招待状
書類仕事の息抜きにサンを鍛える日々が続く中、豪雨がウトの住む屋敷を襲っていた。
ジメジメとした空気と、外で体を動かすことができないストレスにウトは苛立ちを募らせていた。
「くそ、雨さえ降らなければ」
ウトは貧民街で暮らしていた頃から雨が嫌いだった。狩りも釣りもまともにできず、雨に濡れると独特の臭いがする。その臭いがとりわけ嫌いだった。
手元の報告書に目を通しながら、膝の上に乗っているサンを撫でる。精霊の性質が混じっているせいか黒い毛並みは上等なシルクのように心地いい手触りだ。サンは猫ほどの大きさで丸まりながら寝息を立てている。
「ご主人様、手紙が届きました」
書類仕事をしているウトに、嫌な知らせをニコラスが届けた。ただでさえ机に向かって半日。さらに追加の仕事かとため息を溢す。
「どこからだ?」
「孤児院です」
ウトは手紙を開き中身を一瞥すると、スラスラとサインをしてニコラスへ手紙を突き返した。
「不自由がないようにしてやれ」
「かしこまりました」
手紙を受け取ったニコラスは、孫を見るかのような温かい目でウトを見つめた。
「なんだよ」
「いえ、やはりご主人様は慈悲深いなと思いまして」
「そんなんじゃない。バカなことを言うな」
自嘲するような声音で、ウトはニコラスの発言を否定した。わずかに伏せられた目には、罪悪感のような後めたさの色が写っている。
孤児院とは、アリエの名義で運営されている貧民街の施設だ。トレバリー家がいなくなったことで治安が悪化し、貧民街は一層住みづらくなっていた。ウトはその状況を改善するため、貴族の力を使って孤児院を開いた。メイソンの悪名を維持するため、あくまでもアリエが行なっていることになっているが。
メイソンは領主としては最低だが、小悪党としては優秀だった。ユーバンクの研究所や他の貴族が手を染めている悪事について、かなりの情報量を抱えていた。
「少なくとも私は見ております」
孤児院経営の事実は、ニコラスだけが知っている。
「それで、もう一つは?」
ニコラスの暖かな表情に耐えかねたウトは、ニコラスが持つもう一つの手紙に視線を送る。
「それが、差出人がわからない前領主様宛の手紙でして……」
ニコラスは少し言い淀んでから、おずおずと手紙をウトに渡した。宛名はフレッドリー・メイソンとなっており、焦茶色の封筒が赤い蝋で閉じられている。
「初めて見るな」
受け取った封筒を眺めるウト。仕事用の報告書とは明らかに毛色が違い、プライベートのものだとわかる。
「過去にこういった手紙が届いたことは?」
「ありますが、中身は見たことがございません」
「まあ、そうだろうな」
首を横に振るニコラスを下がらせウトは封筒を開けた。中には二枚の紙が入っており、そこにも差出人の名前はない。
『市場の用意が整いました。開催は二日後となります。またのお越しを心よりお待ちしております』
手紙の冒頭にはそう書かれていた。その下に詳しく説明が続いているが、具体的な目的は何も書かれていない。
分かる事は、何かの市場への招待状ということ。二枚の紙は、それぞれ転移の魔法が組み込まれていて、行きと帰りの往復分になっている。
「メイソンに聞くしかないな」
ニコラスはこの手紙が来たのは初めてではないと言っていた。手紙にも再訪を待つ旨の記載がされている。ならば、地下に幽閉されているメイソンが何か知っている可能性が高い。ウトはメイソンが待つ地下室へと足を運ぶ。
メイソンの屋敷を乗っ取ってから一年弱。あれからずっと、メイソンは地下暮らしをしていた。
「メイソン、起きろ!」
地下牢の前にやってきたウトは、薄汚れたメイソンを大声で起こす。
「その声は!?」
「久しぶりだな」
明かりのない地下室。メイソンにはウトの姿が見えておらず、声だけを頼りに反応していた。闇が手に取るようにわかるウトには、メイソンの姿がはっきりと見えている。
「なんの用だ!」
長らく会っていないウトにメイソンは怯えている。とうとう殺される時が来たのかと、死を覚悟しているようにも見える。
「この手紙について聞きに来た」
ウトは牢の手前に置いてある蝋燭に火をつけ、メイソンにも見えるようにして手紙を出した。火の明かりで僅かに目を細めたメイソンは、焦茶色の封筒に目を見張る。
「お前宛に届いた手紙だ。招待状ではあるが、場所もどんな催しなのかも書かれていない。分かっているのは行き方のみ」
「……」
「この手紙はなんだ?」
ウトは黙りこくるメイソンを睨みつける。
先ほどまでの誰もいない地下室とは雰囲気が違い、纏わりつくような闇がメイソンの肌を撫でる。全身を支配されているような感覚に陥ったメイソンは、恐怖から冷や汗を垂らす。
「それは、奴隷市場への招待状だ。世界中の富豪が匿名で集まる、非公式の奴隷市だ」
「奴隷市場?」
「出品されるのは色々な種族。そして身分。過去には、どこかの王女が売られていることもあった。運営側が顧客の情報を絶対に漏らさないことで成り立っている、真っ黒な奴隷市だ」
圧迫感に気圧されたメイソンは饒舌に語った。
「それ以外に知っていることはあるか?」
「私はただの客だ。これ以上のことは知らない!」
「そうか」
内部の事情を概ね把握したウトは、新たな手がかりに邪悪な笑みを浮かべた。非合法な奴隷市場に行けば、さらに黒い噂を得られるかもしれない。運が良ければ悪人貴族どもと繋がりを持ち、そこから芋づる式に──。
人の尊厳を踏み躙る悪徳貴族を殺すため、ウトは奴隷市への参加を決意した。




