんで」
「もちろん。今日は雨の心配もなさそうですし」
アリエは皮肉をたっぷりの言葉と笑顔でイザベラを口撃する。だが、
「今日は天気がいいですから。その心配はないわ」
「…………何かいいことでもありました?」
イザベラは感情の起伏が激しく、それが表に出やすい性格をしている。そのイザベラが、恋敵のアリエから嫌味を言われて何も言い返してこないなどあり得ないことだ。
アリエは怪訝に思いながらもイザベラに質問した。
「今日の装いについて、ドリック様が褒めてくださったの。エリュマ山から見える星空よりも美しいと言ってくださったのよ」
イザベラの婚約者はロマンチストなようで、今の話に取り巻きたちが「羨ましいですわ」と賛同している。
機嫌の原因が発覚したアリエは、件のドリックを探しすぐにその姿を見つけた。ドリックも挨拶回りをしているようで、華やかな笑顔を振りまいている。
「あなたには悪いことをしたと思っているわ」
「……え!?」
突然謝罪を口にしたイザベラに、アリエはギョッと目を向いて、失礼にも驚いた。
「ドリック様の様子がおかしくなったのはあなたのせいではなかったの。あなたに嫌がらせをした後、きちんとドリック様とお話したのよ」
「何故、そのようなことを?」
「あなたが他の男性からの告白を断っているのを見て、本当に興味がないんだと分かったの。それに、勤勉さや一途な姿勢を見せられて気づいたの。今までごめんなさい」
「はぁ……」
イザベラは含みのある視線を、アリエとルイス交互に送っていた。
「きっと困難な道のりになるかとは思いますが、私は応援していますよ」
「はは、ありがとうございます」
視線の意味を汲み取ったアリエは、あながち勘違いではない激励に対し乾いた笑いを浮かべた。
(まぁ、ルイスの話も盗み聞きできたしいいか)
アリエの背後、数歩先にいるルイスは、来賓の男性と会話に花を咲かせていた。
男性の正体は、近衛兵と王子たちの剣術指南役を務める有名な騎士だ。既に中老を迎え前線を退いてはいるが、かつては「剣において右に出る者なし」とまで言われた実力者である。いまだ威風堂々とした佇まいだ。
「それでは先生。楽しんでください」
「殿下がこのような場に出る日が来るとは思わなった。殿下も目一杯楽しみなさい」
「はい!」
ルイスは、師と固い握手をしてその場を後にした。




