サンの訓練
サンを連れて帰ったウトは、ユーバンクの研究所から入手した情報を整理していた。
「ご主人様。昼食のご準備ができました」
「ああ」
老齢の執事に呼ばれたウトは書類から目を上げる。執事ニコラスは、ウトの襲撃を受けたあの日から、驚くほど素直で従順な従者となった。
地下室で惨状を目にし、メイソンへの軽蔑の念と合わせてウトの慈悲深さに心を打たれた。と、ニコラス本人が語っている。
「もう少しで行く」
「よろしければお持ちいたしますか?」
「ああ、そうしてくれ」
一瞬考えたウトは、ニコラスにそう返して再び書類に目を落とした。
「サンの資料と、厄災の化身にまつわる書類か」
ウトが見ている資料には、サンがどのような目的で作られたのか。そしてどのようにして作られたのかが記されている。
サンは既存の生物とは違う特性を持っている。見た目は狼型の魔物のようだが、体の大きさを自在に変える能力を持っている。それは、霊体である精霊が持つ特性と似ているものだ。
「妖精の根源と歴史か……」
ウトは資料と合わせて回収した歴史書を開く。その書物は御伽話にもなっている愛の物語が書かれている。エルフ出生の秘密が描かれた物語だ。
はるか昔──
それは人々に神として祀られていた。自然を司る力の根源。後に精霊と呼ばれ、人々の生活に多大な影響をもたらす存在。
とある村に、豊作をもたらす神として一匹の精霊が祀られていた。その精霊は雨を降らし草木を元気にし、日照りを操る、まさしく神に等しい存在だった。
その村に生まれた一人の少年は、精霊の姿を見ることができる人間だった。少年は村でとても大事に扱われ、精霊との交信役として育てられた。
村の人々はとても謙虚で精霊を悪用しようとする者は一人もいなかった。だからこそ、精霊はその村に居続け、村を守り続けた。
少年の成長を見守っていた精霊は、徐々に少年に好意を抱くようになった。普段、実体を持って現れることのない精霊は少年と触れ合いたいと思うようになり、精霊の王に懇願し肉体を得た。
精霊王は、その精霊に肉体を与えるため、自身の力を込めた指輪を作り精霊に与えた。
そうして精霊は、少女の姿を模して少年の前に現れた。
精霊はその少年と子を成した。その子孫たちが人間との交配を経て誕生したのが、現代のエルフである。故にエルフは悪意に対し敏感で、森に身を潜めて暮らし人間からは妖精と呼ばれている──。
ウトは歴史書と、サンの資料を見比べる。
サンは、人工的に作り出された原初の妖精。つまり、歴史書にでてきた少年と妖精の子供と同じような存在、の失敗作であった。
「体の大きさを自由自在に操れるが、実体を無くすことはできない不良品か」
進化の過程で魔力が足りず、魔物の核を用いたことが失敗の原因だと資料には書かれてる。
「魔物の影響が濃すぎるな……。大失敗じゃないか」
ウトは隣で大人しく座っているサンに向けて憐れみの視線を向ける。サンは何事かわかっていない様子で、ウトと目線を合わせて口の端を僅かに上げた。
「精霊に近い肉体を創造することで、そこに精霊の魂を宿しその力を使役する、か」
ウトは資料に書かれた計画の一部を見て身震いした。生命への冒涜と呼べる研究内容と、その目的の行き着く先を想像して。
「一貴族が厄災級の力を欲している理由はなんだ? 王国が戦力拡大のためにユーバンクに研究させているのか?」
ユーバンクの背後に何かがあるのは確実だが、自分が狙っているものの大きさがわからず、ウトは頭を抱える。
「サン、飯を食ったら戦闘訓練だ」
朝から机に向かっていたウトは、詰まった思考をクリアにするため、書類を机に投げ出した。
「ワン!」
ウトの言葉に元気よく返事をするサン。すっかりウトの忠犬である。出会った瞬間から上下関係がはっきりとしており、見知らぬ少女を弔ったウトの優しさにサンも心を許していた。
「お待たせいたしました」
「ありがとう」
ニコラスが運んできたサンドイッチをさっさと平らげ、ウトとサンは庭へ向かう。外は日中だというのに薄暗く、上を見上げると今にも雨が降り出しそうな分厚い雲が空を覆っている。
「ああ、ついでに!」
昼食を届け仕事に戻ろうとするニコラスを、ウトは慌てて引き止めた。
「この手紙をメリーアに送ってくれ」
「アリエ様ではなく、メリーアにですね。かしこまりました」
「頼む」
ウトは用意していた封筒をニコラスに渡し、サンを引き連れ部屋を後にする。
「ちょうどいい天気だ」
廊下から見える外の景色を眺め、ウトは満足げに呟いた。
日の光は闇魔法にとって最大の弱点だ。日光が弱まればそれだけウトは本領を発揮できる。
「サンが使えるのは肉体の大きさを自由に変える力と、僅かばかりの精霊魔法。そして魔物が用いる魔法か」
サンの能力や力量によっては、今後有用になるタイミングが必ずある。これを育てない手はない。ただでさえウトは協力者を得にくい状況である。少しでも戦える頭数は増やすべきだ。
「戦えるのはメリーアだけだしな」
そのメリーアも、現在はアリエの従者として学校に付き添っている。圧倒的な戦力不足。攻めるにしろ守るにしろ、ウト一人だけでは無理がある。
「サン。殺す気でかかってこい。お前の全力を見極めさせろ」
庭に出ると、ウトは訓練用の棒を用意し構える。闇魔法は使わない。そもそも闇魔法を使える人間はウト以外にいないため、それを使ってはサンの正確な強さがわからない。そして、ウト自身も近接戦闘の重要さを身に染みて感じていた。
あの日ルイスと互角の剣戟を演じられたのは、状況が揃いすぎていたせいだ。ウトの計画のどれか一つでも狂っていればウトは敗北していた。
夜という環境の有利。護衛する人物がいるというルイスの思考。そして、それを切り捨てることのできない正義感と責任感。どこからでも攻撃を仕掛けることのできる闇魔法。これだけの条件を揃えても、ルイスを追い詰めることしかできなかった。
例えば日中に戦っていれば。ルイスに守るべき人物がいなければ。闇魔法が全く通用しなければ。あの夜の一戦は、ウトに欠けているモノを浮き彫りにした。
「闇魔法の精度も威力もまだまだ。この程度じゃ家族を守れない」
ウトは魔法と剣を使う魔剣士スタイルだ。普段は右手に闇魔法で作り出したショートソードを握っている。
「いつでもかかってこい」という言葉に、サンも臨戦体制に入る。
四つ足の関節を僅かに折り姿勢は低く、その体勢を維持したまま、サンは空気を入れた風船のように膨れ上がっていき、体の大きさがウトの二倍ほどになった。
「ガァアア!」
大きくなった体に比例し、パワーも上がる。鋭い爪を遠慮なく振り下ろし、ウトの首を掻き切ろうとする。
「いい速さだ」
サンの攻撃を容易く躱したウトは満足げに言葉を漏らす。続く第二第三の攻撃をいなしたところで反撃に移る。木剣でサンの爪を弾き、ガラ空きになった胴体に一撃。そのまま流れるように飛び上がり背中に向けて上段から一振り。
「ガッ!?」
背中に一撃を喰らったサンは、そのまま地面に腹を打ちつけた。
「お前は自分の力を扱いきれていない。自分の持てる力を全て使って抗え。でないと死ぬぞ?」
ウトは倒れているサンに笑みを向け、再び距離を取った。それに応えるようにサンも一声あげて立ち上がる。仕切り直した二人の訓練は日暮まで続いた。




