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4、夢見


 暖かい、ここは?辺りを見回すと草原の様な空気が綺麗な場所。眼下には海と神戸の街並み。ここは六甲だ。一度だけ夏の前に紫陽花を見に行った事がある。父が大好きな北野の英国祭に行った帰りに寄った。とても綺麗だった。


「先生?」


 あの時、家族で来たのに今日は先生と二人だけ。私は先生に手を引かれて歩いている。ということは夢だ。先生と二人きりなんて誰にも許されない。


「桜さん、綺麗ですね。」


「ええ、本当に。」


 二人で座って紫陽花を見ていると手を優しく握られてふと目が合う。恥ずかしいのに目を逸らすことができない。先生の瞳に吸い込まれそうになってそのままゆっくりと先生が近付いてくるので私は目を閉じる。そしてそのまま口付けられる。恥ずかしいけど嬉しくて仕方がない、初めての口付け。


「桜さん、綺麗です。」


 そのまま抱きしめられる。優しい温もり。たくましい胸板にそのまま抵抗もせずに包まれている。もう一生ここから出たくない。夢だものこれ位許されるでしょう。


「先生、ずっとここに居たい。」


「良いですよ。ずっとこうしていてあげます。」


 いつもの優しい微笑み。そこで目が覚めた。暖かい。昨日はあんなに寒かったのに?


「って、えっ!」


 目の前には先生が寝転んでいた。


「ああ、目が覚めましたか?昨日は怖い目に遭いましたね。大丈夫ですか?」


 先生が心配そうに私の顔を覗き込む。昨日の怖さもさっきまでの夢も吹っ飛ぶくらい先生の近さ。


「えっあっはっはい。この状況は?」


 同じ敷布団に横になっているこの状況は非常に。


「ああ、ははは良かった。あのね昨日、貴方は泣き疲れたのか俺の腕の中では眠ってしまって。貴方を抱きかかえたまま警察やらなんやらと話をしていたんです。どうしてだと思います?」


 ふふふと薄く笑いながら私を見ている。


「それは、どうしてですか?」


 私の頭では答えが出ない。


「貴方が俺の寝間着を離さなかったんです。ギュッと握って。赤ちゃんが母親の服を掴んで離さないみたいに。」


 私がそうしていたのか襟を軽く掴んで見せてくれる。ちらっと見える胸板に頬が熱くなる。


「えっ!そんな!すみません。」


 恥ずかしくて先生の顔が見られない。


「ふふふ貴方は軽くて抱きかかえているのは苦ではなかったのですが、外で警察と話したりするのに貴方が風邪を引いてはいけないと思って布団を貴方に巻いていたものだから、それを見た人が口を揃えて赤ちゃんみたいだって、ふふふ。それが本当に可笑しくて。」


 恥ずかしい。


「恥ずかしいです!」


「貴方が怖い目に遭ったのに不謹慎ですよね。ごめんなさい。」


 でもまだ笑っている。


「先生!」


「ごめんなさい。」


「でも昨日は本当にありがとうございました。私は先生が居なかったら。」


 俯いて昨日のことを振り返る。どう考えて先生が助けてくれなかったら捕まっていた。その後どうなっていたのかを考えたらぞっとする。


「本当に無事で良かった。ちなみに貴方の家族はまだ帰ってきていません。」


 少し怒っている先生。きっと私の代わりに怒ってくれている。


「そう…ですか。」


 私に布団を頭から被せて先生が後ろからぎゅっと抱きしめる。


「軽率に嫁入り前の女性の肌に触れるのは良くないので。」


「先生。」


「貴方に怪我がなくて本当に良かった。」


 私を抱きしめる腕に力が入る。先生、今だけは私の先生。私だけの先生。


「許しを得られるのなら、俺の命にかえても貴方を護るのに。」


「先生。」


 私は…私にはその資格はない。先生を縛り付ける事はできない。だけど私は狡い女だから。


「ありがとうございます。」


「桜さんは可愛いね。昔から変わらない大切な妹。」


 抱きしめる力が弱まっていき体が離れる。布団の中で寝間着を整えてそっと布団をたたむ。


「私、帰ります。」


「ああ、もしも説明が必要ならお伺いするからその時は言ってくれ。」


「ええ。」


 その時、外から車の音がしたのでやっと両親が帰って来たのかと思って先生にもう一度お礼を言ってから玄関の方へ少しく急いで行くと車から出てきたのは累だった。

 私の姿に気が付くと走ってきて勢いよく私を抱きあげた。


「桜!ああ良かった!怪我は?何かされたか?大丈夫か?傷は?あの馬鹿ども殺してやる。ああ、とにかく君が無事で良かった。もし君に何かあったら俺は。」


 累?私を子供みたいに抱きあげたまま私のお腹に顔を押し付けてずっとぶつぶつ話している。累は上等な外套を着ているがその下は寝間着姿で確かに急いでここまで来てくれたようだ。


「累?ちょっとどうしたの?」


「どうしたのって!朝一番で高梨の家に警察が来て話を聞いて飛んで来たんだ!」


 私の言葉に顔をあげて声を荒げている。


「大袈裟じゃないかしら?」


「大袈裟だと?君が死んだら俺も死ぬぞ!絶対に!ああ、もう離さない。」


 あの累が、いつも冷静で殆ど感情の揺れがないあの累が泣いている。涙を流しながら私に…私が死ねば自分も死ぬなんて。目の前がチカチカして眩暈がしそうだ累は最近どうしたの。私は数分固まったまま累を見ていた。体も思考も固まっている。累が少し落ち着いてきた所でなるべく優しく声をかけた。


「あのおろしてもらってもいい?」


「あっああ、すまない。」


 私を抱きあげている事に今気が付いたのかそっと私をおろす。


「貴方が桜さんの婚約者ですね。」


 先生がゆっくりと玄関先から顔を出す。先生も気を遣って隠れてくれていたようだ。


「桜さん?気安いな。件の家庭教師か?」


 累が私を自分の体の方に引き寄せて先生に言う。


「ちょっと累、失礼な態度はやめて。先生が助けてくれたのよ。」


「それはそれはどうも先生。」


 累が先生を睨み付けながら吐き捨てるように言う。ちょっと!


「累!」


「やけに庇うな。」


「そうじゃなくて!先生が助けてくれたの分かってる?」


「だから礼を言っただろう。それより本当に怪我はないのか?」


「ええ、先生がすぐに助けてくれたから。」


「先生、先生って。夫に向かって男と親密だという主張か?」


 言葉が悪いが累は頭が悪くなったのか。私が絶句していると先生が優しく累に言う。


「桜さんは妹の様な大切な存在です。ぞんざいに扱ったりするなら許しませんよ。」


「ふん、ぞんざいに扱った事などない。そうだろ桜。」


「えっええ。」


「それにこれは夫婦間の話だ部外者は首を突っ込まないでくれ。」


「ちょっと部外者って貴方ね!」


「桜を助けてくれたことには深く礼を申し上げる。ではこれで失礼する。」


 私の手を引っ張り累は自分の車に私を押し込んだ。




「それがぞんざいな扱いだと言ってるんだ。」


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