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25 憧れの姿


 宮殿に戻るなりフェリクスに命じられた医師がジーノの部屋にやって来た。が、サディアは医師の手当てを断った。フェリクスは自らの怪我を隠している。この医師はシマリス現象も承知だ。ならば先に彼を診て欲しいとお願いしたのだ。

 代わりにサディアは彼に渡された消毒液と包帯でジーノの傷を塞ぐ。


「──先に、自分の手当てをしたらどうですか」

「私は後で構いません。怪我をしたのはジーノが先です」


 彼の首元に綺麗に包帯を巻くと、ジーノは不服そうな顔でサディアを見やる。


「私は武闘派ではないのです。また陛下のお役に立てなかった」


 自分に向けた不満をぼやき、ジーノははぁ、とため息を吐く。


「体調を崩したことをまだ悔やんでいるのですか」

「当然だ。これまで風邪など引いたことはない。よりによってこんな大事な時に……彼を支えることが出来ないなんて、私が存在する価値などなくなってしまうじゃないですか」

「きっと、半分は私のせいです。フェリクス様はジーノにとって大事な人。その傍に、得体の知れない人間がいることは負担でしょう。ずっと気が抜けない」


 今度は自分の手当てをしようとサディアが右袖を捲るとジーノがその手を止める。


「私がやります。風邪を引いたのはあなたのせいじゃない。私の自己管理不足です」


 彼はぴしゃりとそう言い放ち、手際よくサディアの怪我の手当てを始める。


「私は焦ってたんだ。ぬいぐるみと陛下を見間違えるなど──あなたが来なければ、どうなっていたか分からない」

「間違いは誰にでもありますよ」

「しかし取り返しがつかないものもある。フェリクス様が対処した人体売買組織のことをサディアもよく知っているでしょう。彼らに攫われた者たちは皆、臓器や身体の一部を奪われ商品にされた。取引の道具にされたのですよ。あなたも思い知らされたはず。彼らに奪われたものを取り返す機会などありましたか?」

「──いいえ」

「例えが極端ではありますが、皇帝に仕えるということは帝国市民の命すべてを預かっているのと同じです。それくらいの気概がないと務まらない」


 ジーノの持論にサディアは何も言えずに俯く。


「ですが──今日のことで、あなたもその資格があると私も認識を改めなければなりませんね」

「え──」

「自らの身を投げ出して私を助けてくれた。その先にいる陛下を想ってのことでしょう」


 サディアと目が合ったジーノの表情がふっと和らいだ。優しい眼差しにサディアの胸が僅かに弾む。


「あなたにも、陛下のことをもう少し学んでいただかないと。私と働くのであればね」

「いいのですか……?」

「はい。今から話すことは陛下も宮殿内で公にしていることです。使用人であれば知っているべきだ」


 丁寧に包帯を巻いたジーノはコホン、と咳をしてから姿勢よく座り直す。


「フェリクス様はもとは下等貴族の生まれでした。クレステン男爵の子息として、没落寸前の家で幼少期を過ごされたそうです。ですが彼の父親は人体売買組織によって殺されてしまいました。その恐怖体験から母親は心の病を患い、同じ悲劇を恐れてミンカ様とフェリクス様を半ば幽閉状態で家に閉じ込めたそうです。その後母親は入院。もはや母親ではいられませんでした。そこで見かねたミュドール伯爵がお二人を養子に迎え入れたのです。それからは知っての通り、皇帝選挙に勝ち、今の立場におられます。ダリアニとは人体売買組織の壊滅の時に知り合ったとか。恐らく、その時に何か契約事でもしたのでしょう」

「フェリクス様も──人体売買組織に……」

「ん? 何か分からないことがありましたか」

「いいえ。フェリクス様もご苦労があったのだと思いまして」


 サディアは両手を胸の前に持ち上げて横に振る。何も疑問はないことを伝えたかったのだ。


「お母様は、今も入院を?」

「いいえ。フェリクス様が皇帝になる前に亡くなりました。彼の部屋に玉乗りの少女のオートマタがあるでしょう。あれは母親の形見で、ミンカ様とフェリクス様にとって大切な宝物だ。彼があのオートマタを眺めている姿を見たことがあるでしょう? 宮殿だといつも周りに人がいて分からないが、彼は存外、寂しがりなのです。心を病まれても、フェリクス様はずっと母親のことを大事に想っていた。根は変わらない」

「──そうだったのですね」


 フクロウで偵察していた時に見た彼の姿を思い出し、サディアはジーノの話に納得する。あのオートマタを見つめる彼の瞳はどこか寂しく、悲痛な印象を受けた。きっとあれは彼の心の拠り所なのだ。


「さて。そろそろあなたも部屋に戻らないと」


 時計を確認して立ち上がったジーノの視界を遮るようにサディアも勢いよく立ち上がる。


「待ってください。少しだけ、お願いがあります」

「無茶なお願いはしないでくださいよ。まぁ、今日のところは借りがありますし、少しくらいの我が儘を受け入れましょう」


 サディアの懇願にジーノは眉尻を下げてしょうがないなと微笑んだ。



 トントンと扉を叩くと元気のない声が返ってきた。


「失礼いたします」


 サディアが部屋に入れば、広いベッドにちょこんと寝転ぶシマリスが目を開ける。


「サディア、怪我の具合は大丈夫か」

「はい。しっかり処置いたしました。ジーノも問題ありません。フェリクス様は」

「俺も問題ない。少し挫いただけだ」


 シマリスは持ち上げた頭をぽすっと枕に戻す。心なしかその表情はほっとしていた。サディアは閉めた扉を一瞥し、その向こうで待ってくれているジーノを思う。フェリクスの容態が気になると申し出たサディアの頼みを彼が受け入れてくれたのだ。

 サディアが一歩ベッドに近づこうとすると天蓋の向こうが霧で満ちていく。サディアは足を止め、机に置いてあるオートマタに目を向けた。ジーノの話を聞いてからこの愛らしく笑う少女の姿を見ると無常観に襲われる。こちらまで胸が締め付けられるようだった。


「危険な目に遭わせて悪かった。ジーノは落ち込んでなかったか」

「少し落ち込んでいました。でも、きっと彼は大丈夫」

「ああ。そうだな。あいつは気にしすぎなんだ。もう十分に役に立っているというのに」

「自己評価が低すぎるのですね」

「勿体ないことを」


 サディアはベッドから距離を取った位置で立ち止まり、彼の表情をじっと見やる。人間に戻ると顔色がよく見える。シマリス姿で寝ていた時よりも、今の彼はどっと疲れている印象を受けた。鷲から逃げたときの疲労が解消できていないのだろう。


「よく休めましたか」

「身体は休まっているだろう。だがやはり、自分の無力さに嫌気がさす。天敵から逃げるのは思った以上に大変だ。あの小さな身体で動き回るのは何倍にも疲れる。それに、皆を落胆させてはいけないと思うと気も休まらない。皇帝が呪われていると知れたら、皆は失望するだろう」


 気怠い動きでフェリクスの顔がサディアの方を向く。彼の苦笑は自らを恥じているようにも見えた。


「もう少し格好いい動物だったらな。だがそれは選べないと言われた。術が決めることだと。術にしてみれば俺はちっぽけな小動物といったところか」


 ふぅ、と肩の力を抜いたフェリクスは額に手を置いてつまらなさそうに目を閉じる。彼が視界を塞ぐ間にサディアの姿はフクロウへと移ろう。


「子どもの頃、猛禽類が好きだった。単純だが、かっこよくて凛々しいだろ。けど今じゃ天敵だ。まともな精神では見られなくなってしまった」


 フェリクスの瞳が捉えた先でフクロウが首を傾げる。大きな瞳がぱちくりと瞬きした。先ほどまで心配そうに彼を見守っていたのと同じ、濃紺の美しい瞳だった。


「君──いや、フクロウだけは違った。シマリスとして怯える必要もない。ただ単純に、あの頃と同じ気持ちでいられる。だから自然と好きになった。夜に仕事を詰め込むしかない状況ではなかなかフクロウを見ることも叶わないがな。だから──フクロウの君を見つけた時は久しぶりに心が弾んだよ。会いに来てくれたのだと」


 疲労のせいで表情筋がままならないのか彼の微笑みがいつも以上に穏やかに見えた。溶けそうなほどに柔らかな笑みに吸い込まれるかのごとくフクロウがそっと彼に近づく。


「どうした? 何か言いたそうな目をしているな」


 身体を起こしたフェリクスはベッドの端にとまったフクロウとしばらくの間見つめ合う。


「ホー」


 深い声が何かを訴えかけてくる。少し考え、フェリクスは胸元に下げたネックレスをフクロウに渡す。


「動物にはそれぞれ良さも欠点もあります。フェリクス様は骨格標本を見たことはありますか。前にグラハムとの旅でいくつかの標本を見たことがあるんです。皆、違うし、どれも特徴があって愛着が湧くけれど、根本はそう大きく変わらないと私は思いました。それに──シマリスはとても魅力的で、皆を癒します。ちっぽけな存在なんかではありません」


 思ったよりもすらすらと言葉が出てくることにサディアは少し驚いた。

 不思議とフクロウ姿の方が素直でいられる気がした。きっとフクロウを見る彼の瞳の色がいつもとは違うからだ。今までその理由はぼんやりしていた。が、やっとはっきりした。彼はやはりフクロウを好むのだ。ならば理解できる。だから彼の声も温かに聞こえてくるのだろう。


 しかしながら少しばかりその恩情に甘えすぎて余計なことを言ってしまったかもしれない。

 言った後で後悔が押し寄せ沈みかけたサディアの心をフェリクスの一言が優しく掬う。


「グラハムとの旅は刺激だらけだな。なるほど、君の声が聞けて良かった」



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