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12 目的は


 フェリクスはフクロウに近づき、視線を合わせるために片足をつけてしゃがみこんだ。


「見ただろう。俺の包帯を。あれはお前に手当てしてもらったものだ」


 言いながらフェリクスはシャツのボタンを開けて包帯を見せる。


「部屋に来ていたのはこれを盗むためか?」


 サディアの疑問は解消されることなく、フェリクスはネックレスを指差しため息を吐く。


「すっかり騙されてしまった。迂闊だった。皇帝になる時に散々言われたというのに。油断するな、どんな可能性も見逃してはいけないって──つまりはこういうことか」


 彼が呆れているのは自分自身のようだった。はぁ、ともう一度息を吐き、情けなさそうに髪を掻いた。


「で、なぜこの石を狙う? 美しい姿をしているがこれは市場に出るものではない。宝石とは違う。売っても値打ちの分かる者はいないはずだ。それなのになぜ、これを盗んだ? きっと目的があるんだろう」


 口調は厳しいが言葉の端々には温情が滲んでいた。端整な顔に睨まれると恐怖心は増すが、印象ほど冷酷な性分でもないのかもしれない。


「ホー」


 フクロウの身体全体から低い声が響く。


「……そうか。お前は本当に喋れないんだな」


 何度問いかけても同じ調子でしか鳴かないフクロウに彼の眼光が僅かに緩む。数秒見つめ合い、フクロウの出方に警戒しつつフェリクスはネックレスを首から外した。


「これで言葉が分かるだろう」


 外したネックレスをフクロウの首にかけ、フェリクスは不本意そうな顔で鼻から息を吐く。まさに渋々、といった様子だ。仕方がない、ほかに手段がないとでも言いたい目をしている。


「わたし……──え?」

「やっぱりな。これでやっと話が聞ける」


 ハスキーな声がフクロウの喉を通る。驚き、胸元の重みをちらりと見下ろす彼女を見てフェリクスはやれやれと脱力しながら床に座り込んだ。


「私、喋れてる……?」

「その石を身につければどんな姿だろうと言葉が通じる。自分の声で話せる。だから失くすと厄介なんだよ」

「厄介……って……ことは」

「俺はあんたに助けられた、あの小さなシマリスだ」

「えっ……」


 フクロウの瞳がもう一回り大きく開く。ただでさえ大きい瞳がこぼれてしまいそうだった。


「シマリスが、皇帝をしているの?」

「いや違う。逆だ。皇帝がシマリスになるんだ。あくまで俺は俺だ。こっちの姿で生まれてきた」


 サディアの憮然とした驚嘆にフェリクスは首を振って訂正する。


「まぁ俺のことはいい。それよりも本題だ。なぜ石を盗んだ? まず名前も知らないな。名は何という」

「サディア」

「サディア、どういう経緯でここに来たのか知らないが、何か理由があるんだろう。助けてもらった礼もある。無事に石も戻ってきた。君のことを厳しく罰するつもりもない。ただ理由は知っておかないと、正しい判断は出来かねる。俺は責任を放棄するわけにはいかない。鈍った判断など許されないんだ。だから教えてくれ。君はなぜ、俺の部屋に来た」

「私は──」


 言いかけて、サディアは途中で言葉を飲み込んだ。

 ここで彼にすべての事情を話していいものか悩んだからだ。

 罰するつもりはないと言っている。また適当な嘘をついてこの場をやり過ごし、違う方法でお尋ね者の手掛かりを探すか。

 一分にも満たない僅かな時間でサディアの小さな脳はぐるぐると全速力で回転していた。


「サディア、頼む」


 顔を上げればフェリクスの真っ直ぐな視線が飛び込んでくる。真摯な瞳から彼の心情が伝わるようだった。本心は分からない。勘違いかもしれない。いくら観察しても彼がシマリスであることも見抜けなかった。ただの願望。思い込みだったかもしれない。けれど。


「私は、グラハムという魔術師に遣わされてここに来ました」


 次に口を開いたサディアは嘘偽りなく真実を語っていた。淡々とした語調で話す彼女の一語一句をフェリクスは黙って聞き入れる。


「グラハムと私は契約関係にあります。私がまだ子どもだった頃、彼に出会い、契約しました。その代償がこのフクロウです。それから彼とともに旅をし、さまざまなところへ行きました。たいていは森などでひっそりと暮らしていましたが。ちょうど光の祭典の一月前くらいでした。グラハムが言ったんです。ある魔術師を探していると。そのために、私に協力して欲しいと」

「ある魔術師って誰だ」

「──名前は、聞いていません。教えてくれませんでしたから。男だと言う事だけ……あと、探している魔術師はエンダロイツ帝国の皇帝と代々交流があって、それだけは今も確かだということは教えてくれました。慣習を簡単に変える人ではないからと。彼はまったくの行方知らずで、グラハムも苦戦していたんです。本当なら、皇帝に手掛かりを頼ることなく、私たちだけで見つけ出したかった。けど──」

「それは難しい、と。無理もない」

「え──?」

「だがなぜそのグラハムとやらが直接来ない。魔術師なら、本人がマニュを訪ねた方が早いだろう」


 フェリクスの一言にサディアが反応するも彼はすぐさま次の質問を投げかけてくる。これは尋問。主導権は彼にある。サディアは一息置いて嘴を開く。


「グラハムは、マニュに立ち入れない呪いを受けています。その原因も何もかも、探している魔術師にあると言っていました。だから代わりに私が、手掛かりを探りに来たんです。皇帝の周りをよく観察しろ、必ず彼へ通ずる道があると言われて」

「なるほど。グラハムって奴は直感はあるようだな」


 フェリクスはフクロウの胸元で光る石を指差し乾いた声で哂う。


「そのフクロウは、探し人へ通ずる道を持ち帰ろうとしていたんだ。危ないところだった」

「この石が──?」


 やはりそうだったのか。

 サディアの鼓動が早くなる。状況は変わらず不利だというのに、大量の石ころの中からたった一つ混ざった宝石を見つけられた気がして少し嬉しかったのだ。


「その探してる魔術師ってのは恐らく俺の知っている奴だろう。この石はもともとその魔術師の物だ。専門的なことは分からないが、魔術師同士ならきっと分かってしまうこともあるのだろう」

「その魔術師は、あなたがシマリスになってしまうことにも関係があるの?」

「魔術師ってのはそう数がいるものでもない。違うと答える方が不自然だな」

「じゃ、じゃあ、彼の居場所も知っているの?」


 サディアの鼓動がますます早くなっていく。半ば興奮気味に、サディアは答えを手に入れようと前のめりになる。


「──教えられないな。彼は俺にとっても重要な人だ。なにせ契約者なんだから。グラハムの目的は知らないが、彼が見つけられてしまうのは困る。そんな予感がする。だから、悪いが言えない」

「そんな──‼」


 強い意志を感じる口調だった。きっぱりと断られ、サディアは無意識のうちに必死で翼をばたつかせていた。重い足を引きずり、懸命に彼に迫る。


「お願いします‼ 魔術師の居場所を、グラハムに伝えないと──‼ じゃないと、駄目なんです。お願いです。何でも、私にできることはします。だからどうか、どうか居場所を教えてください。ほんの少しの手掛かりでもいいんです。お願いします……お願いします──‼」


 叫びにも似た声を上げ、サディアは頭を下げて懇願した。しかしフクロウ姿ではうまく頭を下げられない。もはや身体を這わせ、ぐりぐりと嘴で床を抑えつけていた。


「お願いです……‼」


 彼女の熱意は並のものではなかった。これを受け入れられなければ死にも等しい。まるでそう嘆いているようだった。

 フェリクスは嘴が割れそうなほど床にひれ伏すフクロウを見てスッと立ち上がる。彼の身体の位置が高くなったことはサディアも気配で感じていた。


「まだ、時間はあるのか?」


 床に這いつくばるフクロウの身体に冷静な声が降り注ぐ。サディアはグラハムに言われた期日を思い返す。


「……永久の祈りの満月まで」

「──分かった。顔を上げろ。立派な嘴が、傷ついてしまうだろ」


 サディアはそっと顔を持ち上げ、こちらを見下ろすフェリクスの真剣な表情を見上げた。


「どうやらグラハムはなかなかに厳しい性格らしい。生半可な報告など気分を害すだけ。そうなんだろ? そんな奴が相手だ。マニュに立ち入れないというグラハムとは確度の高い情報を持ち帰るまで会うことも許されないんだろうな」

「はい……」

「なら、お前はこのまま俺を偵察してるふりを続けろ」

「え? でも……」

「これは皇帝命令だ」


 フェリクスはなかなか起き上がらないフクロウの身体を持ち上げてしっかりと床に立たせる。それからフクロウにつけたネックレスを自分の首元へ戻し、踵を返して閉じられた部屋の扉を少しだけ開けた。悠々とした動きの後で、フェリクスは再びサディアの方に向き直る。誰かを呼んだのだろうか。いや違う。彼は端然とした面持ちで何かを待っている。


 ──そういえば、今は何時だろう


 自分と入れ替わるように人間の姿に戻っていたフェリクスのことを思い出し、サディアはハッと彼に注目する。


 ──皇帝は日光アレルギーか何かで、昼間は姿を見せないの。


 ある夜のニコラの言葉がはっきりと頭の中に響いた。もしや──

 見る見るうちにフェリクスの姿が朧げになっていく。どこからともなくやってきた霧が部屋を覆い、長身の輪郭が埋め尽くされ白に塗れていった。

 少しずつ霧が晴れてきたかと思えば、先ほどまで扉の前に立っていた彼の姿はない。代わりに視界の下方にちょこんと立つ影から威厳のある声が発せられた。


「俺があんたを見極める」


 身体に包帯を巻かれたシマリスが堂々と、流暢な言葉でサディアに宣言する。


「すべて、見てるからな」


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