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41 魔術師の掟


「──とんだ自惚れだな」


 グラハムの囁きにフェリクスが反応すると彼は美しい微笑みを湛えてフェリクスを見やった。見た者を凍りつけにしそうなほど険しい眼差しもグラハムには効果がなさそうだ。むしろ生き生きと表情を輝かせていく。

 真珠に口づけをしてから数秒後、グラハムの身体が鮮やかな炎に包まれていく。煉獄の如き清廉な輝きは見る見るうちに勢いを増し、小さな爆発を繰り返すごとに赤から黄、白、青へと絶えず変色する。まるで花火が弾けていくようだった。


「まずいよ。あいつ、培養した術力を取り込んでる」


 目の前の光景を映し出すダリアニの瞳もくるくると華やかに色を変えていた。が、当の本人の声色は重い。焦燥感に駆られたまま、ダリアニはぎゅう、と拳を握りしめた。フェリクスはグラハムの監視を逸れたサディアに駆け寄り彼女を腕に乗せる。フェリクスの腕に落ち着いたフクロウの表情には怯えが滲んでいた。


「サディア、大丈夫か」

「ホー」

「君の言った通り、グラハムはなかなかに癖のある奴だ」


 フェリクスの呟きにサディアは困惑の声を返す。彼女もまたグラハムの知られざる野望に辟易しているようだ。鼓動も早いのだろう。フクロウの身体は小刻みに振動し、触れればその心拍が伝わってくる。不安そうに身を縮めたフクロウにフェリクスはそっと顔を近づけ囁く。


「だが、君の約束は必ず叶えさせる」

「ホー、ホー」

「無茶じゃない。サディア、大丈夫だから」

「ホー……」


 背中を撫でると、恐れで縮こまっていたフクロウの身体がふっくらと広がっていく。フェリクスがそのまま胸に抱き寄せると、フクロウの心音が少しずつ鎮まっていった。

 一人と一羽は悠然とした調子で炎と踊るグラハムの不敵な笑みに視線を向ける。

 皆の注目を浴び、グラハムは色とりどりの炎の中心で得意気に声を張り上げた。


「皇帝、お前の天下もこれでおしまいだ。これからはワタシの駒として精一杯ワタシの機嫌を取るといい。お前はいい駒になる。そうだ。どうせならシマリスとして飼ってやろう。ワタシは小動物が嫌いでね。気晴らしにたくさん痛めつけてあげるよ」

「お前の好きになんかさせないし‼」


 フェリクスが口を開くとほぼ同時にダリアニの勇ましい声がホールの天井に向かって突き上がった。その声は失望と怒りが織り交ざっていた。ダリアニは続けて両手に溜め込んでいた術を無数の弓矢の形に変えてグラハムに投げつける──が、グラハムの眼球を突く寸前で、弓矢は粉々に崩れて砂になってしまった。驚いたサディアはフェリクスの腕から飛び上がって目を丸める。


「くそっ……‼ こんなんでも掟が優先されるなんて──‼」

「ダリアニ、どういうことだ」


 地団駄を踏むダリアニにフェリクスが訊ねると彼は悔しさいっぱいの眼差しでフェリクスを振り返る。その瞳は、フェリクスに救いを求めているようにも見えた。


「魔術師の掟で同胞を殺すことはできないんだ。だから我たちは喧嘩はしてもそれ以上の攻撃ができない。相手を傷つけられない。我には──どうすることもできない……ヴェネシアを、助けることも……」


 ダリアニの瞳一杯に溜まった涙がぽたりぽたりと落ちていく。いくらグラハムを睨みつけても、相手は徐々に鎮まりゆく炎に見惚れてこちらを一瞥すらしない。


「グラハムは耳飾りからヴェネシアの力を吸収した。その力はどんどんあいつの身に染みてしまう。ヴェネシアがあいつに飲み込まれちゃう……‼」

「ダリアニ、落ち着け。どうすればいい。もう取り返しがつかないのか。そんなわけないだろう。何事も諦めたら望みがなくなる。あんな奴にヴェネシアを奪われてもいいのか」

「よくない‼」

「なら、何か対抗策がないか教えてくれ。君に出来なくとも、俺たちがいる」


 フェリクスの力強い言葉にサディアもこくりと頷いた。フクロウの深い瞳を見たダリアニは静かに深呼吸をして息遣いを正す。


「あの耳飾りとグラハムを離さないと……‼ 力が定着するのは時間がかかる。その前に耳飾りがなくなれば……力は元の魂に引っ張られるはず」

「分かった。耳飾りを奪えばいいんだな」

「うん──でも、あいつ、完全じゃないとはいえ前より強いはずだから……」

「ダリアニ、何か忘れてないか」

「え?」


 そわそわと落ち着きのないダリアニに向かってフェリクスは首に下げたネックレスを見せつけ目配せする。


「君が守ってくれるだろ」

「──あ」


 ダリアニが口を丸く開けたところでグラハムの高笑いがホールに響く。


「何をこそこそしている! 稀代な魔術師の誕生の時だ! 是非とも居合わせた君たちには祝福してもらいたい──が、やはり目障りだ。ワタシの欲望を垣間見たお前たちには消えてもらわないと。伝説に妙な噂など不要なのでね。皇帝、ワタシはお前とは違う。ワタシは、ワタシの評判を揺るがす噂など望まない。余計な雑音はすべて排除しておかないと──!」


 腹から声を出し、グラハムはついでに発声練習を始める。そして最高音に達した時、フェリクス目がけて術の塊を投げつけた。彼が放ったのは気味の悪い魔物を模った牙の鋭い精霊だ。しかし、威勢よく飛び出してきた精霊はフェリクスに触れる前に断末魔を上げて蒸発してしまった。


「何ィィイ⁉ どういうことだ。なぜワタシの術が効かない?」


 言いながら、グラハムはハッとフェリクスのネックレスを見つける。ぎりぎりと拳を握りしめ、グラハムは溜め込んだ怒りで空気を切り裂く。


「きゃあああっ‼」


 怒りの矛先はホールの端で柱に隠れていたロザリアに向かう。彼女の悲鳴が轟くとダリアニが光にも勝る速さで駆け出した。


「うううあっ……!」


 刃の如く強烈なつむじ風がロザリアを襲う前に彼女の前に立ちはだかったダリアニが鈍い声を出して倒れ込む。魔術師同士は攻撃できない掟があるものの、着実にヴェネシアの力を得ていくグラハムの攻撃力はやはり増大しているようだ。物理的な打撃を受けたダリアニはロザリアを庇い、そのまま気を失ってしまった。

 一方のロザリアは傷一つなく気絶してしまう。目の前で起きている出来事の処理が追い付かず意識が薄れてしまったらしい。


「ダリアニ──!」


 フェリクスがダリアニのもとへ駆け寄ろうとすると、今度は反対側の壁に何かがぶつかる音がした。振り返ると、フクロウが床にくったりと崩れ落ちている。どうにか立ち上がろうとはするものの、壁に投げつけられた衝撃は大きく、翼を上手く動かすことができない。サディアの弱弱しい声が途切れるとグラハムが伸ばした手を満足気に下ろす。


「皇帝」


 視線を感じ、グラハムの鼻先がゆっくりとフェリクスの方を向く。


「頂点に置ける椅子は限られている。まずはお前のことをどうにかしないとな」


 首を鳴らし、グラハムは鬱陶しそうに声を濁らせた。

 フェリクスの胸元で宝石が月明りを反射する。ホールの中央にいるのは二人だけ。フェリクスは再びサディアを見た後で童心に返ったような悪戯な笑みを口元に湛えた。


「生憎だが、玉座を譲れる相手はあんたじゃない」



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