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24 彼の弱点


 「はい。ホットチョコレートよ。ふふ。わたしが作るドリンクはミンカ様にも好評なの。自慢の味よ」

「ありがとうございます」


 目の前に置かれたカップから湯気がゆらゆらと伸びていく。作り立てのホットチョコレートが心を和ます香りで部屋を満たしていった。


「あなたとこうやってお話しできる機会をずっと窺っていたの。いつもジーノが一緒じゃない。だから近寄りがたくって」


 向かい合う席に座った若い侍女が頬杖をついてにこにこと笑いかけてくる。サディアは持ち上げたカップに息を吹きかけながら彼女の言葉にはにかんだ。


「今、ジーノは散歩をしているところなんです。その間は休んでいていいと言ってくれて──私も、あなたと話ができて嬉しいです」

「ふふ。まさか帽子を届けに来たあなたとこんな形で再会できるとは思っていなかった。偶然こそ、まさに運命なのね」


 天真爛漫に声を弾ませる彼女は前にミンカ宛に帽子を届けに来た時に応対してくれた娘侍女だ。名前はミシャという。サディアのことを覚えていて、突然の休憩時間に何をしていいのか分からなくなった彼女をお茶会に誘ってくれたのだ。

 ホットチョコレートを飲んだサディアはすぐさまその濃厚な味の虜となった。


「すごく美味しいです。私も、こんな素敵なものが作れるようになれたら──」

「問題ない! 今度教えてあげちゃうから。わたし、誰かの先生になってみたかったの。だからサディアがわたしの最初の生徒になってくれたらとても嬉しい!」

「──それは、とても楽しそう」


 まさか宮殿でジーノとフェリクス以外の人間と交流する機会を持てるとは思わなかった。体調が回復したジーノに休憩を命じられなければきっと彼女と話をすることもできなかっただろう。今回のことはサディアにとっては思いがけない好機だった。久しぶりにティーハウスでの日々が帰ってきたように思えたのだ。


「それにしてもジーノはいつまで散歩をしているのかな。もう一時間以上は経っていると思うのだけど」

「確かに、少し長いですね。三十分程度で戻ると言っていたのですが」

「お庭で迷っちゃったのかな。探しに行った方がいい?」


 時計を見上げたミシャが人差し指で頬を叩いて首を傾げた。サディアは飲み干したカップを机に置いて立ち上がる。


「では、少し見に行ってきます。まさか、迷っているとは思わないけれど──念のため」


 窓の外を一瞥し、サディアはぺこりと頭を下げる。ミシャは彼女に「またね」と笑いかけ、元気よく手を振り送り出してくれた。

 庭に出たサディアは勘に従って森の方を目指す。宮廷に仕えて長いジーノが今更庭で迷うこともないだろう。だが一つだけ、彼も懸念を抱えている。彼は責任感が強く、自己を律する意識も高い。

 珍しくサディアに休憩を与えてくれたのも、風邪で空けてしまった仕事の穴を埋めるためなのだとサディアは察していた。


 昼間はシマリスとなるフェリクスも時々外に出て陽の光を浴びる機会がある。それがちょうど今日なのだ。シマリスを抱えたジーノに付き添おうとしたサディアを制止し、彼はここは私に任せて欲しいと申し出た。

 シマリス姿の皇帝を守るのは最も重大な任務とも言える。要は、その役目を自分が担い、休んでいた日々を取り返そうと考えているのだ。


「ジーノ、どこにいるのですか。そろそろ戻らないと、身体が冷えてしまいます」


 宮殿の敷地に広がる森に足を踏み入れたサディアは片手を口の横に添えてできる限りの大声で呼びかける。

 シマリスのフェリクスとともに散歩となると、人目につきにくいこの辺りにいるはず。とはいえそこまで遠くには言っていないはずだが。

 しっかり者の彼が時間を守らずに姿を消すなどあり得ない。もしや彼の身に何か起きたのではないか。あるいはシマリスか──

 嫌な予感がしたサディアは早足になって森を駆ける。すると。


「ジーノ‼」


 サディアの悲鳴が木々のざわめきと重なった。


「な──っ! やめなさい! こらっ。離しなさい──‼」


 切り立つ段差の窪みの下で、髪を乱したジーノが何やら怒号を上げてじたばたと暴れているのだ。最初は素っ頓狂な踊りにも見えた。が、よく見下ろせば、彼が巨体の鳥と格闘しているのだと分かる。


「ジーノ! 危ない!」


 サディアは転ばぬように体勢を整えて勢いよく坂を下る。足元は急で、土も湿ってバランスが保てない。走るというよりも靴底で土を滑らすほか術はなかった。


「サディア⁉ ここで何をしているのですか⁉」


 突然上から降ってくるように現れたサディアに驚き、ジーノが目を丸める。いつも冷静な彼とは真逆の焦燥しきった表情だった。


「ジーノこそ、フェリクス様は一体どこに⁉」

「あそこです‼ こいつが、返してくれないんです!」


 サディアの問いかけにジーノは上空を指差す。彼が示す先には巨大な鷲が大きな翼を広げて旋回していた。前にも見た鷲だ。目を凝らせば、その凶悪な足で何かを掴んでいる。サディアが記憶を辿る前に、鷲は威嚇の雄叫びを上げて真っ逆さまに下りてくる。


「危ないっ‼」


 考える余裕などない。ジーノ目がけて飛び込んできた鷲から彼を守るため、サディアは足元にあった枝を拾い上げて彼の前に立つ。


「サディア⁉」


 力強く枝を振り回し盾になるサディアにジーノは驚嘆の声を上げる。裏返った声にサディアがちらりと横目で彼を見ると、既に彼は首元から血を流していた。サディアがここに来る前に鷲との格闘で傷を負ってしまったのだろう。


「大丈夫。二人とも、私が守りますから」

「そんな──無茶な──‼」


 ジーノの悲鳴をよそ目にサディアは手にした枝で剣を振るう動きを真似る。剣など使ったことはないが、グラハムとの旅で剣闘士たちの闘いを見る機会はあった。

 とにかく鷲の気を紛らわすことができればいい。サディアは途中でもう一本の枝を拾い、二刀流となって鷲に枝を振るう。


 果敢に立ち向かってくる彼女に鷲も戦法を見失ったようだ。嘴で噛みつこうとしてもギリギリのところで避け続ける彼女に鷲も冷静さを欠いていく。

 鷲の気が散ってきたところでサディアはイチかバチかで鷲の爪を枝で払う。当たるかは直前まで分からなかった。が、辛うじて枝は物体を捉え、鷲の足に打撃を与えることができた。


「ピィイイイイ‼」


 足を払われた鷲はバランスを崩して宙で一回転しながら大慌てで翼を動かし体勢を整える。サディアはこちらを見下ろす鷲を睨みつけ枝を構えた。すると、鷲はサディアに背を向けて遥か上空へと飛び立ってしまった。もう鷲も戦闘に飽きたのだろう。


「サディア! 怪我はないですか⁉」

「私は大丈夫です。それよりフェリクス様は──」


 足元を叩いた際に鷲が落とした物を探し、サディアはきょろきょろと地面を見回す。


「陛下────‼」


 ジーノもハッとして地面に這いつくばるが、数秒後にはピタリと動きを止める。地面に伏せたまま固まってしまった彼に駆け寄り、サディアは白い顔でしゃがみ込む。まさか彼の命が危ないのか。

 鷲の落とし物を包み込む彼の手元にサディアが目を向けると、ジーノが気まずさを全開にした顔でこちらを見る。


「────ぬいぐるみ、ですね」

「ぬいぐるみ、だな」


 淡々としたサディアの言葉にジーノは真顔で答える。彼が大事そうに抱えているのは小さなクマのぬいぐるみだった。あの鷲が、どこかで拾ったのだろう。


「では、フェリクス様はどこに……」


 ぬいぐるみとシマリスを見間違えたことに意気消沈するジーノに同情を覚えつつ、サディアは顔を上げて辺りを見回す──と。


「ジーノ! サディア! 鷲の叫び声が聞こえた。二人とも大丈夫か⁉」


 木々を縫うように飛び越えながらシマリスがこちらに向かってくる。フェリクスだ。彼の姿を確認したサディアの全身から力が抜けていく。安堵のあまり涙が出てきそうになった。


「鷲から逃げているうちにジーノとはぐれたんだ。さっきあいつが飛び立っていくのが見えた。おい、ジーノ、大丈夫か」

「──はい」

「怪我してるじゃないか。早く手当てしろ。サディアも──血が出ている」

「え……?」


 彼に言われるまで気が付かなかったが、右肩を見ると服に血が滲んでいた。ジクジクと、脈に合わせて痛みが目覚め始める。無我夢中で鷲に突かれたことすら分からなかった。


「フェリクス様は、お怪我はないですか」

「心配することはない」


 倒れたままのジーノの傍に寄るフェリクスは気丈にもそう答えたが、その足元はぐらついている。恐らく挫いたか、骨にヒビが入っているのかもしれない。けれど彼は自分のことは何も言わず、二人に早く宮殿に戻るようにとだけ伝えた。



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