犯人探し
ウトの抱える怒りの矛先は、すぐに別のものへと移る。憎しみを湛えた瞳は、飛び散った血の色に染まっている。
「ウト! ダメだよ。ジジがやられるなんて、よっぽどのことじゃない!」
「アリエ。俺は大丈夫だ。だから、みんなの墓を作ってやってくれ」
「ウト! 待ってよ!」
泣き縋るアリエの手を躱したウトは、煮えたぎる怒りに任せ衝動のままに駆ける。
向かったのはトレバリー邸の近くにある酒場。荒くれの貧民街で居酒屋を構える酔狂な店主がいる酒場だ。トレバリーの庇護下にあったその店は、ウトが着いた時には荒くれ者たちによって占拠されていた。
「トレバリーの死に様を思い出したら笑えてくるぜ!」
品のない笑い声が響く店内にウトはズケズケと踏み込む。顔馴染みの店主は既にいない。
「あぁ? なんだお前」
下品な笑い声の主はジョッキを片手に持ったまま、縄張りに入ってきたウトを警戒するように睨みつける。
「お前たちがジジを、トレバリーを殺したのか?」
「そうだとしたら、なんだ?」
「ドグ、見てみろ! こいつトレバリーのガキだ。あの目障りな刺繍をつけてやがるぜ!」
酔った細身の男が嘲笑するようにウトを指さす。「生き残りだぜ。やっちまうか?」なんて言いながら男が短剣を抜くと、ドグと呼ばれたボス格の男や周りのゴロツキも賛同するように武器を手に取った。
「トレバリーの野郎には散々苦汁を飲まされた。あれくらいじゃあ俺らの気は収まらねえんだよなぁ」
ウトをリンチにしトレバリーへの憂さ晴らしをする気満々のゴロツキは、自分たちが狩る側であると信じて疑わない。
「家族の仇だ。死ね」
言うが早いか、ウトは闇魔法でゴロツキたちを串刺しにしていく。地面や壁だけではない。テーブルや椅子の影から幾重もの闇の刃が飛び出す。
「なんだこれ!?」
突然死角から襲ってくる闇の刃に対し慌てふためくゴロツキたちは、為す術なく蹂躙されていく。ウトは情けをかけることなく命を奪っていく。吹き出す血すら闇が飲み込み、ウトには返り血が一滴も降らない。
「待て待て! 俺は殺してない! ドグの使いっ走りだ!」
「待たない──」
「それに! 今回の件はドグだけじゃねえ!!」
使いっ走りを名乗る男の首スレスレで闇色の刃は動きを止めた。「ひぃっ」と悲鳴が上がるが、ウトの注意を引くことには成功した使いっ走りは、束の間の生存にほっと息をつく。
「どういうことだ?」
死体が転がる店内、壁際に追い詰められた使いっ走りを見下ろすウトは、冷たすぎる声音で問う。
「貴族が来たんだ。トレバリーの家はどこだって。それで、トレバリーを殺すのに報酬が出て」
「貴族? 俺ら貧民街の人間にかまう貴族がいるかよ」
「本当だ! メイソン伯爵だ。トレバリーに恨みがあるとか言ってたぞ!」
「メイソン伯爵……あのカス野郎か」
貴族の名を聞き合点がいったウトは使いっ走りを一瞥する。
「俺は殺しには加担してねえし金ももらってねえ! 頼む、見逃してくれぇ!」
「ふん……」
懇願する男を鼻で一蹴したウトは酒場を後にする。ウトが店を出る寸前、店の明かりが消え、男の視界は闇に飲まれた。
「生かしておく理由がないだろ」
ウトの非情な呟きが、閑静な夜の貧民街に零れ落ちた。