被験体
ユーバンク邸から撤退したウトは、ユーバンクが隠している秘密の研究所へと向かっていた。
ユーバンクが持っている研究所は二つ。一つは国に見せる用の表の研究所。魔法研究員が何人もいる研究所は、屋敷から南方向にあり、徒歩数分の近さで敷地もそれなりに広い。
対して裏の研究所は、屋敷から北にある森の中、数キロ進んだところにあるボロ小屋だ。外から見ればただの捨てられた小屋だ。しかし、小屋の中には地下へと繋がる隠し通路が作られている。表ほどしっかりとした作りではないが、設備そのものはウトが見たこともないような物ばかりだ。
「やっぱりな」
裏の研究所へと侵入したウトはフードを取る。飾り気のない、目元だけを隠す仮面をつけており、左頬から首にかけて、闇魔法によってトレバリー家の紋章が刺青として刻まれている。
今は怪しき襲撃者の様相だが、刺青を消し仮面を外せば雰囲気がガラリと変わり、暗殺事件の襲撃者から、一見無害そうな好青年に切り替わる。
闇色の外套で身体を隠したウトは、研究所内を隈なく見て回り、最奥にある部屋へと足を踏み入れた。
「なんだこれ?」
地下室の内装は、基本的に掘ったままの土や木の根でできていたが、この部屋だけは石造りで、壁や床が全て加工された石に覆われていた。壁沿いには棚が並んでおり、そこには無数の瓶が並んでいる。
瓶の中には得体の知れない干からびたような何かと黄色い液体。気味の悪い空間を進んだ先には格子牢が一つ。
ウトは格子牢の中に気配を感じ、忍びながら近寄り確認する。
「……」
格子牢の中には一匹の狼のような獣と、十歳ほどのエルフの少女、無数の白骨化した亡骸が転がっていた。
地獄の様相を呈す牢にいる獣 は、黒い体毛で闇に紛れ怪しく目だけを光らせている。赤い瞳はウトを捉え、射殺さんというほど強く睨みつけている。
「ユーバンクの被検体か」
「ガァァァアア!!」
ウトを警戒するように威嚇する獣。赤い首輪に銀色のネームプレートが下げられており、「361」と書かれている。
爪や牙、大きな体躯から獣の獰猛さが窺える。中の少女は獣の餌ではないのか、獣は少女を守るように立ちウトに吠えかかる。
そばにいる少女は生きているのか死んでいるのか分からない。しかしながら、そばで獣がうるさく吠えているにも関わらず目覚める様子はない。
「そう警戒するな。俺はユーバンクとは違う」
仮面を外したウトは、獣を落ち着かせるように優しく話しかける。獣に言葉が通じているかは定かではないが、闇に包まれたこの地下室は既にウトの支配領域である。獣の生死はウトが握っている。
「コイツも奥の女の子も、実験の哀れな被害者か」
ウトはゆっくりと近づきながら鉄格子を闇魔法で破壊する。獣はより激しくウトを警戒するが、ウトからの追撃はなく、獣は戸惑うように視線を彷徨わせる。
「俺に飼われろ。世界を支配する手伝いをさせてやる」
ウトは優しい声をかけつつも、地下を取り巻く闇に干渉しいつでも獣を殺せるように狙いを定める。
その瞬間、獣は理解した。ウトが放つ気配の大きさを。力の大きさを。自分は今、既に喰われているのだと。
獣は四つの足を折り頭を伏せる。服従の姿勢か、まるで死を待つ囚人かのようだ。
「お前に名前をやろう。新しい名は、『サン』だ……安直だったか」
大きな両耳の間、獣の頭を撫でるウトは、そう言って笑い掛ける。
伏せていた目を開いた獣は、その手の感触に戸惑いと、生まれて初めての温かさを感じた。
「奥の女の子は? 餌か?」
ウトの問いに、獣は立ち上がって少女の横に行き、鼻先で少女の体を押してウトの前に差し出す。
「餌ではなさそうだな。被検体か。まさか守っていたのか?」
「グルゥ……」
獣は少しだけ悲しそうに鳴いた。少女は既に息をしていなかった。腐敗はしておらず、死んで間もないのだろう。
「仲間意識か。俺が弔ってやる」
獣から少女を受け取ったウトは、闇で少女の体を包み込んだ。
「全ては闇に還り、新たな光の導きにより再び我らと共に。姿は違えど我らは永遠の友なり」
胸に手を当てるウトは、少女が安らかに眠り、いずれ別の命となり平穏な日々を送れるように祈りを捧げた。
信仰している神はいないが、悼む気持ちと弔う意味を正しく学んだウトは自己流でエルフの少女の冥福を祈った。
「行くぞ、サン!」
「ガウ!」
ウトに新たな名前をもらったサンは、一鳴きすると、手のひらに乗るほどの大きさに体を変化させた。
「お前、大きさを自在に変えられるのか!?」
そのままウトの肩に飛び乗り、耳の裏側を舐める。
「便利な力だな」
少し羨ましそうにサンの頭を撫でたウトは研究所を後にする。置き土産に、闇魔法で跡形もなく研究所を破壊して。




