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40 まじない


 グラハムが挑発的に言葉を吐き捨てるとダリアニの指先に小さな稲妻が走る。


「そろそろこの世界も変わる。魔術師には気楽に生きてもらおうと思っているがお前は例外だ。お前を牢に閉じ込める前に昔話をしてあげよう。気が狂ってからでは理解もできないだろうしな」


 唇を内側に巻き込んで感情を抑え込むダリアニの額をグラハムの人差し指がちょんっと弾いた。その弾みで長い前髪が目にかかりダリアニの表情が隠されてしまう。が、そんなことはお構いなく、グラハムは耳飾りを胸の前で握りしめたまま彼の周りをゆっくりと一周した。


「あの日──お前が掟を破ったあの夜──お前はワタシとヴェネシアの穏やかな話し合いを聞きつけてこのホールに駆けつけてきたな」

「話し合いなんかじゃなかったでしょ。あんたが何かを強く怒鳴ってた。騒ぎ声だ。ヴェネシアの悲鳴も聞こえた。急いでここに来たら、あんたがヴェネシアの髪を引っ張ってた。彼女の頬は腫れて、首元も赤くなってた──あんたがやったんでしょ」

「ワタシの愛を断るからだ。あの悪魔はワタシを誑かすだけ誑かして冷たく突き放した。その瞬間までワタシは愛というものを信じかけていた。だがあいつが目覚めさせてくれたんだよ。愛なんてものは勘違いだったと。ワタシは別に、ヴェネシアのことなど愛していない。そう思い込まされてただけだ」

「よく言うよ。フラれたくらいで大袈裟な──」

「ワタシはフラれてなどいない‼ あいつが、あの悪魔が、ワタシを騙していただけだ‼」


 ダリアニの正面でぴたりと立ち止まったグラハムが喚きながら自らの胸を勢いよく叩いた。グラハムの叫び声にダリアニの前髪がふわりと舞い上がり、再び目元へと落ちていく。


「──コホン。とにかく、ホールにお前が来るとヴェネシアはすぐにお前に助けを求めた。惨めにも大粒の涙を流してお前に手を伸ばした」

「怖いんだから泣くのは当然でしょ、こんな怪物を前にして。あんたがヴェネシアを殴ったことを認めなくて、結局我たちで言い合いになった。忘れられるわけないでしょ。その直後だ、我たちに呪いが降りかかったのは」

「いいや、直後じゃない」


 ダリアニの淡々とした感情のない声にグラハムが首を横に振る。


「お前は忘れようとしている。お前が彼女に贈ったこの耳飾りが、結局は彼女を苦しめたことを」


 グラハムは耳飾りをずいっとダリアニの顔の前に出して勝ち誇ったように笑う。ダリアニは耳飾りを虚ろな目で見つめ、気まずそうに瞼を伏せた。


「この耳飾りにはまじないが込められていた。彼女を脅威から守るようにってなァ。目障りなお前から離れてヴェネシアと二人で話したかったワタシが彼女の手を掴んだ時、それが発動した。少し気が立っていたワタシを脅威とみなしたまじないが彼女を耳飾りの中に閉じ込めた。能力の低いお前が不相応なまじないをかけたせいだ。お前の余計な正義感がヴェネシアを葬ったんだよ」

「──それは……」

「言い訳なんかしようがないよなァ。そう、その直後、だ。誰かを犠牲にするほどの個人的な醜い感情は掟破り。術の番人が目覚め、その場にいたワタシも含めて二人に呪いをかけたのはまさにその直後だ……‼」

「まじないは、解けるはずだったんだ……なのに、いくらやっても彼女を助けられなかった──」

「──だからか。あの場所を選んだ本当の理由。あの小屋なら、彼女に城を見せられる」


 ダリアニのたどたどしい声にフェリクスが優しく問いかける。ダリアニは力なく肯定し、涙で潤んだ瞳を隠した。するとグラハムの口角が左右非対称に持ち上がる。抑えきれない笑い声が腹の底から噴き上がり、ホール一面に彼の声が響き渡った。天井から廊下の先まで、グラハムの笑い声で満ちていく。


「馬鹿者が‼ お前ごときにそのまじないが解けるわけないだろう。お前の術などワタシが上書きすれば封じられる」

「それ────どういう……?」


 前髪の間に覗くダリアニの瞳に一筋の月光が差し込んでいった。


「お前のまじないにワタシが気づかないはずがない。耳飾りがワタシを弾いた瞬間に術を上書きしたのさ。彼女を守ったつもりになって正義を気取るお前にヴェネシアが流されてしまっては大変だからね。彼女を解放できるのはこのワタシだけだ」

「じゃあ……お前が、ヴェネシアを──?」

「勘違いしてもらっては困る。最初に耳飾りに細工をしたのはお前だ。お前がワタシの邪魔をしたからヴェネシアは耳飾りに閉じ込められることになった。お前が余計な欲を出さなければヴェネシアは封印されることなどなかったんだよ。すべてはお前のせいだ。ワタシに擦り付けないでほしい」

「ふざけるな‼」


 グラハムの押し付けがましい言い分にダリアニの怒りが爆発する。

 突然目の前で大声を出されたグラハムは人差し指で耳を抑え鬱陶しそうな表情を浮かべた。


「我はずっと──まじないが強すぎたんだと思って……確かにあんたの言う通り、我の実力に不相応な術をかけたから──失敗したんだと……ずっと、ずっとずっとずっとずっと後悔してたのに‼ なのに‼ ヴェネシアを封印したのはお前だったのか‼」

「ああもう煩い奴。お前の後悔なんか知ったことか。そもそもお前がお守りなんて渡したのが悪いんだろ。この耳飾りがワタシに閃きをくれたのだよ? これがなければ、いくら天才のワタシでも瞬時にあんなことは思いつかなかった」

「あんたの自慢なんかどうでもいい‼ 早くヴェネシアを解放しろ‼」


 バチバチとダリアニの指先で電流がぶつかり合う音がする。フェリクスは一歩後ろに下がり、興奮で瞳孔が完全に開いたダリアニの大きな瞳に息をのみ込む。


「そう急ぐことはない。そんなに早く牢獄に行きたいのか」

「牢獄になんか行くことないし。あんただって術力はたかが知れてる。あんたがやろうとしていることは歴代の偉大な魔術師だって成し得なかったことだって知ってるでしょ。世界のすべてを玩具にするだなんて……反吐が出る。いくらあんただって実現できるはずがないだろ」


 今にも噛みつきそうなほどにグラハムに顔を近づけたダリアニが喉の奥から唸る。が、グラハムは子犬をあしらうかのようにダリアニを片手で払い、飛んできた唾を嫌そうに拭いた。


「お前は人の話を聞かないな。所詮、皆、ワタシの駒だと言っただろ。もちろんヴェネシアもそうだ」

「──は?」

「ワタシの愛を断るのならばヴェネシアにはワタシの一部になってもらう。無論、彼女の賛否など関係ない。これは強制だ。もはや彼女はワタシの駒。一番大事な役目を担ってもらう」

「…………気持ち悪くて頭に入ってこないんだけど」

「フン。物分かりの悪いお前にも分かるように言ってやろう。あの夜、彼女を耳飾りに閉じ込めたのはワタシの未来のためだ。ヴェネシアは長い時間をかけてワタシの術力を育ててくれた。術力の強化には魂の培養が一番効率がいい。そう。彼女はワタシの一部となって、強大な力をワタシに与えてくれるのだよ」

「あの夜の混乱に乗じて自らの欲のためにヴェネシアを利用した……ってこと?」

「ほう。やっと分かったようだな。次の遊びを考えていたワタシには名案だった。そうだ、ある意味ではお前に感謝しなくては。ワタシの発想力が優秀過ぎることもあるが、この耳飾りがなければ彼女を培養に使おうとは思わなかっただろう。耳飾りで彼女の魂を培養し、頃合いを見てワタシの術力の強化に飲み込もうと考えた。まァ、お前が耳飾りを奪って逃げたのは想定外だったがな。おかげで予想以上に術力が育ってしまった。それもまた、お前のおかげと言うべきか?」


 耳飾りを両手で包み込み、グラハムはそっと真珠に口づけする。


「ヴェネシアもワタシと一つになれて幸せだろう」



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