11 尋問前の静寂
「陛下! 一体どこに行っておられたのですか⁉」
馬車を降りたフェリクスを待ち構えていたのは真っ青な顔をした側近ジーノだった。
「その話は後だ。地下の部屋を開けろ。こいつに話を聞く必要がある」
「は? こいつ?」
フェリクスの視線に促されジーノは彼の脇に抱えられた物体に目を向ける。
「なんですかそれは。ん? フクロウ……?」
シーツの隙間をじっと見やるジーノは怪訝な表情で首を傾げた。シーツの塊はそのままフェリクスから衛兵の腕へと移る。
「こいつがこれを持っていた。逃げられないように拘束しろ。俺も着替えたらすぐに行く」
「しかし陛下、今晩はダシティア様とのお約束がございます。先生もお忙しいのですから、今更予定を変えるわけには……」
「──そうだったな」
ジーノに指摘され今日の予定を思い出したフェリクスは少し考えた後で頷く。
「しかしこのフクロウがそれを持っていたのですか? 何故? といいますか、どこで見つけたのですか?」
フェリクスがポケットから取り出した宝石を受け取ったジーノはたくさんの疑問を口にしながら早足で歩く。フェリクスの歩幅に間に合わせるようにだ。
「それも全部後で話す。とにかくこいつは泥棒だ。見逃してはおけない。ダシティアとの話が終わったらこっちの件にとりかかる。それまでに用意しておいてくれ」
「罪人なのだとしたら簡単には口を割らないでしょう。と、いうより、喋れないのでは?」
「問題ない。今に分かる」
「は……さようですか」
口ではそう言いつつも内心はまだ何もつかめていない声だった。ジーノのぽかんとした顔を一瞥し、フェリクスは宮殿に入るや否や一直線に階段を上がる。
「頼んだぞ、ジーノ。ダシティアとの夕食は他の者に同席してもらうから、お前はフクロウから決して目を離すな」
「そんな……! 私もダシティア様にお会いしたいです」
「お前にしか頼めないんだ。悪いが今回は諦めてくれ」
「そんなぁ」
哀しそうな声で訴えかけるジーノに対しフェリクスは爽やかな笑顔で手を振りながら去って行った。
衛兵が抱えるフクロウとともに広間に残されたジーノはしゅん、と肩を落として恨めし気にフクロウを見やる。
「しょうがないですねぇ。私にしか出来ないというのならば……」
ぶつぶつと自分を納得させるように言い聞かせ、ジーノは衛兵とともに地下に向かった。隙間から見えたジーノの落胆した顔にフクロウの目が閉じていく。馬車を降り、ようやく眩暈が治まってきたところだった。が、体調が回復するとともに絶望感も蘇ってくる。
「ここで大人しく待っていなさい。何があったのか知らないが、フェリクス様は君に怒っているみたいだからね。まぁ、多分、酷いことはしないだろう。君の答え次第だとは思うけど」
地下の小部屋にフクロウを入れ、シーツを外す代わりに足に重しをつけながらジーノが呟く。サディアは抵抗することもなく足枷の重みを受け入れた。今、ここで彼を攻撃して逃げ出そうとしても扉は閉められ窓もない。どのみち逃げられないのであればと、フェリクスとの対話に望みをかけたのだ。
「しかし、フクロウの言葉なんて分かるものなのかなぁ。いくらフェリクス様と言えど……おかしなことを言うものだ」
部屋の隅に座り込み、ジーノはフクロウを興味深そうに見つめながら独り言をこぼす。
確かに彼にはただのフクロウに見えていることだろう。当たり前だ。フェリクスの言動に疑いを持ってもおかしくない。
が、これからこのフクロウの正体を知ったとしたら一体彼はどんな反応を見せるのだろうか。
「ホー」
今のサディアには、その反応を想像するくらいしか気を紛らわせる術が残されていなかった。
*
窓のない部屋にいると時間の行方を失う。
分厚い扉で外界とも切り離され、自分が今どこにいるのかすら忘れてしまいそうだった。
「ホー」
自分が何者かを思い出すためにもサディアは定期的に声を上げた。その度に、前方で夢の世界に足を踏み入れそうになっていたジーノの顔が持ち上がる。
ハッとフクロウを見やり、彼もまた自分が今何をしているのか把握する。
そんなことをしているうちに、いつの間にかジーノは完全に眠りに落ちてしまった。無理もない。慣れぬ場所で彼よりも緊張感を保っているサディアですら退屈が勝りそうなのだ。
静寂の今は実感がないが、この後にフェリクスからの尋問が待ち受けていることは痛いほどに身に染みている。折角手掛かりを掴みかけたのに、最後の最後でしくじってしまった。
サディアの瞳が悔しさで歪む。今晩グラハムの元へ飛び立てば彼に見つかることもなかったのに。
とはいえサディアには多少の好奇心も残されていた。
そもそもフェリクスが部屋にいたことが謎なのだ。あの時部屋にいたのは自分が助けた重傷のシマリスだけ。木の実を取りに部屋を出た後で一体何が起きたのか。
あのシマリスはどこへ消えてしまったのだろうか。それにフェリクスのシャツの下に見えた生々しい包帯も引っ掛かる。あれは確かに、サディアがシマリスに施した位置と全く同じ場所に巻かれていた。
「ホー」
ぴくりとも動かなくなったジーノに向かって鳴いてみる。部屋に通っていた時、フェリクスはジーノの小言が多すぎることに苦笑してはいたものの彼のこと自体は信頼している様子だった。夢の世界で穏やかな顔をしている彼ならば、サディアの推理の答え合わせをしてくれるだろうに。
「ホー」
サディアが再びジーノに呼び掛けた直後、重い扉がぎしぎしと音を立てながらゆっくり開かれた。先ほどとは違い堅苦しい服に身を包み、髪を整えたフェリクスが入ってくる。
「ジーノ。もう休んでいい。面倒かけたな」
部屋の隅に姿勢よく座り込んだまま眠りに落ちたジーノを見つけ、フェリクスは驚かせぬよう彼の肩を優しく揺らす。
「──うーん──うう……ハッ‼」
フェリクスの声を捉えた耳がピクリと動き、ジーノは俊敏に立ち上がった。とても目覚めたばかりだとは思えない素早い動きだった。
「し、失礼しました陛下」
「気にするな。お前も疲れただろ」
「いえ、そんなことは……ありますが」
「悪かった。色々と気になることはあるだろうが。ジーノ、まずは休息をとれ」
「承知しました。あ、そうだそうだ」
ジーノはポケットにしまっていたネックレスを取り出しフェリクスに渡す。
「こちら修復しておきました。簡易的にですが、また明日、しっかりと補強いたします」
「仕事が早いな。助かる。ありがとう」
「いえいえ。本当、陛下が無事で何よりでした。私、もう気が気でなくて……」
「余計な心労かけたな。明日の朝はゆっくりで構わない。俺も、少し休みたいし」
「はっ! ありがとうございます」
ジーノが渡したネックレスには既にあの紫の宝石が取り付けられていた。輝く宝石は再びフェリクスの胸元へと戻っていく。
部屋に閉じ込められて早々にジーノがネックレスの修理をしているのをサディアも見ていた。ジーノは手先が器用らしい。あっという間にネックレスは元の姿を取り戻し、サディアは何とも言えぬ虚無感を覚えた。
「それでは……失礼いたします」
部屋を去るジーノは中央に佇むフクロウのことを探るように見つめたのち、フェリクスに頭を下げながら扉を閉めた。
「──さぁ」
扉が完全に閉まるのを見届け、フェリクスの顔がサディアの方を向く。
「随分と待たせてしまったが、まだ話はこれからだ」
「ホー」
「……まさか、お前がこれを盗むとはな。一度は疑ったが、そうではないと信じたかったのに」
「ホー、ホー」
フェリクスの表情が歪み、サディアは必死で頭を左右に振りながら否定しようとする。
「何が違う。実際、お前が持っていただろう。人の物を勝手に持っていくのは紛れもない盗みだろう」
「ホー」
「助けてくれたことは感謝している。が、お前も同じだったとは」
──同じ? どういう意味だろう
頭を振っていたサディアの動きが止まる。




