シャルの家族を探して
翌日、お昼過ぎまで二人が起きることはなかった。
先に目が覚めたのはウトの方で、抱きつくシャーロットを引き剥がすのに苦労していた。ウトがシャワーを浴びている間にシャーロットも起き、昨夜のことを覚えておらず取り乱していたが、穏やかな一日の始まりであった。
シャーロットは寝覚めがいいようで、体にだるさを感じているウトとは対照的に、疲労を一切感じさせないほど活力に満ちていた。
ウトの体調を気遣うシャーロットが癒しの魔法でウトの二日酔いを治してやり、二人は今夜のための作戦会議を開いた。
作戦はいたってシンプルだ。見つからないように侵入し資料を見る。目的の人物がこの施設に残っているようであればその人物を回収。既に売られた後だとしても、何かしら情報が得られる可能性もある。
何も得られない時は──。
「準備完了だよ!」
酒瓶もろもろの清掃が行われたウトの部屋で、シャーロットは白を基調とした金縁の騎士服を身に纏い誇るような表情で直立した。
「これ使え」
「ん?」
ウトは闇魔法で作った黒い仮面と外套を渡した。
シャーロットは嫌でも目立ってしまう。服装もそうだが、仮面越しでもわかる美貌に人の目を引く金糸の髪。すらっと伸びた背筋に大きな胸。纏うオーラが只者ではない。
「今から忍び込むっていうのに目立ってどうする」
気合い十分のシャーロットは、ハッとしてウトから仮面と外套を受け取った。白く目立つ格好が闇に包まれ、目立つ金髪もフードにすっぽりと覆い隠された。
「少しはまともになったな」
「元々まともだよ! 失礼な」
「忍び込もうってのに、そんな目立つ格好してる奴がまともなわけないだろ」
呆れたウトは、不満顔のシャーロットを放置して机上にあるサンレイブの地図を見直した。
この奴隷市には、多くの貴族や名家の人間が出入りしている。そして、それをもてなすため多くの従業員がいる。顧客の要望を聞きそれを迅速に叶えるため、従業員用の通路が全ての部屋に通じるように作られている。
二人は地図をしっかりと記憶し、物音一つ立てずに部屋を後にした。
闇コガネが地下中を駆け回って見つけた売買の記録を保管している部屋は、闘技場の中から通じる従業員通路の先にある。
問題は闘技場までどうやって行くか。闘技場への廊下は魔法がかかっており、通り抜けるには廊下を担当している白仮面に装置を起動してもらう必要がある。
もちろん、何の対策もなく動き始めるウトではない。闘技場へ続く廊下にかかっている魔法は、シャーロットが解除する手筈となっている。それが失敗した際は作戦二に移行する。なお、作戦二が本来の第一候補だったが、シャーロットの提案により作戦変更となった。
この話を聞いた時、ウトは半信半疑だった。育ちのいい、世界の暗部を知らないような箱入りお嬢様が、一般教養以上の魔法を扱えるとは思わなかった。
だが、実際には目を見張るほどの才能を持っていた。
闇魔法以外を扱えないウトにとって、他の魔法の良し悪しや易い難いの判別はつけられないが、実際に目の当たりにすると、シャーロットの実力が相当なものであることがわかった。
ルイスとの戦闘がウトの目を肥えさせていた。英雄の肩書を持つルイスは、当然、魔法においても圧倒的な才能を有している。だが、シャーロットのそれはルイスをも凌ぐものだった。
『一度見た魔法は、基本的には理解できちゃうんだ』
シャーロットが闘技場へ続く廊下の魔法を解除する中、ウトは部屋で聞いた言葉を思い出していた。
部屋を出た二人は手を繋ぎ、シャーロットの魔法で姿をくらましていた。透明になる魔法で堂々と施設内を突っ切り、無限に続く廊下の仕掛けもシャーロットがあっさりと解除してしまった。
「なんだよその便利魔法。反則だろ」
「オグマの魔法こそ反則でしょ。唯一無二で初見殺しだし、全然解読できないし」
従業員通路を抜け、二人は売買の記録が保管されている部屋へと難なく足を踏み入れた。
施設内はどこも清掃が行き届いており、この部屋も埃一つないほど整っている。壁には木製の棚が備え付けられており、そこにはびっしりと、書類がまとめられた冊子が並べられている。
「これ一つ一つ見ていくの?」
「そうするしかないだろ」
繋いでいた手を離すと、透明化の魔法が切れ二人の姿が顕になる。
「僕が便利な魔法を使ってあげよう!」
書類を端から手に取っていたウトは、その言葉を聞いて手を止めシャーロットを振り返った。何をするのかと怪訝な目をシャーロットに向けて。
シャーロットは小さな声で呪文を唱えている。魔力が高まり、シャーロットの掌に力が集まる。詠唱を終えると水色の光がシャーロットを中心に部屋の隅々まで広がった。
「なんだこれ?」
部屋をほのかに照らすシャーロットの魔法に触れたウトは一言疑問を零した。
「僕が作った情報を一瞬で取り込む魔法だよ。取り込んだ情報は僕の目に記憶される。普通の人間が使ったら、情報量によっては死ぬ。僕って実はすごいんだよ?」
自慢げに胸を張るシャーロットに対し、ウトは肯定するように頷き素直に称賛した。
この部屋の特定までの間ウトに頼り切りだったシャーロットは、ようやく自分の出番が来たことに分かりやすく嬉しげな笑顔を浮かべている。
「この量なら、五分もいらないかな」
マリンブルーの瞳が淡く輝いている。そこには極小の文字が幾重にも写されており、まるで星空のようだ。目線の先は一点を見つめて微動だにしないが、その目が処理している情報は今さっき取り込んだばかりの資料についてだ。
物凄い集中力のシャーロットを邪魔しないよう、ウトは物音一つ立てずに見守っている。
「見つけた!」
シャーロットはものの数分で目的の人物について記された資料を捉えた。
「闘技場にいるみたい」
「探しに行くか?」
「もちろん!」
探している人物に追いつけたことを喜ぶシャーロットは、意気揚々と闘技場に向かおうと、部屋の扉に手をかけ──
「しっ……」
扉を開ける直前に、人差し指を立てるウトに手を掴まれた。ウトは扉に耳を当て、シャーロットに耳打ちで「誰かいる」とだけ伝えた。
シャーロットが同じように壁に耳を当てると、廊下から二人分の足音が聞こえた。足音は徐々に近くなり、話し声も微かに漏れ聞こえてくる。
廊下を歩く二人は、気配を殺すウトたちに気づかず部屋の前を通り過ぎていった。
「あっちは闘技場方面か……」
頭の中で地図を思い浮かべたウトは、そう呟きながら闇コガネを走らせた。先ほどの二人組を闇色のコガネムシは影に紛れ追跡する。闇コガネはその小さい体で、五感情報をキャッチし、感覚の繋がっているウトへと伝える。
『精霊の子が現れた。それと同時に、ゼルベート王国にて闇魔法の使い手が現れたとユーバンクからも報告が上がっている』
『精霊王の復活が叶うというわけだな!』
『厄災級の存在が二つも手に入れば、我々の目的はほぼ果たされたも同然だ』
ウトは二人組の会話に対し、怪訝に目を細める。シャーロットは握られていない手を口に当て、息を殺しウトの横顔を見つめている。
一人は赤い髪を腰まで伸ばした男。もう一人はフードを被っており、背格好しかわからない。赤髪の男は二メートル弱ほどの身長で、もう一人はその半分強ほどしかない。
『精霊の子は学院に通う貴族の子供らしい』
『へぇ、有名な貴族の出身か?』
『家自体はそこそこだが、そもそも表の世界に出てきたのが最近のようで、情報が少ないらしい』
『はっ、どうせユーバンクが情報を隠してるだけだろ』
『名はアリエ・メイソンというようだ』
「っ!?」
小さい方の男の言葉に、ウトは目を見開い驚いた。
『ユーバンクが精霊の子を手に入れれば我々の立場が侵されかねない』
唯一の家族に危険が迫っていると知り、ウトは額に青筋を浮かべ男たちに闇魔法で──
(殺気が漏れてるよ!)
ウトにだけギリギリ聞こえる声でシャーロットが制止した。ウトに掴まれた手を握り返し正気に引き戻す。男たちの会話が聞こえていないシャーロットはウトが怒っている理由が分からないが、とにかくウトを落ち着かせようと必死だ。
(すまん……)
ハッとしたウトは怒りを一旦収め深呼吸をして謝罪した。
頭では冷静を繕っているが、胸の内は怒りでドロドロに溶けている。シャーロットがいなければ、今すぐ飛び出していき二人組を手にかけていただろう。
落ち着きを取り戻したウトを見て、シャーロットはほっと胸を撫で下ろした。
『どちらもユーバンクの手柄となっては気分が悪い。闇魔法の使い手は私たちでご主人様へと献上するぞ』
『もし見つけたら俺にやらせろよ。闇魔法って強いんだろ?』
『ああ。だが、覚醒していなければ我々の足元にも及ばない』
『満月の夜に精霊王の棺が開かれる。それまでに闇魔法の使い手を見つけなければ。ユーバンクに先を越されるわけにはいかない』
二人の男たちはそのまま、会話に花を咲かせながら闘技場への曲がり道を通り過ぎ、施設の奥へと進んでいった。




