ユーバンクと闇魔法
街道を疾走する一つの影。王都からユーバンク領へと向かう影は、漆黒の外套に身を包んでいる。空からの月明かり以外に視界を照らすものがない暗闇の中を、影は灯りも持たず、一切の躊躇なく進んでいく。
ユーバンク領は王都から一日半ほど歩いた場所にある。影は、途中にある森を迂回せず最短ルートを全速力で駆け抜けていく。森の中は鬱蒼と茂り、馬車で通り抜けることはできない。
獣道を突っ切る影は、誰の邪魔も入ることなく、夜のうちにユーバンク領へと辿り着いた。
「侵略を始めよう。家族を奪われない世界のために」
森を抜けユーバンク伯爵の別邸を視界に捉えた影はフードを外す。左頬から首にかけて、大きく彫られたトレバリー家の家紋が月明かりに照らされる。
闇魔法で描かれた刺青をした影の正体は、トレバリー家長男のウトである。
「ユーバンク伯爵。お久しぶりです」
「ルイス殿下! この度はご足労いただき誠にありがとうございます。急な申し出で大変申し訳ございません」
ユーバンク伯爵邸にて、馬車に乗りやってきたルイスは手短な挨拶を交わす。
薄灰色の髪を肩まで伸ばした四十代ほどの男。彼こそがユーバンク領を管理する伯爵である。やや痩せ気味の体であるが、目には生気が宿っている。
研究者としての側面も持つユーバンクは、自領で様々な魔法研究を行なっており、国を豊かにする第一人者として広く名が知れている。
「最近は王都で生活していたようですけど、今はこっちで暮らしているのですか?」
「ええ。王都での暗殺事件は聞き及んでおりますから。事件が収束するまではこちらに隠れていようかと思いまして」
以前までは王都で働いてユーバンク。領の管理を片手間に魔法を研究をするほど要領が良く、王都でも実力が認められている貴族の筆頭である。研究の成果も国に還元されており、陞爵するのも時間の問題と言われている人物だ。
「その後、襲撃者については進展ありますか?」
「僕たちも調べてはいるのですが、未だ犯人の手がかりすら掴めていません」
「そうですか……」
元から細身だが、以前よりも更に痩けたように見えるユーバンク。精神的に疲労しているのか、返事もどこか不安げである。
「伯爵。どうして今回、僕を呼んだのでしょうか。事件は王都で起きています。自領に身を隠しているのなら大丈夫なのでは?」
「それは、重要なことに気づいたからです」
「重要なこと?」
神妙な面持ちでユーバンクは頷く。
「少々長くなります。とりあえず、お茶でも入れさせますのでどうぞ奥へ」
ユーバンクはそう言って応接間にルイスを案内する。応接間に通されたルイスの前に温かい紅茶と菓子が出され、従者が部屋から退室したのを見届けてからユーバンクは徐に口を開いた。
「今回の事件は、国家に仇をなす闇魔法の使い手による犯行です」
「闇魔法?」
「ええ。厄災の名を冠した最強の魔法です」
疑問符を頭に浮かべるルイスに、ユーバンクは順を追って説明する。
闇魔法は世界中どこを探しても、使い手が限りなくゼロに近い。最強の魔法属性と呼ばれているが、文献がほとんどなく、その存在は御伽噺とまで言われている。
過去に人類が滅びかける原因となった存在たちは、特別な名前で語り継がれている。その御伽噺のような破滅的存在のことを、総称で『厄災の化身』と呼ぶ。
その中でも一部の厄災に関する史料は、貴族のみが閲覧できる禁書として国に保管されている 。
魔法研究の第一人者であるユーバンクは、その史料のほとんどに手をつけており、禁書に出てくる闇魔法の使い手は『暗黒』と名付けられていた。
暗黒はその力を使い、四ヶ月もの間、世界を闇の中に閉じ込めた。そして、それを光の精霊と一人の英雄が打ち滅ぼした。と記されている。
闇魔法の最大の強みは、この世に存在する闇に干渉するという力だ。
火や水など、様々な力が自然界には存在している。それを人は魔力によって操っているが、草は火に燃やされ、火は水で消える。だが、火が消えても燃えた草は戻らないし、水がなくなっても消えた火がつくわけじゃない。その点、闇も光によって消されるが、光が消えれば世界は再び闇に閉ざされる。
夜になれば明かりが消え、世界は闇に包まれる。光を遮る物があれば、そこに影ができ闇が現れる。闇はどこにでも存在しており、全ての力の裏側に存在しているのだ。
闇のない空間などどこにも存在しないが故に、ユーバンクは闇魔法を最強と称する。
闇魔法を倒すには、遮るものがない広い空間に誘き出し、太陽のように広範囲に強い光で照らす必要がある。
「今回の事件。私は現場の確認に立ち会いました。中には相当な手練れであるマーロン副将軍も。四人の遺体を確認しましたが、どれも闇魔法による傷跡と思われます」
「なるほど。それで?」
「殺された四人は、皆国家の力となる貴族ばかりです。鉱山を街に抱えるフランツ子爵や獣人族との仲介を担うグレイヴス伯爵。防衛大臣のベンドルトン侯爵。そしてマーロン副将軍。皆国家にとって欠けてはならぬ者達です」
「敵の目的は、国の力を削ぎ落とし弱ったところを叩くつもりか」
ユーバンクの言葉の続きを察したルイスは、それを遮り納得したように頷いた。
「伯爵は魔法研究で多大な貢献をしている。この邸宅の近くには研究所もある。それを守りたいということで、合っていますか?」
「さすが殿下。仰る通りでございます」
魔法研究の精髄が詰まった研究所がユーバンク領にはある。敵の目的が二人の推測通りであるのなら、ユーバンクが狙われる理由にも納得がいく。
「僕にもやらなければならないことがあります。お伝えしていた通り期限は三日。それ以上は滞在できません」
「ありがとうございます。私も対策を講じております」
「王都に戻ることも考えておいてください。警護を用意するよう報告をしておきますから」
そう告げてルイスは話し合いを終わらせた。それと併せて、ルイスはユーバンクに魔法をかける。
『聖なる光よ、聖女の導きに従い尊命を守護せよ』
「おぉ!」
「一度だけ、致命の一撃を防ぎます。その魔法が発動すれば、襲撃の合図と見做します。私は伯爵の近くにいますので」
「ありがとうございます!」
とても安心した声音で礼を述べるユーバンクは深々と頭を下げる。ルイスは「これくらいしかできませんから」と謙遜の笑みを零した。
「そろそろ昼食の時間ですかな。ご一緒にどうです?」
「……伯爵は意外と冷静なんですね」
「いえいえ。闇魔法の使い手が強いのは暗い時間です。この時間帯に仕掛けてくることはほぼないと言っていいでしょう」
「そうですか。では、昼食をいただいたら、僕は少し休ませていただきます」
「畏まりました。部屋の用意をさせておきます」
ルイスはユーバンクの誘いを承諾し昼食を共に済ませた。それから夜までの間、しっかりと体を休め、正体不明の襲撃者へと備えた。




