奴隷市
招待状が届いた二日後。ウトは万全の準備をして、招待状を取り出した。
黒一色の礼服に身を包み、黒い仮面。頬への刺青はなく、一貴族として臨む。この招待を受けた人間は、皆素顔を隠して参加する。メイソン曰く、色々な地方から人が集まるため、ウトが多少目立つ格好をしたとしても、誰も気にしないし詮索もされない。
「サン、行ってくる。屋敷の守りは任せた」
「ワン!」
ウトはサンに別れを告げ、誰でも使えるように設定された転移魔法を発動した。
──視界が白く明滅する。
一瞬、意識が飛んだような感覚に襲われ、ウトは慌ててその場に屈んだ。
「いらっしゃいませ。転移魔法は初めてでしたか?」
転移を終えたウトに声がかけられた。開けた視界に映っているのは、真っ白の面に弓形な口をつけた男だ。男はウトに向かって手を差し出している。
「ようこそ、サンレイブへ」
ウトは出された手を取り立ち上がる。男は丁寧に頭を下げウトを歓迎した。
転移した場所は広い空間。柔らかい絨毯が敷かれた、小広間のようだ。正面には柵があり、下に広がる宴会場のような景色を眺められる。
「今見えているのは宴会場です。お好きな時にお好きな物をお召し上がりください。奥には宿泊いただける設備もございます」
男は、白い手袋をはめた長い手でフロアを指す。
「サンレイブと呼ばれているのか」
「はい。世界で最も過激で、希少な奴隷市場です。一度出てしまえば次の招待まで入ることができない、完全招待制の会場です」
機械的だが、不快感を与えない不思議な声音。一挙手一投足が洗練されており、この会場の質が窺える。
「初めてのようなので、よろしければ私がご案内させていただきます」
「ああ、頼む」
男の提案を飲み、ウトは大理石の階段を下り宴会場へ降りた。
「ここはサンレイブの玄関口、始まりの宴会場となっております。あちらの扉を抜けた先には、宿泊のためのフロントがございます」
男はゆっくりとウトを案内する。無駄がなく、ウトの興味が向いた視線を見逃さず的確に説明していく。
「お客様のビザは一週間となっております。なお、一度ご退場された場合、次の招待まではご入場できませんので、心ゆくまでお楽しみください」
「最長でどれくらい居られるんだ? 延長は?」
「招待の回数とお客様のランクにより変わってまいります。ランクの条件開示はできませんが、現在の最長は一ヶ月となっております。なお、延長はできかねます」
「そうか」
ウトは周りの客を眺めながら呟いた。
「この天井は?」
周りを見渡す流れのままに上を見たウト。転移してきた時はシャンデリアの明かりだと思っていたウトだったが、そこには大きな窓に、青い空と太陽が映っていた。
「こちらは時を示す天窓と呼ばれている魔道具です。サンレイブは地下になりますので、時間感覚がなくならないよう、あの天窓が空の役割を果たしております」
「本物じゃないのか?」
「ええ、ここは誰も知らない地下の施設ですから」
地下にある奴隷市場。入り口はなく、転移でのみ出入りが可能。そして施設内の従業員すらも、この場所を知らない。徹底的に秘匿されている事実にウトは心が躍った。
隠そうとすればするだけ、ここがいかに重大な施設なのかがわかる。サンレイブは、この場を利用する者にとっての劇薬だ。取り扱いを誤れば人生即終了。
「この施設の目玉は別にあるだろ? そっちに案内してくれ」
「そうですね。当施設で最も大きく、最も活気のある市場へとご案内させていただきます」
未知なる場所への警戒心で強張っていたウトだったが、ひとまず身の危険がないことがわかると、生来の好奇心が顔を出した。
興が乗ってきたウトを見て、案内人の声も弾み出した。
始まりの宴会場から左手側にある扉に二人は向かう。扉を抜けると廊下が伸びており、突き当たりには絵画が飾られている。廊下は右に曲がり、その先がさらに長く伸びており終わりが見えない。廊下の始まりには一人の仮面が立っている。
「お一人の際にご不明となりましたら、こちらに立っている者に目的地をお伝えください」
「この先には何があるんだ?」
「そちらの壁をご覧ください」
廊下の壁には案内図が描かれていた。
「まず左手にあります扉から、奴隷の展示場となっております。比較的気性の穏やかな奴隷が置かれています」
案内図には部屋の説明が簡単に書かれており、この施設がシンプルな構造なのが一目でわかる。
「少し進んで右手の扉を入っていただくと、オークション会場がございます。オークションの時間と商品詳細については、各フロアの従業員にお声がけください」
「一番奥には、闘技場?」
ウトは壁の案内を見て、そこが最後の場所だと知る。
「はい。この廊下からは三つの施設、展示場・オークション・闘技場へと通じております。闘技場に興味がおありですか?」
「そうだな。一番に見たい」
「かしこまりました。では、参りましょう」
仮面の男が嬉しそうに答えた。
二人のやりとりを見ていた廊下の担当者が、男の指示で壁にあるスイッチを押す。すると、天井につけられた装置が動き、光のカーテンがかかった。廊下の先は相変わらず見えないが、カーテンが水面のように空間が揺らめいている。
「空間魔法です。闘技場へは、この装置が作動していないと移動することができません」
「手が込んでるな」
「安全対策です。皆様をお守りするための」
感心するウトを連れ、男は光のカーテンへと進んでいく。光のカーテンをくぐると、廊下の先、数メートル先に大きな扉が現れた。
「お戻りの際には、来た道を戻っていただければ大丈夫です」
白仮面の言葉でウトが後ろを振り返ると、変わらず光のカーテンが揺らめいており、廊下番の男が立っていた。
「さあ、世界で最も賑わう闘技場をご案内いたします」
男が大きな二枚扉を開ける。中から光と音が漏れ、ウトの頭にたくさんの情報が飛び込んでくる。
歓声、闘技場を照らすライト、拍熱する実況。お祭りでもこれほど賑わっている場所を知らず、ウトは圧倒された。
「今戦っているのは?」
「現在のマッチは、雌の獣人対オークですね。人科の雌は負ければ犯されます」
「そ、そうか……」
十五歳にまだ満たないウトは情事に疎く、コロシアムを微妙な表情で眺める。
闘技場の中心、スポットライトに当てられた円形のフィールドでは、肥えた二メートルほどのオークがブタ鼻から荒い息を吐き、目の前の獣人に襲いかかっていた。健康的な体つきをした犬耳の少女は武器を持っておらず逃げ惑っている。
「一方的だな」
「そうですね。ご希望があれば、力関係が対等なマッチを組ませていただきます。ご希望の際にはお申し付けください」
ウトは闘技場から視線を外し、客層へと目を向けた。
全員が仮面をつけており、当然ながら誰が誰かは判別できない。皆、異様な熱気で闘技場を観ている。ぐるりと囲む円形の観客席を眺め、ウトはふと、一人の人物に目が止まった。
「あれは?」
「あの方は……おそらく初回のお客様でしょう。初めて見る方ですが、おそらく賭けに負けそうなんだと思われます」
ウトの目に止まった人物は、落ち着きがない様子で闘技場を見つめている。
「客同士の交流は大丈夫か?」
「もちろんです! ただ、トラブルに発展した際には我々が仲裁いたしますので、あらかじめご了承ください」
「ありがとう。ここからは一人で大丈夫だ」
「かしこまりました。ご要望がございましたら何なりとお申し付けください」
ウトの案内を終えた男は、すんなりウトを解放し闘技場から去っていった。




