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アリエの正体が疑われる

 その日の放課後、アリエはルイスから剣術の鍛錬に誘われ、ルイスと同様に友達のいないアリエは、二つ返事でその誘いに乗った。


「アリエは実力を隠しているんじゃないかと思っている」

「隠している? 私が?」


 運動場で剣の握りを確かめるルイスの言葉を聞いたアリエは、近くのベンチに腰掛けながら、懐疑的な目線をルイスに向ける。


「君はたまに雰囲気が変わる。一介の令嬢ではないような冷たさ、物怖じしない言葉遣いとか」

「ただの小娘ですよ。私は」

「ただのか弱い御令嬢か。どうしてもアリエが本当の実力を隠しているように思えたんだ」


 アリエは猫のように瞳を丸くして少し驚き、茶化すように微笑みを浮かべた。

 そんなことはあり得ない、と言いたげな表情を浮かべるアリエを見てもなお、諦めきれないのか、ルイスは手にした木剣をアリエへと渡す。


「ちょっと打ち込んでみてくれないか?」

「え?」


 木剣を持たされたアリエはポカンと口を開けた。「何を言っているんだコイツは」とつい口に出そうになり、アリエは誤魔化すように笑う。


「私なんか剣に振り回されるのがオチですよ」

「まあまあ。ちょっと振ってみてよ」

「はぁ……」


 アリエは受け取った木剣を両手で構える。使い込まれた凹みや傷が、ルイスの積み重ねてきた時間を物語っている。


「では、遠慮なく」

「いつでも」


 無手となったルイスは半身で構える。

 貧民街に暮らしていたアリエだが、荒事とは無縁の生活をしていた。喧嘩はいつもウトの仕事であり、いつもウトの背中に守られていた。もちろん短剣以上の武器を持ったことは一度もない。


「守られるだけじゃダメだとは、自分でも思っています!」


 アリエは思い切り踏み込み突撃する。型も定石も、カウンターの警戒もしない、攻撃のみに意識を置いた一撃。


「ふふ、アリエは思い切りがいいね! とてもいいことだと思うよ!」

「リャアアアアアア!!」


 ルイスの頭の天辺に目がけて振り下ろされる木剣。ルイスの実力を信じきった、アリエの全力の一振り。

 頭をカチ割らんとする剣を、ルイスは手の甲を使って難なく往なした。


「あっ──」


 ルイスの横を通り過ぎていく木剣は、勢いそのまま地面に叩きつけられた。


 ガツンッ! と床と木剣がぶつかり大きな音を立てる。


「いっっつぅぅぅぅ!」

「大丈夫!?」


 勢いよく剣を叩きつけた衝撃がアリエの手に伝わり、痺れるような痛みにアリエは木剣を手放してしまった。


「ごめん! もっと上手く受け流すべきだった!」

「……大丈夫です。ちょっと痺れているだけですから。時間が経てば治まりますし、どこも怪我はしていません」


 アリエは痙攣している右手を抑え、なんでもないように微笑んだ。無理をしているわけではないが、アリエの笑顔を強がりだと感じたルイスは、自身の両手を優しく下からアリエの手に添える。


『無垢なる御霊よ。かの者に癒しを』


 ルイスが呪文を唱えると、アリエの手が柔らかな緑色の光に包まれた。


「……温かいです」

「癒しの魔法だよ。治癒とは違って、痛みを和らげるだけなんだけど」

「ありがとうございます。大したことはないですから、もう大丈夫です。私も少しは鍛えないとダメですね」


 己の非力さを痛感したアリエは、暖かなルイスの魔法と手のひらの温もりに自嘲混じりの声を漏らした。


「昔を思い出します」

「ん? 昔って?」

「ずっと小さい頃、転んで怪我をした時に、家族が抱きしめてくれたんです。今みたいに魔法の力で何かされたわけではないんですけど、その時も不思議と痛みが引いて、とても温かかった」

「……」


 アリエは震えが止まったのを確認して、ルイスの手を上下から包み込むように握った。

 剣だこで厚くなったルイスの手のひら。骨張った太い指。綺麗に整った爪。同じ人間だが、男女でこんなにも違うものなのかと、アリエは可笑しく思って笑みを零した。

 ふと、ルイスが黙っていることに気づき、アリエが顔を上げると、


「ルイス様? 顔が赤いですよ?」

「え? ああ、そうだね。ちょっと暑くて」


 手を撫でられていたルイスは日焼けしたように赤くなっていた。

 アリエに指摘され、体が熱くなっていることに気がついたルイスは、耳まで赤くなって、恥ずかしがりながら手で顔を仰ぐ。


「よし、もう大丈夫そうだね!」


 いつまでも握られているアリエの手に視線を戻し、無事を確認したルイスは、パッと手を離して、すぐに落ち着きを取り戻した。そのままアリエから距離を取り、放られた木剣を拾う。


「アリエも、多少は剣が扱えるようになっておいた方がいい。何があるか分からないから。僕でよければいつでも教えてあげるよ」

「英雄に教えてもらうなんて、贅沢ですね」

「ハハハ、僕に教える側の才能があるといいけど」


 木剣を構えるルイスはアリエにもわかりやすいように解説を始める。


「最初はこうやって構えるんだ。やってみて」

「はい──」


 剣に対してはさほど興味がないアリエだが、ルイスとの接点を得られるならと、前向きに剣の指導に取り組む姿勢を見せる。


「ルイス殿下!」


 アリエに再度剣を握らせ、特訓を始めようとする二人に、慌てた様子の大きな声が届いた。

 運動場の入り口に一人の男子生徒が立っており、額に汗を浮かべ息を荒くしながら二人の元に駆け寄ってくる。


「その、二人だけでお話したいことが」


 息を切らす男子生徒は、ルイスの隣にいるアリエに申し訳なさそうな視線を向けそう告げた。


「私は構いませんよ? この剣で遊んでいますから」

「ごめん。ちょっと行ってくるね」


 アリエに断りを入れたルイスは、男子生徒を連れ立って運動場の入り口、アリエに声の届かない場所へと向かう。


「それで、どんな用件だい? パット」


 ルイスは早速本題に入ろうと促した。

 周囲に聞き耳を立てている者がいないかと警戒をするパットは恐々と話し始める。


「父が、殿下に護衛を頼みたいと申しておりまして。私としても、厚かましい願いだとは思っているのですが……」


 パットはユーバンク伯爵の息子である。ユーバンク伯爵は今回の事件に身の危険を感じ、英雄と名高いルイスを頼ろうとしたのだろう。


「何か、命を狙われるようなことがあったのかい?」

「今、国内で起こっている貴族暗殺事件についてです」

「あの事件について、何かわかったことがあるのか!?」

「い、いえ。私はわかりません。父は理由を話してくれなかったので」

「そうか……」


 パットの話を聞いたルイスは、すぐに状況を整理して回答する。


「わかった。詳しい話を聞きたいから、伯爵には手紙を出しておくよ」

「ありがとうございます。父のわがままで殿下のお手を煩わせてしまい申し訳ございません」

「いいんだ。力ある者の責務だよ。君の父上は僕が守ってみせる」


 ユーバンク伯爵は今回の事件について何かきっかけを掴んでいる。そう睨んだルイスは、伯爵を守ると同時に、犯人の正体に迫ろうと考えていた。

 用件を伝えたパットは最敬礼をして去っていく。ルイスも合わせるように動き出し、待たせているアリエと合流した。


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