巷の噂
「アリエ様、おはようございます!」
「うぅ、おはようメリーア」
入学から一ヶ月が経ち、寮生活にも慣れてきた朝。メリーアに優しく起こされたアリエは、ベッドから降り、眠い目を擦りながら制服に着替え始める。
「アリエ様、巷でとある噂が……」
「ん?」
「貴族の人間が、直近の間に 四人も暗殺されたそうです」
物々しい雰囲気で話し始めるメリーアは、アリエに気をつけるよう忠告をする。
「この学院の警備を突破できる人間なんてそうそういないよ」
「そうかもしれませんが、気をつけてくださいね」
「大丈夫だよ。ありがと」
身支度をテキパキと済ませたアリエは、メリーアに礼を言って部屋を出る。
白黒タイル調で作られた廊下を、磨かれたローファーで踏み鳴らし、窓からのささやかな光を浴びて、快晴の空を映した湖畔のようなアリエの髪が細やかに輝いている。気持ちのいい朝に、アリエは忠告など全く気にせずスキップで廊下を駆けていく。
「アリエ! おはよう!」
「おはようございます。ルイス様」
アリエが学生寮を抜け教室へと向かう途中、男子寮からやってきたルイスとバッタリ出くわし声をかけられた。落ち着いた所作で挨拶を返したアリエは、隣に並んでくるルイスに歩調を合わせる。
「ルイス様は毎日お元気ですね」
「僕は昔からこうだよ。病気もしたことないしね」
ルイスは自身の健康を示すように胸を張る。
二人が知り合ってから早一ヶ月。友達としてアリエと共に過ごす時間が長いルイスは、教室までの道をほぼ毎朝アリエと共に歩いていた。
ルイスを第二王子として遠慮してしまう人が多い中、身分の差に物怖じせず気兼ねなく話ができる存在は、ルイスにとってとても稀有であった。故に、ルイスがアリエに執心しているように、周りの目には映ってしまう。
先日「ルイスは他に友達がいないのか。いつも一人でいるか、自分の元にしかいない」と、アリエが問いかけたことがあった。その質問にルイスは、少し悲しげな表情で「友達ね、いないんだ」と答えるだけだった。
それから、アリエはこの状況を甘んじて受け入れている。ルイスの懐に入るという目的のためには、ルイスが孤立している方が都合がいい。他の女子生徒に興味が移る前に、ルイスを虜にしてしまえばいいのだ。アリエはそう考えて、他との友好関係を切り捨てる代わりに、ルイスに時間を費やすことにした。
それに、他の男子生徒に感じる嫌悪感が、ルイスからはしなかった。純粋な人間ということを肌で感じたことも、アリエにとってこの決断をする一助となった。
「アリエ。既に噂を聞いているかもしれないが、王都で事件が起きているんだ」
「耳には入ってます」
「学院にいるのはこの国を支える貴族の子供たちだ。いつここが狙われてもおかしくない」
ルイスは真剣な眼差しで、アリエも用心するようにと忠告した。
「この学院にはルイス様がいるんですよ。誰も襲撃しようとは考えないでしょう」
「信じてくれるのは嬉しいが、僕だって全てを守れるわけじゃない。気をつけるんだよ」
「大丈夫です。私にはメリーアもついていますから」
世話役としてアリエについているメリーアは、護衛の役も担っている。エルフということもあり魔法の才にも恵まれていたこともあって、戦力となるようウトに鍛えられた。
助けてもらった恩もあり、メリーアは二人の役に立とうと貪欲に努力を重ねた。貴族の屋敷にある書物を読み漁り、血反吐を吐く思いでアリエを守るための力をつけていた。
「敵がどんな存在かわからない以上、警戒するに越したことはない。メリーア君にもよく言っておいてほしい」
「ご心配ありがとうございます。ルイス様もお気をつけて」
「ふふ。僕の身を心配してくれるのはアリエくらいだよ」
ルイスは嬉しげに頬を緩める。心の底からそう思っているのだろう。誰が見ても明らかなほど表情が和やかなものになっている。
「みんな、僕が強いと信じて疑わない。僕が負けるはずないと思っているんだ。期待されているという意味では、嬉しく思うけどね」
自嘲するルイスに、アリエは至って真剣な眼差しを向ける。
「最強というほど陳腐な言葉はありません。力関係は常に流動的です。なので、ルイス様も慢心しないように、くれぐれもお気をつけください」
「……ありがとう。身が引き締まるよ」
アリエの言葉に異様な重みを感じ、ルイスは驚いた表情で軽く身震いをしてそう返した。




