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38 再会




 祈りの満月の夜。

 人々は厳かに輝く奇跡を見上げ静かにそれぞれの願いに想いを馳せる。

 今日は特別な日。しかし光の祭典とは違い街に賑わいはない。二百八十八年に一度のたった数時間の神秘を喧騒でかき消さぬようにと自然と厳粛な雰囲気が街中を包んでいく。街の明かりも最低限に、皆は生涯の記憶に幻想的な星空を刻み込むのだ。


 街を見下ろす高台に聳え立つカダリア城も、そんな城下の空気を壊すことなくひっそりと息を潜めている。しかし城内には外界の淑やかさとは真逆の妙な緊張が漂い始めていた。


「ダリアニ、顔色が悪いが大丈夫か」

「大丈夫だし。久しぶりに遠出してちょっと疲れただけだし」


 円形のホールを照らす月明りの下で青白い顔をしたダリアニが隣のフェリクスに対して親指を立てる。


「それにしても、この城も朽ちちゃったね。埃だらけだ。蜘蛛の巣も、最初はカーテンかと思ったし」


 ダリアニは天井を覆う蜘蛛の巣のレースを見上げて感慨深げに呟く。城内の所々に入ったヒビには金継が施され、二人の足元にも金色の線が走っていた。


「懐かしいか。かつてはここでパーティーでもしていたのだろう」

「うん。まぁあの時は蜘蛛の巣じゃなくてシャンデリアがあったけど」

「帝国になってからカダリア城には誰も住んでいない。管理はしているが──人のいない屋敷はすぐに廃墟になってしまう」

「──みたいだね。まぁ、しょうがないよ。建物のつくりも今の流行とはだいぶ違うし」

「俺は嫌いじゃないが」

「ほんと?」


 フェリクスの言葉にダリアニの声が僅かに弾む。嬉しそうな彼の控えめな笑顔にフェリクスは深々と頷いた。


「──そろそろか」


 フェリクスが懐中時計を見やると、ダリアニがごくりと息をのみ込む。


「そのサディアって子。今頃はもうフクロウになっちゃってる?」

「ああ。グラハムは君に会うまで彼女の呪いを解く気もないだろうしな」

「だよねぇ。一度顔を見てみたかったんだけど……」


 ダリアニが萎びたように力なく笑うと、ホールの正面から伸びた長い廊下の向こうで風が吹く音が聞こえてきた。ダリアニがハッと顔を向けると、薄暗い廊下に一人の影がぼんやり浮かび上がってくる。


「────きた」


 ダリアニの声にフェリクスも同じ方向を見やる──と、その人影の後ろに宙を舞うフクロウの姿が見えてくる。

 フェリクスの瞼が僅かに持ち上がると同時にダリアニが囁く。


「形見は持ってきた。もうこれ以上の切り札はないよ。交渉が決裂したら終わりだ」



 ホールに入ってきたのはすらりとした体躯の優美な男だった。

 フェリクスの肩にも届かないほどの背丈のダリアニを見た彼は仮面のように張り付けた冷酷な顔を歪ませる。


「なんだそのみっともない姿は」


 ダリアニと目が合うなりグラハムの頬に空気が溜まっていく。どうやら吹き出すのを堪えているらしい。


「随分と卑しい身なりだ。まるで幼児。やはりお前には美意識というものが欠如している。退化するなんてみっともない。一定の歳を重ねた姿こそが美の結晶となるに決まっているじゃないか──そうワタシのように」


 ダリアニを蔑み嗤いながらグラハムは自らの顎を誇らしげに撫でる。自信に満ちた態度に似つかわしい耳触りの良い低い声色だった。


「やっぱ来なきゃよかった」


 登場するや否や自らを賛美し始めたグラハムを前にダリアニは全身をぞわりと震わせた。フェリクスは初めて見るグラハムの姿を一瞥した後ですぐに彼の斜め後ろに視線を移す。彼の視線に気づいたフクロウが微かに頷いた。普段と変わりない冷静なその瞳にフェリクスの表情筋から力が抜ける。彼女が無事に戻ってきたことに安堵しているようだ。


「久しぶりに会ったというのに素っ気無い。このワタシに会えたのだ。もっと喜べ」

「無理無理。じゃあ聞くけど、我に会えてあんたは嬉しい?」

「まさか。今にも吐きそう」

「なら我も同じ。あんたの顔を見るまでは呪いが憎かったけど、あんたの顔を見るくらいなら呪いで強制的に会えなかった方がマシだし。それを再認識した。用事が済んだら、もうさっさと別れて二度と会わないし。あんたもそれでいいよね」


 二百年以上の時を経て再会した二人の雰囲気は険悪だった。互いに腹に抱えた不満があるからこそ、そのわだかまりは簡単にはとけてくれそうにはない。


「当たり前だ。お前に指図されるまでもない」

「被害妄想が激しいよ。指図なんかしてないし」


 ダリアニがむっと頬を膨らませるとグラハムは虫けらを見るような目で彼を睨みつける。


「醜い姿で生意気なことを言うな。もともとその素質はあったが──時がますますお前の品位を劣化させたか。魔術師の端くれの分際で。一蹴りすれば、その地位すらもあやふやになるがな」

「あんたも端くれなのは一緒だし。あんたも我と同じで時が過ぎたはずだ。少しは丸くなってくれたかと思いきや……悪い意味で期待に応えてくれるよね」


 魔術師二人が長年の鬱憤をぶつけ合う間、フェリクスの意識はずっとフクロウに向いていた。二人の言い合いなどもはや彼の耳には聞こえていない。それはサディアも同じだった。サディアが前に出ようとすると、グラハムがさり気なく立ち位置をずらして彼女の行く先を阻む。


「時の経過などワタシには関係ない。時の概念など不要なんだよ。お前にも分かるだろ? ワタシを見よ。お前がどこかに引きこもっている間にワタシは更なる力をつけた。おまけにこの美貌──」


 グラハムはフフフ、とほくそ笑んだ後でがばっと勢いよく両腕を広げた。豪快な身のこなしに、もし彼がマントを身につけいてればそれは見事なひらめきを見せたことだろう。


「ワタシはァ‼ 誰よりも美しく優秀な魔術師だ‼ お前のような出来損ないには分かるまい! ワタシにかかればすべてが意のままになる。そう。まさに今夜、ワタシは愛を手にして唯一無二の魔術師となる──‼」


 創造主気取りで声を張り上げるグラハムは目をギラギラと輝かせて口が裂けそうなほどに口角を吊り上げて笑う。彼の声の余韻がホールを駆け巡る。目の前で彼の宣言が炸裂したサディアの飛行がぐらりと崩れた。あまりの大声に脳が眩んだようだ。

 フクロウが床に落ちそうになりフェリクスが一歩前に出る。ほとんど無意識だった。ダリアニが彼を制止するように首を横に振る。


「ほう。お前が皇帝か」


 視界の中で僅かに動いたフェリクスを見逃すこともなく、グラハムが興味深そうな声で唸る。グラハムの好奇の標的となったフェリクスは動きを止めて慎重に彼を見やった。


「へへぇ。そういうことか。お前がサディアごときに協力した理由が分かったよ。お前もダリアニと契約しているのだな。それもサディアと同じ呪い。お前の場合はシマリスか。だからサディアに同情したのか」


 フェリクスを一目見るなりグラハムは彼の呪いを言い当てた。


「やはりサディアはただ幸運だっただけということ。これで納得したよ。ダリアニを連れ出したことだけは感謝しなければならない。ご苦労だった、皇帝。噂を聞けば下劣で野蛮な奴だと思っていた──が、お前は意外にも話の分かる奴のように見える」


 一定の距離を保ったまま、グラハムはフェリクスを見定める。髪の毛先から靴底についた汚れまで。全てを把握したグラハムは満足気に鼻を鳴らす。


「とはいえ噂よりも大した見目でもないようだがなぁ。ワタシの方が圧倒的に美しく逞しい。ワタシの美に勝てる奴などやはりそうそういないということか。いやはや分かってはいたが、絶世の美男だと誰もが口々に言うものでさ。まさかと思ったが。いやワタシが焦るはずがないけども。ああおっかない。皆の瞳はどれだけ濁っているというのだ。ワタシほど澄んだ瞳でないと真実は見えないのだな」

「────思った以上の狂人だ」

「うん? 皇帝、なにか言ったか?」

「いいや」

「ならよい。だがはっきりさせておきたい。皇帝、ワタシの美貌を認めよ。皆が夢中になるのはお前ではなくワタシだと。お前とワタシが並んだら、ワタシの方が目立ってしまうのだと」

「確かに美貌の魔術師だと言われても違和感はない。その外見を好む者も多いだろう」

「フフフ。ついに皇帝までもが認めてしまったか。ワタシの麗しさを」

「言わせただけだし……」


 フェリクスの言質を取ったグラハムは調子に乗ったまま自分に酔いしれる。有頂天状態の彼にベッと舌を出したダリアニはフェリクスを肘で小突く。


「君もお世辞なんか言わなくていいんだよ」

「無駄に刺激するとサディアが危ない」

「──まったく。コホン、ねぇグラハム! 同じ空間にいるだけで空気が不味いし、さっさと話を済ませようよ。あんたの目的は分かってる」


 自分の世界に入ってしまったグラハムをダリアニの喧々とした声が呼び戻す。彼の呼びかけにグラハムは緩みきった表情を真顔に戻して威厳を取り繕う。


「ヴェネシアの形見を持ってきた。あんたに渡すよ。我にはもう必要ない。形なんかなくても、ヴェネシアは我の心の中にいる。最初からそうすればよかった。我は確かに未熟だった。でもあの時はとにかく必死だったから、あんたの気持ちも考えずに勝手に拾ってしまった。だけど我はこの長い年月で学んだ。彼女を愛する気持ちは変わらない。なら、目に見えるモノなんて必要なかったんだって。執着しても、何も──彼女は取り戻せなかった」


 胸元のポケットから巾着を取り出し、ダリアニは丁寧な手つきで中身を取り出す。鮮やかな赤の耳飾りだった。それは対にはなっておらず、片耳用のもののようだ。


「ほら。ヴェネシアの耳飾りだよ。あんたも覚えてるでしょ? あの時、ヴェネシアが身に着けてたもの」


 巾着の中で布に包まれていた耳飾りは結われた花の下に真珠が連なる大ぶりのものだった。ずっと昔の物なのに傷や汚れ一つなく、ダリアニが大事に保管していたと察せられる。薄暗いホールで月明りを反射する真珠は時が蘇ったように美しかった。

 ダリアニの手に乗った耳飾りを見たグラハムの口元が密かに笑みを描く。誰かにその唇を見らぬようにとグラハムは顎を引いて表情を誤魔化す。隣を浮遊するサディアが彼の機敏な動きに反応して首を傾げる。


「ああ。ヴェネシア……! ようやく会えた……この時をどれだけ待ちわびたか──‼」


 恭しく両手を合わせ、グラハムはゆらりゆらりと身体を揺らしながら大股でダリアニに近づいていく。奇妙な声色は焦点が定まっておらず足元もおぼつかない。耳飾りが一瞬にして彼を虜にし、骨抜きにしてしまったようだ。

 今にも倒れかかってきそうなグラハムを避け、ダリアニは耳飾りを握りしめて彼の視界から隠す。


「待って。その前に約束して。その娘を自由にするって。そのために我はここに来たんだし」

「約束は約束だ。あの子にもそう言った。さぁ、早くワタシにヴェネシアを寄こせ」

「──大事にしてよ」

「ああ。それはそれは可愛がろう」


 ダリアニに両手を差し出すグラハムはこれでもかといわんばかりの誠実な笑顔を見せてこくりと頷く。それでもダリアニはすぐには渡そうとしなかった。


「先に彼女の契約を解いてよ」

「それは無理だとお前も知ってるはずだ。魔術師の取引は、まず得るものを得てからでないと成立しない」


 ダリアニはフェリクスと目配せをしてからぐっと唇を力強く噛んだ。まさに断腸の思いだった。グラハムの手に耳飾りを渡したダリアニは力なく項垂れていく。言葉では学んだというものの、やはり愛する者と離れるようで苦しいのだろう。フェリクスは横目でダリアニを見やり、瞼を伏せた。

 一方、耳飾りを手にしたグラハムは愛しそうに頬ずりする。が、数秒で満足したのか、彼はすぐに頬から耳飾りを離して長い指で包み込む。続けて彼はフェリクスを見てニヤリと笑う。


「皇帝、お前もダリアニなどでなくワタシを頼ればよかったものを。ワタシには劣るがお前の容姿はまだ見れたものだ。きっと素晴らしい二人組になれたはず。そうは思わない?」

「悪いが俺は君とは相性が悪いだろう。君は確かに美しい。が、自己を省み想い人を敬いながら時の流れを受け入れるダリアニの方がもっと美しいと俺は思う。俺はそんな相手と組みたい」

「フン。見る目がないな」


 フェリクスの返事につまらなそうに息を吐いたグラハムは後ろに控えるサディアを指差して口元に意地の悪い笑みを浮かべた。大きく息を吸い込んだ彼は歪んだ唇で堂々と言い放つ。


「サディアについてもそうだ。皇帝、お前は見誤った。あいつは傲慢で姑息な裏切り者だ。やはりワタシの勘は正しかった。約束を破ったあいつの契約など解く義理はない」

「──え?」


 しょんぼりと落ち込んでいたダリアニの顔が驚きで跳ね上がる。フェリクスの視線は離れた位置に留まったままのフクロウに向かう。が、サディアもまたグラハムの宣言に目を丸めていた。寝耳に水。彼女も何が起きているのか分かっていないらしい。


「ホ、ホー! ホーホー‼」


 フクロウが何やら必死に訴えかける。約束が違う。取引は守ってくれると言ったのに。まるでそう嘆いているようだった。


「どういうことだグラハム」


 低音の声が埃だらけの床に落ちる。フェリクスの瞳孔が静かに開いていく。彼を包み込む空気が変わったことにはたと気づいたダリアニがびくびくと彼を見上げた。


「ワタシはこの娘を手放すつもりなどない。便利な使いだ。どこまでも使い古してぼろぼろになるまでこき使ってやる。ワタシにそこまでしてもらえるなんて、光栄だろう?」

「ふざけたことを──」

「ワタシはお人好しじゃあないんだよ。約束も守れない奴にはそれ相応の罰を受けてもらわないと」

「その娘は我をここに連れ出した! 約束は守ったはずでしょ」


 口数の減ったフェリクスの隣でダリアニが自分を指差して主張する。


「知りもせずによくそう強いことが言えるな。やはりお前は自己中な魔術師だ」

「──っな! あんただけには言われたくないんだけど⁉」

「ワタシだって耳を疑ったよ。でも証言がある。マニュにいる間のサディアのことをワタシはよく知らない。が、それを教えてくれた人がいるんだよ」

「証言? 一体、誰がそんなことを──」


 フェリクスの眉が不愉快に歪んだところでグラハムがシー、と人差し指を唇の前に突き出して自分たちが歩いてきた廊下の方面を見やる。皆の視線が一箇所に集まったその先で、一人の麗人がのびやかな微笑みを湛えていた。


「ごきげんよう。フェリクス、だから言ったでしょう? その女はロクでもない人間だって」



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