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魔法の練習と舞踏会のお誘い

 ユーバンク伯爵襲撃事件から数日。帰ってきたルイスの様子がどこかおかしいと感じていたアリエだったが、それを問いただしてもルイスは何も答えなかった。

 しつこく聞いても無駄だと悟ったアリエは、それ以降その件について触れるのはやめて、今まで通りの日常を送っていた。

 今日も図書室から借りてきた魔法の本を開く。


「やあアリエ。勉強熱心だね」

「ルイス様。お疲れ様です」


 広い講義室。他にも席はあるが、ルイスはアリエの横にやってきた。アリエは横にずれ、一人分のスペースを作り隣に座らせる。

「暇なんですか?」と少し嫌味を込めて言いながらルイスを見つめた。


「学校にいる間はね」


 言われたルイスは少し嬉しそうにはにかむ。


「そうですか」


 アリエは淡白に返すと、読みかけの本を手に取り続きを読み出す。何度も読み返された跡が見える本。まだ序盤だ。アリエは真剣に魔法を勉強している。今読んでいるのは、魔法の基礎の基礎について記されたもの。


「そんなにじっと見られると、気になるんですけど?」

「アリエは真面目で、模範的な生徒だね」

「この前全く剣を振れなくて気づいたんです。ちょっと弱すぎるかもしれないと。守られていたお陰で、自分が平和ボケしていたのだと」


 アリエの目は本気そのもの。アリエの頭には、最強の兄の姿とそれに並ぶ自身の姿が思い浮かんでいた。


「だから魔法を勉強しているの?」

「そうです。家でも魔法の勉強はしていましたが、お遊び程度でしたから。実戦で使えるくらいにはならないと」

「そうだね。僕でよければ力になるよ?」


 共に生活する中でアリエの性格を知ったルイスは、優しげに微笑みながら提案する。

 アリエは意地っ張りで負けず嫌いではあるが、使えるものは使う人間だ。ちょっと屈辱的ではあっても、ルイスの申し出を断るはずがない。


 ルイスは魔法の知識も技術も高いレベルにある。闇魔法以外に使えない魔法はなく、その知識も幼少の頃から詰め込まれているものだ。教えを乞うのなら、この学校の誰よりも適任である。


「じゃあ、お願いします」

「素直だね」

「今更プライドなんてものはないですし、ルイス様に気を使う、というのももう不要でしょう?」

「もちろん! 全然遠慮なんてしないでよ。僕と君の仲じゃないか!」


 空色の前髪からアリエは試すような目でチラ見するが、ルイスは元気いっぱい、嬉しそうにそう返した。


「苦手な属性や使えない魔法はある?」

「いえ。基本的に使えます」

「すごいじゃないか」


 魔法は火、水、土、風、雷の自然系統と光、派生、その他と、大まかに分類されている。各個人で得意不得意があり、全系統に適性がある者は珍しい。


「ルイス様に言われると、少し自信が持てます」

「それはよかった」


 ルイスはアリエがどこを読んでいるのかと、横から魔法書を覗き込む。


「室内だし、水でやろうかな。小さい力から徐々にやっていこう」

「原理はわかっているので、コツを教えていただけると助かります」

「任せて!」


 開かれているページは初級段階のものだ。ルイスは魔法書のページタイトルを見て簡単な解説を始める。


「魔法造形は基礎の基礎。全ての魔法に通じる最も重要な基本だよ。形のないものに形を与える技術だ」


 簡単にイメージを説明するルイスは、実際に魔法を披露してみせる。「僕もその本、何回も読んだんだ」と付け加えながら。


「槍や弓矢、球状に変えることもできるし、動物とかも作れる」


 ルイスは短い詠唱で掌から水を生み出し、それを器用に成形していく。水は様々な形に変わり、最終的には小鳥に姿を変えた。


「あとはこれを動かす」


 水の鳥は二人の頭上を羽ばたきながら旋回する。


「魔法をいろいろな形で作り出すのは、魔力操作のいい練習になる。動物の形にすれば、簡易的な命令であれば色々できる。手紙を運ばせたりね」


 ルイスは水の鳥を手元に呼び寄せ、紙を一枚持たせる。鳥はそれを足で掴むとアリエの顔の前にやってきた。

 アリエが手を出すと、鳥はその紙を落とし役目を終え消滅した。


「魔力から生み出した物を再び魔力に変換することで、今みたいに魔法を消すことができる」

「なるほど」

「それをしない場合は、その場に跡を残す。例えば、」


 ルイスは再び水の鳥を生み出し、近くの壁めがけて突進させた。水の鳥は宙を泳ぐようにして真っ直ぐ飛んでいき、そして勢いそのまま壁に衝突し飛沫となって散った。壁と床に水滴がつき、今度は消滅しない。


「こんな風に、魔法で作り出したものはその場に残り続ける」


 壁と床に散った水を、ルイスは火の魔法で蒸発させアリエに「やってみて」と促す。


「大事なのはイメージ。具体的な大きさ、発生させたい事象。それが決まったら魔力を練り上げて詠唱をする」

「わかりました」

「まずは水を生み出して、その大きさに合ったものをイメージするといいよ」


 アリエは集中するため一呼吸おき、拳二つ分ほどの水球を作り出した。ルイスと同じでは面白くないと思ったアリエは、別の生き物を想像する。柔らかくしなやかな体を持つ、水のような生き物。


「蛇か。いいね。水魔法っぽい」


 水球が細長く形を変える。頭部がわずかに膨らみ、尻尾にかけて細くなっていく。


「おおっ!」


 無事に成功した魔法にアリエは感嘆の声を漏らす。生み出された水の蛇はアリエの頭上をくるくると回っている。


「私、天才かもしれないです」

「そうだね。初めてでこれくらい大きくて持続力のあるものが出せれば、なかなかだと思う。形も綺麗だ。けど、そろそろ──あっ」


 アリエの頭上を飛んでいた蛇は突如形を変え、ただの水と化した。拳二つ分の水がアリエの頭に降る。

 その水がアリエの髪を濡らす寸前、制御を失った水の主導権をルイスが横から奪い取った。水は落下することなくふわふわと宙に浮いている。


「気をつけてね。これが石とかだったら怪我しちゃうから」

「ありがとうございます……」


 水の塊を消滅させたルイスは、魔法初心者のアリエを案じ忠告した。


「でも、とても綺麗な魔法だったよ。とても、アリエらしい魔法だった」


 先ほどの光景を思い出しながら、ルイスはアリエの頭に手を置いて優しく撫で付けた。


「子供扱いですか?」

「え? ごめん。僕も魔法を教わっていた時に、こうされていたことがあったから、つい」


 ルイスは指摘されてすぐに手を引っ込めた。


「別に嫌ではないです。私もよくされてましたから。それに……」


 ルイスの手が少し兄に似ているようだった。と言いかけたアリエは、言葉を切って口を噤んだ。


「それに?」

「なんでもないです。それより、早く次に行きましょう」


 危うく兄の存在──ウトのことを口走りそうになり、わざとらしくなりつつ、アリエは魔法の書を捲りながら矢継ぎ早に話を変えた。


(ルイスがウトに似ているなんて……。確かにルイスはお兄ちゃんって感じするけど)


 ルイスとウトの姿を重ねて考えたアリエは、否定するように首を振る。ウトに会えない時間が長く寂しさからそんな妄想をしてしまったに違いない。アリエは自分をそう納得させることにした。


「話が変わるんだけどさ、」


 魔法の書と睨めっこしているアリエに、ルイスは小さな声でポツリと話しかける。


「何ですか?」


 耳のこそばゆさに少し苛立ったアリエは、剣のある声で返す。


「今度の舞踏会なんだけど、よかったら僕と出てくれない?」

「……舞踏会?」


 耳馴染みのない言葉にアリエは困惑の表情を浮かべる。

 至って真剣、でも少し恥ずかしそうでもあるルイスはアリエの答えを待っている。


 ゼルベート王立大学院では、年に一度、公的な舞踏会が開かれる。学園内での社交推進および、学園外の来賓を呼んで行われる、政治的意図を含んだ学園行事である。舞踏会をきっかけで政略結婚がされたり、はたまた親の意向とは関係のないロマンスが生まれることもある。


「僕はパートナーがいないから不参加の予定だったんだけど、アリエさえよければ一緒に参加してくれないかな?」

「それで最近、様子が変だったんですか?」


 ルイスの提案に怪訝な視線を向けるアリエ。最近のルイスが妙によそよそしかったためであり違和感には気づいていたものの、ルイスが詳しくは答えようとしなかったため、深くは追及していなかった。

 その謎が解けたと思うアリエは、想像以上のくだらない理由に人の心配を返せと心の中で愚痴をこぼす。


「変だった? それは、また別の理由かもしれなけど……」


 アリエに睨みつけられたルイスはソワソワと言い訳を口にするが、アリエにはそんなことなどどうでもよく、舞踏会の誘いへの返事を言い訳と共に早口で返す。


「舞踏会くらいならいいですよ? 私も、ルイス様以外に友達いないですし」

「そっか! それはよかった。それじゃあ、本番までにダンスの練習しないとね!」


 アリエに友達がいない原因となっているルイスは、それに気づかず素直に喜んだ。


「……ええ。そうですね」


 ちょっと面倒くさそうに頬を歪ませたアリエだったが、純真無垢な笑顔を浮かべるルイスに毒気を抜かれ、追撃しようとした嫌味を飲み込んだ。


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